上を見上げれば、在るのは視界を埋め尽くす緑、緑、緑。 垣間見える青色はまるで今日という日を祝福するかの如く清らかに美しく。 木の枝を軸にくるんと回って勢いを殺すと、は危なげ無い動作でその枝の上に着地してみせた。 ずぅうん、と重い衝撃が枝葉を震わせる。 「アブソルなぁーいっす!よっ男前!超萌ゆる!天下一品にかっこいいぞお嫁さんになってー!!」 『煩いぞ黙っていろっ!貴様は口を挟むなっ!!』 黄色い歓声、というかピンクっぽい感じのエールをとばすにアブソルが殺意すら混じった声で怒鳴った。 またも起きた重い衝撃に大地が揺れて木々がざわめく。 ひゅるんっ!と首を狙って向かってきたツルを片腕を盾にして防ぎ逆に絡め取ると、は枝の上から飛び降りた。勢いそのままにツルを力一杯引っ張れば、先程までいた辺りで上がる、悲鳴と盛大な打撲音。 くたり、と手の中のツルが力を失ってしおれた。背後で上がった雄叫びに、ひょい、と一歩分身体をずらして。 「うりゃ」 『ぴギっ!?』 ぴーんと張られたツタに引っかかり、飛び掛ってきたコラッタはあえなく墜落した。 地面にうつ伏せになったままで、なんかいたたまれなさそうにしくしく泣き出したコラッタを放置して、は腕に巻きついたツタをべりっと剥がす。手を離すのに少し遅れてまた上がった鈍い音と悲鳴は気にしない。 「野生ポケモンのラブコールって超激しいね☆アブソルもってもて!」 『何処をどう見たら求愛行動に見えるんだ貴様はっ!?』 「脳内補完!!!」 ぐっ!と輝かんばかりの笑顔で親指おったてれば、アブソルの眉間に更なるシワが寄った。 出会ってはや二時間だが、アブソルの不機嫌ボルテージはノンストップ上昇中だった。 もはやゲージが最高値を振り切れているだろう事は確実だ。 まぁこのアブソル、出会った時からやや不機嫌そうだった訳だけれども。 『補完するな!あれは縄張りを荒らされたからだ阿呆が!』 「大丈夫、出会いは最悪でそこから徐々に仲良くなるのが王道だから」 『役にも立たん耳ならいっそ削ぎ落とせっ!』 苛立ちも露に吐き捨てて、アブソルは仕留めたサイホーンを踏み越える。 「冗談通じないなぁ」と、は唇を尖らせた。 「初戦闘ではあんなにディスティニー的に息ぴったしの以心伝心だったってのに。 乙女の純情もてあそぶなんて実はアブソルって 女なんて飽きたらポイよ な人!?いわゆる女ったらし!?」 『勝手に妄想して語るな!そもそもお前の何処が乙女だ!?』 「生物学上女で年齢的には立派に少女だから乙女で間違いないはずだと思ってみちゃったりする感じで。 なんなら脱いで証明してもオールオッケー!」 『首を吊れ。恥知らずが』 ブリザード吹き荒れる凍えきったハスキーヴォイスが斬り捨てた。 「首吊ったらもれなく死ぬるからヤダ。 てか個々で戦わないでさーせっかくなんだしもっと協力してバトルやろうよー指示聞いてマイハニー」 『一人でも充分戦えるだろうが。フォローも不要だと言うのに、協力する必要が何処にある?』 これが普通の文明人なら、フォローや守りも必要になってくるだろう。 しかしの場合はトリップ前がトリップ前だっただけに、一人で充分にポケモンとケンカして勝てるというややっていうかかなり野生的な運動神経を持ち合わせていた。 ある意味人間じゃない。 「いやだって愛と勇気と友情って基本だよ?」 『そのどれかを貴様と育むつもりは一雫も無い。人間如きの指示など聞いていられるか』 一人でさっさと歩を進めるアブソルの後を小走りに追いながら、はきょとんとした様子で首を傾げた。 「え?でもさ、最初に出てきた時のバトル、あたしの指示聞いてくれたよね?」 『あれは偶然の一致だ』 「マジでか!!!」 期せずして明らかにされた衝撃の真実に、はバックに雷鳴を轟かせる。超ショック。 がーんがーんとエコーで衝撃を響かせながら、はふらりと近くの幹にもたれかかった。 「そんな・・・・そんな・・・・・あの瞬間二人の間に愛が芽生えたと思ったのに!」 『・・・・・お前に付き合う事を選んだのは過ちだったな』 おーまいごっど!と天を仰いで嘆くを軽蔑とかその他もろもろ含んだ 突き放した目 で眺めながら、ぼそ、と冷め切った声でアブソルが呟いた。もちろん聞こえる音量で。 「でもいいわ今から育むから!つーわけでアブソルあいらびゅーぅううううん!!」 『寄るな!気色悪いっ!』 両腕を広げて目を煌かせて駆け寄ってきたを、たぶん心底だろう嫌悪を込めてアブソルは拒絶する。 心のこもった拒否には軽くUターンして地面になよなよと崩れ落ち、ハンカチなんか噛み締めつつはらはらと涙を零してみせた。 「ひどいアブっち・・・・・やっぱりあたしとの事は遊びだったのね!」 『妙な呼び方をするな』 「はぁーい☆」 一転してけろりんとしたは良い子のおへんじでびしっと敬礼する。既に涙は微塵も無い。 アブソルは苛立ち混じりに歎息する。 『少しは黙って歩け。いちいち鬱陶しい・・・・』 「だってただ歩くってのは味気無いし」 『俺は不快だ』 「んじゃ楽しくなる話にしよっか」 さらりと言い切られた言葉に、アブソルは僅かに目を細めた。 その口元が、皮肉に歪む。 『ほう?俺の楽しくなる話を、貴様ができると言うのか』 あからさまな嘲りの響きに気付いるだろうに、けれどさして気にした様子も無いは「いんや」と肩を竦めて。 「好みも知らないのにできるはずないじゃん。あたしエスパーじゃないし。 でも森を抜けるまでは一緒なんだしさ。ツッコミとか皮肉ばっかじゃなくて、もっと話しよーよ」 そっちの方が楽しいじゃん?と言い切るに、アブソルが脱力したように肩を落とす。 『・・・・・・変人だな、お前は』 「いやんそんなに褒めないで☆」 『褒めてないぞ』 呆れたように半眼で切り捨てるアブソル。 その声からは、少し――――ほんの少しだったけれど、先程までのトゲが消えていた。 「あたしにとっては褒め言葉☆」とかふざけた事を言って笑うに、ため息をつく。 『さっさと行くぞ。お前に長時間付き合ってはいられん』 「えー。んじゃ、ちょっとは付き合ってくれるの?」 踵を返したアブソルに追いつき、横に並んでが言い募る。 ちらりと、赤い瞳が彼女を一瞬だけ捉えて。 『・・・・・・・・・・・・・・・少しだけなら、な』 呻くような、呟くような言葉に、は大きく目を見張り。 「・・・・・・さーんきゅ♪」 そうして、ひどく悪戯っぽく――――けれど同時に、とてもよく似合う、綺麗な綺麗な笑顔を浮かべた。 |