何者かによってヴォルデモートの“闇の印”が打ち上げられた、クィディッチ・ワールドカップ。ハリーの不吉な予感は的中し、四年目のホグワーツ生活は去年同様、波乱に満ちたものとなった。

 三大魔法学校対抗試合。ヨーロッパの三大魔法学校の親善試合として七百年前に始まり、しかし多数の死人を出した事から、何世紀にも渡って再開されなかった祭典。それがなんと、ホグワーツで行われる事になったのだ。
 それだけなら、楽しいイベント付きの一年だと言えただろう――何者かの手によって、本来なら年齢制限で引っかかるはずのハリー自身が参加する羽目になっていなかったのなら。
 そのせいでロンとケンカになるし、命懸けの課題に挑まなければならなくなるし、リータ・スキーターとか言うわけのわからない捏造ゴシップ記者につきまとわれるし、更にはヴォルデモート絡みと思わしい事件まで起きているとくればたまったものではなかった。
 それでもどうにかこうにか試練を乗り越え、三大魔法学校対抗試合も残すところ最後の課題のみとなった。最終課題の日、六月二十四日が近づくにつれ、ハリーの神経も昂ってきた。うまくいこうがいくまいが、ようやく試合が終わりを迎える……。

 当日の朝、グリフィンドールの朝食のテーブルは大賑わいだった。
 伝書ふくろうが飛んできて、ハリーにシリウスからの「がんばれ」カードを渡した。羊皮紙一枚を祈り畳み、中に泥んこの犬の足型が押してあるだけだったが、ハリーにとってはうれしいカードだった。
 ただ、問題はその日の「日刊予言者新聞」だった。



ハリー・ポッターの「危険な奇行」

「名前を言ってはいけないあの人」を破ったあの少年が、情緒不安定、もしくは危険な状態にある。と本紙の特派員、リータ・スキーターが書いている。
ハリー・ポッターの奇行に関する驚くべき証拠が最近明るみに出た。
三校対校試合のような過酷な試合に出ることの是非が問われるばかりか、ホグワーツに在籍すること自体が疑問視されている。
本紙の独占情報によれば、ポッターは学校で頻繁に失神し、額の傷痕(「例のあの人」がハリー・ポッターを殺そうとした呪いの遺物)の痛みを訴えることもしばしばだという。
去る月曜日、「占い学」の授業中、ポッターが、傷痕の痛みが堪えがたく、授業を続けることができないと言って、教室から飛び出していくのを本紙記者が目撃した。
聖マンゴ魔法疾患傷害病院の最高権威の専門医たちによれば、「例のあの人」に襲われた傷が、ポッターの脳に影響を与えている可能性があると言う。また、傷がまだ痛むというポッターの主張は、根深い錯乱状態の表れである可能性があると言う。
「痛いふりをしているかもしれませんね」専門医の一人が語った。「気を引きたいという願望の表れであるかもしれません」
日刊予言者新聞は、ホグワーツ校の校長、アルバス・タンブルドアが魔法社会からひた隠しにしてきた、ハリー・ポッターに関する憂慮すべき事実をつかんだ。
「ポッターは蛇語を話せます」ホグワーツ校四年生の、ドラコ・マルフォイが明かした。
「二、三年前、『決闘クラブ』で、ポッターが癇癪を起こし、ほかの男子学生に蛇をけしかけました。でも、揉み消されたのです。しかし、ポッターは巨人とも友達です。
少しでも権力を得るためには、あいつは何でもやると思います」
蛇語とは、蛇と話す能力のことで、これまでずっと、闇の魔術の一つと考えられてきた。
現仰代の最も有名な蛇語使いは、だれあろう「例のあの人」その人である。
匿名希望の「闇の魔術に対する防衛術連盟」の会員は、蛇語を話すものは、だれであれ、「尋問する価値がある」と語った。
「個人的には、蛇と会話することができるような者は、みんな非常に怪しいと思いますね。
なにしろ、蛇というのは、闇の魔術の中でも最悪の術に使われることが多いですし、歴史的にも邪悪な者たちとの関連性がありますからね」また「邪悪な生き物との親交を求めるようなやつは、暴力を好む傾向があるように思えますね」とも語った。

アルバス・ダンブルドアはこのような少年に三校対抗試合への出場を許すべきかどうか、当然考慮すべきであろう。試合に是が非でも勝ちたいばかりに、ポッターが闇の魔術を使うのではないかと恐れる者もいる。その試合の第三の課題は今夕行われる。



 ドラコ・マルフォイが、大広間のむこうのスリザリンのテ-ブルから大声で呼びかける。

「おーい、ポッター! ポッター! 頭は大丈夫か? 気分は悪くないか? まさか暴れだして僕たちを襲ったりしないだろうね?」

 スリザリンのテーブルは、端から端までクスクス笑いながら、座ったままで身を捻り、ハリーの反応を見ようとしている。マルフォイ、クラッブ、ゴイルなどはハリーに向かって、ゲラゲラ笑い、頭を指で叩いたり、気味の悪いバカ顔をして見せたり、舌を蛇のようにチラチラ震わせたりしていた。

「相手にするなよ、ハリー。でもあの女、『占い学』で傷痕が痛んだこと、どうして知ってたのかなあ? どうやったってあそこにはいたはずないし、絶対あいつに聞こえたはずないのに」

 ようやく仲直りできたロンが、怒った声で言う。
 自分のために怒ってくれているのを嬉しく思いながら、ハリーも首を捻った。

「窓が開いてた。……けど、『占い学』の教室でのことなんて、ずーっと下の校庭に届くはずないし……。ねえハーマイオニー、魔法で盗聴する方法、見つかった?」
「ずっと調べてるわ! でも私……でもね……」

 ハーマイオニーの顔に、夢見るような不思議な表情が浮かんだ。

「……大丈夫か?」
「ええ」

 ロンに返事はしたものの、ハーマイオニーはなおも髪をいじりながらぼんやりと宙を見つめている。
 ハリーとロンは顔を見合わせた。

「もしかしたら」

 ハーマイオニーが宙を見つめながら言う。

「たぶんそうだわ……それだったらだれにも見えないし……ダンブルドアだって気付かない……それに、窓の桟にだって乗れる……でもあの女は許されてない……絶対に許可されていない……まちがいない。あの女を追い詰めたわよ! ちょっと図書館に行かせて――確かめるわ!」

 そう言うと、ハーマイオニーはカバンをつかみ、大広間を飛び出していった。
「おい!」後ろからロンが呼びかけた。

「あと十分で『魔法史』の試験だぞ! おったまげー」

 ロンがハリーを振り返った。

「試験に遅れるかもしれないのに、それでも行くなんて、よっぽどあのスキーターのやつを嫌ってるんだな。君、ピンズのクラスでどうやって時間を潰すつもりだ? ――また本を読むか?」

 対校試合の代表選手は期末試験を免除されていたので、ハリーはこれまで、試験の時間には教室の一番後ろに座り、第三の課題のために新しい呪文を探していたのだ。他にできることもない。「そうだね」ハリーが答えたちょうどそのとき、グリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生がテーブル沿いに近づいてきた。

「ポッター、代表選手は朝食後に大広間の脇の小部屋に集合です」
「先生、競技は今夜じゃなかったんですか?」
「代表選手の家族が招待されて、最終課題の観戦に来ているのです。みなさんにご挨拶する機会ですよ」

 それだけ言って、マクゴナガル先生が立ち去る。
 その背中を見送りながら、ハリーは目を白黒させてロンに問う。

「……こういうのって、マグルも来れるものなのかな?」
「さあ」

 ロンは肩を竦めた。


 ■  ■  ■


 ハリーが衝撃から立ち直り、小部屋に到着した頃には全員の選手が既に集まっていた。ドアのすぐ内側に、同じホグワーツの代表であるセドリックと両親がいた。
 他校の選手であるビクトール・クラムは隅のほうで、黒い髪の父親、母親とブルガリア語で早口に話している。部屋の反対側では、もう一人の他校選手であるフラーが母親とフランス語でペチャクチャしゃべっている。フラーの妹のガブリエルがハリーを見て手を振ったので、ハリーも手を振った。
 それから、暖炉の前でハリーにニッコリ笑いかけているウィーズリーおばさんとビルが目に入った。ペチュニアおばさんもいる――しかも、目の錯覚じゃなさそうだ。

「びっくりでしょ!」

 うろたえながらも習慣でぴしっと背筋を伸ばして近づいていくと、ウィーズリーおばさんが興奮しながら言った。

「あなたを見にきたかったのよ、ハリー!」

 おばさんはかがんでハリーの頬にキスした。

「元気かい?」

 ロンの兄、ビルがハリーに笑いかけながら握手した。

「チャーリーも来たかったんだけど、休みが取れなくてね。ホーンテールとの対戦のときの君はすごかったって言ってたよ」

 フラー・デラクールが、相当関心がありそうな目で、母親の肩越しに、ビルをチラチラ見ているのにハリーは気がついた。フラーにとっては、長髪も牙のイヤリングもまったく問題ではないのだと、ハリーにもわかった。

「ほんとうにうれしいです」

 ハリーは口ごもりながらペチュニアおばさんを見た。
 ハリーの混乱を読み取ったのだろう、いつも通りの物憂い様子で、ペチュニアおばさんが答える。

「何かとお世話になっているでしょう。よろしければご一緒に、とお誘いしたの」
「学校はなつかしいよ。もう五年も来てないな。案内してくれるか、ハリー?」

「ああ、うん。いいけど……」ハリーはチラッとおばさんを見た。
「ハリー、四年もいれば詳しいでしょう。色々と教えてくれるかしら?」おばさんが口の端を緩めて言った。「もちろん!」ハリーはニッコリした。
 その後は皆を案内して回りながらあちこち見せたりして、ハリーはとても楽しく午前中を過ごした。ウィーズリーおばさんは、卒業後に植えられた「暴れ柳」にとても興味を持ったし、ハグリッドの前の森番、オッグの想い出を長々と話してくれた。
 昼食をとりに城に戻ると、ロンはとても驚いた顔をしていた。

「ママ、ビル! こんなところで、どうしたの?」
「エバンズさんにお誘い頂いて、ハリーの最後の競技を見にきたのよ」

 ウィーズリーおばさんが楽しそうに言った。そのうちフレッド、ジョージ、ジニーもやってきて、ハリーはまるで「隠れ穴」に戻ったかのような楽しい気分だった。しかも、今日はペチュニアおばさんもいる。ハリーの頭に、夕方の試合の事はもはや影も形もなかった。
 楽しいばかりの午後が過ぎ、魔法をかけられた天井が、ブルーから日暮れの紫に変わりはじめた晩餐会で、ダンブルドア校長が教職員テーブルで立ち上がった。大広間がシーンとなった。

「紳士、淑女のみなさん。あと五分たつと、みなさんにクィディッチ競技場に行くように、わしからお願いすることになる。三大魔法学校対抗試合、最後の課題が行われる。代表選手は、バグマン氏に従って、いますぐ競技場に行くのじゃ」

 ハリーは立ち上がった。グリフィンドールのテーブルからいっせいに拍手が起こった。
 ウィーズリー一家とハーマイオニーに激励され――ペチュニアおばさんは、「いってらっしゃいね、ハリー」といつも通りにクールだった――ハリーはセドリック、フラー、クラムと一緒に大広間を出た。
 神経は尖っていたが、不思議と気分は楽だった。

 全員でクィディッチ競技場へと歩いたが、いまはとても競技場には見えなかった。
 六メートルほどの高さの生垣が周りをぐるりと囲み、正面に隙間が空いている。巨大な迷路への入口だ。中の通路は、暗く、薄気味悪かった。
 五分後、スタンドに人が入りはじめた。何百人という生徒が次々に着席し、あたりは興奮した声と、ドヤドヤと大勢の足音で満たされた。
 空はいまや澄んだ濃紺に変わり、一番星が瞬きはじめた。
 ハグリッド、ルーピン先生、マクゴナガル先生、フリットウィック先生が競技場に人場し、選手のところへやってきた。全員、大きな赤く光る星を帽子に着けていたが、ハグリッドだけは、厚手木綿のチョッキの背に着けていた。

「私たちが迷踊の外側を巡回しています」

 マクゴナガル先生が代表選手に言った。

「何か危険に巻き込まれ、肋けを求めたいときには、空中に赤い火花を打ら上げなさい、私たちのうちだれかが救出します。おわかりですか?」

 代表選手たちが領いた。

「では、持ち場についてください!」

 司会進行役を務める魔法省役人、バグマンが元気よく四人の巡回者に号令した。

「がんばれよ、ハリー」

 ハグリッドが囁いた。そして四人は、迷路のどこかの持ち場につくため、ばらばらな方向へと歩きだした。バグマンが杖を喉元に当て、「ソノーラス! 響け!」と唱えると、魔法で拡声された声がスタンドに響き渡った。

「紳士、淑女のみなさん。第三の課題、そして、三大魔法学校対抗試合最後の課題がまもなく始まります!
 現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう。同点一位、得点八十五点、セドリック・ディゴリー君とハリー・ポッター君。両名ともホグワーツ校!」

 大歓声と拍手に驚き、禁じられた森の鳥たちが、暮れかかった空にバタバタと飛び上がった。

「三位、八十点、ビクトール・クラム君。ダームストラング専門学校!」

 また拍手が湧いた。

「そして、四位、フラー・デラクール嬢、ボーバトン・アカデミー!」

 ペチュニアおばさんとウィーズリーおばさん、ビル、ロン、ハーマイオニーが、観客席の中ほどの段でフラーに礼儀正しく拍手を送っているのが、辛うじて見えた。
 ハリーが手を振ると、五人もめいめいに手を振り返した。
「では……ホイッスルが鳴ったら、ハリーとセドリック!」バグマンが言った。

「いち――――さん――

 バグマンがピッと笛を鳴らした。ハリーとセドリックが急いで迷路に入った。
 そびえるような生垣が、通路に黒い影を落としていた。高く分厚い生垣のせいか、魔法がかけられているからなのか、いったん迷路に入ると、周りの観衆の音は全く聞こえなくなった。
 ハリーはまた水の中にいるような気がしたほどだ。杖を取り出し、「ルーモス! 光よ!」と呟くと、セドリックもハリーの後ろで同じことを呟いているのか聞こえてきた。
 五十メートルも進むと、分かれ道に出た。二人は顔を見合わせた。

「じゃあね」

 ハリーはそう言うと左の道に入った。セドリックは右を採った。
 全く何もいないように見える道を歩いて、ハリーは刻一刻と暗くなっていく迷宮を慎重に進んでいった。




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