三日後の夜中。あんまりにも手紙に返事が来ない事を不審に思ったロンとロンの双子の兄、フレッドとジョージが尋ねてきてくれた。――空飛ぶ車に乗って。

「その車、どうしたの?」
「パパの車を借りたんだ。これなら、僕たちが魔法をかけたわけじゃないからさ」

 浮かぶ車から目を離さずに言ったハリーに、ロンがニヤッと笑って言った。
 仕事で偶然にも起きていたペチュニアおばさんは、ハリーが落ち込んでいるのを知っていたのですぐに泊まりにいく許可をくれた。新学期の教科書は一緒に買いに行くことを約束して、ハリーはそのまま、ずっと楽しみにしていたロンの家に泊まりに行くことになった。

「ハリー、いったい何があったんだ?」道中、ロンが待ちきれないように聞いた。
 ハリーはドビーのこと、手紙のこと、自分への警告のこと、ヘドウィグの活躍などを全部話して聞かせた。

「『屋敷しもべ妖精』ってのは、それなりの魔力があるんだ。だけど、普通は主人の許しがないと仕えない。ドビーのやつ、君がホグワーツに戻ってこないようにするために、送り込まれてきたんじゃないかな。誰かの悪い冗談だ。学校で君に恨みを持ってるやつ、誰か思いつかないか?」

 フレッドの言葉に、ハリーもロンも、ちょうど心当たりがあった。ドラコ・マルフォイだ。ジョージ曰く、父親のルシウス・マルフォイは『例のあの人』の大の信奉者で、腹心の部下だった疑惑もあるそうだ。『屋敷しもべ』を送ってよこし、ハリーがホグワーツに戻れなくしようとするなんて、まさにマルフォイならやりかねない。ドビーの言うことを信じたハリーがバカだったんだろうか?

「とにかく、迎えにきてよかった」ロンが言った。
「おいしいコーヒーとお菓子にまでありつけたしな」フレッドが真面目くさって言った。
「『眠気覚ましにどうぞ、ミスタ』だぜ? ハリーのおばさんは話が分かる!」ジョージが楽しそうに言った。ハリーは照れくさくなって、後ろの座席でうつむいた。

 ロンの家、「隠れ穴」での生活は面白かった。
 なにせウィーズリー家はへんてこで、度肝を抜かれることばかりだったからだ。台所の暖炉の上にある鏡を最初に覗き込んだとき、ハリーはどっきりした。鏡が大声をあげたからだ。「だらしないぞ、ちゃんと髪を梳かせよ!」屋根裏お化けは、家の中が静か過ぎると思えば、喚くし、パイプを落とすし、フレッドとジョージの部屋から小さな爆発音があがっても、みんなあたりまえという顔をしていた。しかし、ロンの家での生活でハリーがいちばん不思議だと思ったのは、おしゃべり鏡でも、うるさいお化けでもなく、みんながハリーを好いているらしいということだった。
 ウィーズリーおばさんは、ハリーのソックスがどうのと小うるさかったし、食事のたびに無理やり四回もお代わりさせようとした。ウィーズリーおじさんは、夕食の席でハリーを隣りに座らせたがり、マグルの生活について次から次へと質問攻めにし、電話はどう使うのかとか、郵便はどんなふうに届くのかなどを知りたがった。
 それでも、一週間ほど滞在していればバーンデル通りでのおばさんとの生活が恋しくなってくる。だからホグワーツからの手紙が届いた時、ハリーはとても嬉しくなった。

初めて使う煙突飛行粉フル―パウダーに、ダイアゴン横町へ行くはずが夜の闇ノクターン横町に迷い込んでしまったりもしたけれど、メイスンさんという親切な老魔女――道中、ハリーのお守りを見て「いいものを持っているじゃないか、坊や。ずいぶん大事にされているようだ」と言っていた。ハリーは驚きと、それを上回る嬉しさにペンダントを握り締めて「はい」と頷くのが精一杯だった――に案内され、ハリーは無事、ウィーズリー、ハーマイオニーの両一家と合流することができた。

「一時間後にみんな、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で落ち合いましょう。ハリーのおば様とはそこで合流することになっているし、教科書も買わなくちゃ」

 ウィーズリーおばさんの言葉で、ハリーはロン、ハーマイオニーと三人で曲がりくねった石畳の道を散歩した。ハリーは、苺とピーナッツバターの大きなアイスクリームを三つ買い、三人で楽しくペロペロなめながら路地を歩き回って、素敵なウィンドウ・ショッピングをした。
 ロンは「高級クィディッチ用具店」のウィンドウでごひいきのクィディッチ・チームのユニフォーム一揃いを見つけ、食い入るように見つめて動かなくなったが、ハーマイオニーはインクと羊皮紙を買うのに、ハリーを従え、ロンを隣の店まで無理やり引きずって行った。

 フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店は驚いたことに黒山の人だかりで、表で押し合い、へし合いしながら中に入ろうとしていた。その理由は、上階の窓に掛かった大きな横断幕に、デカデカと書かれていた。



サイン会
ギルデロイ・ロックハート
自伝「私はマジックだ」本日午後12:30~4:30



「本物の彼に会えるわ!」

 ハーマイオニーが黄色い声を上げた。

「だって、彼って、リストにある教科書をほとんど書いてるじゃない!」

 人だかりはほとんどがウィーズリーおばさんぐらいの年齢の魔女ばかりだった。ドアのところに当惑した顔で魔法使いが一人立っていた。

「奥様方、お静かに願います……押さないでください……本にお気をつけ願います……」

 ハリーは辺りを見回してみたが、ペチュニアおばさんの姿は見つからない。
 三人は人垣を押し分けて中に入った。長い列は店の奥まで続き、そこでギルデロイ・ロックハートがサインをしていた。ペチュニアおばさんはもう買い物を終わらせたらしく、部屋の隅でジニーと並んで待っていた。

「おばさん!」
「ハリー」

 ペチュニアおばさんが顔をあげる。ハリーは人垣をかき分けて近寄ろうとした。

「ハリー? もしや、ハリー・ポッターでは?」

 誰かが叫ぶ。興奮したささやき声があがり、人垣がパッと割れて道を開けた。向かってくるのは、波打つブロンド、輝くブルーの瞳の、とてもハンサムな魔法使い。ギルデロイ・ロックハートだ。ハリーの腕をつかみ、正面に引き出そうとするロックハートの手を、横から割り込んだ手がぴしゃりと払いのける。

「失礼ながら、ミスタ」

 ロックハートに向かって、ペチュニアおばさんは凍えるような声で言った。

「私の甥は、見せ物ではありませんので。いらっしゃい、ハリー」
「はい、おばさん!」

 ハリーに向けられた声は優しかった。嬉しくなって、ハリーはにっこり笑ってうなずいた。ロンとハーマイオニーは顔を見合わせ、割れた人垣の間を堂々と歩いて店の外へ出るハリーとペチュニアおばさんの後に続いた。

「ロン!」

 店の外にいたウィーズリーおじさんが、フレッドとジョージと一緒にこちらへやってきた。買ってもらった大鍋を押しやりながら店を出ようとするジニーに気づいて、それに手を貸しながらウィーズリーおじさんが首をかしげる。

「しかし、ここはひどい人混みだな。何してるんだ?」
「ロックハートのサイン会だよ、パパ」

 同じように大鍋を押すのに手を貸しながら、ロンが投げやりに言った。

「これは、これは、これは――アーサー・ウィーズリー」

 ハリーははっとした。声をかけてきたのは、迷い込んだ夜の闇ノクターン横町で見かけたルシウス・マルフォイだった。息子と同じ血の気のない顔、尖った顎、息子と瓜二つの冷たい灰色の目をしている。ドラコ・マルフォイも一緒にいた。親子はそっくり同じ薄ら笑いを浮かべてこちらを見ている。
「ルシウス」ウィーズリー氏は首だけ傾けてそっけない挨拶をした。

「お役所はお忙しいらしいですな。あれだけ何回も抜き打ち調査を……残業代は当然払ってもらっているのでしょうな?」

 マルフォイ氏はようやく店から出られたジニーの大鍋に手を突っ込み、豪華なロックハートの本の中から、使い古しの擦り切れた本を一冊引っ張り出した。「変身術入門」だ。

「どうもそうではないらしい。なんと、役所が満足に給料も支払わないのでは、わざわざ魔法使いの面汚しになる甲斐がないですねぇ?」
「マルフォイ、魔法使いの面汚しがどういう意味かについて、私たちは意見が違うようだが」
「さようですな」

 マルフォイ氏の薄灰色の目が、なりゆきを見ていたペチュニアおばさんに移った。
 おばさんは冷ややかな無表情で、殊更優雅に会釈してみせた。マルフォイ氏は一瞬硬直し、わざとらしく咳払いをしてそれを無視した。

「ウィーズリー、こんな連中と付き合ってるようでは……君の家族はもう落ちるところまで落ちたと思っていたんですがねぇ――

 ウィーズリー氏がマルフォイ氏に跳びかかり、その背中を道路に叩きつけた。
「やっつけろ、パパ!」フレッドかジョージが叫んだ。
「お客様、どうかおやめを――どうか!」店先で始まった乱闘に、店員が叫んだ。そこへ、ひときわ大きな声がした。

「やめんかい、おっさんたち、やめんかい――

 近くにいたらしいハグリッドが、あっという間にウィーズリー氏とマルフォイ氏を引き離した。ウィーズリー氏は唇を切り、マルフォイ氏の手にはまだ、ジニーの変身術の古本が握られていた。目を妖しくギラギラ光らせて、それをジニーの方に突き出しながら、マルフォイ氏が捨て台詞を言った。

「ほら、チビ――君の本だ――君の父親にしてみればこれが精一杯だろう――

 ジニーをかばうように、ペチュニアおばさんが変身術の教科書をひったくった。
 ハグリッドの手を振りほどき、ドラコに目で合図して、マルフォイ氏はしたたか打ちつけた背中をさすりながら去っていった。

「アーサー、あいつのことはほっとかんかい」

 ハグリッドは、ウィーズリー氏のローブを元通りに整えてやろうとして、ウィーズリー氏を吊し上げそうになりながら言った。

「骨の髄まで腐っとる。家族全員がそうだ。みんな知っちょる。マルフォイ家のやつらの言うこたぁ、聞く価値がねえ。そろって根性曲りだ」

 騒ぎを聞きつけて店から出てきたグレンジャー夫妻は恐ろしさに震え、ウィーズリー夫人は怒りに震えていた。

「子供たちに、なんてよいお手本を見せてくれたものですこと……公衆の面前で取っ組み合いなんて……ギルデロイ・ロックハートがいったいどう思ったか……」

「あいつ、喜んでたぜ」フレッドが言った。「『日刊予言者新聞』のやつに、喧嘩のことを記事にしてくれないかって頼んでたよ。――なんでも、宣伝になるからって言ってたな」
「ハリーのおば様、なんていうか……すごいわね」ハリーをつついて、ハーマイオニーが小声でささやいた。
「ちょっと怖いけどな。見てたか? ドラコのやつまで気圧されてたぜ」ロンもニヤッとして言った。
 ハリーは誇らしい気持ちでいっぱいだった。

「漏れ鍋」の暖炉からハリーと、ウィーズリー一家と、買い物一式が煙突飛行粉フル―パウダーで「隠れ穴」に帰ることになった。グレンジャー一家とペチュニアおばさんは、そこから裏側のマグルの世界に戻るので、みんなはお別れを言い合った。ウィーズリー氏は、バス停とはどんなふうに使うものなのか、質問しかかったが、奥さんの顔を見てすぐにやめた。

「ミセス・ウィーズリー。引き続き甥がお世話になります。仕事で不在がちではありますが、どうぞ、ロンドンにいらした時には尋ねていらして下さいね」
「ええ、ええ――ありがとうございます、エバンズさん。ハリーのことはどうぞお任せくださいな」
「ではね、ハリー。九月一日、キングズ・クロス駅には見送りに行くわ」
「はい、おばさん」

 ハリーはメガネをはずしてポケットにしっかりしまい、それから煙突飛行粉フル―パウダーをつまむ。どうにもこの旅行のやり方は、好きになれそうになかった。




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