ハリーにとって、ホグワーツでの一年は怒濤のようだった。
何もかもが不可思議で目新しく刺激的。楽しいことばかりではなく、ダイアゴン横町で出会った青白い少年、ドラコ・マルフォイは別の寮だというのにいちいち突っかかってくる嫌な奴だったし、魔法薬学のスネイプ先生はこれまで出会った誰よりも底意地の悪い大人だった。けれど、ハリーはこれまでの人生で初めて、友人と呼べる存在を得た。しかも、二人もだ! ロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャー。
彼等二人と一緒に、復活を目論むヴォルデモート(!)から、賢者の石を守るために命をかけた冒険までした。その戦いでハリーはほとんど忘れていたが、試験の結果も発表された。学年トップのハーマイオニーには及ばなかったけれど、ハリーもロンもよい成績だった。おばさんに顔向けできる成績で、ハリーはほっと胸をなで下ろした。
そして、あっという間に洋服だんすは空になり、旅行かばんはいっぱいになった。「休暇中魔法を使わないように」という注意書きが全生徒に配られた。(「こんな注意書き、配るのを忘れりゃいいのにって、いつも思うんだ」とフレッド・ウィーズリーが悲しそうに言った。ハリーもおおいに同感だった。ペチュニアおばさんに、自分の学んできた魔法を見て、できれば褒めて欲しいと思っていたのだ)
ハグリッドが湖を渡る船に生徒たちを乗せ、そして全員ホグワーツ特急に乗り込んだ。
しゃべったり笑ったりしているうちに、車窓の田園の緑が濃くなり、汽車はマグルの町々を通り過ぎた。みんなは魔法のマントを脱ぎ、上着とコートに着替えた。そしてキングズ・クロス駅の九と四分の三番線ホームに到着した。
プラットフォームを出るのに少し時間がかかった。年寄りのしわくちゃな駅員が改札口に立っていて、ゲートから数人ずつバラバラに外に送り出していた。堅い壁の中から、いっぺんにたくさんの生徒が飛び出すと、マグルがびっくりするからだ。
「夏休みに二人とも家に泊まりにきてよ。ふくろう便を送るよ」
「ありがとう。……おばさん、迎えにきてくれてるかな……」
「だいじょうぶよハリー。長期休みに帰れなかったの、おばさまのお仕事の都合だったんでしょう? きっと迎えに来てくれているわ!」
ロンの言葉にペチュニアおばさんを思い出し、沈んだ気持ちでうなだれるハリーをハーマイオニーが慰める。
人の波に押されながら三人はゲートへ、マグルの世界へと進んでいった。何人かが声をかけていく。
「ハリー、バイバイ」
「またね。ポッター」
「今だに有名人だね」
「これから帰るところでは違うよ」
ロンがハリーを元気づけるように、ニヤッとして茶化す。ハリーは困ったように笑った。
ハリーとロンとハーマイオニーは一緒に改札口を出た。
「まあ、彼だわ。ねえ、ママ、見て」
ロンの妹のジニー・ウィーズリーだった。が、指しているのはロンではなかった。
「ハリー・ポッターよ。ママ、見て! 私、見えるわ」とジニーは金切り声をあげた。
「ジニー、お黙り。指さすなんて失礼ですよ」
ウィ-ズリーおばさんが三人に笑いかけた。
「忙しい一年だった?」
「ええ、とても。お菓子とセーター、ありがとうございました。ウィーズリーおばさん」
「まあ、どういたしまして」
「ハリー」
呼ばれ、ハリーはぱっとそちらを見た。ペチュニアおばさんだった。
相変わらずシンプルな黒っぽい色合いの服を着ていて、相変わらず毅然と背筋を伸ばしていて、相変わらず物憂い顔をしているが、ハリーを見ると少しだけ微笑んだようだった。
ハリーは嬉しくなった。おばさんが来たことで、ロンもハーマイオニーも、ウィーズリーおばさん達も思わずといった様子で居住まいを正した。
「お友達とご家族の方?」とペチュニアおばさんが言った。
「はい、おばさん」とハリーは少し照れながら言った。
「そう。ハリー、お友達は大事になさい。ミス、ミスタ。甥がお世話になりましたね。どうもありがとう」
「ぁ、はい」とつっかえながらハーマイオニーが頷いた。
「はい」とロンは目を白黒させながら頷いた。
「予定がありますので、これで。ハリー、ご挨拶はいい?」
「はい、おばさん。じゃあねロン、ハーマイオニー。夏休みに会おう!」
顔中ほころばせながら手を振って、ハリーはペチュニアとマグルの世界へ戻っていった。
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