ブハラの食欲は、まさしく異常な程だった。
胸焼けしてくるような量の豚の丸焼きが、次々と腹に収まっていく。
その光景を、ほとんど呆然とした面持ちで見守る受験生達の目の前で、ブハラが満足そうな表情でゲップして、腹をさする。

「あ〜〜〜〜食った食った。もーおなかいっぱい!」

笑顔を浮かべる彼の横で、メンチがいつの間にか用意していたドラを鳴らした。
ゴォォォン、と鈍い鉄の音が会場に響き渡って。


「終――――――了ォ――――!!」


こうして、二次試験前半の終了が言い渡された。
受験生の視線といえば、ブハラの食べた豚の骨に釘付けである。
・・・・・まぁ、何せ巨大なはずのブハラ本人よりも大きく積まれているのだ。
注目するな、という方が無理だろう。
しかしハンターってどうしてこう、ちょっと人外☆な人間揃いなんだろうか。

「あんたねー。結局、食べた豚全部おいしかったって言うの?審査になんないじゃないのよ」

腰に手をあて、呆れた調子でブハラを見るメンチ。
受験生一同と気にする所が違う辺り、どうも慣れているようだ。

「まーいいじゃん、それなりに人数はしぼれたし。細かい味を審査するテストじゃないしさー」

「甘いわねーアンタ。美食ハンターたる者、自分の味覚には正直に生きなきゃダメよ」

満腹ゆえの穏やかさか、のほほんとした様子で言うブハラにやれやれ、という顔をした。
さすがに若くしてシングルハンターの称号を得ているだけあって、主張に妙な説得力がある。

「ま、しかたないわね」

そう呟いて、スゥっと手に持った棒を振り上げて。





「豚の丸焼き料理審査!!70名が通過!!




先程よりも強く打ち鳴らされたドラの音が、ゴォォォオオン、と会場付近に響き渡った。
もブハラの後ろに積み上げられたブタの骨の山を見上げて、ほへーと感心したような声を上げている。
いやもう、これに感心せずに何に感心しろと言うのか。

「あたしはブハラとちがってカラ党よ!!審査もキビシクいくわよー」

んふふふ、とでも含み笑いが聞こえてきそうな表情で、そう宣言するメンチ。
そして、二次試験後半メニューが言い渡された。
それに伴う受験者達の動揺やざわめきを奇麗さっぱりシカトして、アークと戯れている
やる気皆無なのが、はた目にも一目瞭然である。
まぁ、どのみち後半メニューが全員落とされる運命にあるのを知っているのだから、それも当然なのだろうが。

そもそもそれ以前の問題として、は自分の料理の腕で美食ハンターを納得させる事ができるとは思っていない。
自分の料理の腕が到底プロに及ばない事は、はっきりしっかり理解していたりした。

何せ、こちらは特に料理の修業を積んだ訳でも、食に対して何らかのこだわりを持っているなどあるはずも無いどシロウト。
一時期「あたしは料理界の頂点に立つ!」とか言い出して各方面のプロに弟子入りしていただったらできたかも知れないし意気揚々とチャレンジしただろうが、試食はしても作りはしなかった自分ができるはずも無い。
会場内へとぞろぞろ入っていく受験生達を見ながら、どーしよっかなーと呟く。
意味がないのでスシ作りには参加しないつもりだが、それとは別に、おなかが減っているのも確かだ。

「お肉と魚、どっちにしよっかなー・・・・・・・」

くぅきるる、と空腹を訴える腹部を撫でさすり、どっちにしよう、いっそ両方にしようか・・・・・とブツブツ呟きながら、小屋とは逆の方向――――森の中へと入っていく。
すでに、頭の中には昼食のメニューしか残っていないだった。



 ■   □   ■   □



パチパチと、焚き火の炎が小さくはぜる。
魚の焼ける香ばしい匂いが辺りに漂い、白い煙が風にたなびく。
さらさらと流れる清流の岸辺で、は魚を焼きながら、呑気にアークをねこじゃらしでからかって遊んでいた。
串にぶすっと突き刺され、ヒレにはたっぷりの塩をつけて焚き火の周りに突き立ててあるのは本日の昼ご飯メニュー。
何気に奇形の魚が混じってはいるが、それにはもう慣れ済みなので気にしない。

「もうそろそろかなー♪」

ぺちっとアークにねこじゃらしアタックをかまして脇にどけると、ペロリと唇を舐める。
一番良い焼き色の魚の串に、手を伸ばそうとして――――――



ちゃぽん、



水音、そして視線。
その気配が、ここ1〜2日で慣れてきたそれであると判断するのとほぼ同時に、は顔も上げずに一番手近な魚串を取ってそいつへと投じた。
ヒュッ!と風切り音を立てて、狙い違わず標的に向かう魚串。
魚串の癖に常人であれば回避不可の速度で投げられたそれは、きっちり念でコーティングしてある為に、下手に受ければ致命傷所かそのまま彼岸を渡る事になる程、威力満点な必殺の凶器へと化している。
しかし標的となった相手は身体をわずかにずらす程度であっさりと避けて、魚串は水を跳ね上げただけで沈んでいった。



ち、避けたか 



ボソッと吐き捨てるように呟き、舌打ちする
何気に怖い上に物騒な事を言っているが、それでも聞こえないような小声の辺りに彼女の心理が伺える。
仕留め損ねたものは仕方無い。
ため息をついて、ヒソカを睨んで低く唸るアークを宥める事もせず、はいそいそと魚串に手を伸ばした。


「・・・・・ヤル気無いねぇ


ざば、と岸から上がったヒソカが、全身から水を滴らせて歩み寄る。
その様は、見る者が見れば「水も滴るイイ男☆」なのかも知れなかったが、に言わせれば水辺の自爆霊やら妖怪やらを連想させてひたすら不気味なだけ である。
なるべくそちらを見ないようにしながら、ぱく、と魚にかじり付く。
ちょっとクセがあるものの淡泊な白身に、塩味が利いていてなかなかにナイス。

うーん、やっぱ魚は塩焼きだね!

これで白いご飯かおにぎりがあればいいのになぁ、とか思っているの横で、ヒソカは濡れた髪をかき上げて。

「受かるのは諦めたのかい

「・・・・・んー、そーゆー訳でも無いんだけど」

もぐもぐと塩焼き魚を味わいながら、一応答える律儀なアタシ。
ライセンス持たずに手ぶらで帰ろうモンなら、師匠の修行で地獄が見れます(強制的に)
この試験に再試が無いなら、それこそ死にもの狂いでやっていただろうが。

何ともはっきりとしない答えに、しばし無言でを見詰めるヒソカ。
しかし、いつまでたっても先の事は言わない彼女に――――やがて焚き火を挟んで反対側へと腰を下ろして。

「じゃ、ボクもご馳走になろっかな◆」

「帰れっっ!(怒)」



魚の串に手を伸ばしたヒソカの顔面に、怒声と共にのハリセン攻撃が炸裂した。
ったく、油断も隙も無い。





すったもんだの挙げ句、「ちぇー」とか唇を尖らせて言うヒソカを、何とか会場の方へと追い返す事に成功。
岩の上に寝転がり、安らかな表情で優雅に午後のひとときをエンジョイする
その纏う雰囲気は、今にも眠ってしまいそうな程に緩みきっている。
かろうじて眠っていないのは、下手したら二次試験後半メニューの再試に置き去りにされるからだろう。
ぽへーと空を流れる雲を目で追うだが、それでも聴覚だけは研ぎ澄ましてあった。
距離が距離なので会場の話し声は聞こえなくとも、盛大に聞こえる物音ぐらいは判別出来る。

確か、話の筋の中に誰かがブハラにぶっ飛ばされるシーンがあったし・・・・それの音が聞こえたら戻ろうっと。

アークはとっくに遊び疲れて、バックの中でお休み中。 熱されて程良く暖かな岩盤の上で、ひたすらにぐーたらとする
鳥のさえずりや水のせせらぎが、鋭敏化している聴覚に心地良い。
癒されるなぁなどと、のほほん調で呟くの耳に、其れに混じって機械音が響いた。
だんだん近付いて響くそれに、空を見上げる。


「・・・・・・・飛行船、だ」


ゴォンゴォンと音を立てて、それは目の前をゆっくりと横切って。
魚を模したような形のその飛行船の腹には、おそらくハンター協会のマークが記されている事だろう。
数ヶ月前にも何の用事だったのかなどは知らないが、師匠の家に来ていたので印象に残っている。かすかに目を細めた。

あれが来たという事は、そろそろ二次試験後半の再試が行われるのだろう。

よっこいせと立ち上がって、服に付いた砂を払う。
無造作に放り出してあったバックを背負い直して、は二次試験会場へと向かって走り出しかけ。

「あ、しまった焚き火の始末!」

Uターンして戻ってきた。
いやぁ、うっかり。



 ■   □   ■   □




――――――・・・・て。頭に血が昇っているうちに、腹がいっぱいにですね・・・」

「つまり、自分でも審査不十分だとわかっとるわけだな?」

「・・・・・・・・・・はい」





研ぎ澄ました聴覚に、あちらでの会話が届く。

耳に届くのは先程も聞いたメンチの声と、溌剌とした、しかしくぐもったような声。
おそらく、これはネテロ会長なんだろう。
そういやこの人って幾つだろうとか考えながら、スピードを落とさず倒木を乗り越える。




「その方が、テスト生も合否に納得がいきやすいじゃろ」




段々、近くなる声。
それを聞きながら、は徐々にスピードを落とす。



「それじゃ――――ゆで卵」



メンチが新たな課題を告げたのに少し遅れて、は会場に到着した。
ネテロ会長とメンチが注目を集めているためだろう、こちらには誰も注意を払ってはいなかった。
おそらく、気付いている者もいるのかも知れなかったが・・・・・気にする事も無いだろうし、それはそれで良いとして。
さり気なく受験者に紛れ込もうとし、眉をひそめて後ろを振り向いた。

「・・・・・気配消して背後取るの、やめて欲しーんだけど」

憮然とした面持ちで抗議するに、しかしヒソカはにこにこ笑顔を崩さぬまま。

は知ってたのかい?こうなるコト

問いで返すなよ。

半眼でそう文句を言いそうになるが、それは喉の辺りでぐっとこらえた。
飛行船の方を見れば、すでに受験者達が乗り込み始めている。
レオリオとクラピカは一緒では無かったが、それでもその中にゴンとキルアの姿を発見し、ラッキー♪と心の中で呟いて。


「・・・・・どうだと思う?」


ニ、と笑ってそう切り返し。
は、飛行船の方に歩いていくゴンとキルア向かって走り出した。




クモワシの卵、楽しみ!






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ヒロインはまだ、色気より食い気なようです。