奇麗な子だな、というのが、その時のトンパの第一印象だった。
深く揺らめく朱橙の瞳に、黒絹と紅珊瑚の色彩を宿すセミロングの髪。
遠目に見ても整ったきつめの造作、健康的な白さの肌はシミ一つ無く、薄桃色の唇は鮮やかに肌に映える。
「美人」と呼べる容姿の者は、それなりにいる。
だが、その上に「超」や「絶世の」とつくような存在は、男女問わずでもそうそうお目にはかかれない。
事実トンパも少女を見た瞬間、しばらく見惚れて動けなかったくらいだ。

その点、少女はそれを充分満たす容貌の持ち主だった。

ただ、薄暗く(地下ですから・・・)むさ苦しい(ほとんど男ばっかだしね)この場にあっては不似合いこの上無い訳だが。
女の受験者はただでさえ少ない上、奇麗な少女という事でかなりの注視を受けている。
しかし当の本人はといえば、きょろきょろと視線を動かしてもの珍しそうにしておりそれに気付いた様子も無い。

放っておいても、途中で脱落するだろう。
そう思わないでも無かったが、“新人潰し”のプロとしてはそれを待つ気にはなれなかった。

どうせ落ちるんなら、オレが潰してやるのがせめてもの優しさだろう・・・・

試験の途中で脱落する者は多い。
そして―――――そこで命を落とす者も、数限りなかった。
だがこんな奇麗な、しかもまだまだあどけなさの残った少女が死ぬのを見るのは、自らそれに手を貸し、何よりそれをショーとして楽しみにしているトンパでも気がひけた。
ここに来たのがどんな理由からかは知らないが、たどり着けたのは確実に、運が良かったからなのだろう。
その幸運が、これから先も続くとは思えない。
自分が今潰しておけば、この少女が死ぬ事は無いはずだ。

少しおどせば、怖がって帰るさ。

そんな自己満足と勝手な想像と、後は6・7割ぐらいの下心を笑顔の下に押し込めて。


「やぁ!君はルーキーかい?」


トンパは、少女に声をかけた。



 ■   □   ■   □



そしてものすごく後悔する羽目になった。
周囲からの嫉妬と僻みの視線の嵐がとてつもない。
何故ならはちょうどいい話相手を見つけた、とばかりにトンパに素敵な笑顔を向けていたからだ。
さらにはその笑顔のまま、怒涛の勢いで延々と師匠の鬼畜っぷりとかノンストップで語り始めたのでトンパとしては「代わりたいなら代わってやるぞ喜んで。むしろ代わってくれ 頼むから! 」という心境だった。

「だから滝つぼに重し抱かせて突き落とすとか無いと思わない?しかも肉食の魚がわんさかいる場所だよ!?
 あの人常識とか良心を何処かに捨ててきたんだよ絶対!」

「・・・・・・・・・・・・・・あー・・・・・そうだなぁー・・・・・・・・」

整った顔を不満そうに歪めるに、トンパは虚ろな表情であいまいに返す。
甘かった。女の子だし、ちょ〜っとおどせば帰るかなvとか考えてたオレが甘かった!
延々三時間に渡る、盛大かつ聞くだけで怖ろしくなるようなグチを熱く語り続けるを前にトンパは心で泣いた。
男泣きだ。何故声をかけた自分。そんな事を自問するトンパはきっと、三時間前に戻れるのならその時の自分を殴り倒してでも止めているだろう。心底の後悔だった。
すでに、笑顔を取り繕う事も相づちをうつ事もままならないトンパに、しかしはかまう様子は見せない。
聞き手がいるのを幸い、ここぞとばかりに普段の不満をぶつけているだけであって、特に同意や共感が欲しい訳では無いのだ、としては。
ぶっちゃけた話、いれば意識無かろうがなんだろうがどうでもいい。
素で鬼畜だが、当人にきっと自覚は無い。

たとえ眼福としか言えない美少女の微笑みが目の前にあろうとも、その声が耳に心地良いものだったとしても、トンパにしてみればちくちくざくざく背中を突き刺しまくる視線の数々も含めて既に拷問以外の何物でも無かった。
視線で人が殺せるなら、きっとトンパは両手両足の指ではとうてい足りない数だけ死んでいる。
あーうーと唸りながら視線を虚ろに彷徨わせ、必至に逃げる口実を探し求めるトンパ。
気付いていない訳では無いが、それでもは知らん顔のままで話を続行していた。

と、彷徨っていた視線がある一点で停止する。
同時に、トンパの表情がそれこそ地獄で仏に出会った亡者のように明るくなって。


「ご、ごめん!またルーキーが来たみたいだからっ!!!」


の言葉を遮り、そう叫ぶように言って脱兎の如く逃げ出した。
その後ろ姿を見ながら「あ、逃げた」と呟く。

もっとも、あらかた語り終わった後だったしそうでなくとも別にどうでも良かったのだが。(←ひでぇ)

‘45’と表記されたプレートを片手で弄びながら、はトンパの去った方向から視線を外した。
好きなだけ好きなように愚痴ったので、多少喋り疲れたが気分はすっきり爽快だった。
何せ今まで関わる相手と言えば、師匠か賞金首、それに少量とはいえ(比較的まともな)人々。
師匠と賞金首、及びに危険人物に愚痴るのは論外、かといって(比較的まともな)知り合いにこんな(痛すぎて)放送コードに引っ掛かりそうな愚痴を話して聞かせるには気がひけた。
アークなら愚痴を聞いてくれるし丁度良いいのだが、それでもやはり物足りない。(癒しであるのは確かだが)
出会った人間の中でどうでもいい、更には愚痴にも耐えうるトンパがめでたく(?)尊い生け贄、もとい犠牲者として選ばれたのだった。嬉しくない選定もあったものだ。

・・・・・あ。そう言えば結局、下剤入りジュース出してこなかったや。

うろ覚えのH×Hの内容を思い出す。
‘新人潰し’のトンパは何話にもまたがって出てきたので記憶に残っていたのだが、ゴン達との出会いやら何やらはどうでもいいので忘却の彼方だった。

まぁ、断る手間がはぶけて良かったのだが。

女の受験者は見ただけでもそういなかったからもの珍しいのだろう、ちくちくと肌に突き刺さる視線にいちいち動じる気にはなれなかったが、これで試験開始までヒマになってしまったのは確かだ。
自分のプレートナンバーは‘45’だが、記憶が確かなら4〜500番代まではいたはず。
掘り起こした記憶と照合すべく入り口の方を見れば、そこでは138番のナンバープレートが渡されている。


・・・・・・・この調子で行くと、試験が始まるのはもうしばらく先の事になるだろう。


リュックを降ろして、は湾曲した壁面を伝う、一メートルほどの太い管に背中を預けて体重をかけた。
どうせ試験が始まるまではヒマなのだ、ここは寝るのが一番いいだろう。
片膝立ててあぐらをかき、脚の間にリュックを置く。
立てた脚に腕を組んで頭を乗せ、瞳を閉じて。



眠りは、意外なくらい簡単に訪れた。



 ■   □   ■   □



・・・・・リリリ・・・・・



遠くで鳴るベルの音。

ん〜・・・・・もーすこしねたい・・・・

半覚醒状態なは、眠りを妨げられた不快感に眉を顰める。
自分の目覚ましの音では無い。それでは、師匠の目覚ましだろうか?
何にせよ、は欲求に忠実に、その音に対して無視を決め込む事にした。



リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッッッッ



泊蛯ォくなってく!?

あまりの大音量に耐えかね、不機嫌そのものという顔で飛び起きた。
眼前に広がるのはいつもの自分の部屋では無く、薄暗いトンネルのような場所。
ちょ、アタシなんでこんな所に―――ってそうか、今ハンター試験会場にいるんだっけ。
一瞬混乱しかけたが、すぐには復帰した記憶に現状を把握して納得した。



「ただ今をもって、受付け時間を終了いたします」



ベルの音が止まり、次いで降ってきた平坦な声。
どうやら、あれから思いっきり熟睡していたらしかった。
あふう、とあくびを噛み殺し、未だ眠い目をこすって試験官に目を向ける。

うわー、ベル悪趣味。

ぱりっとしたスーツに、外向きにやや癖をつけたヒゲと髪型。
何処か執事然としたそのスタイルに、そのベルはひどく不似合いだった。

あの人どんな名前だっけ。サトルとかサトシとかかそんな名前だった気がするけど。
それにしてもあのベル、試験官さんの趣味かな。それとも支給品・・・・・・・・・・・・って事はネテロ会長の趣味?

どっちにしろ趣味悪。


「ではこれより、ハンター試験を開始いたします」


途端に、周囲の空気が張りつめる。
それは例えるなら試験直前の、ピリピリした雰囲気に似ていた。
テストが配られ、開始を告げられるのをあとは待っている時のものを、更に密度を濃くしたようなもの。
もっとも参加する側から言えば、あれと同列に並べられるのは腹立たしい事かも知れないが。

それでも、少なくともの認識はそんな所だ。

ある程度、試験のおおまかな流れも知っている。
それに一年前ならともかく、今はこのぐらいの試験なら軽くこなせる自信も実力もあった。
よほどの事が無ければ、落ちる事などまずあり得ない。
進み出した人波に紛れながら、降ろしていたリュックを背負い直す。




「承知しました。第一次試験404名、全員参加ですね」





さぁて、ハンター試験の始まりだ。






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