< 自分の念を、何らかの形にする事 > それが、師匠から出された課題。 提示された期限は一ヶ月。 対して残り時間はと言えば、あと二週間。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理かもしんない(汗) 「形に、かぁ・・・」 ざぷざぶと、延々降り続く雨音が耳に響く。 ここ最近の雨続きで、どうも外に出る機会が少なく籠もりがちである。 具現と、操作。 この二つを使い、なおかつ自分でもしっくりくる能力。 当然、色々考えてはいる。 刃物や爆弾なんかを具現化して操作。 具現化した物を使って、対象を思うがままに操る。 炎なんかを具現化して操れれば強力だろう。 だが、具現化にはかなりのイメージ修行が必要とされる。 「火を具現化できる程、身体に覚え込ませたくはないしなぁ・・・水・・・・・具現は出来ても役に立つのかどうか」 飲み水としての活用は出来そうだけど。 戦闘で使えないとなると、かなり困る予感がする。 いっそ、火や毒を吐くドラゴンなんかを具現化してみるとかどうだろう。 目を見た相手を石化させるバジリスクとか。 「・・・どこまで可能なのかな、念能力って」 膨らむだけで、一向にまとまらず固まらない、イメージの数々。 やっぱり相性は肝心だから、これぞ!という能力にしたいのだけれども。 大きなソファーの上で、ごろりと転がって仰向けになる。 年季の入った天井にあるシミが、不気味にこちらを見下ろしていた。 「具現化した武器を操作・・・オートで相手を追尾できるとか?」 いやでも、それを逆手に取られて自滅ってよくあるパターンだし。 対象の温度を、自在に操作するとかはどうだろう。 一瞬で100度近くまで体温を上げてしまえば、どんな相手であっても自分の体液で煮込まれて死ぬ。 逆に0度近くまで下げられれば、凍死する事は間違い無しだ。 容赦こそできないだろうけど、かなり戦闘向きな能力だ。 温度を操作さえしなければ、殺さずにすむだろうし。 それに、上げるにしても40度程度だったら、熱で目の前が霞むとか頭が重くなるとかですむ(はず) 下げる場合も30度ぐらいまでなら、無意味に身体が震えるぐらいですむ(・・・と、思う) 「・・・これにしよっかなー」 実践向きだし。 ってゆーか、独り言増えすぎ。 ため息をついて、クッションを抱えて横向きになる。 どうも、籠もりがちだと欝になってきていけない。 話し相手もいないしね。 「久しぶりに、外に出ようかな」 雨に濡れても、何か問題があるわけでも無いし。 むしろ、気分がすっきりするだろう。 風邪をひいたら、その時はその時だ。 よし、と呟いて、身体を起こす。 窓の外は、未だに激しい雨が降り続けていた。 ■ □ ■ □ ざぶざぶと、まさしく“バケツをひっくり返したような”(タライだっけ?)雨が、全身にあたって滑り落ちていく。 服を着たままでシャワーを浴びているような、そんな気分。 激しい雨は肌が痛いが、妙に心楽しくなる。 身体に張り付いた、服の感触さえも、慣れてしまえば悪くない。 やっぱ、外に出て正解だったかな。 鼻歌でも出そうなくらいの上機嫌で、慣れた森の中を散策する。 くさくさしていた心が、すっきりしてきて晴れやかになる。 ふと、むくむくと“ある考え”が浮かんだ。 今、雨に向かって“練”を行ったらどうなるんだろう? 水見式は、水やグラスに対して反応が出た。 ひょっとしたら、何か面白い事が起きるかも知れない。 水が凍ったりとか、いきなり燃え出したりとか。 案外、魚に変わっちゃったりとか?(←念をなんだと思ってるんだお前) 次々と浮かんできた、とりとめのない想像。 それに当然の事ながら、好奇心が疼かないはずもなく。 と言うかむしろ、悪友たるほどではなくとも好奇心旺盛なが、そんな何が起こるか解らないからこそ面白そうな実験をやらないはずがなかった。 「ヤバかったら、その時はその時・・・っと」 にっと笑い――――ここら辺、悪友と通じる部分がありあまっている――――かなりアバウトな事をほざく。 やる気満々な表情で、胸の辺りに両手を出す。 そして、“練”を発動。 バァンッ! 「ぅおわっ!?」 念を受けた雨粒が、氷の粒になって弾けた。 連鎖的に弾けだした雨粒は、念の影響を受けているためだろう、まさしく弾丸の如き速度と強度を持って襲い掛かった。 しかも、雨粒は一つじゃなかったからたまらない。 バンバンバンッバンバンッッッッッ!!!!!! 「わーっっっ!?!?」 連鎖的に弾ける雨粒を、驚異的な身体能力で避けながら走る。 幾つもの細かい粒が薄皮一枚隔てて通り過ぎていくのは、師匠の修行を連想させて恐怖を煽る。 軽いパニック状態でダッシュをかけるは、大事な事を失念していた。 つまり。 「あ?」 本日は雨で、とても滑りやすい事と。 この近くには念使いでもシャレにならん程度に高い 、断崖絶壁がある事を。 「しまったーっっ!」 思いっきり足を踏み外しながらの絶叫が、森にエコーする。 普段鍛え込まれている反射神経を、極限まで駆使して岩壁にしがみつく。 「――――――――っっ!」 肌が、岩にこすれて血がにじむ。 皮がめくれ、擦った傷口に尖った岩壁が食い込んだ。 熱を伴った痛みに歯を食いしばって耐える。 何とかひっかかった岩の出っ張りに、両腕をかけて重圧を支える。 筋肉繊維がぶちぶちと音をたてて千切れそうな錯覚。 ほとんど凹凸のない岩壁ではあったが、何とか落下を止める事は出来た。 大きく安堵の息をついて、上を見上げる。 落ちた距離は、目算でおよそ6・7メートル程度か。 雨で滑りやすい上に、凹凸の少ない岩肌。 着ている重り(現在すでに1トン)もあって、自力で上るのは難しいだろう。 ぶら下がっている状態の岩盤も、1トン+α の重さに、みしみしと実に不吉な悲鳴をあげている。 かなりやばい状況だ。 「これぞまさしく絶体絶命」 言ってみて、すぐに後悔した。 ピッタリすぎてむしろイヤ。 下を見るが、木々に覆われていてイマイチ距離が把握できない。 空でも飛べれば、何とかなるだろうが・・・。 「・・・・・・・・・生還できたら、飛び方も検討してみますか」 ミシミシという音は、さらに大きくなっている。 オーラを瞬間的に大量放出して、身体を浮かせるやり方もあるが、今の自分ではまだまだ出来ない。 だが、現状のままでは確実にまずい。 死にはしなくとも、行動不能になる可能性は極めて高かった。 ―――――試してみようか。 “堅”と、放出系の併用。 命がかかっているんだから、意外と上手くいくかも知れない。 人間、死ぬ気でやれば結構色々出来るものだ。 だからって死ぬ気になりたいとは思わないのも確かだけれど。 不安定になり始めた手元に、そろそろ限界かな、と直感が呟く。 できれば知りたくもなかったが。 「救命なしの一回こっきり運試し、さん、にい、いち」 バキィッ 鈍い音。 「ゼロ」 上からかかっていた重力が消える。 1トン+自重の重みを支えていた腕が、重みの消えた事に歓喜する。 下からかかった風圧に、濡れた髪が舞い上がって。 落下と同時にそう呟けた自分は、何だかけっこう冷静だと思った。 TOP NEXT BACK |