それは闇。
永遠に続く――――暗黒の空間。

何もかもを飲み込んでしまいそうな“黒”が、そこには満ちていた。



「・・・・死んだ、かな?これは」

気付けばいつの間にかいたその場所で、腕を組んでそう呟く。
何処までも続く、果てのない黒。
それでいて、自分の姿だけは、はっきりと認識できているのだから不思議な話だ。

参った。

死ぬならせめて、師匠を超えてから死にたかったんだけど。

まぁ・・・・・・あの師を越える事自体、かなり無謀な望みだろうが。
少なくとも、認めてもらえる程度には、強くなりたかった。


「もう、無理なんだろうけどさ」


死んだという事は、これで終わりという事で。
未練は箇条書きで提出出来る程大量にあったが、それで何とかなるはずも無く。
結局は自業自得なのだから、受け入れるしか無い。

――――――だけど、


「なーんか、変なんだよねぇ・・・・・・」

自分が死んだ。
それは、ほぼ間違いないと思う。

だが、最後に――――――あの、賭に出た瞬間の記憶。



その部分だけが、見事に覚えが無いのだ。



気を失った・・・という線は無い。
師匠のシゴキの中には、あれよりもっと死線ギリギリの体験もあったのだから。
それだけではない。

は、この黒一色の世界に―――――何か、違和感のようなものを感じ取っていた。

それが、何かまでは解らないまでも。



「あーあ・・・賭けはあたしの負けか」



声が響いた。

自分のものでは、無い。
聞き覚えのない・・・澄んだ、水を連想させるような。
涼やかで、身体に染み渡るような―――――聞き覚えのない、けれど・・・何故か懐かしい、美しい声。

反射的に、後ろを振り向く。


闇に栄える、銀の髪。
しなやかで、均整の取れた細い肢体。
漆黒の服から覗く腕は白く、まるで透き通るようだった。

後ろを向いているため・・・・・・顔は、見えない。

いつか、夢で見た銀色の少女。
そして―――――その纏う雰囲気は、誰よりも、知っている其れで。

「・・・・・・・・・・・・・?」

自然、その名が口から滑り落ちる。
少女が、こちらを振り返る。


その瞳が、驚愕したように見開かれた。


「――――――っ!?」

なに、アタリ!?

「やっぱりか!何やってたのさっていうかその姿どうしたの!!」

意外な再会に驚きと喜びを露わにして、久しぶりに再会した、親友に駆け寄る。
嬉しそうに表情を緩め、言い返す

「そっちこそ!!何その格好、それに髪とか目の色変わってるんだけど!?」

「ああ、あんたいなくなってからさ、すっごい非現実な事があって

ついでに地獄を見てきたよ・・・・・・(遠い目)

ほんの一瞬、今までの修行の光景が脳裏を横切る。
・・・・・・・・・今まで生きてた事の方が、奇跡に思えてきた・・・(苦)

「それより、どこいってたのよ!?すっっっっっごい心配したんだからね!?」

気を取り直し、今までの苦労に対する八つ当たりも込めて、思いっきり怒鳴る。
その言葉にが、誤魔化し笑いを浮かべ、拝むように両手を合わせる。

「ごめーん・・・なんか言っても信じてくれなさそーな事が起こって

・・・・・・・・・・・・ん?

その言い方に、片眉を跳ね上げる。
それってひょっとして・・・・・

「言ってごらん言ってごらん、おねーさんに話すがよい」

「うわその言い方オバンくさー・・・・・はいはい言うって。――――マンガの世界に飛ばされた




          間。




「アンタもか・・・・・・」

「あんたも?」

予感通りの返答に、頭を抱えてそう呻く。
アタシの言葉に、が眉をひそめて問い返した。

「アタシもなんだよね、気が付いたら飛ばされててさ」

「なにそれ!?」

これ以上ない、という程に目を丸くして叫ぶ
その表情は、『驚愕』とでも題して、絵か写真として収めておきたい程のものだった。

「ちなみにH×H。・・・・・あんたは?」

「ポケスペだけど・・・すごい偶然」

ポケスペ・・・・・・ポケモン世界、ね。
そう言えばそんなタイトルのマンガが、の家にあった気がする。

「いや、むしろ偶然超えて作為すら感じるんだけど

「・・・・どーかん」

真顔でそう突っ込めば、が同意を示して。
顔を見合わせ、同時に苦笑いを漏らした。

「・・・・・・一緒だったら、よかったのにねぇ」

そうだったらきっと、もっと楽しかっただろう。
一緒に修行して、勉強して、騒いで。

例えそうでなくても――――同じ世界だったならきっと、いつだって、会う事が出来たのに。

「確かに」

深々と、これ以上無い程の真顔で頷き―――――
が、にっと笑ってみせた。

「・・・でも、無事みたいでよかったよ」

「いや、そーとも言い切れないよーな・・・・・」

何たって崖から落ちたしね!!
それに、ここにいる時点で何かヤバイと思うぞ。





―――――  『    おいで     』  ―――――――





ふいに。

誰かの、声がした。
とても懐かしい・・・・優しい声。

誘われるように、後ろを振り向く。


「どしたの?」

不思議そうな声が、問う。

「・・・・・・呼んでる」


目の前に広がる――――鮮烈な、白い光の道。


果ての見えない程、長い。
柔らかな、温かい光であると言うのに・・・何処か、激しさを感じさせる。

その向こうから、‘誰か’が、呼んでいた。
其れは、導く意図を、感じさせていて。


「・・・・・・たどれば戻れる・・・かな?」

「・・・・・・多分ね」

沈黙。

交差する、視線。
切なさ――――それとも、寂しさだろうか?
一言では表現しきれない、何とも複雑に入り交じった・・・・・感情。


戻る。

それはつまり、・・・・・・完全な、決別。



「・・・一緒に行かない?」

「そっちこそ」

共に、同じ世界で生きる。

やろうと思えば、今からでもできるだろう。
だけど―――――それは、新たな世界で培った総てを、捨てるという事。


意を決し、イヤリングの片方を外して放る。
しゃら、と音を立てて、イヤリングはの手の中に収まった。

「餞別代わり」

かなり苦労して手に入れたモノだが、になら、渡しても良いと思った。
頷き、イヤリングを耳に付けて。

照れ笑いを、浮かべる。

「――――――サンキュ」




いつだって、誰より近い存在だった。


当たり前みたいに。




泣いて、笑って、怒って、騒いで。




 ( それこそが、何よりも自然で )




――――――――馬鹿馬鹿しいぐらい、普通の。







 ( 変わらないと、信じていた )







けど。


依存し合う程、アタシもも弱くないから。
たとえ其れが、見せかけだけであっても。







 ( この命在る限り、 )








支えあうのでも、慰め合うのでも無く。

気紛れに会って、一緒にいて、ただ傍にいて。











 ( この絆が、違えられる事など無い )












其れが、ほんの少し変わるだけ。

ただ、会えなくなるだけ。


――――――寂しくないと言ったら、嘘になるけど。
















 ( それこそが、不可侵の真実。 )











心は、傍にいるから。













「次に会うのはあの世かな?」

「いいねそれ。お互い話でもしながら、酒飲みまくろ♪」

冗談混じりでさえ在る口調で、笑って。

どれほどに離れても、揺るぎなどしない。
これからも、変わる事の無い―――――――アタシ達だけが共有する・・・・・“ 特別 ”


さよならは、言わない。


「元気で」

もね」


そして、それぞれの道を歩き出す。

後ろを、振り返る事はしない。
――――たぶん、も振り返る事など無いだろう。


たとえ、どれほど未練があるとしても。








呼びかける声が、だんだん鮮明になっていく。









・・・・・・・・・・・・ああ、そうか。






ふと。

口元に、微笑が浮かんだ。







「―――――――ありがと」






導いてくれて。













「そっちに行くの、なるべく遅くなるように頑張るね?」











今は亡い、二人を可愛がってくれたその人に、笑って。



アタシは、「現実」へと向かって、歩いていった。

















―――――――迷いは、消えた。心残りも。

             さぁ、生きていこう?自らの、心の望むままに。

















 ■   □   ■   □



「・・・・・・・・・・・・・・・ん」

頬に湿った土の感触を感じ、ゆっくりと、目を開けた。
木々の合間から差し込んでくる強い日差しに、顔をしかめる。


戻って、来た?


恐る恐る、身体を動かす。
全身がだるい。
まるで、ぬるま湯に浸っているかのような脱力感。
心地良いとは言い難い疲労感を感じた。

だが・・・何処か痛むとか、そんな事は無い。

どうやら、外傷はないようだ。
少し頭痛がするが、それもしばらくすれば収まるはず。
仰向けに転がり直し、呟く。

「夢、だったの・・・・・かな」

こうしてぼんやりしていると、先程の再会も、この世界すらも、・・・・・・・・何が現実なのかさえ、曖昧になってくる。
自分の存在さえ、希薄に感じられて。
頬に濡れたような感触があって、泣いてたのかなぁ、と他人事みたいに考えた。
何気なく、耳元に手を当ててみる。
常ならば有る、冷たい石の感触はそちら側だけ欠けていて。

自然、笑みが漏れた。


まだ起きあがる程の気力は無かったので、ごろりと転がる。
その途端、視界に飛び込んできたのは。


「・・・・・・・・・・・・たまご?」


ってそれ以外の何にも見えないけど。
ここって何かの巣だったりするんだろうか。

―――――いや、それは無いかな。

即座に、その考えを打ち消す。
雨も止んでいるし、あんなに曇っていた空も、今では綺麗に晴れ渡っている。
少なく見積もっても、かなりの時間が過ぎてるのは確実だ。
それに、もしそうだったら放り出されるか餌にされるかだろうし。


視線の先で、卵がわずかに揺れ始める。
カタカタ揺れる其れに、思わず息を呑んで見入る。
見る見るうちに殻に亀裂が入り、細かい破片がパラパラ落ちて――――――



―――――――ミゥ



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

わぁー何か出てきちゃったよ。
何故、こんな場所で生命の神秘を感じねばならないんだろう。


何か神とか仏とか、確かそんな名前の相手の胸ぐら掴んで抗議してやりたい衝動が、胸を満たす。
無言で、卵から生まれた生き物を凝視。

やっぱりと言うべきか、目が合ってしまった。


ミゥ、ミゥミゥ

その黒い毛玉状の生き物は、実に嬉しそうに鳴きながらすり寄ってきた。
まん丸で桃色の瞳が、愛らしく見つめてくる。

その仕草は、はっきり言わなくても可愛い。

って言うかすごく可愛い。いやもう、犯罪的なまでに。
見る者の保護欲を、誘わずにはいられない程だ。


が。


卵生の生き物って、初めて見た動くモノを親と思うんだよね・・・・・・(汗)


「・・・・・・・・・飼うしかないの?これって」

餌だって分かんないのに。

ってゆーか、師匠がなんて言うかが恐いな。





そんな事を考えながら、家へ戻るべく、腰を上げるのだった。






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この二人の友情は、とても純粋だと思ってます。