しとしと、しとしと。





黒く渦巻く雲が、昼間だと言うのに空一面を支配している。
どんよりと曇った空から、単調なリズムで水滴が降り注いでいる。
空気が、大量の水分を含んで不快感を煽る。

山の天気は極めて気紛れ。

そーいやここって山の中だったよねと言う呟きは、この世界に来てからまだ一度もこの家の敷地を出てないからって事で聞き流して欲しい。文明社会がちょっぴり恋しかったりするけど、そこは自力ではどうしようも無いので我慢する。
なにせ、無駄に敷地が広いので未だに全体像は把握できていないのだ。
大抵買い物は師匠だけで行ってしまうので街の方向も分からないし、時々来る、師匠の作る薬目当てで訪れる客は大概飛行船を使用してとなれば、無駄な抵抗=遭難は確実。
アタシはまだまだ命が惜しい。
それに街に行ったとしても、共用言語のハンター語が読めないから不自由するだろうし。

窓ガラスにあたって流れていく水滴。
調合していた薬が、ぽん、と軽い音を立てて煙を出した。

「師匠ーこれでおっけーですか」

「ああ。後はそこの粉をひとさじ加えて完成だよ」

掲げて見せた試験管を、一瞥して指示を出す。
うい、と返事をして、ごぼごぼ泡立つそれに正体不明の銀粉を加えた。
雨の日はこうして室内で、薬品調合とかハンター語とか古代文明についてとか色々な知識を仕込まれるのが日常だ。
こういうのは好きだし得意だし、苦にはならない。

なにより身体がキツくないっていう所がアタシ的には高ポイント!(真顔)

試験管を軽く振って粉を溶かす。
ごぷっと音を立てて、液体がダークグリーンから鮮やかなブルーへと変化していく。
それを眺めていると、師匠が何気なく呟いた。


「そう言えば、系統判別をしてなかったね」


・・・・・・・・・。


忘れてたのかという感想は、口にも顔にも出さず、胸の奥へとしまっておいた。
口が裂けても言えない、殺されるから。



 ■   □   ■   □



「うっし」

念の系統を判別するため、最もポピュラーな【 水見式 】という方法を使うらしい。
やり方は簡単。
水を入れたコップに葉を浮かべ、‘練’を行う。
結果によって、そのタイプが分かるらしい。

ぺし、と頬を軽く叩いて気合いを入れる。
耳に下がった月光石のイヤリングが、しゃらんと揺れた。

アタシはなんの系統かな。

プレゼントの箱を開ける時の気分。
ワクワクと弾む気分で、コップに手を近づける。
大きく深呼吸し、精神を沈める。
体内にためたエネルギー。それを、急激に解放する!


バリンッッ!!


「わっ!?」

派手な音を立てて、コップは砕け散った。
透明なガラスの破片が、床にまで散らばっている。

「・・・・・・特質、だね」

「って、これじゃどんな能力か分かんないし」

師匠の言葉に、口を尖らせながらガラスの破片を払う。
念でガードしてなかったらやばかったよ今の。

「何言ってんだい。念能力は相性と、想像力で創りあげるモンだよ」

「それ抜きでも分かんないです」

この結果で何を解れと。

「ふむ・・・今度は、もっと弱めで“練”をやってごらん」

「はーい」

新しいコップに水を注いで葉を浮かべる。
そして、再チャレンジ。


ドロリ


異様な音と煙を出して、コップが熔けた。
まるで水飴のようにするすると形を変えるコップに、慌てて“練”を止める。
水だったものは中心に葉と不純物を巻き込んで、氷の塊になっている。

「・・・・・・えーと」

ワケ分からんのですが。

戸惑い顔で、どうなんでしょうかと師匠を見る。
横で見ていた師匠が、思案気味に首を傾げて。

「特質系――――それもおそらく、【 操作 】と【 具現化 】の両方を得意とするタイプじゃないかい?」

「両方って・・・そんなの可能なんですか?」

特質系の能力は、隣接する操作系や具現化系から派生する可能性が高いからか、どちらかに寄っている場合が多い。
もっとも、純粋な特質系、というのもあるそうだが。

「どんな能力か解らないのが、特質だからね」

・・・ビックリ箱風なんだね、特質って。

「じゃ、これってそのせい?」

ゴメンよコップ安らかに。

心の中でそう祈りを捧げる。二個も駄目にしちゃったし。
ってゆーか、これでよく判断付くよね師匠。

「だろうね」

その返答を聞きながら、キラリと輝く残骸に、そっと指で触れてみる。
仄かに熱を持ったそれ。 よくまぁこんな溶けたな、と感心して―――――眉を寄せる。

「どうかしたのかい?」

「いや・・・・・・今、何か映った気がして」

ほんの一瞬。

何処とも解らない風景が、原型を留めないガラスに映し出された。
しかし、もう何も映ってなどいなくて。

・・・・・・目の錯覚?にしてはリアルだったような。

首を傾げ、ガラスから指を離した。
師匠が、成る程ねと呟く。

「師匠?」

問いには答えず、師匠は意味ありげに微笑する。

「それじゃ、課題だ。 一ヶ月以内に、念を何らかの形にする事。私は口出ししないから、好きなようにやりなよ」

「え、ちょ、今のなんだったんですか―――――って師匠っ!?」

いつの間にか、師匠はバカンスルックだった。
しかも片手にはスーツケース。

なんでスーツケース!?
ってゆーかさっきまでは普通の格好だったはずじゃ!?!?


「調合の勉強は欠かすんじゃないよー♪」

急激な展開についていけない(むしろどっから突っ込むべきなのか混乱している)弟子に。

にこやかに―――――ただ、にこやかに笑顔で手を振って。


ぱたん、


扉が、無情に閉められた。




「師匠ぉぉぉぉぉぉぉっっっ!?」




雨の降りしきる山の中で、アタシの叫びだけが木霊した。
とことん無責任な師匠でした(笑・・・えない)






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