ドナドナの子牛か貨物のように運ばれていくゴン。
既に心は第三試合らしいハンゾーの気合の入ったガンとばしを風に柳と受け流すの横で、キルアがふと抱いたらしい疑問を口に出した。

「おいじいさん。もしゴンが気付いてからさ、合格、辞退したらどーすんだよ?」

・・・・・あれ、これってキルアのセリフだったっけ?
多少の違和感を覚えたが、それがはっきりするほどには、はH×Hをそう読み込んでいた訳では無い。
だがしかし、それでもキルアの発言には一理あった。
ゴンの性格上、目を覚ましたら合格を辞退しかねないのは確かだ。納得してなかったし。
過ぎった不安を、問われたネテロ会長は面白そうに笑い飛ばした。

「ほっほ。ゴンは合格じゃよ、本人がなんと言おうとな。
 仮にゴンがごねてワシを殺したとしても、合格した後で資格が取り消される事はない」

「ふぅん。そっか」

気の無いような口調ながらも、キルアが安心したように口元を緩めて。
それをばっちり見ていたは、思わず噴き出してしまった。

「・・・・・・・・・・・・・

ぎろっと睨まれ、慌てて口元を押さえてそっぽを向くがそれで誤魔化しきれるはずも無い。
むしろ睨んだ時に恥ずかしそうに赤らんだ頬が見えていた分、笑いの衝動はますます強くなっていったりしていた。
キルアの視線を感じながらも、よろめきながら近くのレオリオにすがりつき、

「っく・・・・っあっははははははははははははははははっ!!!」


爆笑した。


「だーっ!笑うなーっ!!」

「はははははっ!!!だって、さっ!あははっキルアってばっ・・・・・か、顔が乙女ーっ!!!!」

「誰が乙女だっつーの!!うっせ、笑うなっつってんだろーが!!!」

「あのなお前ら・・・・・・・オレを挟んで言い争うなって聞けコラ」

ばしばし腕を叩きながら大笑いする、顔を赤くして憤慨するキルア。
そんな二人に苦情を聞き流されて青筋浮かべるレオリオをよそに、第二試合が開始されたのだった。



 ■   □   ■   □



第二試合が終了する頃には、の笑いもしっかり収まり、ついでにキルアはすっかりヘソを曲げていた。
ヒソカとの戦いに一応の勝利を収め、戻ってきたクラピカに駆け寄る。
約2名ほどの視線が実は結構痛かったりしたが、それは気付かないフリだ。
特に片方の視線が粘着質だったりしてアークも尻尾の先まで毛が逆立っていたりしたが、そこもあえてスルーする。
第四次試験前の拷問じみた兄妹交流に比べれば、充分許容範囲内である。
うん、気にならない気にならない。
アッチの空気だけ別世界的な重さになってるんだけど 気にならないったら気にならない。

「クラピカ、お疲れ!」

やや引きつり気味だったが笑顔付きの出迎え。
硬かった表情を幾らか和らげ、しかしすぐにヒソカの視線に再度表情を凍らせてクラピカが頷いた。

「・・・・あ、ああ。ありがとう。次の試合、無理はしないようにな」

「・・・・・・・・んー、うん。まぁ、何にせよてこずりそうなのは確かなんだけどね・・・・」

視線でゴメンと謝りながら、ふぅ、とため息をつく。
そんな主人の頭上で、アークが慰めなのか励ましなのか分からない鳴き声を上げた。

「応援はしてやらねーからな」

「いらないよーだ」

キルアに向かってあっかんべぇと舌を出し、アークを床に置く。
くるくるとした大きな桃色の瞳でを見上げて一声鳴くと、てててっと部屋のレオリオ達の足下まで駆けて行った。
それを見届け、はハンゾーの方を見る。

ぱちりと一瞬、火花が散った。


「第三試合、ハンゾーVS!」


名を呼ばれ、二人が部屋の中央に進み出る。
ハンゾーの表情が戦意のみを残して、すぅっと研ぎ澄まされたものに変化する。
戦意を感じさせながらも、何処か気安さを残してた第一試合の時とは明らかに違う。
たとえ恨みがあったりしても、を見た目で評価する事は無いようだ。確かな本気を感じさせるその態度に、はプロだなぁ、と今更ながらに感心した。試験官が、二人の間に立つ。

「それでは、」

「あ、ちょっとストップ」

「・・・・・何でしょう」

開始の言葉を遮られ、試験官が問い返す。

「モップ借してもらえません?」

「モップ、ですか」

こくりと頷き、ネテロ会長を振り返る。
念使いで無い相手に念を使うなんてアンフェアな事をするつもりはさらさら無い。
殺し合うのではなく、これが試合であるのだから尚更に。
けれど戦う以上はベストに近い状態で戦いたいし、そうでなければ相手に対して失礼だというのがの考えだった。
細かい事かも知れない。
それでも、それはにとっては譲れないこだわりだ。

「壊したらちゃんと弁償しますし。いいですよね?」

「別に構いやせんよ」

ネテロが頷き、試験官が持ってきたモップがに手渡された。
薙刀を振るのと同じ要領でモップを旋回させ、具合を確かめる。まぁ、こんなものだろう。
具現化する薙刀とは重さも長さも違うし、手に馴染んだ道具とは言い難かったが、代用品としては充分だ。
“いつも”敵と向かい合った時するように、半身引いて構えを取り、“敵”を見据える。

「では、改めて」


ハンゾー。

元の世界で言えば、同郷にあたる国の人間。
目を伏せ、気持ちを切り替えて。


「――――始めっ!」


開始と同時に自身の間合いにまで踏み込み、は勢いに乗せてモップを袈裟懸けに薙ぐ。
流れるような動作に合わせて叩き込まれた一撃は、避けられる事を事前に想定した小手調べ程度の攻撃だったが思いの外に軽い手応えしか無かった。

浅すぎる。

わずかに眉をひそめるとはまるで別の意思を持っているかの如くモップは大きく弧を描き、は後ろへ逃れたハンゾーの方へと深く踏み込んだ。投擲に近い直線で、モップの柄がハンゾーに叩き込まれる。

「ふッ――――」

ぱぁん、と音が響く。かわしきれないと見切り、両手で受けたのだ。
しかし大きく響いたそれが、せいぜい相手の両手を痺れさせる程度のダメージしか与えていない事は、対戦者であるが一番分かっていた。モップのリーチが薙刀より短いからだろう。
どうしても“いつも”の間合いで動いてしまうので、間合いに微妙なズレがある。
頭で理解しても感覚はなかなか付いてこない。
モップを引き戻すと同時に、ハンゾーがの間合い深くまで踏み込む。


「危ねェ!」


外野から誰かが叫ぶ。“突き”技の難点は外した時の対処だ。
どうしても武器を引き戻す為のタイムロスは隙を生む。それでも突き技が消えないのはその攻撃力と真っ向からでは致命傷を避けようが無いゆえだが、リーチの違いを考えていなかった分だけにとっては不利に働いていた。
武器であるはずのモップを手放し、引くのでは無く踏み込む。
至近距離のハンゾーが瞠目するのを見て、は無意識に笑っていた。

パァンッ!!

軽い音が響いた。 先程よりも大きく響いたそれは、けれど先程より重い。
の掌打を喰らって、ハンゾーの身体が後方へ大きく傾く。
足で床に落ちたモップを跳ね飛ばし、同じ方向へは跳んだ。
ハンゾーの拳を防ぐために使った片腕は完全に痺れてしばらく使い物になりそうにも無い。
動く利き手で再度モップを構えて次の手を考えながら、は表現しようの無い楽しさを感じている自分を自覚していた。
心が弾むような、躍りだしたくなるような、笑い出したら止まらなくなりそうな、そんな感覚。
たとえるならそれは、誰かがイタズラに引っかかるのを待っている時のような、
ずーっと楽しみにしていたゲームを始める時のような。

痛いのは好きじゃないし、一方的に振るう暴力も気持ちいいものだとは思わないけど。

ゆらり、とハンゾーが身を起こす。
それを視界に捉えると同時に駆け出したくなる自分を、深く息を吸って、吐き出す事で押さえ込む。
足下から、指先から、這い登るように神経を侵し、研ぎ澄ませていく高揚感は馴染み深いものだった。
片腕の麻痺は多少ほぐれてきたが、動いても感覚の無い事には変わりが無い。モップをハンゾーにひたりと据えて、感覚の無い片腕を添える。


タンッ―――――


床を蹴る音は軽い。上段から振り下ろすようにして叩き込まれたモップを半身ずらすだけでハンゾーがかわす。
着地するより早く軌道線上をそろえて広げた指先が薙ぐが、それをむざむざと受けるでは無い。柄に身を隠すようにして攻撃を防げば、モップを軸にして低く足払いをかける。
跳び上がって避けたハンゾーに向かってモップを旋回させれば、ギィン、と鋼の擦れる音が響く。
腕に隠していた刃で防いだのだ。
一応暗器の存在は予想の範疇だったが、それでも口元が綻ぶのをは抑えられなかった。
拮抗する力と力。長引けばモップという本来武器ではないものを使用しているの方が不利なのは明白だった。
だから押し返す力に逆らわず、はモップを逆回転させる。

カァンッ!!

後方に引きながら放たれた一撃は、易々と暗器を半ばから叩き折った。
くるくると回転しながら落ちてくるそれをハンゾーが蹴り飛ばし、は飛来したそれを避けながらモップごと突っ込む。

「なっ!?」

これにはさすがにハンゾーも慌てた。
柄の方が切っ先となるようにして迫るモップの勢いも洒落にならなければ、狙いが喉である事も洒落にならない。
反射的に避けようとするが、の踏み込みは今まででとは比較にならない速さだった。
モップの柄が、防ごうと突き出したハンゾーの腕の前で静止する。
半円を描くようにして舞ったモップがモロに胴を横薙ぎにし、瞬間、飛来した黒い凶器がの腕を掠めた。服が裂け、覗いた肌に赤いラインがはしる。ハンゾーが吹っ飛ぶ。
それでも体勢を崩さず持ち直したのは見事だったが、対応が遅れるのは必然だった。

重い打撃音。

容赦なく振り下ろされたモップが、ハンゾーのすぐ側を打つ。
転がりながら伸び上がるように放たれた蹴りが即頭部をかすめ、の視界は一瞬ブラックアウトする。
ぐらりと世界が回るような感覚にたたらを踏む。気配が迫る。風が唸る。
は瞬間、身体を深く沈めてモップを旋回させながら突き上げていた。音は無い。
あるのは、重い手応えだけだ。
モップごと身体を引いて立ち上がれば、入れ替わるように、ハンゾーが腹を押さえて崩れ落ちる。
とっさで加減が効かなかったが、かすかに呻く声が聞こえるので、どうやら意識はあるようだ。

片腕、まだ利かなくって良かった・・・・・。
流薙刀術は他の武術同様、現代ではほぼ実戦向けとは言えない、舞踊に近いものになっている。
だが、何度かケンカで薙刀術を使っていたはそれらを実戦向きにアレンジする過程で、相手を仕留める為の攻撃性を失っていない技もいくつかある事を知っていた。
今使ったのも、そのうちの一つ。
<蛇槌>という、旋回の勢いと突きを複合させたタイミングの非常に難しい技である。
攻撃性が高いだけに、下手をすればハンゾーの意識は確実にドリームランドへバッドトリップしていただろう。
内心胸を撫で下ろしながら、はハンゾーの首筋にモップの柄をあてた。

「どうする?まだ、やる?」

これが通常の試合か殺し合いなら、この時点で勝敗は決している。
しかし、相手が“まいった”と言うか負けを認めない限りは、この試合は続く。
のろのろと顔だけを上げて、ハンゾーがを振り返る。

視線が交差し――――数十秒の沈黙の後、ハンゾーが苦笑に近い、けれど清々しい笑みを浮かべた。


「・・・・・まいった。オレの負け、だ」




それは事実上、にとってのハンター試験が終了した瞬間だった。






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なんかこう、闘いを通して生まれる友情とかいいと思います!(笑)