RuRuRu RuRuRu 静かな廊下に、無機質な電子音が響く。 十数秒の後、取って代わって聞こえてくるのは聞き慣れた声だ。 <―――はい。どちら様?> 歳相応の落ち着きを含んだ、ハリのあるアルト。 そう長く離れていた訳でも無いのに懐かしく感じる師の声に、は唇をほころばせた。 「アタシです、師匠」 <“アタシ”って名前の知り合いはいないねぇ>ブッ ツー ツー 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 RuRuRu RuRuRu <はい、どち「アタシです弟子のですし・しょ・うっ!ってかいきなり切るな分かってたでしょ声で!アタシからだって!!なんで切るかなッ!?!?」 <騒がしい子だねぇ・・・・・少しは落ち着きってモンを身に付けな> 「誰のせいで怒鳴ってると思ってんだぁあああぁぁああぁぁ!!!」 憤慨して叫ぶだが、それをまともに聞く師匠で無い事は残念ながら骨身にしみて理解していた。 がっくりと肩を落とせば、アークが慰めるように肉球で頭をぺちぺち叩く。 歎息混じりにそんなアークをひと撫でし、は気を取り直してハンター試験の結果を報告する。 「・・・・ハンター試験ですけど、無事に最終試験クリアしました」 <そうかい。じゃあ、後はライセンス受け取って、講習やって終了ってトコかね> 「あ、でもまだ最終試験やってない人もいるから、もうしばらくかかるんじゃないかな、と」 それに、気絶者も二名程いる。 合格が決まっているゴンはともかくとしても、問題はハンゾーだ。 負けを宣言した後、完全に意識をとばしたハンゾーはから受けたダメージもあるだけに、すぐには目を覚まさないだろう。最後の一撃などは、それまでの攻防でかなりモップにガタがきていたとはいえ、キレイに入ったのだから。 明日まで持ち越し、にはさすがにならないだろうけど。 ・・・・・・・そうだ、モップも弁償しないと。結局ボッロボロにしちゃったし。 <今年は手間のかかるやり方してるんだねぇ。 まぁいい、少なくとも2・3日中には帰れるって事でいいんだね?> 「え、ああ。はい―――・・・・・」 ふと。 心に何か、引っかかるものがあった。 最終試験が終わったら、ライセンスを受け取り、講習を受けて、帰る。 それでいいはずだ。特に問題は無い。無い、・・・・・・はず、だ。 <――――。寄り道するんじゃ無いよ?> 「・・・・・・・・・・・・・ハイ 」 言いつけを破れば、おそらく、じゃなくて確実にヒドい目に合わされるだろう。 その未来が簡単かつ生々しく想像できるだけに、は引きつりながらも従順に頷いた。 <それじゃ、次は家でね> それを最後に、通話が途切れる。 電話をポケットに押し込み、試験会場になっている部屋に戻ろうとして、なんとなくゴンの様子が気になった。 ちょうど通り道だ。もののついでとばかりに、一応、ゴンらしき気配のある控え室のドアをノックしてみたが返事は無い。 「お邪魔しまー・・・・す」 極力音を立てないように部屋に入り、足音を殺してベッドに近付く。 頭の上から肩へと駆け下りてきたアークに、静かにするようにとジェスチャーで示して覗き込めば、ゴンの平和な寝顔がそこにあった。聞こえてくる安らかな寝息に、はそこはかとなく悪戯心を刺激され。 「えい」 「・・・・・・・んん゛〜・・・・・」 鼻を摘まれ、ゴンがわずかに眉間にシワを寄せる。 無意識に振り払おうと彷徨う腕をよけて、はゴンのほっぺをつつく。 そこまで眠りは深くないのか、ゴンの寝息が微妙にうなされ気味になったが、だからと言ってすぐに止めるには気持ち良すぎるほっぺただった。ぷにぷに、ぷにぷに、ぷにぷに。きもちいい。 これはハマりそうだなぁ、としつこくゴンのほっぺをつつく。 しかしその行動は、気配を隠しもせずに入ってきた人物によって中断される事になった。 意外すぎる人物の気配には眉をひそめ、けれども緩んでいた気分を一気に準戦闘レベルにまで跳ね上げる。 「警戒しなくていいのに」 頭から腰までにかけて、生きていられるのが不思議なくらいピンが刺さった男が言った。 試験開始から今まで、会話どころか視線すら合わせなかったし、なるべく近寄らないようにもしていた相手。 一度だけしか会っていないとはいえ、何かと強烈な思い出を残してくれやがった男で殺し屋なんぞという危険度ぶっちぎりなご職業をしているだけに、できればもう二度とは接触したく無かったの、だが。 「・・・・・・・お久しぶりです、イルミ、・・・・さん」 モロに心境を反映した失礼極まりない表情で、しかし口調だけは丁寧に挨拶を述べる。 くり、と小鳥のような仕草でイルミが首を傾けた。正直に言おう。超絶怖い。 元の姿ならともかく、ピン突き刺さった今の顔でやられてもキモいとか似合わないとかそういう点をマッハで突破して恐怖 しか生じない。子供に見せたらトラウマ確定の動作だ。 不幸にもそれを真正面から目撃したの表情は、雄弁にダレカタスケテ と語っていた。 「あ、分かるんだ?」 「・・・・・オーラの気配変えてないんだから、分かるの当然じゃないですか・・・・・・・・・・・・」 癖なのかキルアに気付かれないためなのか、気配自体はかなり薄くしてある。 けれど“絶”はしていないし、かといって意識的にオーラの気配を誤魔化してもいない。 イルミの念は師匠の家での一件と、それ自体結構強烈だった事もあってしっかり記憶と感覚に残っているから、きちんと消すか誤魔化すかしていないなら、今回のようにすぐ分かるだろう。 まぁH×Hのマンガを読んでいたので、オーラを何とかしていても分かっただろうが。 「うーん・・・・・・・」 まじまじ、とイルミがを見詰める。 アークが低く喉で唸りながら毛を逆立てて威嚇していたが、それは歯牙にもかけない。 イルミの視線を真っ向から受け止めながら、はさりげなく、何か起きてもゴンを守れる立ち位置をキープした。 「あのさ、イルミでいいよ。敬語もいらない。ヒソカに対してはしてなかっただろう?」 見てたのかよ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゴ用件ヲ伺ッテモ宜シイデショウカ」 「敬語止めてくれたらね。てゆうか、何でカタコトになるの」 「イイエソンナコトハアリマセンヨ」 「嘘付くにしてももう少し取り繕った方がいいと思う」 「あーもーっ!!!カタコトってか現実逃避してんだっつーの! 何!?どういう化学反応が起きればヒソカと同様な発言が出るッ!?!却下だ却下!! そんな強制イベントは一人でも多いっつうか一人も要らん!!!! 」 礼儀をかなぐり捨てて、ゴンに対する気遣いの感じられない声量で叫ぶ。 ヤケクソになって開き直ったらしい。主人の発言に、その通りだと言わんばかりにアークが鳴いた。 「あのね、君の試合でちょっと気になった事があってさ」 「いきなり話題戻したしっ!?アタシの切実な発言無視!?!?」 どうやらそうらしい。 「何で加減して戦ってたの?」 「ねぇ会話する気ある?意思交流する気ある!?」 「うん、あるよ。だから教えて?」 とことん噛み合わない。 頭痛と脱力感と、ついでに「なんでこんな事してるんだろう」というそこはかとない虚しさに襲われて、は疲労の色濃い表情でこめかみを押さえた。何だこの遊ばれてる感満載な会話。 「念使って無かったし、それに、力もスピードも抑えて戦ってたよね。君ならもっと楽に勝てただろう?」 その言葉に、は少しだけ肩を揺らして俯かせていた顔を上げた。 イルミは相変わらずの感情の読めない目でを見ている。 ここで何か大嘘でも吐いたらどんな反応をするだろうかと悪戯心が疼いたが、結局は素直に答える事にした。 「・・・・・・あくまでも試合で、実戦じゃ無かったし・・・・・・フェアにいきたいと思ったから、念は使いたくなかっただけ」 「ふぅん・・・・。力とスピード押さえたのは?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 は、口を噤んで言いよどむ。 そんな大層な理由ではない。無いが、我ながら単純すぎる理由なだけに少し――――どころでは無く、あとなんでイルミに言わなくちゃいけないんだろうという心理も手伝って、なお口に出しにくい。 しかし実際問題、何故イルミに詰問されなければならないのか。 まだヒソカ相手ならギリギリ自分を納得させられたものを。 「ねえ、何で?」 「・・・・・・・・力押しみたいな勝ち方じゃなくって、技術で勝ちたかっただけ!以上終了!!深い意味無し!!!」 重ねて問われ、はむすっとした表情で早口に答えた。 後半はほとんど怒声だが、それは気恥ずかしさからなのだろう。心なしか頬が赤い。 力やスピード。 そういう基礎的な部分は、確かにの方が勝っている。 念で強化されている点を差し引いたとしても。 抑えなければもっと楽にハンゾーを圧倒できたのは確かだが、それは面白くない戦い方だ、と思ったのだ。 相手の一手を楽しみたかった。攻めたり守ったりして競いたかった。 師匠の用意する修行相手ではそんな事をしている余裕など無かったし、そんな事をすれば死んでいた。 ほとんど修行だけしかしてない生活の中、と同等の実力を持った相手と戦う機会は無かった。 がいればまた違ったのだろうが、彼女は異世界の空の下だ。 自分より強い人間と戦う、あの感覚も悪くないとは思う。 だけど、自分に近い力量の相手と、少しでも長く、楽しく戦いたかった。技を競いたかった。 だから効率よりもそちらを優先させた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・反則だよね」 「?何が」 「何でもないよ」 呟かれた、にとっては意味不明の一言に対する明確な返答は無かった。 はぐらかされたのは分かったが、問い詰めても回答があるとは思えない。 肩を竦めて、いい加減試験会場に戻ろうとイルミの横を通り抜ける。警戒はもうほとんど解いていた。 会話の噛み合わなさとか、イルミが殺気を撒き散らしたり気配を変に誤魔化していなかった事とか、緊張感がまるで無かった事とか、―――――理由は、色々あっただろう。 「あのさ、」 「な、―――――ッ!?」 けれどそれは、致命的な油断だった。 「ごめんね?君がいると、やりにくいからさ」 視界が歪んで足下が崩れる。 アークの鳴く声。 自分を支える腕の感触。 の意識はそこで途切れた。 ■ □ ■ □ 寝覚めは最悪だった。 「!」 「――――ゴ、ン?」 頭の中で音律の狂ったバイオリンがでたらめに弾き鳴らされ、視界もクリアには程遠い。 覗き込んでくる、心配そうな黒い瞳と桃色の瞳をぼんやりしたまま見返して。 一気に意識が覚醒した。 慌てて跳ね起きると、くぁん、と頭蓋骨を鉄バッドで連続殴打されているような痛みが走った。 出かかった苦痛の呻きを舌の辺りでどうにか押し留めて、額を押さえてやり過ごせば、だんだんと頭痛が消えて、視界が完全にクリアになっていく。大丈夫なのか、と全身で心配を訴えてくるゴンに笑顔で頷いてみせ、嬉しげに擦り寄ってくるアークの頭を軽く撫でる。ふと、指先に違和感。 「・・・・アーク、たんこぶできてない?」 ミュ、と心なしか不満そうにアークが鳴く。 具体的な事情は聞きようが無いので、何があったのかは予想するしかないところだ。 「アタシ、どうしてたの?」 「ベッドで寝てたよ。 眠ってるだけなのかなって思ったんだけど、アークがぐったりしてたし、の首に変なモノが刺さってたし・・・・・・ ねぇ、いったい何があったの?それにオレ、何でこんな所にいるの?ここ何処?オレ、最終試験の途中だったよね!?」 「いやちょ、ゴン、落ち着いて!そんな一度にたくさん聞かれても答えられないって!!」 が起きた事で緊張の糸が切れたようだ。 ゴンとしても色々気になる事の多い状況なだけに、説明がだんだん質問に変わっていっている。 ベッドの方へと身を乗り出してくるゴンをなだめながら、は記憶を引っ張り出す。 イルミに襲われたのは覚えている。自分が死んではいないから、暗殺依頼を受けていたわけじゃあ無いだろうし、そもそもこの世界に来てからまだ一年と半年未満程度しか経っていない。 有名な暗殺一家・ゾルディック家を頼るほど高尚な恨みを持たれてはいないだろう。 師匠絡みならともかく。 「どうしたの?」 「・・・・・あー、うん何でもない。 ゴンはいつ気が付いたの?」 一瞬浮かんだ笑えない想像は、とりあえず無かった事にした。 思考を切り替えるために出された問いにゴンがそういえば、という表情になる。 「わかんないや。でも、けっこう前だったのは確かだよ」 「結構って・・・・・・・・・ひょっとして、ずーっとアタシとアークを起こそうと?」 「うん。誰か呼びに行こうかなって思ったけど、そのあいだにとアークに何かあるかも知れないしさ。 放っとけるわけないじゃん」 ね?と言って、笑顔を浮かべるゴンはやけに頼りがいがあるように見えた。年下なのに。 かなり自分が情けないが、ゴンの思いやりは嬉しい。 「ありがと、ゴン」 笑顔で礼を言えば、アークがミュウ!と鳴いて深々とゴンに頭を下げる。 えへへ、とゴンが照れたように笑った。 あそこで気を抜いていた自分が恨めしいが、油断も避けられなかったのも自分の落ち度。反省は後でもできる事だ。 思い出せ、どうして襲われた。何故か気が急く。手遅れになる前にと。確かイルミは“君がいると、やりにくい”と言っていた。何がやりにくい?自分がいると、やりにくい事。 のパーカーの袖を、ゴンが引っ張る。それに気付いて視線を向ければ、真剣な瞳がこちらを見ていた。 「教えて。何があったの?」 こちらの様子から、よく分かっていなくとも何か重大な事だろうと察したらしい。 ゴンが真剣そのもの、といった声で問う。 既視感。――――瞬間、H×Hの原作が記憶を過ぎった。 思い出した内容とイルミの言葉が繋がる。一気に血の気が引いた。 忘れていた。まだ、あの話があるんだった! 「来て!」 「わっ!?」 ベッドから跳び下り、問答無用でゴンの腕を掴む。 アークが肩の上に飛び乗ると同時に、はゴンの腕を掴んだままで駆け出した。 よく分からないまでも、ゴンがに合わせて走り出す。 具体的にどうしようという考えがあった訳では無い。 ただ、記憶がを突き動かした。止めなければ、変えなければいけない気がした。 放っておいてもいずれ確実に解決する問題だと知っているのに、感情は急げと攻め立てる。 最終試験の会場は、二人のいた控え室の隣。マラソンはすぐに終わりを告げた。 バンッ!!! 蹴破るに近い勢いで、扉が開かれる。 床に倒れて動きもしない男。立ち尽くすレオリオ。手を赤く染め、返り血を浴びた、――――キルア。 沈黙の中、勢い良く開かれた扉が壁にぶつかって音をたてた。 視線が二人に集中する。 「・・・・・・・・・・・・・キルア?」 それほど大きくないゴンの呟きは、やけに耳に響いて聞こえた。 光の失せたキルアの目が、ゴンと、隣にいたを捉えて――――すぐに、そらされる。 間に合わなかった。 その事実は、今にも足から力が抜けそうな不安感をもたらす。 何か、言うべきなのだろう。けれど思いは文字にすらならず、ただ、悪戯に異様に長く瞬間を引き伸ばすだけだった。 視線を合わせる事は、しない。俯いたまま、キルアが、二人の方へ歩いてくる。 「・・・・・・・・、・・・・キルア・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・触るな」 伸ばした手に示されたのは、明確な拒絶。 は唇を噛み締める。 キルアの表情は、見えない。 だけど、――――には、何故か泣き出しそうに見えた。 二人の横をすり抜けて、キルアが駆け出す。 「っ待ってよ、キルア!」 状況が分からなくても、何か直感が働いたのだろう。 とっさにゴンがキルアの後を追う。 は動かない。無意識に握り締めた手に、爪が喰い込む。 伏せられた瞳の朱橙が、主の混沌とした感情そのままに遊色する。 「イルミ」 奇妙なまでに感情を削ぎ落とした声。 「キルアに。何を言った?」 ほとんど忘れてしまったけど、H×Hを読んだ事のあるはその内容を知っていた。 知っていても、問わずにはいられなかった。言わずにはいられなかった。 心の中がぐちゃぐちゃで、頭の中でいろんな考えがぐるぐるしてて。――――息が、苦しかった。 「本当の事を言ったまでだよ。殺し屋が天職のお前に、ハンターは向いてない。 お前には友達を作る必要もその資格も無いって」 記憶にある原作通りの、イルミの答え。 ぶつり、と爪が握り締めたてのひらの皮を断ち切って血が滲む。 既に本来の姿に戻っているイルミが、以前見た時のままの無表情で両手を合わせた。 「そうだ。、オレの事知ってるのも、オレがここにいるのも言ってなかったんだってね?キル、驚いてたよ」 ヒュウ、と喉の奥で風が啼いた。 今。何を言った。 「でも、おかげで手間が省けた。 オレは資格がどうしても必要だからさ、途中でキルが逃げても試験放り出すわけにいかなかったし」 全身が冷たい。末端から冷えて痺れるような錯覚。 頭も感覚も、冴えきって、醒めきっている。 どくどくと、心臓が喚く。煩く騒いですべてがとおい。 「ありがとうね、黙っててくれて」 何かが、弾けた。 瞬間は走り出していた。考えるなんて選択肢は吹っ飛んでいた。完全に手に馴染む武器はの求めるままに顕現する。跳躍とそれが出現するとのどちらが速かっただろうか。躊躇いや冷静な判断や、理性なんてもう存在しなかった。心臓を腸を肝臓を内臓全てを身の内を喰い尽くして喰い荒らすけだものが牙を剥き出しにして吼える。どこをどうきればいちばんくるしんでしぬかな。無感情に自分の声で誰かが呟く。これは誰の声だ。ああでも脳が思考しない。殺し方なんて死んでから考えればいいんじゃないかそうだそうしよう。囁く毒は甘く唆す。いつだって。イルミの脳天めがけて薙刀を振り下ろす。 ひゅおん、 音はただ無意味に軽い。 薙刀が旋回して床を豆腐のように抉る。ミチリ、と石が軋んで数本の黒髪が途切れて舞った。 刻々と濃密さを増す少女の静謐な殺気が室内の者達を圧迫し、息を止めかねない密度でもって狂気を撒き散らす。 視線ごと薙刀を無造作に振るえば、風と同時に壁に鋭利な亀裂ができた。今度は服ごと皮膚を裂く。 もっと速くもっと速くもっと速く。そうでないと牙を突き立てられないよとけだものがやさしく諭すので、どうすればいいんだっけあしを斬ればいいかなそうだ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ。声が頭の中で反響して五月蝿い。うるさいって何だろう。思う瞬間放棄した。どうでもいい。考える代わりに手足同等の凶器を振るう。 気付けば床に叩きつけられていた。 「ばかもん!少しは頭を冷やさんか!!」 怒鳴る声がして腕がねじり上げられる。イルミでは無い。邪魔だ。完全に押さえ込まれて身動きが取れない。不満にけだものが呻く。強烈な圧迫感。一気に全身から汗が噴き出す。師匠以上。直感が宣告する。 瞬間的に感じた恐怖に、潰れた息が漏れた。 の放っていた殺気が失せる。あちこちで、息をつく音。 思考が戻ってくる。ひえきっていた感覚が現実感を取り戻して、全身から力が抜けた。 「・・・・・落ち着いたようじゃの」 ため息混じりに、ネテロ会長が拘束を緩める。 床に視線を落としたまま、は呟くように「ごめんなさい」と口にした。 先程までの、冷酷な迄の無機質さは消えていた。 そんなに、もう危険は無いと判断したらしい。ネテロ会長はを放して、ぐるりと会場を見渡す。 「反則により、キルアは失格とする。 よって試験を終了し、別室にてこれより説明会を行う」 近くでそれを聞きながら、はゆっくり身体を起こした。 薙刀は無い。たぶん、正気に返った時に具現化を解いたのだろう。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 説明会の会場案内をする試験官の声を遠くに聞きながら、は拒絶された、自分の手を見る。 何人かの視線を痛いくらい感じていたが、反応する気にはなれなかった。 ゴンが、キルアを見失ったと戻ってくるのは数分後の事である。 ■ □ ■ □ 誰もいない廊下に座り込んで、は何も無い天井を無言で見上げていた。 今頃はゴンが、いったい何があったのかを誰かから聞き出しているだろう。そして、イルミに対して怒りをぶつけるのだろう。キルアの友達として。真っ向から。――――たぶん、原作の通りに。そこまで考えて、膝の間に顔をうずめる。 詳しい話を一緒に聞こうとゴンに誘われていたが、断った。詳しい話は聞かなくても知っているし、大方は察していた。 それに、まだ充分頭は冷えていない状態で、自分を抑えられる自信がには無かった。 どうしてあんなに腹が立ったのか。 その答えに気付けないほどは短慮でも愚鈍でも無いし、他人に全ての責任を押し付けて平然としていられる程に厚顔でもない。だから、あの苛立ちの半分くらいは、自分に対してのものだという事も、また、どうして自分に苛立ったのかもきちんと理解していた。できて、しまっていた。 イルミと関わりたくないという思い。 これはマンガの中の、あらかじめ決められた物語なのだという認識。 話の主な筋を、変えるべきでは無いんじゃないかという迷い。 先を知っているからこそ、余計に傍観者としての視点になっていた自分。 に自覚は無かった。 けれど、キルアは知ってしまったのだ。 無意識の判断ではあっても――――彼女が、キルアを裏切っていた事を。 キルアが家を嫌っているのだと、直接聞いているはずなのに。 キルアが自分達と遊んでいる時、とても楽しそうだった事を知っていたのに。 彼らが“人間”ではなく“キャラクター”なのだと、無意識に引いた線。 生きて動いて、自分と同じように存在している彼らを知っている。 ヒソカに遊ばれてクラピカと苦笑いしてゴンに呆れてレオリオ怒らせてキルアをからかって。 この世界に来て痛い思いも辛い思いもいっぱいして、嬉しい事や楽しい事もそれなりにあって、ちゃんと、これが現実なんだと理解していたはずなのに。それなのに無意識に、距離を取っていた。そうして、キルアを、・・・・・・・・ 友達を、傷つけた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・さいてー・・・・・・」 キルアのために怒る、その資格さえも自分には無い。 自嘲を込めて呟くの手に、アークがおもいっきり噛み付いた。 「いたぁあーッ!?!?」 思いがけない出来事に、悲鳴が上がる。 「何すんのアーク!人がヘコんでるのに、噛まな・・・・・・」 噛んだ。噛んだ?アークが? 出かけた怒りの言葉が途切れる。そうだ、アークはとても賢い。 今までじゃれたり甘噛みする事はあっても、本気で噛んだり爪を立てた事は無いし、状況を読む事なんて簡単にこなす。 桃色の瞳が怒ったようにを見上げている。 ミュウ!と短く鳴いたアークの声に、はその行動の意味を悟った。 「そう、だね。ヘコんでる場合じゃ、ないよね」 慰めているのだ。 そして、怒っているのだ。 アークはアークなりに、キルアを想って。 小さな小さな可愛い仲間を抱き上げ、頬を寄せて呟く。 「キルアに、・・・・・・謝りに、行かなきゃ」 せめて、彼の傷が少しでも癒えるように。 たとえ許してもらえなくとも、もう友達になれなくても。 自分には、それだけの責任があるのだから。 言い切る眼差しに迷いは無い。 それでも、わずかに躊躇ってしまった自分を―――― 一人、は恥じた。 TOP BACK 主人公マジギレ編。表面上スーパー無表情で衝動のままに暴走。基本言語は拳です。 結構沸点は高い方なんですが色々ぐるぐるしてキレた感じでしょうか。 |