――――――夢を見た。 暗くて明るい世界の中で、黒衣の少女が笑っていた。 ひどく楽しそうな彼女にあわせて、短い銀色の髪が揺れている。 笑顔を向けられているのはポケモンだ。 呆れ混じりに、それでも優しい色の瞳で少女を見ている。 硝子を一枚隔てた向こう側を見るような、 近いようで遠いような、 音の無い映画を見ているような、 それは、とてもリアルで不思議な、夢の光景。 銀髪の知り合いなんて、アタシにはいない。 ポケモンに至っては、ゲームやマンガの中だけの架空の存在。 その、はずなのに。 “知っている”と、感じるのは。 あの笑顔に、安堵したのは。 ―――――――何故、だろう? 奇妙な夢。 ・・・・・本当に、おかしな夢。 ■ □ ■ □ 光の向こうには、何処かの天井があった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・ん、」 なんだったんだろう、今の夢は。 やけに現実感のある、それでいて現実味の無い夢だった。 銀髪の少女に一匹のポケモン。 年季の入った木目を眺めながら、重いまぶたを擦る。 穏やかな光に視界は慣れてきたけど、どうにも眠くてたまらない。 ・・・・・もう少し。もう少しだけ寝よう。 シーツを手繰り寄せて、もう一度目を閉じた。 あくびを噛み殺しながら体勢を変えれば、スプリングがぎしりと軋む。 ――――――って、ここ何処?! 眠気が瞬時に吹っ飛んだ。 アタシが最後に寝たのって路地裏で、ベッドに入った覚えは無い。 勢いよくベッドから跳ね上がり、辺りを見回す。 薄暗い、木造の部屋。 ベッドと、その傍に小さな椅子。 そして小さなテーブル以外には、何も置かれていない。 あまり物の置いてない部屋だが、掃除は行き届いている様に見える。 殺風景な部屋だなー・・・・・ってそうじゃないでしょアタシ! 「気がついたかね?」 セルフ突っ込みをするのと、その声が聞こえたのはほぼ同時だった。 ハリのあるアルトの声を辿って扉を振り向く。 艶消しをした黒鉄の如き、齢相応の年輪を刻み込んだ真黒の肌。 ピンと張った背筋に、鋭く輝く翠の瞳。 混じりけ無しに真っ白な髪を、無造作に背中に流している。 小柄ながらも、風格と貫禄を感じさせる姿。 昔はさぞかし美人だったんだろう。 ご老体だって言うのに、立ち姿にはほとんど老いを感じない。 それはまぁ、いいんだけど。 「・・・・・・えーと・・・・・・」 アタシはきっと、戸惑ってますとでかでかと書かれた顔と声をしていたと思う。 だって知らない人、しかも何処からどう見ても別国籍の人だよ?どう対応しろと。 けど、アタシのそんな困惑はご老体には届かなかったらしい。 マイペースにベッドの傍の椅子に腰掛けて、手にしていたお盆をサイドテーブルに置いている。 「睡眠不足と過労。まったく、無茶をする子だね。 ・・・ほら、この薬湯をお飲み。味は良くないが、身体にはとても効く」 渡されたお椀を、はぁ・・・と生返事を返して受け取る。 器は、ドロリとした薄緑の液体がなみなみと湛えられていた。 色は問題ない。 親切で渡してくれたのも分かってる。 毒を盛る理由なんて無い。 しかし―――――この、怪しすぎる刺激臭漂う液体を飲め、と?(汗) ・・・・・・・ だらだらと、脂汗が流れる。 沈黙したまま、器になみなみと注がれた液体を凝視する。 立ち上る湯気は、蒸気であるはずなのにほんのりと茶色く色付いていた。 鼻腔をくすぐる香りの甘酸っぱさは、まさに腐りきった果実の如く。 それでいて強烈に目と鼻を刺激して止まない辺りは、まるで気化したアンモニア。 嗚呼。 この沈黙が、永遠に続けばいい。 そんな現実逃避そのものな考えを抱いたとして、一体誰がアタシを責めるだろうか? だってコレ明らかに人類が摂取すべきモノじゃないよ。 良薬口に苦しにも程があるよ。 ちらりとお婆さんの顔を見れば、柔らかな微笑みでアタシを見守っている。 やるしかない。 心の中で滂沱の涙を流しながら、液体を睨んで腹を括った。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・アリガトウゴザイマス」 引きつりそうな笑顔で礼を言うと、目をきつく閉じて一気にあおる。 喉を、ドロドロとした感触が滑り落ちていくのが明確に分かった。 うぁあああああああ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッ! 「・・・・・・っは」 必死に液体を喉の奥に流し込んで、大きく息をついた。 なるべく味を感じないように飲み込んだつもりだったけれど、口の中には今にも喉元からせり上がってきそうな気色の悪い後味が残っている。苦くて酸っぱくて渋くて、それなのに妙に薄ら寒い甘さがする、不味いの一言では、到底表現しきれないような形容しがたい味だった。何をどうブレンドすればこんな味になるんだろうか。 気を緩めれば、本格的に吐きそうだった。 「お嬢ちゃん、どうしてあんな所で倒れていたんだい?」 「あの、友達を探していまして・・・・・・すいません、あなたは誰ですか?」 未だに残る後味に、苦い顔をしそうになりながらお椀を返す。 お世話になっている身で厚かましいかも知れないけど、せめてもうちょっとマシな薬が良かったです。 せめて水が欲しい。 「私かい?リオという。ああ、別に怪しいものじゃないさ。これでもハンターの端くれだよ」 ・・・・・・・・・・・・・・はい? えーっとちょっと待た、ここって街中のハズだよね? ハンターって狩人だよね?? そんなトコで狩りできないしあれー出勤してきたんですか山から。 「・・・えーと。ハンターってゆーとアレですか? 賞金稼ぎまがいやったり美食追求したりついでに念とかゆーの使えたりv」 ってははは、まさかそんな事は無いよねマンガじゃあるまいし。 「おや、詳しいねぇ」 「ってビンゴぉっっ!?」 ウソでしょオイ!否定してよ!! 「まぁそんな事より。お嬢ちゃん、名前と住所は?送っていってあげるよ」 さらっと、それこそかなり軽ぅくアタシの動揺を流して続けるリオさん。 どの姿は、ありのままに述べているだけ、と言う感じがあって。 ボケてる様には、見えない。 どう見ても正気だ。 それに自分の第六感も、“この人は嘘をついていない”と訴えている。 つまり総合すると、この状況はかの有名な――――― ・・・・・・・異世界、トリップってヤツですかー・・・・・・?(泣) 「・・・・・・ です。家は・・・・・ありません」 ・・・ホントにH×Hの世界ならね。 に借りて、‘何度か読んだ事がある’程度のマンガ。 そんな世界に、何でアタシがトリップしてしまったのかは不明。 どうせならもっとH×H世界を熱烈に愛していて、夢に見る程ハマってる奴が行けばいいのに。 アタシ以上にこの世界を愛してる奴なんて、掃いて捨てる程いるでしょ? 「つまり、帰るところがないと?」 「・・・そういう事になりますね」 肩をすくめ、そう答える。 いまいち自分でも信じ切れてない状況だからか、現実感は乏しくて騒ぎたてる気にもなれない。 異世界トリップが現実的と言い切れる人間がいたら是非ともお目にかかりたいものだ。 ふむ、と呟き、なにやら考え込むリオさん。 「――――、なら私に弟子入りする気は無いかい?」 「弟子入り・・・・・・?」 首を傾げると、リオさんはにっこりと笑って頷く。 その表情は、至極楽しそうに輝いている。 「念を使えるようには見えないが、知ってはいるようだしね。色々と、教えてあげよう」 「・・・いいんですか?」 「袖すりあうも他生の縁さ。代わりに雑用をしてもらえるなら大歓迎だよvv」 それが本音か まぁ何にせよ、ありがたい申し出な事に変わりはない。 知らない世界に放り出され、親切にも拾って貰い、しかもこの世界を知るチャンスが出来た。 一人で生きていける程、アタシは強くないし―――――そんなに甘い世界だとも思っていない(まだ半信半疑だけど。) 先程会ったばかりの他人とはいえ、遠慮していたら近日中に野垂れ死に確定だ。 完全な善意でない分、むしろやりやすいだろうし。 「それじゃ―――――お言葉に甘えさせてもらいますね、リオさん」 「せっかくだし、お師匠様vと呼んでおくれvv」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ(汗)」 何故か色の変わっていた髪と目に、思わず叫ぶのはこの30分後の事。 TOP BACK → EX.好奇心は毒を殺すか EX=同話別視点 |