ポイズンハンターであり、“ヴィーシュ”の双つ名で知られるリオ・スノウフレイクは珍しく驚きを表に出していた。 知人友人の類がこんな彼女を目にすればまず自分の正気を疑うか本気で心配するか、さもなくば「ああこいつも人間だったんだな」と失礼極まりない感想を抱くだろう――――無論、態度に出した瞬間相応の報復は確実だが。 しかし幸運というか残念というべきか、ここはリオの家であってそういった態度に出る“他人”はその場には存在していなかった。彼女は現在弟子の一人もおらず、気ままな暮らしを謳歌している。 時折客が尋ねてくるが、今日はそんな予定は無い。 無い、のだが。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 リオは驚きを刹那で引っ込めて。 ガッ 無言のままに殺気を乗せて、ちょうど手元にあった万年筆を投じてみた。 首元すれすれに突き刺さる万年筆。 少女は殺気に反応してか、かすかに寝苦しそうに眉根を寄せた。 寝たふり、という訳でも無いようだ。唐突かつ無遠慮にも我が家に【 出現 】した侵入者を観察する。 念は纏っていない。常人らしくうっすらと漂うオーラを垂れ流しにして全身を弛緩させ、床に横たわる姿はぶっちゃけなくても寝ているようにしか見えない。やけに整った造作をしている事さえ考慮しなければ普通の少女、と言えるだろう。 だが、普通の少女は前触れもなく他人の目の前に出現したりはしない。 リオが見ていないうちに誰かが侵入し、この少女をここへ置いていったという可能性は最初から頭に無い。 ゾルディック家には遠く及ばないがリオの家の敷地も大概広い。この辺り一帯は貴重な動植物の宝庫であり、ポイズンハンターとして乱開発や考え無しな採取者から守る為に買い取った場所だった。 私有地といってもそこに拘らない馬鹿は多いので、侵入者がいたら分かる程度の細工はしてある。 それにさえ引っかからずにリオのいるこの家まで到達するなど、よほどの実力が無ければ不可能だった。 それだけの人間がいないとは言わないが、この少女と自分を接触させる事が目的ならば、他にやりようはいくらでもある。そんな面倒かつリスクの高い手段は使うまい。少女が自分の足でここまで来たにしても、目的が分からない。 寝るためならもっと安全な場所がいくらでもあるだろうに。 やはり考えられるのは、念能力による空間移動。 目的は不明だが、少女が何らかの形で関わっている可能性は極めて高い。 「・・・・・始末は容易いんだけどねぇ」 理由はどうあれ不法侵入だ。 不審者として処分しても、リオとしてはまったくもって差し支えない。 手を汚すのが面倒ならば敷地のどこかにでも放置しておけば、ほぼ確実にのたれ死ぬだろう。 眠る少女を観察しながら思案して――――リオは少女を寝室に運ぶ為、腰を上げた。 始末は、目的を探ってからでも遅くは無いのだから。 ■ □ ■ □ 階上で動いた気配に、リオは少女が目を覚ました事を知った。 丸一日、まるで死人のように昏々と眠り続けた少女。 簡単な診断を行い、睡眠不足と過労から来るものだと結論したが・・・・・さてはて、その原因となったのは何であるやら。皮肉混じりにそんな事を思いながら、用意しておいた薬湯をビンから出せば瞬間漂う刺激臭。 ちなみに喉越しも味の方も臭い同様悪かったりする。 臭いだけで体調が悪くなりそうだが、滋養強壮には効果的な薬だ。 どんな反応をするだろうか。 てきぱきとビンから器に薬湯を移し変えながら、リオは自然、意地の悪い笑みが零れるのを抑える事ができなかった。 もっとマシな薬湯などいくらでも用意できるので、実際嫌がらせ以外の何物でも無かったりするのは閑話休題。 階段を昇り、前置きなしに扉を開ける。 「気がついたかね?」 まっすぐな朱橙の瞳が、驚きを込めてリオを見た。 ファイヤオパールをそのまま人間の目にすれば、こんな色合いになるだろう――――整った容姿に相応しい宝石のような眼差しに、リオは一瞬だけ、見惚れてしまった。少女の戸惑いを反映してか、揺らぐ紅と琥珀の遊色すらも美しい。 世界7大美色に数えられる、緋の眼にさえ匹敵するかも知れない。きっと、人体収集家であれば垂涎物だ。 「・・・・・・えーと・・・・・・」 音楽的で、耳に心地良い声で、戸惑いがちに少女が呟く。 動揺を隠して、リオはベッドの傍の椅子に腰掛けた。 「睡眠不足と過労。まったく、無茶をする子だね。 ・・・ほら、この薬湯をお飲み。味は良くないが、身体にはとても効く」 「はぁ・・・」 人間味の薄い美貌の少女は、生返事で薬湯を受け取った。 無言で器と睨めっこするその横顔を眺めながら、内心、感嘆の吐息を零す。 こんなにも整った造形美にはそうそうお目にかかれるものでは無い。整形した訳でも無さそうなので、おそらくこれは持って産まれた地顔なのだろう――――冒し難い清廉さを同居させた、けれど男女問わずで誑かせる容色だ。 もしもこの少女を拾ったのがリオではなくてもっと若く、血気盛んなタイプであれば、うっかり血迷っていたかも知れない。 やけに長い沈黙の間に、リオはつらつらとそんな事を考えていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・アリガトウゴザイマス」 どうやら覚悟を決めたらしい。 分かりやすく引きつった笑顔で礼を述べ、薬湯を一気に飲み干す少女を見ながら、危なっかしい子だ、とリオは思った。 反応を見る限り、リオが何者かも、状況すらよく分かっていない様子なのだ。 疑問は抱いているようだが、警戒心はまるで感じない。薬湯と言って渡したが(確かに実際薬湯なので問題は無いが)何らかの毒を盛った可能性だって考慮して、もう少し警戒してもいいだろうに。 それに、リオは「薬湯をお飲み」とは言ったが強制も急かしもしていない。 質問を先に行い、現状を把握してから飲むかどうか判断する、という手だって使えるように逃げ道を残しておいたのだが・・・・・リオの見た目や雰囲気に警戒は不要なのだと判断したのだとしたら、甘いとしか言いようが無かった。 少女が薬湯を飲み切って一息ついた頃を見計らって、表面上だけは優しく問う。 「お嬢ちゃん、どうしてあんな所で倒れていたんだい?」 「あの、友達を探していまして・・・・・・すいません、あなたは誰ですか?」 友達探しで家の中。 その友人とやらは家宅侵入の趣味でもあるのか。 少女の言葉にも態度にも、不審な点や動揺は見受けられない。 だが、状況を考えれば返答内容は不自然にも程があるものだった。嘘にしてももっとマシなものがある。 となれば少女は意思に関係無く、何らかの事態に巻き込まれた可能性が高い。返された椀をテーブルに置く。 「私かい?リオという。ああ、別に怪しいものじゃないさ。これでもハンターの端くれだよ」 少女の動きが不自然に止まった。 「・・・えーと。ハンターってゆーとアレですか? 賞金稼ぎまがいやったり美食追求したりついでに念とかゆーの使えたりv」 「おや、詳しいねぇ」 「ってビンゴぉっっ!?」 自分の名に反応したのかと思いきや、反応したのは“ハンター”という単語の方だったらしい。 何がそんなにもショックなのかは知らないが、少女は秀麗な造作を思いっきり引きつらせて頭を抱えている。 そんな様子を眺めながら、リオはわずかに目を細めた。 ハンターの職業は有名だが、“念”の存在はその危険性故に多くの使い手が口を噤むもの――――何処で知ったかは知らないが、どうやら単なる一般人でも無いようだ。にっこりと笑みを浮かべる。 「まぁそんな事より。お嬢ちゃん、名前と住所は?送っていってあげるよ」 少女は愕然とした表情で呆然としていた。 何がそんなにショックなのやらと考えながら眺めていれば、愕然とした表情はやがて何とも不可解な、例えるならばそう、酢でも原液で一気飲みさせられたかのような表情になって。 「・・・・・・ です。家は・・・・・ありません」 何とも重いため息と共に、虚ろな目で呟いた。 「つまり、帰るところがないと?」 「・・・そういう事になりますね」 肩をすくめて答える様子は、何処か他人について語っているようだった。 ふむ、と呟き、思考を巡らす。先程の名前の響きからすると、おそらくジャポン出身者か、その血縁にあるのだろう。 語る言葉が共用語であり、最初からこちらで喋っていた事、それに彼女の身なりも考慮すれば、それなりの教育を受ける事のできる身分か、移民の類である可能性は高い。“ハンター”という単語に過剰反応した事、“家が無い”と告げた時の反応は演技にしても奇妙極まりなく、その目的も不明ではあるが―――― ――――素直に事情を話せない理由がある、という事か。 この家に無断侵入した理由。 そちらの方もおそらく、彼女の中では理由が予測の付く代物だろう。 それを告げないのはこちらを信用していないからか、何か含むところがあるからか。 先程告げた名前の方も、こうなると“ ”という名も、本名だか疑わしい。 なんにせよ、これだけ目立つ容姿の持ち主。 調べれば多少なりとも何か掴めるだろうと結論付けて、リオは改めて少女を見た。 「――――、なら私に弟子入りする気は無いかい?」 「弟子入り・・・・・・?」 首を傾げる少女に、笑みを深めて頷く。 「家が無い」と、口先だけかも知れないが言ったのだ。 放り出すのは簡単だが、この少女の裏事情にリオは興味を覚えていた。調べが付くまでは手元に置いておいた方が良策と言えよう――――それこそが、少女の、もしくは少女の裏にいる何者かの目的かも知れないが。 「念を使えるようには見えないが、知ってはいるようだしね。色々と、教えてあげよう」 「・・・いいんですか?」 「袖すりあうも他生の縁さ。代わりに雑用をしてもらえるなら大歓迎だよvv」 実際問題、雑用をしてもらえればありがたいし、好奇心も満たせて一石二鳥。 危険な事情が裏に潜んでいるかも知れないが、そこは成り行き次第で何とでもなる。 少女に念を仕込むのもその一環だ。それなりの力を与えられたとしたら、果たしてどういう行動に出る事やら。 楽しい気分でおどけて親指を立ててみせれば、少女は苦笑いを浮かべて。 「それじゃ―――――お言葉に甘えさせてもらいますね、リオさん」 「せっかくだし、お師匠様vと呼んでおくれvv」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」 さぁて、鬼と出るか蛇と出るか。 人好きのする笑顔の裏、毒を孕んでヴィーシュは哂う。 TOP BACK ポイズンハンターはあらゆる毒や薬を追っかける人。 その過程で新種の薬や毒や植物や動物や鉱物なんかを発見したりしてますが、当然ながらかなりの専門知識が必要だしトレジャーハンターとかブラックリストハンターほど華々しい訳でも無いのでマイナー。きっぱりとマイナー。 でもその業界では有名ってな感じです。コアなファンとかいそう。 ちなみにヴィーシュはトリカブトの別名。カンタレラとどっちにしようか迷ったんですけど結局こっちで。 カンタレラも結構えげつない毒なんですが、やっぱり毒にも薬にもなる方が良いかと(どうでもいい) ヴィーシュって響き格好良くないですか? ちなみにH×H世界のジャポンは文化的には江戸とか明治とかその辺りじゃないかなーとか思ってます。 教育はそれなりの階級に無いと受けられない時代です。 それ以上のレベルだったらハンゾーがあの格好でうろつき回ってて目立たないはずが無いですし。 ジャポンの文化も、もっと知られてると思うのですよね。ごめんなさい勝手な設定! |