その“音”に興味を持ったのは、ほんの気まぐれだった。 夕食を終えたは、そのまま寮に戻るのもつまらなかったので、しばらく校内を散歩する事に決めて、足の赴くままにそこらをふらふらりーんと歩いていた。普段であればシアロやミアキスが止めるのだが、二人は寮で必死に魔法薬学の追加レポートと格闘している最中だったし、その気になれば同級生や教師の目をかいくぐって行動するなど簡単な事だ。 一人での外出は禁じられていたが、そんな事は彼女の知った事では無い。 ともあれ好き勝手探索し、肖像画の人物達に恭しく挨拶をされ、偶然出会ったゴーストに―――彼等は彼女の視界に入る事すら恐れ多い、と本気で思っているのであまり遭遇しないのだ―――ひれ伏されたりしていた、その時に。 それが、聴こえてきたのだ。 シューシューと、近く遠く響いて聴こえる――――小さな、聞き逃してしまいそうな音。 空気が漏れるのにも似た、しかし何処か湿っぽい感じのする其れは常人であれば気付かずやり過ごしてしまった事だろう。 感覚の鋭敏なであるからこそ、裏社会に身を置く彼女だからこそ気付いた、ささいな異変。 別段そのまま放っておいても良かったが、多少興味を覚えたのも確かで。 「暇潰し程度にはなるかな?」 くすくすと笑いながら、すぅっと目を眇めて。 ―――― ド、クンッ を中心に、空気が波打って大きく震えた。 魔力で構築された見えない探査の触手が石壁に、大気に潜り込み、侵食して急速に増殖してゆく。 本来なら、ホグワーツの結界が反応して然るべきなのだろう。だが結界を一時的に掌握して支配下に置き、拒絶反応を押さえつける事はそう意識するだけで事足りる作業だった。 まだ魔法使いとしての勉強を初めて日は浅くとも、この程度、にとっては己の手足を動かすより容易い。 たとえホグワーツの創立者がどれだけ偉大だったとしても、所詮人間に過ぎないのだから。 「・・・・みぃーつっけたぁ♪」 踊るような足取りで廊下を通り過ぎ、階段の手すりを乗り越えて一気に二階へと降り立つ。 先程捉えた“音”の元凶―――その発信元であるその場所へ、いくつかの教室の前を通り過ぎ、角を曲がって。 「おぅ。」 ぱちり、と瞬きをした。 角を曲がってすぐの所に置かれていたのは、一体の石像だった。 床に落ちている手鏡を拾おうとするかの如く、身を屈めた体勢の少女の像。 やけに精巧に作られた石像をぺしぺし叩きながら見てみればその全身からは、うっすらと魔力が漂っていた。 その魔力は少女自身のものと、少女を石にしたものとの二種類のそれで。 あの“音”に気付いて此処へ来るまでにさして時間はかかっていない。 にも関わらず、少女を石にした何かの姿は其処に無く。 こてりと首を傾け、唇に指を添えて。 「・・・・・・・ふぅん?」 それはまるで、玩具を見つけた子供のように。 の口元には、ひどく愉しそうな微笑みが浮かんでいた。 ■ □ ■ □ レイブンクローの女子生徒が石像にされたというニュースは、翌日の昼には全校中の知る所となった。 自身はあの後、一人で出歩いた事でお説教されるのが嫌だったので、石像の件を誰にも告げる事無く寮に戻ったのだが―――それでもこうして石像の事が噂になっているという事は、どうやら彼女以外にも誰か、あの石像を見つけたらしい。 誰もが恐怖で疑心暗鬼に陥り、ひそひそと言葉を交し合って犯人は何者なのかと憶測を語り合っている。 昼食の席で、シアロは腹立たしげな表情でサンドイッチにかぶりついた。 「ったく、ふざけてるわ!」 「荒れてるねぇ、シアロ」 普段から大人しく穏やかな人間性であるなどとは口が裂けても言えないが、魔法薬学の授業中以上に不機嫌なのを見たのは初めてだった。ギヌロっと凶悪な目つきをシアロがに向ける。 「あったり前よ!なーにが継承者よ恐怖の大魔王かってーの、マグル出の何が悪いってのよ、あぁ!?」 「下品に喚かないでくださる?食事の時くらい落ち着くべきでしてよ」 「下品で結構!そこ、見世物じゃないわよ!!」 優雅にティーカップを傾けているミアキスにきっぱりと言い切り、こちらを見ていたグリフィンドールの同級生を指差して叫ぶ。 まるで猛犬のような勢いの同級生を落ち着かせようと声をかける者はおらず、ミアキスはため息をついただけで何も言おうとはしない。しばらく彼女に声をかける人物は存在しないだろう、と、思われたのだが。 「“継承者”って、ナニ?」 ひるむ事も無く、あっけらかーんとが問いかけたその途端、シアロはしまった、という表情になり、ミアキスは耳ざといですわね・・・・と言わんばかりの苦い顔になった。 立ち上がりかけていたシアロはすとん、と腰を落とし、の隣にいるミアキスとアイコンタクトを交わして。 「・・・・・・・まぁ、事件が起こった以上はにも話しておくべきでしょうね」 「隠しとく意味も無くなっちゃったしね・・・・・・・」 「それもこれも継承者のせいだわ」なんてブツブツぼやくシアロに代わって、ミアキスが口を開く。 「そもそもの初めから説明しましょうか。このホグワーツ魔法学校には四人の創設者がいて、その一人であるサラザール・スリザリンは、マグル出身の生徒はホグワーツに相応しくない、排除すべきだと考えていたんですの。 それ故に他三人の創設者と言い争いになり、ついに彼はホグワーツを去ったのですけど――――スリザリンはその際、自分の後継者である者のみが開く事のできる隠された部屋と、後継者だけが操れる怪物を残していったんですわ」 「隠された“秘密の部屋”を、サラザール・スリザリンから受け継いだ“継承者”!」 苦々しげな口ぶりで、シアロが吐き捨てる。 「誰なのかは知らないけど、マグル出身者をこの学校から排除するだなんてイカレたご先祖サマの目的に忠実に従うクソッタレ、ディメンターにも劣る最低最悪のゲス野郎―――――」 「美しくない言葉を私の前で使わないで頂戴!」 ぴしゃりと悪口雑言を遮られ、シアロはあからさまに不機嫌そうな表情になる。 「美しくなくても陰険なのよ継承者はッ!これで二件目よ!?」 ガンッ!と長テーブルを蹴り、シアロが椅子を倒して勢い良く立ち上がった。 その勢いと声量に、グリフィンドールだけでなく他の寮のテーブルからも視線が集中したが本人は気に留める様子も無く。 あんなに早口でよく舌噛まないなぁ、とズレきった感想を抱きながらが見上げるその横で、ミアキスが珍しく―――彼女にしては本当に珍しい事に―――ちっ、と舌打ちした。 「だいたい、自分は安全な場所から命令して高みの見物だなんて陰険にも程が―――――」 「シアロ!」 鋭く発せられた制止に、シアロが口をつぐむ。 「不用意な発言でしてよ、シアロ。頭を冷やしなさいな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 むっつりとした面持ちで、それでも大人しく椅子に座り直すシアロ。 視線で黙っているよう釘を刺して、ミアキスはにっこりと話題にそぐわぬ微笑み浮かべてに向き直った。 「つまり、その“継承者”がマグル出身の生徒を石にしている犯人という訳ですの」 「ねぇミアキス。“これで二件目”って事は、前にも同じ事があったの?」 「ええ。が来る二週間程前に」 「ふぅーん・・・・・・・」 ぱくり、とポテトサラダを口に放り込み、スプーンをくわえたままで天井を見上げる。 “秘密の部屋” “怪物” “継承者”――――。 マグル出身の魔法使いを忌む、サラザール・スリザリンの継承者。 彼女の力を以ってすれば、怪物もろとも継承者を狩るのは容易い――――“秘密の部屋”が何処にあるか判らなくとも。 生徒達には恐怖を与えている様子だが、は違う。 その気があるなら、今この大広間にいる人間全員をものの数分で物言わぬ肉塊にだって変えられるのだから。 「なんだ、おじげづいたのか?」 黙り込んだに、背後から見下したような、からかうような声がかかった。 シアロがむっつり黙ったままで凶悪な視線を向け、ミアキスが白っぽい軽蔑の視線を向け、が誰?という目でそちらを振り向く。そこに立っていたのは茶髪の少年だった。ネクタイカラーからして、スリザリンの生徒なのだろう。 「当然だよなぁ。次はお前らの誰かかも知れないんだ。恐怖でチビりそうなんじゃないかい?」 あからさまに馬鹿にしきった物言いに、ばんっ!とテーブルを叩いてシアロが立ち上がった。 「消えなさいよ、コルト」 「おぉ怖い!ルーヴィーは気に入らなきゃすーぐに殴りかかろうとする。まるでゴリラだ!!」 わざとらしくげらげら笑ってみせるコルトに合わせる様に、スリザリンのテーブルからクスクス笑いが漏れた。 殺意すらこもった目で相手を睨みつけるシアロ。ミアキスが、わざとらしく脚を組み換えて白金色の長い髪を背中へ払う。 「あら、品性の欠片も伺えないのはそちらではなくて?」 ミアキスからの援護に、睨み合っていた二人の視線が彼女に向く。 シアロはその通り!と言わんばかりに大きく頷き、コルトは一気に苦い顔になった。 「・・・・・煩いぞ、ミアキス」 「気安く名前で呼ばないで頂戴。貴方如きが軽々しく口にできるほど、私の名は安くないわ」 冷ややかに切り捨て、つん、と横を向く。 高慢極まりない仕草だったが、ミアキスがするとやけにしっくり似合っている。 ふん、と勢い良く鼻を鳴らして、コルトは「そのうち後悔しても知らないからな」と悪態をついた。 逸らした目がスプーンをくわえたままでその舌戦を観戦していたの上で止まり、楽しそうに細められる。 「今のうちにママの所へ帰ったらどうだ?黄色い猿のおチビちゃん」 刹那、影が発した殺気を視線だけで制す。 シアロが「っいい加減にしなさいよ!」と叫び、ミアキスも「撤回なさい!」といきり立ち。 何処からともなく跳んで来た食器類が、コルトに直撃した。 「・・・・・へ?」「・・・・・・え?」 唐突な事態に、あっけに取られて立ち尽くす二人。 あからさまな侮辱に、ケンカに参戦しようとしていた数人のグリフィンドール生や、彼等を押さえつけていた同級生も何が起きたのか分からない、という表情でぱちくりと瞬きしている。 ただ一人、だけは動じる事なくスプーンを手に持ち替えてにっこり微笑み。 「ピーブス、死なない程度にだったら好きにしていいよ♪」 「ぉおおおおう!!!死なない程度にとは何と寛大な姫君でございましょう!!!!!」 感動と歓喜に満ちた甲高い声が高らかに叫ぶのを聞き、大広間にいた全員が驚きのあまり目を丸くする。 その言葉の余りの意外さに、その場の半数以上が本気で自分の耳を疑った。 「この無礼者の処罰、お任せ下さった姫君の御心に必ずや!!!見事応えてご覧に入れましょうぞ!!!!」 あのピーブスが、“血みどろ男爵”以外の相手にはせいぜい校長相手にぐらいしかへりくだった態度を取らないあのピーブスが敬語を使って、あまつさえ素直に従っている!? 事態の異常さにあぜんとする生徒達。 呆然としているのは教師陣も、ついでに渦中の人物であったはずのシアロとミアキス、コルトも同様だった。 が手の平を出すと、其処にポテトサラダを盛った皿が差し出されて。 それを受け取り、もきゅもきゅとは何事もなかったかのように食事を再開する。 前代未聞・ピーブスによる公開リンチが始まった。 ■ □ ■ □ 「あー面白かったぁ!」 けらけらと満足そうに笑いながら、ベッドの上にぼすっと飛び込む。 処分を任せたピーブスは、確かに彼女の期待に応えてくれた――――あの少年が、泣き喚いて同級生や教師に助けを求める姿の無様な事と言ったら!痛みのあまり涙と鼻水垂らして止めてくれと叫び、少しでも痛みから逃れようと転げまわる様はそこそこ楽しい見世物だった。 当然ながら、正気に返った教師陣がピーブスを止めに入ろうとしたが、それをに対する侮辱に腹を立てていたしもべ妖精達が見逃すはずも無い。彼女が見世物に飽きてピーブスを止めるまで、見事に時間稼ぎをしてくれた。 “――――我が主。あのような屑、生かしておいて宜しいのですか” 「んふふ。影呪は始末しておきたいの?」 “主がお許しくださるのであれば” 「だぁーめ」 ベッドの上でうつ伏せになり、枕を抱きかかえて笑う。 「表社会じゃ、ヒトゴロシはしちゃいけなんだよ? まだまだココは楽しめそうだし、あんまり怪しまれるような真似はしたくないもん」 “・・・・・御意” 寝転がったままで足をゆらゆら動かしながら、は天蓋を上目遣いに見上げた。 思い浮かべるのは、昼間にした“継承者”の話だ。 マグル出身者ばかりを狙う、サラザール・スリザリンの意思を継いだ誰か。 狩ろうと思えば、今すぐにだって狩れるだろう相手。 けれど―――それでは、面白味がなさ過ぎる。 “継承者”がまいた恐怖と疑念の種子は、順調に育っていく事だろう。 自分の周囲にいる者さえ疑い、信頼できるのかと疑問を抱き・・・・・・いずれ疲れきった心は、誰かが“継承者”であると名指しされれば、それが本当なのかさえ疑う事すらできなくなる。 偶然とはいえ、せっかく楽しい時期にホグワーツに入る事ができたのだ。 わざわざこれからもっと面白くなっていくだろう楽しみの種を、潰す事は無い。狩るなら、もっと後だ。 だから。 「“継承者”のお手並み、拝見といこうか」 無邪気に闇が、笑った。 TOP リドル世代って言ったら秘密の部屋ネタですね!これぞ王道。 雲行きが怪しくなってきた感じです。 |