ころん、とベッドの上に転がれば、清潔なシーツ越しにまふっとした綿がの身体を押し返す。 基本的に寝床は布団派なだが、備え付けられているこの天蓋付きベッドは結構気に入っていた。 もそもそと寝転がったままでシャクトリ虫のように移動して、ベストポジションをキープする。 「ねーねー」 肌触りの良いシーツを堪能しながら、は頬杖を付いた体勢へと移行した。 声をかける相手は、ルームメイトでもあるミアキスである。 「なんですの?」 髪を梳く手を止めて振り向くのと同時に、柔らかなプラチナの髪がふありと揺れる。 こちらを見据える淡い紫をした瞳を見返し、は小首を傾げて問うた。 「“トム先輩”って誰?」 「あ、そういえば知りませんでしたわね」 「“トム・リドル”の事よ。スリザリンの生徒で、私らのいっこ上」 シャワーを浴びて戻ってきたシアロが、髪をタオルで拭きながら話に割り込む。 ミアキスが、話を遮った友人に眉をひそめて非難を含んだ眼差しを向ける。 その睨みを何処吹く風といった様子で受け流し、シアロはが転がっているベッドに腰掛けた。 「成績優秀、品行方正、容姿端麗・・・・・・・ スリザリンの生徒でありながらどの寮生にも優しいので、ファンの多い人ですわ」 こめかみを軽くひくつかせるも、すぐにに視線を戻して補足説明を加えるミアキス。 ふんふんと頷きながら枕を抱え込んでころりと仰向けに転がった。 普段のように三つ編みにしていないの髪が、ベッドの上で漆黒の羽のように広がる。 シアロが、タオルを頭にかけたままでその髪の一房を手にとって肩を竦めた。 「特にスリザリンのファンは熱狂的よー。 グリフィンドールでも一目置かれる超優等生ね、好みじゃないけど」 「私もですわ。欠点らしい欠点が無いんですもの、可愛くありませんわ!」 結局それなんだね、ミアキス。 ふぅんと頷くの長い髪を、ポニーテールやらお団子やらして遊び始めるシアロ。 それを気にしないでぱたぱた足を動かして。 「あ」 「?、どうしましたの?」 「あのね、教室に魔法薬学の教科書・・・・忘れてきちゃった」 「「駄目(よ!)(ですわ!)」」 てへっ☆と舌を出した彼女に、シアロとミアキスがそろって叫んだ。 え、ボクまだ取りに行くなんて一言も言ってないよ?(汗) ■ □ ■ □ ミアキスとシアロの猛反対にあい、結局取りに行くのは許してもらえなかった。 だがしかし。その理由が「夜中の一人歩きは危険」だの「見回りに捕まると面倒ですわ!」だのとに限っては有り得ない危険とあって、更にはそれで引き下がろうものならば“殲滅者”にして“死神”という、ひたすら物騒極まりない二つ名が廃る。 まぁぶっちゃけ廃ってもいい気はするがそれはそれ、これはこれだ。 何やら他にも理由はありそうな二人の反応だったが、それについては何も言わなかったので気にしないでおく。 誰しもが寝静まった頃を見計らい、気配を消して部屋を出る。 夜もとっぷり更けているだけに、談話室にも誰もいないので見咎められる心配も無い。 軽い足取りで談話室を突っ切り、絵画の扉をくぐり抜けた。 「あら姫君!こんな時間にお出かけになるのですか!?」 「ダメ!!婦人、しーだよしー!」 太った婦人が目を丸くして叫ぶのを慌てて制し、はパジャマのままで廊下に降り立つ。 影呪に取りに行かせれば楽なのにそれをしないのは、反対されまくって逆に燃えたからだったりする。 「婦人、ちょっと出かけるけど内緒にしててね?」 「分かりました。お気をつけて」 スカートの裾を摘んで深々と礼をする婦人に頷き、狭い石段を下りていく。 動作の一つ一つが完全に無音な辺り、泥棒でも充分やっていけそうだ。 うっかりすると迷いそうな廊下を、妖精学の教室目指して突き進んでいけば、通る道々で声がかかる。 「おやお姫君、お散歩ですかな?」 「まぁ、ご機嫌麗しゅう様。今夜は月が綺麗ですわね」 貴人へ対する礼を示しながらも、ほがらかに笑う絵画の人々。 それに適当に応えながらるんたったー♪と廊下を歩くは、どうも見つからないように行動するとかそんな気は無いらしかった。まぁ、どうせ何をしても、何が起きても目撃者はいないのだ。 いざ見回りの先生に見つかっても、気絶させて放置しとけばいっか!とか思っていたりする。 だが(先生方にとって)運の良い事に、は誰にも会う事無く魔法薬学の教室へたどり着いた。 授業の時に着席していた席を見れば、机の上には自分の教科書がぽつん、と置き去りにされていた。 「あ、あったー」 は教科書を手に入れた!(ちゃらりーん) ―――― カサッ 「ふえ?」 小さな音がしたのを敏感に聞きつけ、教室から出て廊下の向こうを覗き込む。 しかし、人影は無い。だが、結構近くに気配はある―――それをたどっていくと、地下牢風の魔法薬学の教室からほど近い部屋で、誰かが動いているのを見つけた。 「ピーブス、何してるの?」 そこにぷかぷか逆さになって浮いていたのは、ポルターガイストの小男だった。 一抱え程もある黒い塊をつついて遊んでいたが、が呼ぶのを聞いたとたんバランスを崩して床にのめり込み、見事な素早さで這いつくばった。 「おおおぉおおぉおぉぉぉう姫!見苦しいものをお見せしましてェ!!」 甲高い声で何てこったい!と後悔も色濃く叫んでそのまま床に同化する。 「あや、行っちゃった」 ぱちぱち、とは瞬きをして苦笑した。 完全に管轄直下にあるせいだろう。幽霊系統の者達は、反応が大げさになりがちだ。 苦笑を消して、部屋の隅に縮こまってる生物においでおいでをする。 「でといで?」 「!」 びくり、と黒い塊が震える。 カシャカシャと何かをぶつけるような音だけが室内に響く。 しゃがんで待っていたの元へ、やがてその黒い生き物は進んで出てきた。 毛むくじゃらの胴体に大きな複眼、ナイフみたいに尖った小さな鋏の―――通常より大きいサイズの、蜘蛛。 「わぁ、おっきいー可愛いー♪」 通常なら叫んで逃げ出すシーンだろうが、の感想と言えばそんなものだったりした。 黒い大きなアーモンド形の瞳をキラキラ輝かせ、巨大蜘蛛を嫌悪する様子も無く抱き締める。 蜘蛛は苦しいのか、せわしなく鋏をガチャガチャさせていた。 ほとんどでかい悪趣味なぬいぐるみ扱いである。まぁ、実際その程度の認識なのは間違いないだろうが。 「さすがホグワーツだなぁ、こんなのもいるなんて。しかも生きてるし。ビックリだね!」 蜘蛛の身体をあちこち触りまくりながら、感心したような呟きをもらす。 呪力によって肥大してるとかどっかの式紙とかならともかく、人の住んでいる場所でこんな大きな蜘蛛が見られるとなればにとっても驚き以外の何ものでも無かった。 無論妖怪ならこのサイズ以上の蜘蛛もいるが、大概があまり人気のある場所を好まない。 いいなぁペットにしよっかなぁと考え始めたその時。 「アラゴグ、アラゴグええこにしとった・・・・・・・・・・・・・」 か、と言いかけたらしい大柄な少年は、部屋の入り口でぴしりと固まった。 その視線の先には、大蜘蛛をまるでぬいぐるみのように抱いて振り向いているの姿。 ぱちぱち、では無くばしばしとでも表現したくなるような雰囲気で何回も瞬きしている少年に、は教師でもないみたいだし害は無いっぽいからやっとかなくていいっぽい?と判断して浮かしかけた腰を再度落とす。 これで彼が叫びでもしていたら、朝まで昏倒させられていたのは確実だ。 「な」 躊躇った後、お世辞にも控えめとは言えない声の大きさで問う。 「なんしとるんだ?」 「遊んでるの♪」 にこーっと笑って言い切ったの表情は、それこそ悪意とか裏とかが見当たらないものだった。 無論、それがイコールで悪人でない証明にはならなかったりするのだが、それでものその発言に、ぽかん、と口を開けたままで固まっていた少年が豪快に噴出した。 「こりゃあいい!肝がすわっとるなぁお前さん!!」 「わーわーわー!ダメだって声小さくしないと!見つかっちゃうよ!?」 蜘蛛を放り出して少年の口を塞いで指摘すれば、少年も慌てて自分の口を押さえる。 しん、と静まり返った教室で耳をすませて気配を探るが、足音も、近付いてくる気配も感じなかった。 ほっとため息をついて、は少年の口から手を放そうとして気付く。 そういえば、少年の手に自分の手は口ごと押さえ込まれたままだった。 「・・・・・あのね、大丈夫みたいだし、手、放してくれるかな?」 「!す、すまんかった!」 ばっ!と手を放して、少年が勢い良く後退する。 やけに身体の大きい相手は、を改めて見て、コリコリと頬を掻く。 「・・・・あー。お前さん、こないだ来た留学生だろ?グリフィンドールの」 「うん。ボクはって言うんだ。キミは?」 「俺はルビウス・ハグリッドだ。 その、が抱いとった蜘蛛・・・・・アラゴクの育て親でもある」 小首を傾げて問い返せば、先程の事があったからだろう、少しばかり声量を抑えた答えが返る。 その、と指差されたアラゴクはといえば、主人であるハグリッドの足下をカサカサ音を立てながらうろついている。 「・・・・・なんか物欲しそうにしてるよ?」 「おお!すまんかったアラゴク、ちょっと待っとれ!!」 慌ててしゃがんでポケットからエサを出すハグリッドに、大蜘蛛が威勢よくじゃれつく。 隣にひょいっとしゃがみこんで、は一心不乱にエサを貪る光景を眺めながら聞いてみた。 「ハグリッドって、いつからこのコ育ててるの?」 「卵から孵して以来だな。それからずーっとここで飼っちょる」 「ふぅーん。じゃあもうお母さんみたいなモノだね!」 「だな!しっかし、お前さんこいつが怖くないのか? 女ってえのはこういうもんが嫌いだとばかり思っとったんだが・・・・・」 「えー?カワイイと思うよ?」 「――――!ちびっこいが、ええ奴だなぁお前さん!」 本心からのの感想に、ハグリッドは嬉しそうに破顔して乱暴に彼女の頭を撫でた。 その荒っぽさにうっかりバランスを崩しそうになりながらも、は唇を尖らせる。 「ハグリッドがおっきいだけだよ!ボク、小さくないもん」 「かも知れんな!」 なおも嬉しそうなハグリットに、はむくれていた表情を苦笑に変えた。 こういう粗雑であっても裏の無い性格は、にとっても好ましい。 ハグリッドが手をどけるのを見計らって、教科書を抱え直して立ち上がる。 「それじゃ、ボクは寮に戻って寝るから。また来るね?」 「ああ、待っとるぞ!」 即座に返された気持ち良い答えに、も邪気の無い笑顔で応える。 今夜はいい夢が見られそうだ。 そんな事を考えて、鼻歌混じりに寮への道を辿るのだった。 TOP NEXT BACK ハグリットが好きです。 |