「ほうひょーひゅほー(合同授業)?」

朝食の席で発せられたその一言を、はフォークをくわえたままでオウム返しに繰り返した。
グリフィンドール生で同級生でもあるその少女は、スプーンをぴこぴこ降りながら頷く。
肩に触れる程度で切りそろえられた薄茶の髪が、それに従ってさらりと揺れる。
時折、金色にも見える髪は綺麗で、黒一色のとしては、ちょっとうらやましかったりする。

「そ、スリザリンの連中とね」

嫌悪感のにじむその言葉に、しかしあまり共感は湧かない。
ホグワーツに来てからまだ2日目で、スリザリンを名前しか知らない身としては、当然の反応だっただろう。
もぐもぐごっくん、と咀嚼していたスモークサーモンを飲み込んで、は眉をひそめてこてん、と首を傾げた。

「・・・・・なんか問題なの?」

そんな彼女に、目の前の少女―――――シアロ・ルーヴィーは、ぐっ!とスプーンを握りしめて熱く肯定する。

「大ありよ!なんたって、偉大にして陰険なるスリザリンと我等がグリフィンドールは、昔っから仲が激悪だもの」

「へーぇ・・・・・犬猿の仲って奴かぁ」

「もう、天敵の域ね」

深く頷きながら言われた言葉に、スリザリンのテーブルに目をやる。
すると、偶然にも名も知らぬスリザリン生の一人と目があった。
へらっと笑って手を振ってみれば、おもむろに嫌そうな顔をして目を背けてしまう。
現在が戦時下である事はさておくとしても、グリフィンドールに入って日が浅いにあの反応。

ナルホド、これは確かに悪いみたいだ。

「でもさぁシアロ。何でこんなに仲悪いの?」

問いかけながら、近くのポテトサラダに手を伸ばす。
彼女がそれを皿に盛る前に、皿の上にポテトサラダが山盛りにされた。
それを特に疑問にも思わず――――屋敷しもべ妖精の存在は、すでに感知していたので――――それを口に運ぶ
やけにサービスが手厚いと言うか過剰だが、にとっては当たり前の事なので気にはしない。
“魔法”という、世界における根源を成す力に近しい生物だからこその応対である事は理解している。
そんな光景に素朴な疑問を抱かないでもないシアロだったが、きっと留学生だからしもべ妖精たちも気をつかっているんだろうと自己完結し、大げさに肩をすくめてみせた。

「スリザリンの連中に、“穢れた血”なんぞと仲良くする気なんてさらさら無いからでしょ」

「・・・・・穢れた血?」

聞いた事のない単語に、はてなと首をかしげる。

「それはねー、」

「魔法使いや魔女の親を持たない、マグル出身者の事ですわ。多分に、差別的な要素が多い単語ですけれど」

唐突に割り込んできた声が、シアロの言葉を遮って答えた。
白に限りなく近い金―――――白金とも、プラチナとも呼ばれる色彩をした髪の少女は、整った目鼻立ちの将来有望な顔に、それはそれは麗しい、煌いて輝きを放たんばかりな微笑を浮かべる。

「おはようございます、v

「ん。ミアキスおはよぅ」

もくもくとポテトサラダを詰め込みながら返事を返す
どちらかといえばポテトサラダに意識を向けているため、ややなおざりな返答。
だが、ミアキスはそんなに何やら胸を射抜かれるものがあったらしい。
はぁ、と恍惚とした吐息を零し、夢見るような至福の笑みで力強くに抱きつく。

「いやああぁぁん可愛いですわぁ〜vvvvvv

に頬擦りするミアキス。
特に反抗もせず、されるがままの
その光景を眺めながら、シアロはフレンチトーストをかじった。
幸せそうな雰囲気を撒き散らすミアキスに向ける視線は、とてつもなく白い。
一言で表現するなら「ドン引きだよ」といった所だろう。

「朝っぱらから激しいわねー。私にはあいさつも無し?」

「あら、だってシアロはちーっっっとも!可愛くありませんもの」

「可愛いか可愛くないかで判断するのは差別だと思うんだけど」

「こればかりは好みで決めますわ

不毛、としか言いようのない会話である。

しかしこの二人、実は入学当初からこんな感じだったりする。
ホグワーツ入校以来の腐れ縁であり、何だかんだ言いながら相性は良いようであった。
上と目の前で繰り広げられる論争(のようなもの)を聞き流しながら、は今日あるという、合同授業に思いをはせる。

魔法薬学の授業は面白いかなぁ。
合同でやるのも初めてだし、面白かったらいいよね!

昔、面白半分に学校生活をしてみた事もあったが、この魔法学校というのも面白い。
授業に実践的なものが多く、扱う魔法の中にはの知らないものも多く興味をそそる。
泥沼化する論争をやっぱり聞き流しながら、は食後の紅茶にミルクと砂糖をたっぷり投入した。



 ■   □   ■   □



ツン、と独特の臭気が鼻を刺激する。
薄暗い部屋の壁に立ち並ぶのは、アルコール漬けの動物が浮かぶガラス瓶。
ガラス瓶の中の濁った眼球が、生きる者が妬ましいといわんばかりな虚ろな視線を向けてくる。
その視線は、すでにただの物体でしか無いはずだというのに、見る者の背を薄ら寒い感覚に陥らせた。

魔法薬学の授業は、地下牢で行われるらしかった。

何でわざわざ地下牢でするんだろう?と疑問に感じながらも、もの珍しそうに周囲のものを見回す
地下、という立地条件が、気味の悪いうす寒さを助長する。
これで夜なら、肝試しや怪談話の舞台におあつらえ向きだろう。
何処となく怨念とか残っていそうな雰囲気は、出て久しい双禊家の“黒の宮”にある座敷牢の雰囲気に良く似ていて少しだけ懐かしさを感じさせた。無論、ホームシックなどというものには陥る訳も無かったが。


「良いですこと?。授業が始まる前に、魔法薬学についての注意を述べておきますわ」


地下牢の一角―――――後ろの方の席に陣取り、ぴっと人差し指を立てて、真剣な顔で言うミアキス。
その向こう側にいるシアロは、明らかな不機嫌顔だ。
ちなみにこの不機嫌顔は、別にミアキスに言い負かされたからとかの理由では無い。
「魔法薬学の授業の時は、シアロはいつだって不機嫌顔でむっつりしてますわよ」とはミアキスの証言である。

「??注意すべき事があるの?」

いくら気に入らない相手とするとは言え、所詮授業は授業。
別に、神経を尖らせる事は無いと思うのだが。

「ええ。・・・・・一つ言えるのは『絶対つけ込むスキを与えない』!これに尽きますわ」

「????」

良く分からない、と言わんばかりの表情をする
するとシアロが、不機嫌顔のままで―――しかもだんだん降下している―――横から補足を加えてくれた。

「魔法薬学の教師が、スリザリン出身なのよ。だから、他寮の生徒減点しようってハラな訳」

「・・・・・ナルホド」

なんかものすごく納得したよ、今の注意。
どーりでシアロの機嫌が悪くなってってるワケだ。

まだ二日程度しか付き合っていないが、シアロはまがった事が嫌いらしい、というのはすでに知っていた。

「それだけじゃありません。何と言ったって、可愛く無いのが許せませんわ!

握り拳でミアキスが力一杯、ただし声を潜めて主張。
その熱っぽい言葉に、シアロが冷めた表情で水を差した。

「あれで可愛かったら、それはそれでイヤだと思うけど」

「う・・・・・・それもそうですわね。でも、何もあんなモガッ!?

「しーっ。来たみたいだよ、先生」

片手でミアキスの口をふさぎ、囁く。
それに少し遅れて、音を立てる事もなく、見るからに陰気な長身の男が入ってきた。
思ったよりは若い男であるようだが、その姿は妙に生気が乏しく覇気が無い。

・・・・・・・・・・・ う っ あ ー 。

相手の目を見た瞬間、が抱いた感想はそんな感じだった。
つまりとーってもお近づきになりたくない目をしていたのだ。
は悟った。あれはからかってもいたぶっても楽しくない相手だと。
一緒に遊ぶ事も論外である。視界に入る事は許しても半径3m以内に寄るな触るな口利くなみたいな。
それでもかすかに顔をしかめるにとどめたの隣で、シアロが小さく舌打ちする。

「ったく、相変わらず陰気なツラね」

「正視に耐えませんわ・・・・・」

ぼそ、と吐き捨てるように毒を吐く二人。
彼女達の嫌悪感溢れる表情は、他のどのグリフィンドール生よりも強烈である。

う〜ん、ホントに嫌われてるなぁ。

としてもどうせなら首と胴を生き別れにしておきたい気分だったが、一応仮にも“学生”としてここにいるからには大人しく耐えているべきだろう。最低限のルールはも心得ている。
気に入らないからといって、闇から闇へ葬る訳にもいかないしね、とは一人で頷いた。
ひたすら物騒だが、にとっては日常茶飯事レベルの思考である。
陰気そのものな教師の授業が始まったのを聞き流しながら、シアロをつついた。
当然ながら、小声で。

「ねぇねぇ。スリザリン生でも、注意した方がいい相手っているの?」

「ああ、いるわよ。例えば・・・・ほら、最前列の、右から三番目に座ってる茶髪男」

「コルト家の次男坊、ウィル・コルト。純血主義で、グリフィンドール生を見ると難癖つけてきますの。
 でも家柄としてはそういい所でもありませんし、おつむの方も弱いですわね」

言いながら、シアロがこっそり後ろ姿を指し示す。
さらりとした口調で、話に混じったミアキスが酷評を下した。

「特にミアキスとは仲悪いわよー。顔見るたんびにイヤミ言ってくるのよね」


ま、ぜんっぜん相手にされてないけど。

あんなのと話してたら、こちらの品性まで落ちますわv


「他には・・・・そーね、スリザリン生って大概油断ならないんだけど・・・・・・・。
 まぁ、後はミリア・セーレイくらいかな」

「どの子?」

「ほら、コルトの二列後ろに座ってる、あの金髪の女の子」

「あらシアロ。セーレイは、トム先輩に近づかなければ、気にしなくていいんじゃありませんの?」

「あ、それもそーか」

ポン、と手を打ち、納得したように頷くシアロ。
その時、頭上から陰気な、ぼそぼそと囁くようなじとついた声が降ってきた。




「ルーヴィー、シルフィーラ、、私語を慎め。一人五点ずつ減点だ・・・・・・・」




え、ちょっと喋ってただけで?


スリザリン生から、明らかに嘲笑のこもった笑い声が漏れた。
気配も消していない相手だ、接近に気付くのは呼吸をするより簡単だった。まさか減点されるとは考えていなかったが。
じろり、と三人を見て、「次からは私語は慎むように・・・・・聞くだけの頭があるならな」と嘲るような口調で告げて去る教師。
失敗しちゃった、とは心の中で舌を出す。
次からはこっち来そうなのに気付いた時点で黙るとしよう。
陰湿極まりない笑い声をたてて教壇へと戻る、その後ろ姿を眺めて心に決める。
そんなの横では、

・・・・一発ブチ込んでみようかな。さぞ気持ちいいでしょうね」

シアロが、薄ら笑いを浮かべて危険な発言をし。

「毒を盛った方が効果的ですわ」

ミアキスが、にこにこしながら過激な事を提案していた。


そのまま、ひそひそと具体的な計画を練り始める二人。
それに合いの手を入れながら、は自身の影へと視線を走らせて。

「・・・・・ダメだよ、大人しくしてなくっちゃ」

小さく、小さく・・・・・誰にも聞こえないような蚊の鳴くかの如き声で、呟く。
口元には、愉しそうな微笑。
その言葉に、‘影’に擬態して潜む影呪はうっすら漂わせていた殺気を収めて。


“――――――――御意”


無感情に、同じく主にしか届かぬ言葉で首肯した。
再度、沈黙したそこから視線を外し、は今更ながらにふと思った。“トム先輩”って誰だろう。
疑問はしかし、魔法薬学教師に対しての報復計画に関して意見を求められた事で一時的に保留にされた。
ちなみにこの一週間後、本気で実行された報復計画はスリザリン以外の生徒の間で大いに話題となる事となる。






TOP  NEXT  BACK



シアロはマグル出身、ミアキスは純血で名門出のバリお嬢。
個人的に魔法薬学の先生ってネクラで陰気なインケン野郎のイメージです(ひでぇ)