ひんやりとした白霧が、周囲を覆う。
強く吐けば白く曇る吐息も、今はただ、その中に紛れ込むだけ。
かなりの速度で疾走していた馬車は、やがてゆっくりとなって、ホグワーツの玄関ホール前に止まった。
馬車の扉を開けて降り立った老人に続いて、見た目は少女、実年齢は立派にハタチな本人無自覚年齢詐欺のが、軽やかな仕草で降り立つ。

「・・・・・ご苦労様」

馬車を振り返り、それを牽いている二頭の動物に声をかけてその骨張った身体を撫でる。
まるでコウモリのような翼を持った、大きな黒い馬。
名も知らぬその生き物は、嬉しそうにの手にドラゴンを思わせる頭をこすりつけた。
白く光る両眼を名残惜しそうに見返して、身体を離してダンブルドアの後を追い、ホールへ入る。
前回は不法侵入だったが、今回はここに通う生徒としてだ。

「おお、待っておったぞ。元気そうで何より」

「へへー。今日から当分の間、どーぞよろしくおねがいします♪」

待っていたらしいディペッド校長にぺこりと頭を下げる
頷くディペッド老のその笑顔に、は言おうと思っていた、馬車の中で聞かされた件(主に学年)についてを飲み込んだ。うんまぁ四年生(15歳)と同学年でもなんとかなるさ。魔法の事とかまったく知らないけど大丈夫。
しかし数字にして5歳の違いは結構大きい。
ちょっぴりその辺りは気になるだったが、まぁタダだし、という事で思考を放棄した。

「さて。君が元の世界に戻れるまで、身柄を預かる事になった訳だが・・・・これから、君を皆に紹介する。
 そしてその場で、君がどの寮に所属するかの組み分けをしてもらう事となる」

「ふんふん」

こくこくと頷き、続きを促すようにディペッド校長を見る。
すると校長は、孫に対する祖父のようににっこりと微笑んで。

「後は、皆と一緒に楽しめばいいだけじゃ。
 こんな時ではあるが・・・・ホグワーツでの生活が君にとって、楽しい時になる事を願っておるよ」


・・・・・・・。


こっくり頷きつつも、じっとディペッド校長を見詰める
戦争の事をさておいても――――何だか、妙に含みがあった気がしたのだ。
わずかながらに不審の色を見せる彼女に、横からダンブルドアが声をかけた。

「では、行こうか。皆に挨拶をせんとのう」

「・・・・・・・はーい!」

不審の色を消し去って、元気に良い子のお返事をする。
面倒な事になったら、まとめて駆除すればいいだけだもんね。


不穏極まりない思考が、言葉にされる事は無い。



 ■   □   ■   □



「このような時期ではあるが、皆に紹介する者がおる」

そう前置きし、ディペッド校長は大広間をぐるりと見渡す。
丁度朝食時でもあり、しかも招集がかけられていた事もあり―――――ほぼ全員が、その場に集まっていた。
生徒達はおのおのの寮の好きな席に座っており、テーブルにはすでに豪勢な朝食が並べてある。


「留学生の為、本日からしばしの間だけではあるがホグワーツの仲間に加わる事になる。・・・・入ってきなさい」


促されて広間に入れば、ことぐごとく集中する視線の嵐。
ざわめく空間の中、本人は至って呑気なほええん笑顔を浮かべている。
見慣れぬ顔立ちの――――おそらくは東洋人と分かる彼女に、ヒソヒソと囁き合う生徒達。


「この“”は4年生諸君の仲間として、このホグワーツで過ごす。
 多少ながら、勉強面で足りぬ所があるやも知れんが――――どうか、仲良くしてやってほしい」


ちらり、とこちらに視線を走らせるディペッド校長。
その意図を汲み取って、はのほほん笑顔のまま、ぺこんとお辞儀をして見せた。


「初めまして、皆さん。留学なんて初体験で分からない事も多いですが、どうぞよろしくお願いまーす♪」


踊るような語尾で告げられた挨拶に、わーっと生徒達が拍手する。
やぁ、いっぱい人がいる所で話すのなんて久しぶりだなぁ。
以前こうやって相手にしたのって何処だっけ・・・・・あそっか、恐山かー!

いっぱい幽霊いたなー。懐かしい懐かしい。

思いっきりマイペースなの元へ、ダンブルドアが組み分け帽子を持ってきた。
そのままを見るだけなら、ただ単なる古くて汚いだけのそれ。
だけどは、それが単なる帽子では無い事をしっかりと感じ取っていた。
椅子に腰掛けてその、かなり大きめな帽子を被る。それはすっぽりと、彼女の顔を半分ほど包み込んで覆い隠した。



「ほほー・・・・う。これはこれは、なんとも珍しい事ですな。
 まさか異世界から、ここまで“高位”にある御方がホグワーツにおいでになるとは」


頭に直に届くような、しわくちゃな声。
それを特に疑問にも感じずに、は感嘆の声を上げた。
その発言が、己の内に在る強大な力――――その質を理解した上での言葉だと気付いたからだ。

「すっごい、よく分かったね?」

は“黒の姫神子”と呼ばれる、闇そのものに近しい存在だ。
その身は人間のものであっても魂は神にも等しい力を備え、それゆえにこそ、正確な認識は難しい。
当然といえば当然だろう。人の認識の遥か及ばぬ領域そのものが彼女の本質であり、知る事が叶うのはほんの一端。
闇を知り尽くす事は精神の破滅にさえ繋る。
意思は持てども命への執着が薄い道具であり、また、“知る”ためにこそ生み出された帽子だからこその芸当だった。


「素質を見抜けなければ私に存在価値は無いのですよ、姫君」


「帽子家業も楽じゃないんだねぇ」

そう言って、帽子は肩(?)をすくめるような仕草をする帽子に、しみじみとした口調で「敵に回せば、その先に待つのは“死”あるのみ」―――――とまで詠われる、闇と破壊といった負の面を司る“黒”の神子は同情した。


「さてさて、先ずはご希望の寮を聞いておくとしよう。何処がお望みですかな?」


「そんな事言われても・・・・・ボク、どんな寮があるのか知らないし」


「おや、誰もご説明致しませんでしたかな?」


それなら私がお教えしましょう!


意気揚々とそう言い切って、帽子は彼女にだけ聞こえる声で歌い出した。




グリフィンドールは 勇気を胸に

レイブンクローは 賢きを

狡猾なりしスリザリン 純血こそを好みけり

ハッフルパフは勤勉と 忍耐こそを徳とする


それぞれ選ぶは違えども 私は確かに手を貸そう

君が入るべき寮へ 私は確かに渡りをつける


そう、私は組み分け帽子!




なかなかの歌唱力に、何だか感心する
ちゃんと聞いてはいたのだが、むしろ帽子が歌上手な事にビックリだ。
帽子を被ったままでパチパチ拍手するに、固唾を呑んで見守っていた生徒達は不思議そうに顔を見合わせた。

「お気に召した寮はありましたかな?」

「んー・・・・ビミョー。正直、どれもピンと来ないし」

勇気がどうのと言われても、ここ数年ばかり使った覚えも無い。
そもそも最後に使った勇気は半身である“白の姫神子”に、うっかりおみやげを買い忘れた事を謝りにいくためだった。
ちなみにその時に予想通り“もう一人のボク”に3日くらい説教されてへろへろになったのは、にとって思い出したくもない記憶ベストワンに輝かしくランクインしている。
かといって勤勉だの忍耐だのは好きじゃないし(特に忍耐)、自分が狡猾かと聞かれれば正直、首を傾げるしかない。
賢さも同様だ。知識を得る行為は好きだが、それは興味のある分野に限る。
強制される勉強などするくらいなら、迷い無くは強制してきた相手の頭蓋骨を叩き割って逃亡する事を選ぶ。
理解力はそこそこあるとは思うが、比較の基準もよく分からない状態ではなんとも言えなかった。


「姫君はどの才もお持ちでは無いですか。望めば、好きな寮へ渡りを付けますが?」


才能ねぇ。

あ、そう言えば蔵人から仕事のお誘いメール来てたっけ。
どうなったんだろう、あれ。
まだ返事してなかったけなー蔵人だしダイジョーブだとは思うけど。

とうとうは全然まったく関係ない事を考え始めた。
いい加減面倒になったらしい。

「ふぅむ・・・・・姫君はこういった事には、あまり頓着なさらないのですな」

「だって、寮とか瑣末事でしょ?楽しいならどこでもいいよ。
 もういっそ帽子くん的判断で、たのしそーなトコに入れてくれないかなぁ」

完全に丸投げなその言葉に、帽子は、ふむと呟いて。



「では、僭越ながら我が主の寮へと渡りをつけると致しましょう。


     ――――――――――――――― グリフィンドール!




ホグワーツ史上でも、もっとも長い帽子の思考時間。
ひどく長い沈黙の後出された宣言に、やや遅れてグリフィンドールから盛大な歓声が上がった。
ダンブルドアやディペッド老を少しばかりハラハラさせた帽子との対話が、こんなグダグダ感漂うなものだったという事は、二人のみが知る事実である。






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実は気配面では結構巧妙に人間らしく装ってる主人公です。
魂の質が違うだけに、敏感な人には影響しちゃうんで。