言い訳をさせてもらうならば、その時大層眠かったのだ。
仕事が月曜から土曜までみっちりあった(サービス残業込)。
解放された祝福されし栄光の日曜を目前に、私は弾けた。具体的には詰みゲー消化という方向性で。
買ったのにパッケージ封切りしてないゲームの誘惑に耐えきった私偉い。
上がり切ったテンションの命ずるままに寝食シャワー着替えを放り出してのゲーム三昧。アドレナリン出まくりでナチュラルハイな私。イイ笑顔でEDまで突っ走ってスヤァと前のめりで就寝したのは朝日が昇った頃だった。
一人暮らしの優雅な休日。その自堕落ぶりを咎めるような相手もいないし、友人との約束も予定も無い完全フリーの素敵なお休み。そのまま夜まで爆睡する予定だったのだ。
だったのだが実に午前十時(うろ覚え)、突然の来客があった。
眠かった。居留守という手段が頭を過ぎる事すらないほど眠かった。
のたくた起き上がり来客を迎え入れ黒スーツを応対。
黒スーツはやたら馬鹿丁寧な物腰で挨拶をして長々話をして帰っていった。
私は右から左へ聞き流しながら応対して寝た。
「はぁ」「そうですか」「たいへんですね」この辺りの単語を繰り返していたような気はする。
正直に言おう。多分八割方寝ていた。
寝て起きてのすっきり爽快深夜十二時、ごはんをもさもさ食べながら、そういや誰だったんだろうあの黒スーツ。いやそれ以前にそもそも何故私はあれをすんなり素直に迎え入れてまで応対したのかと今更コンニチワした疑問に首を傾げた。傾げながら普通に寝た。いや月曜仕事だし。
そうしていつも憂鬱月曜日。
のたくた出勤した私を早々にとっ捕まえてあれもこれもと書類を作るよう命じる事務員さん。
そんな急ぎの仕事があっただろうかと首を傾げながら見た書類。
うん。退職届とかね。そういう手続き書類だったね。
新手のパワハラを疑う私。ぷんすかしながらこういう事はもっと事前に、最低でも一ヶ月前には話を通して頂戴と怒ってせかす事務員さん。おいまてどういうことだと頭を抱える私の前に颯爽と現れる経営者。
ははは仕方が無いさ急な出来事だったからね、キミも新しい仕事場で頑張ってくれタマエ前途を祈っているよと何故かやたら煌めく眼差しで熱く両手を握って惜しまれながら流れるように退職手続きが終了し、同僚と別れを惜しむ間も無く疑問だけを抱きながらも私物と共に職場から放り出される午後三時。
流れ作業の如く黒スーツに回収された私が審神者とか言う仕事にジョブチェンジを果たしたのだと知ったのは、まさにこの時の出来事だった。
思い出しても笑えない。いや流されるままに流れたのは私なんだけども。
要約すると、刀剣を擬人化して歴史を変えようとする悪い奴らをやっつけてよ! という話らしい。
まるで日曜七時枠の新番組のようである。お子様の歴史授業の教材にも最適、とキャッチフレーズを付けてみた。これが現実とか世も末だ。いやここ二十一世紀の日本だよおかしいだろなんでそれがまかり通ると思いやがった。
無論全力で抗議した。しかし現実は非情だった。
「貴方契約書にサインしましたよね」
「」
そういえばなんか書類にサインすれば帰るとか言われて、いい加減寝たくてヤッチマッタような覚えも。
おいいいいいい昨日の私どういう事だぁああああ!
サインは! はんこは! 契約は! 慎重にって常識だろ!
着任は同日夕方六時だった。もはや虚脱状態の私。
辞書並みに分厚いお仕事マニュアルと共にさくっと放り込まれた先、出会ったモフモフした生き物。
「はじめまして、私はこんのすけと申します。
案内人を務めさせて頂きますので、以後、お見知り――……え、あの、審神者、殿?」
たぶんあれが悪かった。眠かったのが悪かったんだ。
おとーさんおかーさんごめんなさい、いもうとたちよごめんなさい。
おねいちゃんね、もうてつやでゲームしてひゃっはーするのはやめようとおもうよ……。
■ ■ ■
「うん、一晩寝たら頭冷えたわ」
「それはようございました」
着任早々速攻でフテ寝した。こんな審神者、私だけに違いない。
まぁ色々今更だし何を言っても後の祭り。
取り敢えずうじうじするのは目先の問題を片付けてからにするとしよう。
尻尾をぱったんぱったん揺らしている狐さん、もといこんのすけと改めて挨拶を交わし合い、ひとまず現状確認をする。喋る狐とか超ファンタジー。オカルトの世界よこんにちは。人生諦めが肝心ですね。知ってる。
「それでこんさんや、この砦の審神者は私が二代目なんだね?」
「はい。前任者の方は、その……不慮の事故でお亡くなりになりましたので……」
「ははは、あからさまに目を逸らして言葉濁すのはやめて欲しいなこんさんよ。
それ『なんかありました』って言ってるのと同義語だからね? 不慮じゃなくて故意の事故って殺人だよね? ね?」
「ひぃいいいい! ほ、ほんとに事故だったんですよぅ!
歴史修正主義者達に本丸を発見されて! 夜襲かけられたんですぅううう!」
「えっなにそれこわい」
「前任者の方も応戦なさったんですけどぉ……! あのその、救助が間に合わなくって……!」
「なにそれこわい」
とんだ事故物件である。陥落した事のある砦を再利用とかとってもエコですね!(白目)
政府は私に死ねと言いたいんだろうか。それともこれが審神者の通常運転だとでも。
なにそれこわい。あれっこの仕事国家公務員だって聞いてたんだけど聞き間違いかな?
「だ、大丈夫ですよぅ! この本丸は現とずれた位相にありますから!
歴史修正主義者達を追い払う事には成功してますし、また発見される確率だって、とっても低いですから!」
言い募る毛玉の可愛さプライスレス。
そっと手を取り肉球ぷにぷに。「真面目に聞いて下さいよー!」と怒る姿も超キュート。
でもやめない。ぷにぷに。うはぁ気持ちいい……癒されるわぁ……。
「分かりたくないけど、命賭けてる系の仕事だってのは今ので理解したよこんさん。
――と、なると……前任者の部下だった、刀剣男子? だっけ。その人? 達にも、いい加減挨拶回りしとかないといけないよね。そっちからも色々聞きたい」
あーやばいわー着任早々フテ寝したわー絶対「なんだあいつ」とか思われてるわー。
……うん、やっぱ帰りたくなってきた。でも審神者って基本泊まり込みっていうか職場とおうちが兼用っていうか。ここが既にマイホーム。どうしよう二十四時間働けって言われてる気がしてきた。
「こんさんこんさん、今いる刀剣男子さん達の名簿とかある?
前任者がどんなやり方してたかも、メモとかってない? 資料があるとありがたいんだけど」
「えっ」
「? どしたのこんさん。前任者が引き継ぎ書類残して無いのは分かってるよ。
業務日誌とか、政府に上げる報告書とかさ。そういうのはあるでしょ?
ひとまずそれ参考に進めて行きたいし」
刀剣男子さん達と話し合うにしても何にしても、そういう記録が無い事には始まらないだろう。まぁぺーぺーの新人がそのままやり方を引き継ぐのは無理だろうけど、刀剣男子さん達もこれまでと違うと戸惑うだろうし、互いにそこらへんはすり合わせていきたい。
だがしかし。こんさんはとても気まずそうに目を逸らした。耳がへにゃんとくたっている。
かわいい。じゃない嫌な予感。
「………………あの。…………こちら、前任者についての報告書になります…………」
「うわーいめんどくさそうなよかーん」
書類じゃなくて報告書が出てくるとか予想してなかった。うわすごい受け取りたくない。
でも受け取っちゃう。だっておしごとなんだものー。これが社畜の哀しいSAGAというものか。
嫌々ながらも目を通せば、だんだん自分の顔が引きつっていくのが手に取るように理解できた。今の私は苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。
結論から言おう。前任者が同性愛者でサディストのペド野郎。
酷使は基本、夜伽も基本。ちっちゃい子には主に凌辱系R18な仕打ちをし、でかいのは政府のノルマ達成と資材集めに治療もそこそこで走り回らせ、些細な理由で痛めつけたり傷抉ったりまぁ色々ね、うん。マイルドに言ってもたいへん非人道的な扱いを、していらっしゃいますね。そして刀剣男子は契約上、意図的に審神者に暴力を振るったり殺したりできないようになっているそうで。これは敵襲時にわざと見捨てられたとしか思えないレベル。
手は下して無いから殺人じゃなくて事故ってか。はははやばいわ超わらえない。
今私がいるのその本丸なんですけども。おいこれ刑事事件じゃねーかよ警察呼べよ。
「……引き継ぎからして難関の予感しかしない……」
というか敵、刀剣男子達が手引きしたんじゃなかろうか。
ぐしぐしと頭を掻き回しながら、前任者の因業に塗れた胸糞悪い報告書を放り出す。
窓の外は清々しいほどに明るく爽やかで、高く日が昇っている。
大体昼前くらいだろうか。昨日夕方に私が着任していて、相手もそれは知っている。
普通なら疑問に思って誰かしら様子を見に来そうなものだが、こんさん以外に私は誰一人として姿を見た記憶は無い。となれば、相手からはこちらに関わる気は無いのだろう。
へたすると私も前任者の二の舞になりそうだ。
「こんさん、ここの図面とかってある?」
「? はい。入用でしたらすぐにでもご用意できますが」
「じゃあ頼むね。……手札増やす前に、情報整理しときたいからなぁ」
まったくもって、めんどくさい。
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※同田貫・和泉守・大倶利伽羅は刀種変更前の為(まだ)太刀
※検非違使まだいなかった頃タイムラインでお仕事スタート