来世を望んでいたわけではありませんでした。
 前世を持ち越すことも、望んでいたわけではありませんでした。

 転生者など、しょせんはその程度のものなのです。前生の記憶など本来、希望如何に関わらず捨て去られるべきなのです。与えられた現在を必死に生き抜いて今があるのです。だと言うのに、それを断ち切って全て奪い去られて、はいまた最初から、なんて。
 産まれた世界が物語の世界だと知った転生者達は、いろいろな反応を示しました。
 けれど誰もがそれぞれの信念のもとに選択しました。何をして何をしないのか。どういう未来にするために動くのか。動くことすら赦されない、そんな者達もいたのですけれども。


―――― n ――――――――――


 その時も同じことでした。
 動くことを選んだのは、情報を得た中でもほんの一握り。
 それでも何かを為すには十分な数です。
 その信念が違っていて、後で争いが生じるとしても何かをするには十分な数です。
 大事なのはその時その時点で、利害が一致していることだけでした。


 ―― ey ――― tur ― m ――― ind ― i ――― rn ―


 男は傍観者でありました。選択する事を放棄していました。
 懸命に生きた記憶は巡った輪廻の中にさようなら。
 拭うに拭えぬ自我と記憶を引き継いで、家族は薄気味悪い子供だと彼を放置。
 転生者にはありがちな不和でした。
 けれどもそれで十分です。生も死も投げ出して、周りはまるでうすっぺらなお人形。
 惰性で生きる男を繋ぎ止めたのは、おせっかいなクラスメイトの存在でした。


 Hop ――― rn ――  bl ―― wh ―― ―― me b ――


 彼女は男を理解してくれました。男の代わりに悲しんで、自分のことのように怒りました。
 それもそのはず、クラスメイトも転生者。
 運命なんて信じてないけど、と前置きして、彼女は頬を染めて照れ笑い。

「すきです、しあわせにするから付き合ってくれませんか」
「……俺の台詞だよなぁ、それ」

 男も釣られて照れ笑い。幸せです幸せでした、血濡れの運命が繋いで赤い糸。
 転生者でも選択するものは違います。彼女は常に懸命でした。
 いずれの被害を減らそうと、めまぐるしく東奔西走。
 好きです好きです愛しています、彼女と同じ未来を見ていたわけではなくても、手を繋いでにっこり笑顔。


 ―― tar ― br ――― ly ――― in ―― boil ―― g an ―――


 一緒に掲示板を見ていました。魔術は使えないから見てるだけ。
 彼女は力の無さを悔やんだけど、男はほっとしていました。
 大事な恋人には安全な場所にいて欲しいですから。
 だから本当は止めたかったのです、彼女が■■ シロウを捕まえに行こうとするのなんて。
 でも止められませんでしたし止まりませんでした。
 だから一緒に行きました、他の誰かでなくて彼女を守るために。


 ―― They ―― ll r ―― urn ―― n ― nd ―― le ― rn ――


 静まり返った住宅街。一軒の民家の前、密やかに囁き合う人の輪に加わりました。
 思想は違えど目的は同じ。決意を胸に頷き合います。
 人々の眠りを妨げぬよう、ひっそり彼等は敷地の中へと一歩ずつ。
 震える彼女の手をぎゅっと握りしめ、男は力強く微笑んでみせました。
 静かです静かでした、耳鳴りがするほど静かでした。


 Eons ―― ve ――― sed now ――― n at la ――


 寄り添い合って指を絡めて、空いた片手に鈍器をしっかり。
 互いの体温だけを頼りに、息をひそめて罪業の道行き。
 彼女と一緒ならこわいことなんてありません。
 静かです静かでした、足音すら聞こえないほど静かでした。


 ― oes witho ―― end ―― ere they exte ―――


 ふと気付きました。前には誰もいませんでした。
 はて、前にいたのは誰だったでしょう。手に力を込めました。
 同じように握り返されました、それで十分。
 静かです静かでした、息遣いすら聞こえないほど静かでした。


 Whe ―― they rule ― then it's the ――― ag ― in ――


 静かです静かでした、鼓動の音すら聞こえないほど静かでした。



 ――― Look to the sk ―― way up ――  high ――



 いつの間にか、足は止まっていました。
 そこでふと、気付きました。

 ずっと、歌が聞こえていたことに。



 ―― L ― ok to th ― sky, w ― y up on high ――



 ふしぎな歌声でした。
 音符を紡いで歌にしたような、ふしぎなうたごえでした。

 ずっときいていたくなる、うたごえでした。



 ――  Stars brightly burning, boiling and churning  ――



 しあわせですしあわせでした、とってもとってもしあわせでした。
 手と手をつないで指をからめて、彼女を感じてほほえんで。
 そうして身体をよせあって、一緒に歌に聴き惚れて。

 ほかにはなんにも、いりませんでした。



 ―― Bode a returning season of doom ――



 この夜、とある家を訊ねた彼等は歌に溺れました。

 溺れ酔わされ誘われて。
 生涯、影すらこの地へ戻ることはないでしょう。



 ―― They will return ――



 さてはて、これはほんの蛇足。
 件の少年に与えられたのは、持ち主に認識阻害を施す御守りで。
 彼の家に施されたのは、侵入者を一昼夜と眠りに誘う、のろいうた。

 ただし選んだ曲目は、何を思ったのか“旧支配者のキャロル”。

 誘われ惑って耽溺したのは、人間だけでは無かったとだけ申し上げておきましょう。
 誰もが願いのために動いていました。どんな理由をつけたとしても、結局のところ選んだ道は自分のもの。

 何処かの誰かの願いが叶って、何処かの誰かの願いが潰えた。
 ただ、それだけのことでした。




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