それは、とあるよく曇って雷鳴轟き青白い稲光がひっきりなしに落ちまくる日の午後の出来事です。 「よし、人間界に侵攻しよう」 魔界でいちばん交通の利が良いけど地価がパねぇ王都、その中核を成す魔界を統べる王の居城“滅殺城”にて。 アフタヌーンティーをたしなみながら、魔王様がそんな寝言をブチかましやがりました。 ちなみに前フリ一切ナシです。直前までの話題は今年の秋に発売するポケモンの新作ゲームの話でしたまったく繋がりありませんね、そして何故魔界でそのゲームの話が出るのかと突っ込んだ人は良い子のギャグネタお約束集1000カ条を暗記して出直してくるといいでしょう。君も今日からギャグキャラだ! 『人間界に侵攻……ですか?』 眉をハの字に寄せ、着物姿をした桃色少女が繰り返します。 その背中には蝶々のような一対の翅。どう見たって人間ではありません。まぁ魔界ですしね。 困惑する可愛い部下にこっくり頷き、魔王様は茶をずぞぞと啜りました。緑茶うめぇ。 茶会に参加している冷血宰相が、とてもとても爽やかに微笑します。ミントのクールさです。 舌にピリピリする具合のアレです。毒仕込んでますね絶対。 『突発的に妄言を吐くのは魔王殿の常ですが、脱走癖持ちだろうと仕事を放っておく趣味がおありだろうとトラブルを量産して書類を増やすのがライフワークであろうと、一応仮にも魔界の君主たる方の発言。 理由だけは耳に入れて差し上げましょう』 「わーいケンカ売ってる発言だけど正論だから聞かなかった事にしといてやるぜこの野郎☆ 」 『ははは、昼夜問わず常時文官が魔王殿を狙っていますのでお覚悟を』 「最近の視線はそれか」 魔王様は麗しい顔をいやそーに歪めました。書類仕事って退屈だよ ね! 『で、なんで人界侵攻なんて言いだしたのさ?』 きょとりと首を傾げてみせたのは、ぷかぷか浮きながらクッキーを摘まむショートボブの少女でした。 羽はありません。代わりにつるんとした尻尾があります。どうやって浮いてんでしょう。 自称魔王の愛人、他称魔王専用テレポーターもしくは脱走補助の主犯、しかしてその実態は文官最大最悪の怨敵 という愉快な友人に、魔王様はちょっぴり真剣な表情になって肩をすくめました。 「いやさ、前回魔界が人界に侵攻したのって先々代が若い時の話じゃん?」 『先々代……サカキ陛下の時代でしたよね』 『近代史の授業でやりましたねぇ、サカキ陛下による人界暗黒時代』 『試験で絶対出る問題だったんですよね。アポロ先生、お元気かなぁ………』 しみじみ口調で懐かしがる、可愛い部下こと直属侍女紫苑&毒舌ミントな宰相氷月。 『あったねーそんな事も。1400年くらい前の事だっけ』 しみじみ口調で懐かしがる、貴姫こと年齢不詳。 「そう、そこなんだよ問題は!」 ずびしぃ!と勢い良く思い出にふける永遠の10代を指差す魔王。 「最後の人界侵攻が1400年前!そして人間の寿命は天才魔術師クラスでも人間辞めない限りは300年ちょい!!」 『普通の人間だと良くて100年、悪いと30年足らずでしたか』 『人間さんって、そんなに寿命が短いんですか?!』 『まぁ、魔界の住人にしてみたら驚きの短さだよねー』 「つまり!これの意味するところはー!!」 『『 意味するところは? 』』 『魔界に対する恐れが無くなってきている、という事ですか』 「てめぇセリフ取るとか上等だぁああああああ!!! 」 『ははは、褒めても出せるのは未決済の書類のみですよ魔王殿』 低級魔族なら一瞬で塵と化す魔力弾が魔王様によって連射され、流れ弾であちらこちらに穴が生成されました。 容赦なく戦闘派な魔王様はひとしきり宰相とガチバトルを繰り広げましたが、結局勝負がつかないまま、憮然とした様子で修復されたテーブルに戻って話を再開します。 「…………うん。魔界に対して人間が恐れを持たなくなってきてんの。 もちろん、今でも低級魔獣が人間界にうろちょろしてたりそこそこの魔獣があっちこっちで巣作りしてたりはするよ? でも、あいつら基本ケダモノだし。めっさ弱いし」 『確かにそうだけどさ、魔獣に強さを期待するのは酷でしょー。人間界では瘴気も薄いんだよ?』 「そこらへんはあたしも分ってるって。で、人界にいる連中がそんなじゃん。 だからさー魔界に逆侵攻しようって動きがあるっぽいんだわ、コレが」 『それはまた、随分脳への血の巡りが悪いようで』 一般に魔界とされている場所は瘴気と毒に満ちている半面、金銀財宝がうっはうっはな、鉱脈と奇形植物に恵まれたそれなりに資源豊かな土地でもあります。 ハイリスクだがハイリターン。そんな魔界がゴリゴリ資源採掘されまくらずにのんびりやれているのは、ひとえに財宝とか物質方面にあんまし興味がない、それでいてバトルがとてつもなく強い魔族達が治めているからだったりしました。 そう。魔族への恐れがあるからこそ、人間界は魔界領への不可侵と不接触を貫いてきたのです。 しかし、長きに渡る平穏によって魔族の脅威をおとぎ話の中にしか存在しないレベルにまでボーダー下げちゃった人間は、先人の知恵を忘れてめでたく魔界の資源をGETだぜ作戦を練り始めたっちゅー訳でした。 亀の甲より年の功、古いからってむやみやたらに切り捨ててはいけません。 「ま、侵攻されてもこっちの勝ちは見えてんだけどね。 でもホラ、魔族って血の気多いじゃん。仕掛けられたケンカは高値買取りが基本だし」 『殲滅戦になりそうですね……』 人間による魔界侵攻。 そんなんが実現した暁には、リアル火の海阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される事でしょう。人間界で。 ぶっちゃけ魔族と人間は戦車と木の棒くらいスペック差あります。超えられない壁ですね。知らないって怖いですよね。 そして魔族はウサギを狩るのにノリノリで全力出しちゃうライオンハートの持ち主ばっかりです。惨劇しか起きねぇな。 「だからさぁ、こっちから攻めりゃー色々仕込みもしやすいし、お祭り騒ぎもできて一石二鳥。みたいな☆」 『血を見る事確定の祭りですねぇ』 皮肉っぽい口調でしたが、宰相の目は危険な輝き方をしていました。なんだかんだでこいつも魔族ですからね。 平和主義の魔族なんざ少数派です。絶滅危惧種です。 『魔王さまもサカキ陛下みたいに、暗黒時代を築くんですか?』 「ノンノン、二番煎じなどあたしの趣味ではないよ紫苑君」 ちっちっちと指を振って、ニヤリと魔王様は不遜な笑みを浮かべました。 「あたしの目的はあくまでも魔界の平和。 ゆえに!今回の侵攻は魔界征服を目論みやがった馬鹿どもをパーフェクトに叩き潰しッ!! 二度と魔界に侵攻しようなんざ考えが浮かばんよう!骨の髄まで魔族流の説得をするのみよぉおおおッッ!!!」 ふぁーっははははははは!と高笑いを上げる魔王様の背後で、ひときわ大きい雷が落ちました。 のちに人界魔界双方の歴史に名を刻む、第13代目魔王陛下による人界侵攻。 その発端がこんなグダい茶会のダベりだったというのは、教科書には載らない黒歴史でしょう。 |