―――――バサリッ 翼の下で渦巻く風が、しだいに弱く、小さいものへと変化していく。 浮き上がっていた巨体の足が地面についた。ズシィン・・・・と重量感のある音が響く。 は軽やかな身のこなしで、天空の背から跳び下りた。 「今度は何とか着地成功っと!これもあたしの教育のタマモノだね☆」 『・・・・・・“今度墜落しやがったら一日メシ抜き♪”ってーのは、教育じゃなくて脅しじゃねーのかよ』 ぼそ、とジト目で突っ込む天空に、はふっ・・・・・と余裕っぽい笑みを浮かべて大げさに肩を竦め。 「意見の相違ってヤツだね」 『その一言で片付けんなーッ!!!』 第三者には咆哮としか聞こえない天空のツッコミが、マサラの街に響き渡った。 ほぼ一年ぶりのマサラタウン、無事に到着です大佐!(敬礼ー!) 【 真白の始まり・終わりの高原 】 「博士、ポケモン図鑑返却しまーす」 「ご苦労じゃったな」 テーブルに置かれたメタリックなポケモン図鑑(未完成品)を、上機嫌なにこにこ顔で受け取るオーキド博士。 直にご対面するのはこちらもほぼ一年ぶりなオーキド博士の顔を見ながら、はずずぅ〜と湯呑みで茶をすすった。 適度な温度、舌に残らない程度の上品な苦味と奥深い味わい、鼻腔をくすぐるふくよかな香り。 「ナナミさん、これってかなり良いお茶?」 「よく分かったわね。正解よ」 うふふと上機嫌な微笑みを浮かべるナナミさん。 ちなみにが通された部屋は、以前来た時と同じく応接間らしき部屋である。 以前は 華美では無いが、それでもさりげなく品格と質を兼ね備えた調度品が置かれている辺り、さすがは世界的なポケモン研究の権威の研究所、といった所か。オーキド博士じゃなくて、たぶんナナミさん辺りのチョイスなんだろーけど。 「やっぱ、もうちょっとコンパクトにした方がいいと思いますよソレ。 それに前にも報告しましたけど、ポケモン捕まえたら自動で情報登録できるよーにした方がいいんじゃないですかね? モンスターボールから情報読み取る今のやり方だと、どーしても忘れそうになるし」 「ふぅむ・・・・・強度も上げた方が良さそうじゃの。防水は、まぁ問題無さそうじゃが」 「あーそっちは問題ナシですよ。何度か海水に浸かったけど壊れてませんし」 図鑑をあちこちいじりながら呟く博士に、はお茶をすすりながら何度浸かったっけかとぼんやり考える。 そういや、どのくらい耐えられるもんか気になって海水に沈めて放置した事もあったなぁ。 よく壊れなかったもんだよ、うん。 オーキド博士は手を止めて、バックに花の舞うような微笑みを浮かべ。 「ほぉ、海水にか。 ワザと試したんだったら重し付けて海底に沈めねばならんのぉ 」 「 事故です事故事故!いやだなぁそんな事しちゃったりしませんって!!!」 あははははは! と空虚な笑い声を上げる。 さり気なく鉄の重々しい音を立てる背後は絶対に見ない。だから 「嘘ついてんじゃねぇだろうな、ああん?」 というニュアンスのドス黒い微笑みを満面に湛えているナナミさんなんて見えない。あまつさえトゲがいっぱいついた鈍器(っつうか凶器)スタンバってるだなんてのは見てないから見えてなんていないんだって!(汗) 「そういやポケモンリーグっていつやるんでしょおかね博士!確かセキエイ高原でやるんでしょ!?ね!ナナミさん!!」 「強引じゃのー」 「やぁねったら。リーグは来年の話じゃない」 「三年に一度じゃからな。今開催しておるとしたら・・・・・・・・シンオウリーグじゃな」 マジすか。シンオウなんてゲームですら知らねーよ!(まぁそれはそれで楽しみがあっていいけど!!) ・・・今から飛んで行けば参加登録、間に合うかな。 そんな事を考え出すの前で、オーキド博士は茶をすすりながら何気なく切り出した。 「それはそうと。やはりちょっぴり疑わしいから一発いっとくかね?」 ジーザス。 どうやらごまかされてくれなかったらしい。 てゆうかオーキド博士、今の「害はないけど目障りだから踏み潰しとくかこの虫ケラ☆」みたいなノリだったぞ。 青ざめるの肩に、ぽむ、とナナミさんの手が置かれる。 「安心して、外したりしないから」 「いや本当ですって嘘ついてませんマジですだからやめて!その凶器素振りするの止めてナナミさん!! いつぞやランダムでテレポートさせられた時に海に浸かったのとかこないだ墜落した時に海に放り出された時に浸かったんですって本当だってばあたしすごく良い子ですよごまかしませんて!!博士信じてお願い!!!」 「ほら、疑わしきは罰せよって言うじゃないv」 「ちょ、ちょいまちナナミ様そんなんアリすか博士笑顔で見てないで。なんでそんなイイ笑顔!? 待ってすいませんストップかけ、あちょ、マジやめぬぎゃああぁあああぁッ!!??」 結局爽やかに笑顔で殴り倒されました。 超理不尽。(心読まれた!?) ■ □ ■ □ 草原を渡る風は軽やかに優しく。 そして人の目は何処までもキツかった。 『包帯ダルマになるのは楽しいか』 「いや、これが意外と」 無駄に胸をはる包帯女――――もといはせっかくなので、セキエイ高原見物に来ていた。 リーグ参加は無理としても、そのくらいはしておかないともったいないだろう。 リーグ開催時以外、会場は封鎖されているそうだが、併設されているポケモン協会の本部は、その一部を一般の人の利用も自由な公共施設として開放している。そこまで面白いものでも無いが、まぁ、ある機会は生かすべきだろう。 『ご主人さま、傷の方は大丈夫ですか?痛みません?』 『だいじょーぶだろ。頭に一撃喰らって血ぃ出た程度だし』 『頭部の傷は、出血しない方が問題なんですよ。重傷なのは見た目だけです』 紫苑の心配を、あっけらかんと天空と氷月が否定する。 むしろするだけ無駄とか言いたげだ。事実だけどなんかムカつくな。 現在は、頭部のみならず顔面も包帯でぐるぐる巻きにしていた。その上からいつもの帽子を被っているので怪しさは+じゃなくて×で計上されちゃう域だった。もはや最低半径1メートル以内に人が寄り付かない。 理由は天空が言ったように、ナナミさんによる頭部への強烈な一撃が原因である。包帯巻くにしても別に顔面にまで巻く必要は無いのだがそこはそれ、その場のノリというヤツだ。 は窓から身を乗り出して、一際高くそびえる山に歓声を上げた。ちょっとわざとらしかったが。 「おお、シロガネ山がよく見える!何処がシロガネなのかよくわかんないけど!!」 『あははっ!ってばごまかしたね♪』 「いやんごまかしたなんて本当の事!」 『くねっても微塵も可愛くないですよ。自分のキャラ分かってます?』 そこはツッコミ入れちゃイ・ヤ☆とくねるに、氷月が冷淡に事実を述べた。 と言うかキャラとかそれ以前の問題として、顔面包帯巻きの女がそれやっても キショ怪しいだけだ。 『うわぉ容赦なぁーい』 『誰』 平坦な睡蓮の疑問に、は動きを止めて首を傾げた。 「あれ?」 『・・・・・遅いぞ』 『時々見事にボケますねぇ主殿。まだら痴呆って知ってます?』 えーっと心無い言葉がクリティカルで痛いけどそれは置いといてー。 「ミュウ!?」 おおう超久しぶりっ! 『やっほ♪せっかく名前くれたんだから貴姫って呼んでよ、ってば』 「ごめんそうだったっけ!元気してたかこぉーいつぅー!!」 『あっははーそこらの凡人トレーナー如きに捕まるボクじゃあ無いよ!』 「女王な発言ありがとう貴姫っ!」 うふふあははと笑いあいながらも、がっしぃ!と抱き合って再会を祝うと貴姫。 トキワの森でロケット団のザコに強制テレポート食らわされて以来だから、出会ったのはかなり前になる。 しかし、今いるこのロビーに出入りしている人はさして多くないとはいえ、幻とか言われるポケモンが白昼堂々と人前に姿をさらしていいものなんだろうか。とりあえず、今の所は誰も見ていないようだったが。 『いい加減紹介してやれ、』 冷静な白夜の言葉に、はそういやそうだと頷いた。 「氷月と睡蓮は初対面だっけ。こっちは貴姫、出会って数分で分かれる事になったあたしのラ・マンさ!」 『らまん?』 単語の意味が理解できなかったらしい、睡蓮が無表情に首を傾げた。 貴姫はにこにこしながら一瞬の躊躇いも見せず、 『友人以上飼い主未満ってコトだよ☆ の』 『理解した』 『これ以上無く的確な説明をありがとうございます』 「すんな理解!氷月も便乗するな!!」 『ぜんっぜんちげぇぞオイっ!?』 『いいじゃありませんか、面白くて』 と天空の鋭いツッコミに、氷月はさらりと言い切った。 く、おのれ愉快犯め!(← ヒトの事言えない ) 貴姫が上機嫌に笑いながら、の腕に抱きつく。 『そうそう、氷月・・・・・だっけ?の、言う通りだよ。楽しかったらいいでしょ?』 「いやココは突っ込まねば」 ボケにツッコミは必需品なんだよ貴姫。だから止めないでおくれ。 しかし貴姫は腕に捕まったまま、上目遣いにを見上げて悲しげに訴えた。 『ヒドイよ・・・・・・・ボクよりツッコミを取るんだねっ!?』 「狽」わ新しっ!?」 そんな方向性で来るとは!なんたる想定外!! 『――――で、何しに来たんだ』 ボケツッコミに飽きたのか、白夜がやや白い眼差しで貴姫に問う。 貴姫は何言い出すの?と言わんばかりの表情できょとんとしながら、わずかに首を傾げて。 『あれ、用も無く来ちゃいけない?』 『会って以来、今まで姿を見せなかったからな。そう思っただけだ』 『やっだなぁー。そんなの気分だよ、き・ぶ・ん♪』 ケラケラと笑いながら答える貴姫に、白夜が向ける視線は何処までも冷ややかだ。 その視線に、何やら不穏なモノを感じるのは気のせいだと思いたい。 は苦笑いして、「まぁまぁ」と白夜をなだめる。こんな所でバトル勃発させようモンなら自分の格好もあるし、つまみ出されるんじゃなくて ジュンサーさんに引き渡される事確定 だ。それはちょっと遠慮したい。 「貴姫は敵じゃないんだから、そんなカリカリしないでいいじゃん」 『・・・・・・・・・・・・・』 何故ため息をつく。 『えと、あの、本当にどうしてシロガネ山はシロガネって言うんでしょうね!』 微妙な空気を変えようとしてか、それまでにこにこしたりおたおたしながら成り行きを見守っていた紫苑が口を開いた。 ナイスだ紫苑!ちょっぴしどころかかなり話題微妙だけど!! 『あ、それならボク知ってるよ』 『えっ・・・・・・。貴姫さん、知ってるんですか?』 『人生長いからねー』 『・・・・・何年生きてんだ?』 天空のソボクな疑問は綺麗に黙殺された。 昔を思い出しているのだろう、何処か遠い目をしながら貴姫が語り始める。 『ずぅーっと昔の話だけどね。あの山が、“シロガネ山”って呼ばれる前。 その頃は、えーっとなんて呼ばれてたっけ・・・・・・・駄目だ、思い出せない。とにかく、その当時は人間の街もそんなに発展してなくて、モンスターボールより扱いづらいぼんぐりボールくらいしか無かったから、トレーナーも少なかったかな。でも、今よりポケモンは人にとって身近な存在だったと思う。・・・・・・・・時の流れの中で、忘れられちゃった事もあるからね』 『実年齢が伺われる発言ですね』 やけにしみじみした発言に、余計な事を言う奴一名。 「 氷月・・・・・・・・・・・・? 」 『軽い冗談です』 分かっててやったろお前。 流れが止まったが、貴姫は咳払いすると気を取り直して話を再開した。 『いつ頃からだったかな。各地で、ポケモンが暴れる事件が起きるようになった。 それで人もポケモンも、たくさんの犠牲が出た。ポケモン達を暴れさせたのは、たった一人のトレーナーだった。 “彼”が何を考えて、そんな事をしたのは・・・・・・・・・・・・・・分かんないけど』 ちら、とあたしを見る貴姫。 「・・・・・・いや、同じ人間だからってあたしにも分かんないよ?」 『あはは。そのトレーナーに敵う相手は誰もいなかった。ポケモンにも、人間にも。 でもね、そんな中で彼に立ち向かっていった少女がいたんだ。銀の髪に銀の瞳の――――“シロガネ”って、トレーナー』 『銀色』 『ご主人さまと同じ色の方だったんですね。ひょっとしたら、ご先祖様かも!』 睡蓮がじっとを見つめ、紫苑がきらきらした表情で振り返る。 しかしとしては何とも答えようが無い。 もともと異世界からトリップしてきた人間だから、こちらに血縁者は存在しないのだ。 当然、先祖がこちらの世界にいるはずも無い。色合いと性別が偶然同じというだけだろう。 銀と銀なんて、現実にはありえない色合いだと思ったんだが。くそぅ。 『“シロガネ”は各地を飛び回って、暴れるポケモン達を押さえ込んだり正気に戻したりした。 仲間と協力して“彼”と戦い、時に追い詰められながらも、ね。 二人は何度か戦ったけど、決着はなかなか着かなかった。そんな“彼”と“シロガネ”が決着をつけたのが――――』 貴姫が、窓の外にそびえる雄大な山へと視線を向ける。 つられて山を見る達(一部除く)に、貴姫は淡々と話を締め括った。 『あの山なのさ。以来、あそこは今の名で呼ばれるようになったの』 「なるほどー・・・・・・それでシロガネ山って言うのかー・・・・・・」 世界を救った“シロガネ”にちなんで付けた名称だったってワケね。 銀髪銀眼のポケモントレーナー“シロガネ”――――なんか、他人とは思えないなぁ。 『それだけでも無いけど、そんなトコ』 『なぁ貴姫。結局、どっちが勝ったんだ?』 もっともな疑問を持ち出す天空。 そういや、さっきの話には出てこなかったな。 どっち?という視線が集中する中、貴姫はえへっ☆と可愛く笑って。 『さぁ。忘れちゃった☆』 『『「 えぇーッ!?!? 」』』 と天空と紫苑の、不満の大合唱が響き渡った。 ここまで話しといてオチは無し!? 氷月と白夜はさして興味も無さそうだったが、睡蓮もじぃっと非難するような眼差しで貴姫を凝視している。 貴姫はうぅん、と困ったように口元に手をあてて天井を見上げ。 『そうだなぁ・・・・・ひょっとしたら、神話関係の文献に残ってるんじゃない?』 「その可能性があったか!おっしゃ探すぞー!!」 気合のこもった雄叫びを上げ、走り出す。 確か図書室あったしね、ここ! 『お手伝いします!』 『オレもオレもーっ!!』 『天空、無理』 『なんでだよっ!?』 『大きすぎる』 『あ゛。』 天空が呻いて動きを止めた。ロビーは広いので動きに支障は無いが、確かに進化した天空の巨体では、この狭い建物内を動き回るのは困難だろう。そこに氷月が、冷静なトドメの一撃を放った。 『それ以前に、人間の文字なんて読めないでしょう。あなた方』 『『 う。 』』 『・・・・・・・・盲点』 紫苑と天空がそろって撃沈され、睡蓮がちょっぴり動揺した。 自分も協力するつもりでいたらしい。 そんな仲間達を見ながら壁を叩いて笑いを堪えるに、貴姫はふよふよと浮遊しながら近付いて。 『あのね。今のはずーっと昔の話だけど、これから始まる話でもあるんだよ』 「へ?貴姫、それって―――」 昔の話なら、これは終わった話なんじゃないんだろうか。 きょとんとするに、ふわり、と柔らかく貴姫は微笑んだ。 『ずぅっと、待ってた』 顔を寄せて、耳元で小さく囁く。 『・・・・・・・“在るべき時”は、すぐそこだよ』 ――――― キンッ! 言葉の意味を問う間も無く、貴姫は“テレポート”で姿を消した。 意味がよく分からず、は帽子の上から頭をかいて、傷に響いたのですぐ止めた。 ふと気配を感じて見れば、白夜がすぐそこにいた。どうやら囁きの内容は聞こえなくてもしっかり現場は見ていたらしい。 『何を言われた』 「や。待ってたよとか、さっきの話はこれから始まるものでもあるとか・・・・・・・ま、そう気にする内容でもないと思うよ?」 偽りを赦さぬ白夜の眼差しを見返して、は軽く肩を竦める。 そう。言葉の意味は分からないが――――特に気にする事でも無いだろう。 貴姫の言葉がこれから起きる何かを暗示しているのなら、いずれわかる事なのだから。 『・・・・・・・・楽天的すぎるぞ』 「合理的と言っておくれ。それに――――」 呆れ返った様子の白夜に、包帯巻きで今ひとつ決まらないウインクをして。 「例えばあたしが世界中を敵に回しても、何が起きようとも。白夜は一緒にバトってくれるっしょ?」 『・・・・・・・・・・愚問だな』 取り方によってはどうとでも受け取れる、白夜の答え。 けれど、その意図など疑いようもないもので。 だからは笑った。 その、ひどく彼らしい返答に、満足気に。 ―――――― 新たな一年が、巡ろうとしていた。
最後の英文の訳は、 “最初の任務は終了した。 準備はいいかい?上等、次の任務に移ろうじゃないか! 続けますか?” |