嫌がらせじみた厚さを誇る紙の束が、どすり、とそれなりの重量でもってテーブルに鎮座する。
山のような、と表現するほどでは無かった。しかし、薄めの辞書くらいのボリュームはきっちりと備えている。
びっちり文字やら数字やらがプリントアウトされたそれの端をちょい、と摘まみ、少年はあからさまに顔をゆがめた。

「うへぇ。なんやのん?これ」

「見せてと言ったのは貴方でしょう。言われてたディスクをプリントアウトしてきただけですよ」

「………忘れたなぁ、そない昔の話」

向かいの席で、呆れたように肩を竦める青年。
その姿を意図的に視界から外して、少年は書類の一枚を取って二つ折る。
完全に読む気が無いらしい。
折っては開きで丹念に書類へ折り目をつける様子を眺めながら、青年は苦笑交じりに口を開く。

「内容は古い研究レポートですよ。
 調べてみましたが…17年前に学会で発表された論文のために集めた素案でしょうね、これは」

「ふふん、あのはげちゃびんの事や。その頃から火遊び好きやったんやろが」

「――――少なくとも、花火集めには励んでいたようです」

軽い指摘に一瞬目を見張るも、青年はすぐにそれを無表情で覆い隠した。
それを見る事もせずに、少年は作り上げた紙飛行機を真剣そのものな眼差しで検分する。

「んー。ヤミカラスちゃん、今はクチバやったっけ?」

「捕獲しますか」

「せんでええ。ま、どこ飛び回って、どこで巣作りしよるかは把握しとかんとあかんけどなー」

気の無い様子で応え、少年は机を離れて大窓へと近付く。
紙飛行機を投げるモーションを繰り返しながらひらりと手を振れば、青年は軽くお辞儀をして雑踏に紛れた。
その背が消えるのを横目に、少年は紙飛行機を空へと飛ばす。
ふわりと吹き上げる風に乗って、白と黒の紙飛行機は青い空へと翼を広げ―――――



斬り刻まれて無残に散った。



最早書類としては意味を成さなくなったそれに背を向け、少年は先ほどまで青年のいた場所を見る。
置き土産の書類の束を眺めながら、にたりと嗤って呟いた。


「大変やなぁ、どっちつかずっちゅーんも」







     【 押し売れ☆人災大セール −後編− 】






サントアンヌ号の甲板で、レッドはじたばたと暴れていた。
正確にはレアコイルによって形成された、電気のオリの中で、だが。

「このっ!ここから出せよっ!だーせーっ!!」

出せと言われて素直に出すのはバカだけだが、それでも叫んでしまうのがお約束というモノだろう。
ニョロゾと一緒に執念を感じるしつこさで騒ぎ立てる様子は、いっそ苛立ちを通り越して尊敬の念さえ抱きたくなる程だったが、サントアンヌ号の船員達はさして感銘を受けなかったらしい。
抗議の叫びは当然のようにスルーされ、甲板に空しく木霊して消えていく。


「――――元気だねぇ、レッド」


笑いと呆れが半々の、透き通った冷涼な美声が響いた。
音楽的で、思わず聞き惚れそうな聞き覚えのある声に、レッドはぴたりと騒ぐのを止めてそちらを勢いよく振り向く。
煩そうにレッドを無視していた船員達が、一斉に甲板へと出てきた二人組を見て敬礼する。
片方の男は知らない顔だ。けれど、その横に立つ黒衣の少女は探していた人物に間違い無かった。
否。間違いも、ましてや他人の空似もありえない。
銀の女神とでも形容すべき、人間離れした美貌の主などそうそういるはずもないのだから。

!」

呼ばれては、にこりと微笑む。
尊敬する人物の無事にレッドは状況を忘れて顔を輝かせたが、その横に佇む男の姿を見て、すぐに表情を強張らせた。
明らかにリーダー格なのだと、一目見てそう理解できる男だった。こいつがマチスだと直感する。

、そいつから離れるんだ!」

「なんで?」

「なんでって!そいつらはR団で、町でポケモンをたくさん連れ去ってる悪いやつら、で…………」

心底不思議そうに小首を傾げてみせたに、必死に言い募る言葉が最後まで続く事はなかった。
どうしようもないくらい、違和感があった。何かを間違えているような。
そんなレッドの変化など見えていないかのように、は柔らかな声で語りかける。

「レッドが元気で、怪我もしてないみたいで。本当に良かった」

砂糖をまぶしたような、あまいあまい甘露の響き。
言葉はひどく優しい。それなのに、心臓を握りこまれた心地がした。嫌な汗がじわりと滲む。
つぅ、との形の良い唇が吊り上がった。嵐を宿した灰銀の瞳が細まる。
笑顔である事は間違いない。けれど、年齢にそぐわない艶を帯びた、その笑みは。

「獲物を先につまみ食いされるの、嫌いなんだよね」


肉食獣の、笑みだった。


瞬間、レッドは喉笛を食い千切られる自分を幻視した気がした。さぁっと全身から血の気が引く。
オリの中で力無く膝を折るレッドとは対照的に、マチスが上機嫌に、イヤミったらしく笑う。

「招かざる乗客には厳しい罰を与えるのが、我がサントアンヌ号のしきたりだが………
 KITTENキティは是非ともお前を持て成してやりたいらしくてな」

パチン、とマチスが指を鳴らすと同時に、レッドはニョロゾと共にオリから放り出された。
甲板の床にしたたか尻を打ちつけて、ようやく自分が呼吸を止めていた事に気付く。
ニョロゾがレッドを守るようにファイティングポーズをつけて、悠然と立つと、部下の持ってきたモンスターボールから一つを選び取っているマチスを睨みつける。

「フフフ、あんまり船を壊すんじゃあないぜ?」

「努力する」

軽く答え、は手渡されたボールからポケモンを解き放つ。
白煙を裂いて広がるのは、先端へ行くほどに淡くなる、黒で縁取られた桃色の翅。
きらきら煌めく星を纏って、色違いのバタフリーが差し伸べられた漆黒の腕に舞い降りた。

「紫苑。お客様だ」

愛おしげに紫苑と呼んだバタフリーの頬にキスをして、は呆然とするレッドに目を向ける。
甲板の上、人垣の輪が二人と二匹から距離を置いて大きくなった。
顔色の悪い少年に、優美な銀色は可笑しそうに目を眇める。

「さぁて、レッド。
 ――――期待してるんだから、死ぬ気で足掻いて、……踊ってよ?」

宣言と、ニョロゾの足元へサイケ光線が叩きこまれるのとはほぼ同時だった。
慌てて跳躍したニョロゾの目前へ、ふわりと風に乗って紫苑が回り込む。
再度のサイケ光線が、今度は真正面からニョロゾの腹へと吸い込まれるように直撃した。

「……っ!」

とっさに吹っ飛んだニョロゾを抱え込めば、レッドは甲板の柵へと叩き付けられる。
じぃんと痺れる背中。骨の折れそうな衝撃に、呼吸が止まった。

「あらま、早々にリングアウト希望?」

やれやれと言いたげには大仰な仕草で首を振ってみせる。

「紫苑、“サイコキネシス”」

「う、わぁああっ!?」

強制的な空中浮遊を体験させられ、手足をばたつかせるレッドとニョロゾ。
陸に上がったコイキングを連想させるその動きに、どっと周囲のR団から笑いが起きる。
唇に薄い笑みを刷いたままで紫苑を視線を交わし、はてのひらを上向けて、クン、と手招きしてみせた。
主人の意を正確に取り、一人と一匹は空中から、甲板中央へと勢いよく引きずり寄せられた。
彼らを床へと強制的に這いつくばらせながら、はふぅ、とわざとらしく息をつく。

「レーッド。せっかく加減してるんだから、ちょっとは頑張って欲しいんですけどー?」

カツ、カツ、カツ、と足音をさせて、レッドの目前までゆっくりと歩み寄っていく
告げられる言葉の嬲るような響きに、レッドは痕が残る程、てのひらをギチリと握りしめた。
二人の距離が、少しずつ縮められていく。


6歩、

5歩、

4歩、

3歩、


の唇から笑みが消えた。歩みが止まる。

「ニョロゾ!!」

「おっと」

焦りを帯びたレッドの叫びと、が床を蹴るのは同時だった。
氷結する床を跳躍して回避して、が紫苑の足を掴む。サイコキネシスの重圧から解放され、レッドはがばりと身体を起こした。隣で同じく体勢を立て直したニョロゾを横目に、強い眼差しでを睨みつける。
悲しみと悔しさと、怒りと。そんな感情が溢れた目だった。

「ニョロゾ、“水鉄砲”だ!」

「“サイコキネシス”」

凄まじい速度で繰り出された水の塊を前に顔色ひとつ変える事無く、紫苑から手を離してが呟く。
トン、と身軽な様子で床に降り立つ背後で、方向を逸らされた水がギャラリーの下っ端船員を何人かまとめて押し流した。
連続して襲いかかる冷凍ビームの余波を後転して避ければ、濡れた甲板は凍結し、跳ねた飛沫が氷片へと変じる。

「紫苑」

笑うと紫苑の視線が交差する。
地に落ちるはずの氷片がぴたりと制止した。指揮棒を操るように、の右手が優雅に翻る。
浮かび上がった氷片が、一糸乱れぬ動きでレッドとニョロゾめがけて殺到した。

「うわあああああああああっ!?」

「ほぉーらまだ終わって無いぞー?」

あるいは逃げ惑うその足元に、あるいは頬をかすめて、あるいは服を裂いて。
サイコキネシスで操られた氷片が、標的を中心として縦横自在に甲板上を踊り狂う。
氷片の合間を縫って、がレッドへと肉薄した。

「とうっ」

「ぅぎゃっ!」

仕掛けられた足払いに、床の滑りが良くなっていた事もあいまってレッドは盛大に転倒する。
ニョロゾの水鉄砲は床を軽く滑って避け、はすぅっと片手を上げた。
反撃に移るには間に合わない。悔しさに唇を噛み締めながら、せめてもの抵抗にと怒りを込めて睨みつける。
絡み合った視線の先、レッドが見たのは悪戯を企む悪童のような笑みだった。
思いがけない顔に目を丸くすれば、上げた手が、指が一点に向けて振り下ろされる。


「  サ  イ  ケ  光  線  」


瞬間、大気が轟いた。

もうもうと白煙が広がり、――――太い腕が、レッドの襟首を掴んで床に引きずり倒す。
軍靴でレッドの頭を踏みつけ、憤怒の形相でマチスが煙の向こう側へ叫んだ。

「何のつもりだ、KITTENキティ!」

ぽたり、ぽたりと床に赤い色が滴り落ちる。
不自由な視線を何とか動かして上を見れば、不自然にだらりと垂れ下がった剥き出しの左手が見えた。
心底忌々しげな舌打ちが白煙の向こうで零れて、不満そうな声が響く。

「片腕犠牲にしたか……素直に気絶してくれりゃ話が早かったってのに」

「裏切る気か……!」

「かわいー後輩の前で嘘情報垂れ流すのやめてくんない?
 そもそも、R団に入るの“考えていい”って言ったけど“入る”なんて言ってないしぃー。
 それにあたし、ポケモンを道具扱いするあんたらのやり方大っ嫌いでね。入団なんざお・こ・と・わ・り!」

スパッと真正面から一刀両断する物言いに、レッドは自分の今の状態も忘れて頬を緩ませた。
疑問は残っているし、言いたい事も聞きたい事もたくさん残っている。
けれど、それでも。尊敬するトレーナーが、憧れを裏切るような存在ではなかったのだと。
ポケモンに酷い事をする、そんな人間達の仲間なんかでは無かったのだと。
その事実が、今はただ嬉しく、誇らしかった。

KITTENキティ…………ッ!」

「おっと。もう人質は効かないよ?」

レッドを踏みつける力が一層強さを増した。
直接向けられている訳ではない。だが、それでも肌を抉るような、殺意に満ちた唸りは強烈だった。
物理的圧力と気迫に押され、抵抗も忘れて喘ぐレッド。それとは対照的に、は殺気を柳に風とばかりに受け流す。
ぶわり、と風が巻き起こり、たちこめていたいた煙が、一気に渦を成して駆逐される。
晴れた空を引き裂くようにして広がる両翼は、空と同じ青でありながらも攻撃的で排他的だ。
天を堕とさんばかりに咆哮する蒼き暴竜を背に、銀の娘は不遜に微笑む。

「どっちが不利か、だなんて。考えるまでも無いんだからさ」

SHITくそ!」

短く悪態を吐いて、マチスはレッドを蹴り上げた。
大人に比べれば遥かに小柄な身体が、くの字に折れ曲がって床を転がる。

「レッド!」

苦悶の呻きを漏らして胃液を吐くレッドに慌ててニョロゾが駆け寄り、の視線がマチスから外れる。
瞬間、甲板を何体ものマルマインが占拠した。背後からの強襲を受けてニョロゾと、巻き込まれたレッドが甲板の上から弾き飛ばされ水柱を上げる。海へと落ちた一人と一匹を追って、紫苑が優雅な外見にそぐわぬ敏捷さで飛んだ。
示し合わせたように白い光を宿す姿に、が舌打ちを漏らして跳躍する。

「天空飛んで!」

「覚えてろ!」




複数の爆音が、港に木霊した。




 ■   □   ■   □



サントアンヌ号の一件は、ひとまずの落着を見せた。
さらわれたポケモン達の救出と船員の大量検挙が行われ、船も運行許可の停止を言い渡される事だろう。
だが、逃げたマチスの方はといえばジムリーダーとしての実績もある為に、その犯罪が立証されないままうやむやになる有様だった。船員達も、犯罪組織の割には結束も忠誠心も高いらしい。
誰一人としてR団の名前も、マチスとの関わりも漏らしていないという話だし、レッドとの証言だけで物証が見つかっていないだけに、この話題は早々に消えていきそうだ。
不幸中の幸いは、マルマイン達の大爆発で甲板は跡形もなくなったものの、ポケモンにも人間にも死者が無い点か。
レッドもアザだけで済み、盛大に弾き飛ばされて落っこちたニョロゾもニョロボンに進化しているのであちらに関しては問題無くプラス評価で終わる。誤解もきっちり1時間魅惑のクエスチョンタイムで解消した。

いやしかし、マチス仕留める前に裏切ってるのに気付かれたのは焦った。レッドが人質にされたのもだけどな!
サイケ光線耐えきって、なおかつそれが有効な手だって気付いて実行するんだから軍人系って奴は以下略。
怪我人大量生産で惨劇な展開でも、死人ゼロで終わったからいいけどさ。

それより、問題なのは。

『後先を考えろとはこの際言わん。だが、敵地と理解している場所で油断するとはどういう了見だ………? 』

「すんませんっしたぁ!」



ポケモン達のお説教☆タイムだよな☆(滝汗)



雁首そろえて佇む皆様に、は平身低頭して土下座する。
言い訳も言い逃れもしようがない。今回ばかりはフォローも期待しようがない。
終わりが良くて全てまーるく治まっていても、お咎めと反省会は無しでは済まされないのが現実なのである。
世知辛い話だ。ぶっちゃけ目の前から漂うプレッシャーがちょう怖い。
マチスの殺気も、死亡フラグな状況にだって強気に無敵に立ち向かい騙し受け流し叩き折りで勝利をもぎ取っただったが、あいにくこの説教反省会を回避する術だけはひねり出せそうになかった。身内こそ真のラスボスである。

『油断大敵』

「おっしゃる通りで……」

『主殿はこの手の事に関しては頭が回ると思っていたんですが。
 まさか死に繋がりかねないような、底抜けに間抜けな失態を侵す程に救いようの無い馬鹿とは、ねぇ……?』

「うう、その通りデス………」

『アハハハハ、暴れる場所もねぇオレの怒りとかどうしろってぇの?

「ええっとその案件については至急考えとくんで………」

『…………………ご主人さまのドジ、とんま、からっぽあたま』

「ぅああああぁぁあああああああぁああああぁああ」

罵倒の割合の方が多い説教大会であった。

ともあれレッドが訪ねてきた頃には、ポケモン達による言葉の鞭でHPをガリガリマイナスまで削りつくされてはすっかり灰の彫像と化していた。背景に墓地が見えそうな状態である。誰か復活の呪文プリーズ。
さらさらさらーっと風に乗って飛んで行きそうな姿に躊躇いながらも、レッドはおそるおそる風化した肩をつつく。

「え、ええっと。………大丈夫か?」

「 無理ー …… 」

ポケスペキャラの前だから、なーんて見栄は既に遠い宇宙の彼方である。
それでもなんとか顔は上げれば、ばっちり出立前な準備万端スタイルのレッドがちょっぴりヒきながらも心配そうに覗き込んでいた。今からお出かけしますと無言のうちにも主張する姿に、ぱちくりと瞬き一つ。

「何、クチバ出るの?」

「ああ、うん。この近くでサイクルレースってのやるらしくてさ、秘伝マシンが商品だし、出てみよっかなーって」

「サイクルレース……ああ、こないだからポケモンセンターにチラシ貼ってあったっけか。
 でもレッド、自転車持ってたっけ?」

これがTVアニメの方なら自転車=カスミのを借りパクして破壊、な覚えがあるのだが。
はてなと首を傾げてみせれば、レッドが得意げな顔でチケットを取り出す。

「へっへー。自転車の無料引換券!会長にもらったんだー」

「おおおおおおー」

の分までこの通り!」

「おおおおおおおおおおおおおー!」

「だからさ、その………一緒に行かないか!?」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!?」



KU ・ DO ・ KA ・ RE ・ TA  ! !



『 ………? 』

「はいすいません軽挙妄動は慎みまっす!

がっちりレッドの手を握って快諾しかけた所にかかった威圧感MAXな地獄の予感を含む声に、は生存本能の囁きの下僕と化してスライディングで土下座をかました。かるいこうどう いくない!
白夜から漂う説教モードな空気が消えるのを見計らい、上体を起こして思考を巡らす。
レッドは物語の中核だ。つまり、一緒に行動すればR団とのエンカウント率は放っておいても急上昇。
萌えの予感も急上昇。
原作崩壊なんて今更すぎるし、関わる気満々なのだから断る理由はどこにも無い。
これはもうOKするしか。



「ん、何?」

2秒で結論してギラリと目を輝かせれば、くい、と睡蓮が裾を引っ張る。無言で指差す方向を見れば、氷月がとっても、そりゃあもうステキすぎるイイ笑顔で見覚えありまくる書類の束を陳列していた。
しまったそれがあったか…………ッ!
天国から一気に地獄。衝動のままにのぉおおおう!と叫んでのたうち回れば、レッドがぎょっとしたように後ずさる。
それに気付いては動きを止めた。こほん、とわざとらしく咳払いして何事もなかったかの如く身体を起こす。

「悪いけど、急ぎでオーキド博士の所に寄る用があってね。それに、自転車があっても荷物になるだけだし」

「あ、え、そう、……なの?」

素早すぎる身代わりの早さに、置き去りにされながらも返事をするレッド。
それを理解していながらも、は先程まで床をのたうち回っていたのが夢かまぼろしだと錯覚しそうな真摯な表情で頷いた。善意はありがたいが、何せ彼女の主要道路は悪路か獣道である。道なき道を俺は行く。
書類の件にしてもそうだ。レッドと一緒に行動すると、次にオーキド博士に会うのがR団との一件が落着した頃になってしまう。敵が系統立てて動いてる内に、なるべく害悪の芽は摘んでおきたい身としては、それでは困るのだ。
かといって、レッドについて来られても困る。どの程度原作が変わっているかなどには見当もつかないが、レッドがいないと先々で困るイベントが複数あるのだ。オーキド博士に全て丸投げて逃げるわけにはいかない以上、どれだけ時間を使うか分らない状況に原作主人公を引きずり込めるはずもない。

なんでこう、ドリーム王道パターンとご縁が無いのだろう。
普通ドリームって原作沿いで主人公とか、他のメインキャラと一緒に萌え道中な展開なんじゃあなかろうか。

やっぱり逆走がマズかったかなーと一瞬遠い目になるが、すぐに気を取り直してレッドの手を握る。
原作キャラがいなくともポケモンがいる。会話もできてキャラもより取り見取りで萌え要素ばっちし。
よし、高望みはすまい。なるべく。
とりあえず今現在の最優先事項はレッドのフォローだ、これ重要。
せっかくの原作キャラで、そうでなくても図鑑所有者としての後輩分だ。
が持っていたのは試作品の図鑑だったし今は持っていないが、それでも可愛い後輩に変わりはない。

「気持ちだけ受け取っておくよ。それに、今回来てくれて助かったし……ね?ありがと、レッド♪」

どうせなら後輩の好感度は高い方が良いので、はとっても宜しい自覚のありまくる顔をフル活用し、蕩けるような微笑みを浮かべた。ボンッ!と音を立ててレッドが指先まで赤くなる。
おお、いい反応するなレッド!鏡の前で笑顔研究してみた甲斐があったぜ☆

『あああ、レッドが誑かされる………!』

『悪女』

『う。否定できないです……』

『と言いますか、そのものズバリですね』

ちょっと黙れそこの外野

免疫ない相手に向けると細かい追及うやむやにできて便利なんだよ、コレ。
今後とも使おうとは思う、しかし誰かを破滅させたり色々むしり取ったりはしてないので悪女認定は却下したい。
嘆くニョロボンとポケモンsに向かって親指を下におっ立てて、はぐるぐるお目々で未だに動揺しているレッドの頭をぽんぽんと叩く。

「ま、お互い旅をしてる身の上な訳だし。また機会もあるさ。
 ―――――次に会う時まで、ヘマしてR団に潰されたりしないようにしなよ?」

あたしの影響でR団存続フラグ&レッド死亡とかなったら真面目に笑えん。

「とっ、当然だろ!このレッド様が、そうそう簡単に潰されてたまるかってんだ!」

軽い口調の裏に潜んだ真剣な思いを読み取ってか、恥ずかしそうに頬を染めながらもにっと笑って威勢よく吠える。
気合いの入った返答に悪戯っぽい笑みを浮かべ、はレッドと拳を突き合わせた。
本当、切実に頼りにしてるよ?後輩殿。






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主人公が詐欺師すぎる件について。まじ自重!
戦い中に眠り粉こっそりまとわせてたり、ちょいちょい敵の数を減らしてましたー。ミス=死亡フラグは重い。