財宝と瘴気溢れる土地には魔の王国があり、そこを支配するのは一人の女である。 彼女が一声発すれば魔獣が狂喜し、魔族達は我先にと膝を折った。 その姿は見る者を惑わす美しさを備え、まさしく人間に災厄をもたらしたパンドラそのものであった。 だが、彼等の歓呼を浴びる女の姿は、確かに魔を統べる王の風格を纏っていた。
―――――とある元斥候兵の回顧録より
魔界領最南端、トマトジュース色になった海を眺める魔王陛下の後ろに、終結した魔界全軍がわっさわっさと集結しておりました。ずらっと広々した海岸線に沿って大集結です。大集合です。こみこみのごみごみっくす☆です。 一部で屋台とかも出てる辺りに魔族クオリティが出ています。祭りかよ。祭りだよ。 魔王様は沈みゆく夕日を見ているようでありましたが、実際には水平線に魔族視力でよーやく見える程度の大陸影を見ていました。侵攻ターゲットロックオンです。 ちなみにこの魔界領最南端、人間側が侵攻で辿る予定ルートだったりします。 まあ他ルートは更に過酷ですからね。でもこのルートも海魔獣がみっちり生息してたりするんですけどね。 人間領側にいないからって油断は死を招きまくる次第ですね。いのちは だいじに! やがて、全軍出揃い夕日もほとんど沈みきった頃。 ウィル・オ・ウィプスの灯りが飛び回り、幻想的に場と魔王陛下を照らし出します。 雰囲気たっぷりな演出をかましながら、朱華陛下はゆっくり振り向き、全軍を見渡して口を開きました。 「我が下に集いし同胞諸君!そして、見送りに来てくれた住民諸君! 今宵、我等魔族は実に1400年ぶりに人界へと侵攻する!その理由を知っている者はいるか!?」 魔族や魔獣達はちょっと沈黙した後、ひそひそと囁き交わします。 「なんでだっけ?」「ほらあれだ、人間の侵入者がいたからだろ」『たたかいたいからー』『せ・ん・そー!せ・ん・っそー!!』「魔王様の気分」「やっぱさー、最近デカい戦争なかったからじゃね?」『人界で魔獣狩りが激しいから、かしら』「そういえば魔界でここ数年人間よく見るのにゅー」「病院にかつぎこもうとすると自決するってアレか」『しんこー!おしんこー!』 あんまり知られていないようでした。情報統制はかけてないんですけどね。 まぁあえて広めてもいないんですけどね。 「近年、魔界領で人間を見かける事が増えていると気付いている者達もいるだろう。 同時に、人間界で魔獣狩りが活発化してきていると感じる者達もいるだろう。 これが何を意味するか、知っている者はいるか!」 やっぱりそこにあったのは沈黙でした。 でも一部で“もったいぶらね―でさっさと言えや”的な空気も混じっています。 頭脳派組や一部魔族は既に理由に見当がついてたり聞いてたりしますが、空気を読んで良い子でお口にチャックをしていました。さすがに大演説となれば皆様場をわきまえます。わきまえない奴は簀巻きで魔王様直々に地殻へ素潜りの刑が待っています。喋っていいのはマグマで泳ぐ覚悟を決めた奴だけだ。 「1400年間、我等魔の者は人間界と大規模な接触を持たなかった。 弱者に興味を持たなかった、先代魔王を責める気は無い! だが、この平和はどうやら人間にとって、過去を忘れるには充分過ぎたようだ。 人間は愚かにも、この魔界領を自分達のものにしようと目論んでいるというのだから!!」 ぴしゃああああん! と一同に電撃が走ったようでした。 言葉で表現するなら「な、なんだってー!?」という具合です。びっくりです。衝撃です。 人間のひ弱さ貧弱さは魔族間ではもはや一般常識なので、当然っちゃ当然でしょう。一対多数ならまだしも魔族の本拠地である魔界に攻め込もうなんて、それなんて自殺志願?なレベルです。 ぽかーんとする一同に、朱華陛下は情感たっぷりに叫びました。 「同胞諸君に問う!人間のこの愚かな思い上がりを放置したままでいいのか? この魔界を蹂躙しようという妄想を抱く身の程知らず共を、果たして放置したままでいいのだろうか?!」 即座にあっちこっちから「ふざけんなー!」「万倍返しじゃああああ!」『と・うっそう!と・うっそうっ!』「いてまえー!」『ボコだボコ!!』「ふぁっきゅー!」などなどの怒声が上がりました。みんな怒ってます。兵士から暴徒にジョブチェンジです。 見送りのはずの一般住民までヤル気に満ちあふれております。 まぁ魔族って基本血の気が多い好戦種族ですからね。そもそも集った時点ですら高かった士気ですからね。 士気は上げなくても高い、それがいわゆる魔族クオリティです。 でもあえて煽るのも魔族クオリティ。 「今一度、同胞諸君に問う! ―――――我等魔の者の恐ろしさ、忘れさせたままでいいものかどうか!」 さっきより多くの声が上がりました。 内訳的には「思い知らせてやれやゴルァ」『調子付き過ぎてんだよ弱肉強食刻んでやらぁ』「もう即殺で良くね?」「目指せレジェンド」そんなノリです。否定要素がありませんね。そして消極的意見もありませんね。 侵略される側の方がモチベーション高いのは古来からの伝統なようです。 絶対的に優勢なはずの魔族にもそれは当てはまる模様ですね。テンションたけぇな。 魔王様はお立ち台の上で、一同を見回して静かに尋ねました。 「諸君の怒りはもっともだ!ゆえに問おうと思う。 諸君は魔の者が完全なる勝利を手にするまで、戦い続ける用意はあるか? 我等の栄光を信じ、弱き敵に飽く事なく、戦い続ける覚悟はあるか?」 あちこちから「当然だともー!」「やってやるぜぇえええ!」『戦いじゃー!』「ゆくぞー!」と肯定の雄叫びが上がります。 がっつりテンションMAXです。いい具合に煽られてます。 一身に魔王様コールを浴びながら、朱華陛下はにぃっと獰猛に笑んでばっさぁ!とマントをはためかせて吠えました。 「今夜は時良く万魔の宴――――悪戯か、戦闘か。存分に選ばせてやるといい! 先遣隊を血祭りに上げて、そのまま人界に宣戦布告といくぞ野郎共ッ!」 ぅオオぉおォオおオおおっ! 魔界が大地震起きかねない勢いの歓声で包まれました。 魔獣も魔族も半魔でさえも、兵士と非戦闘員等しく区別なく、誰しもが激しく熱狂しています。 うっかり我に返れないノリです、もう後に引けない具合ですね。 扇動しまくった当人である朱華陛下は満足そうに、かつノリノリで片手を高々と掲げ、全軍に号令を発しました。 「出陣!人間共に至高の悪夢を!!」 「『「「「『「人間共に至高の悪夢を!!!」』」」」』」 のちに【 イッシュ海岸の大演説 】と呼ばれる、陛下の華々しい人界侵攻が始まった瞬間でした。 |