雑記帳平成27年3月22日

 その人は、お父さんと育ての親である叔母さんの愛情を受け、当時にあっては最高に恵まれた環境で成長されました。
 その人は、生きとし生ける者の儚い命の在り方をを悲しむ、感受性豊かな内面を持っていました。
 その人は、多くの人々の厳しい現実に目をつむって今を楽しむことを良しとしない、律儀な性格の持ち主でした。

いのちの連鎖

 父も、育ての母も、
   「子どものうちは楽しいことにたくさん触れさせよう」
   「武術や馬術もきちんと教えよう」
と、当時にあっては最高のものを与えようとするのですが、その人は、「気晴らし」や「他人との勝負」の本質的な空しさを、若くして感じとっており、かえって塞ぎこむことが多くなりました。

馬術の練習

 その人は、16歳で結婚し、子どもを一人もうけられました。
 しかし、子どもが育ち、跡継ぎとして立派に成長されていかれたことからかえって、その人は、自分が家を出ることを決意されました。
 それは29歳の時のことです。
 その心持ちは
   「お父さんに代わって、近い将来、人前に大きな顔して出ることはできない」
   「このままでは、自分も周りの人も幸せにはなれない」
といったものだったのでしょう。
 父と、育ての母は、引き留めたい気持ちは当然ありましたが、息子の思いを汲み、また、親として子どもにかけた本当の願いが満たされることを願い、黙ってそれを見送ったのです。

家族を残して

 その人は、人生の先生と言われる人に教えを乞います。
 ・ある先生は、人は、死後の幸福が最高の喜びと言いました。
 ・ある先生は、人は、物への執着を完全に捨て去ることが、人生の最終目標であると言いました。
 ・ある先生は、不動ともいえる心持ちを完全に実現していました。
 その人は、それらの教えではまだ自分は救われないと感じました。
 その人は、人里離れた森の中にこもって、肉体を苛め、精神を鍛え、苦を苦としない境地を独自の方法で実現するすることを決意されました。 

苦行

 6年が経ちました。
 その人の身は、いつしか骨と皮ばかりとなり、人情から遠ざかった心はひどく消耗し、得るものがないまま精魂尽き果ててしまいました。

   「これ以上、苦行を続けたら、何も達成しないまま人生が終わってしまう」

 その人は、今まで遠ざけていた人の施しを受け入れ、滋養のある食べ物を摂り、気力体力の回復を待って、最後の瞑想に入りました。

 この瞑想の結果、その人が辿りついた内容を、私たちの先達は

   「悟り」

と呼んできました。
 この「悟り」の内容とは、なんだったのでしょう?

 言えることとして、その人のそれからの人生は大きく変わりました。
 人からの施しは喜んで受け、国を越えて沢山の人と出会い、人が、悩みや苦しみから解放される方法を説いて、どこまでも歩みを進められました。
 出家の時、国に置いてきた妻や子どもとも再会し、思いを共にするようになり、与えられた80年の生涯を幸せに生きられました。

 その人の死を、もはや人々は、「死」とは呼びませんでした。
 それは

   「涅槃(=完全なる消滅)」

であると。人生を円かに、完全に終えていかれたと。

 その人の名も、もはや人々は、ただの名前では呼びませんでした。

   「釈尊(=釈迦族の尊い方)」

氏族を超えて交流を深めた方だからこそ、釈迦族という氏族名を敬称に持ち、今に伝わっています。

阿弥陀様

 これら「悟り」「涅槃」「釈尊」という言葉は、全て「仏さま」と呼ばれるようになります。
 特に「悟り」は、シャカムニブッダと区別し、空想上の仏さまの体をなして
  
   「阿弥陀仏(アミダブッダ)」

と呼ばれるようになりました。

 私は、次のように整理できると思っています。
   ゴータマ・シッダールタ(釈尊の名前) + アミダブッダ = シャカムニブッダ(涅槃なる人生)

 お釈迦さまは、苦行を諦めて瞑想から開かれた、自らの辿りついた境地を得るための方法として、

   「私の悟りの正体」を信じ、それを口に称えることを行としなさい

と、ナムアミダブツを称えることを勧めています。
 お釈迦さまと同じ方法にこだわって、瞑想や苦行を伝統とする仏教もありますが、在家の生活の中でナムアミダブツで教えられる仏教こそ、かえってお釈迦さまの本意とも言えます。
   「結果が同じなら、あえて同じ方法を取る必要はない」
 念仏の道が易行と呼ばれる由縁です。

合掌

 ここまで読んでいただいた皆さま。
 その人の名に、どこで気づくことができたでしょうか?
 おそらく、「苦行」「悟り」の辺りだったのではないでしょうか?
 私たちの意識には、「修行をして悟りを開いた人」がお釈迦さまで、お釈迦さまは生まれたときから特別な人だったという刷り込みがあります。
 でも、お釈迦様の人生を先入観を持たずに見ていくと、

   親の期待に応えられない自分に悩み、自分を変えようと努力し、最後はその努力という拘り
   まで捨てたことでかえって肩の力が抜け、どんな人とでも自由に出会い、他人の悩み苦しみ
   に、どこまでも寄り添うことができるようになられた方

として、お釈迦さまの姿が映ってきます。
 そんなお釈迦さまの誕生日、4月8日が今年も巡ってきます。
 お釈迦さまが、この世に生まれて、人が仏さまとなる涅槃という生き方を初めて教えて下さったことを、花まつりという行事を通じ、共に喜ばせていただきましょう。

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