「創世記のヨセフ物語(二)」=旧約聖書(創世記第四十五章〜第五十章)

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(十二・兄弟に身を明かすヨセフ)

 

ヨセフは、そばで仕えている者の前で、もはや平静を装(よそお)っていることが

できなくなり、「みんな、ここから出て行ってくれ」と叫んだ。だれもそばにいな

くなってから、ヨセフは兄弟たちに自分の身を明かした。ヨセフは、声をあげて泣

いたので、エジプト人はそれを聞き、ファラオの宮廷にも伝わった。ヨセフは、兄

弟たちに言った。「わたしはヨセフです。お父さんはまだ生きておられますか」兄

弟たちはヨセフの前で驚きのあまり、答えることができなかった。ヨセフは兄弟た

ちに言った。「どうか、もっと近寄ってください」兄弟たちがそばへ近づくと、ヨ

セフはまた言った。「わたしはあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。し

かし、今は、わたしをここへ売ったことを悔(く)やんだり、責め合ったりする必

要はありません。命(いのち)を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお

遣(つか)わしになったのです。この二年の間、世界中に飢饉が襲っていますが、

まだこれから五年間は、耕(たが)すこともなく、収穫もないでしょう。神がわた

しをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者

与え、あなたたちを生き永(なが)らえさせて、大いなる救いに至(いた)らせる

ためです。

わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラ

オの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者としてくださったのです。急い

で父上のもとへ帰って、伝えてください。「息子のヨセフがこう言っています。神

が、わたしを全エジプトの主としてくださいました。ためらわずに、わたしのとこ

ろへおいでください。そして、ゴシェンの地域に住んでください。そうすればあな

たも、息子も孫も、羊や牛の群れも、そのほかすべてのものも、わたしの近くで暮

らすことができます。そこでのお世話は、わたしがお引き受けいたします。まだ五

年間は飢饉が続くのですから、父上も家族も、そのほかすべてのものも、困ること

のないようになさらなければいけません」さあ、お兄さんたちも、弟のベニヤミン

も、自分の目で見てください。ほかならぬわたしがあなたたちに言っているのです

。エジプトでわたしが受けているすべての栄誉と、あなたたちが見たすべてのこと

を父上に話してください。そして、急いで父上をここへ連れて来てください」ヨセ

フは、弟ベニヤミンの首を抱いて泣いた。ベニヤミンもヨセフの首を抱いて泣いた

。ヨセフは兄弟たち皆に口づけし、彼らを抱いて泣いた。その後、兄弟たちはヨセ

フと語り合った。ヨセフの兄弟たちがやって来たという知らせがファラオの宮廷に

伝わると、ファラオも家来たちも喜んだ。ファラオはヨセフに言った。「兄弟たち

に、こうするように言いなさい。「家畜に荷を積んでカナンの地に行き、父上と家

族をここへ連れて来なさい。わたしは、エジプトの国の最良のものを与えよう。あ

なたたちはこの国の最上の産物を食べるがよい」また、こうするよう命じなさい。

「エジプトの国から、あなたたちの子供や妻たちを乗せる馬車を引いて行き、父

上もそれに乗せて来るがよい。家財道具などには未練を残さないように。エジプト

の国中で最良のものが、あなたたちのものになるのだから」」

イスラエルの息子たちはそのとおりにした。ヨセフは、ファラオの命令に従って、

彼らに馬車を与え、また道中の食糧を与えた。ヨセフは更に、全員にそれぞれ晴れ

着を与えたが、特にベニヤミンには銀三百枚と晴れ着五枚を与えた。父にも、エジ

プトの最良のものを積んだロバ十頭と、穀物やパン、それに父の道中に必要な食糧

を積んだ雌ロバ十頭を贈った。いよいよ兄弟たちを送り出すとき、出発にあたって

ヨセフは、「途中で、争わないでください」と言った。兄弟たちはエジプトからカ

ナン地方へ上って行き、父ヤコブのもとへ帰ると、直(ただ)ちに報告した。「ヨ

セフがまだ生きています。しかも、エジプト全国を治める者になっています」父は

気が遠くなった。彼らの言うことが信じられなかったのである。彼らはヨセフが話

したとおりのことを、残らず父に語り、ヨセフが父を乗せるために遣わした馬車を

見せた。父ヤコブは元気を取り戻した。イスラエル(ヤコブ)は言った。「よかっ

た。息子ヨセフがまだ生きていたとは。わたしは行こう。死ぬ前に、どうしても会

いたい」

(参考)

あなたたちの残りの者・・・子孫のこと。

 

(十三・父親と再会するヨセフ)

 

イスラエル(ヤコブ)は、一家を挙(あ)げて旅立った。そして、ベエル・シェバ

に着くと、父イサクの神にいけにえをささげた。その夜、幻の中で神がイスラエル

に、「ヤコブ、ヤコブ」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、神は言われた

。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトへ下(くだ)ることを恐れては

ならない。わたしはあなたをそこで大いなる国民にする。わたしがあなたと共にエ

ジプトへ下り、わたしがあなたを必ず連れ戻す。ヨセフがあなたのまぶたを閉じて

くれるであろう」 ヤコブはベエル・シェバを出発した。イスラエルの息子たちは

、ファラオが遣わした馬車に父ヤコブと子供や妻たちを乗せた。ヤコブとその子孫

は皆、カナン地方で得た家畜や財産を携(たずさ)えてエジプトへ向かった。こう

してヤコブは、息子や孫、娘や孫娘など、子孫を皆連れてエジプトへ行った。エジ

プトへ行ったイスラエルの人々、すなわちヤコブとその子らの名前は次のとおりで

ある。

ヤコブの長男ルベン。ルベンの息子のハノク、パル、ヘツロン、カルミ。シメオン

の息子のエムエル、ヤミン、オハド、ヤキン、ツォハル、およびカナンの女による

息子シャウル。レビの息子のゲルション、ケハト、メラリ。ユダの息子のエル、オ

ナン、シェラ、ペレツ、ゼラ。ただし、エルとオナンはカナンの土地で死んだ。ペ

レツの息子のヘツロン、ハムル。イサカルの息子のトラ、プワ、ヨブ、シムロン。

ゼブルンの息子のセレド、エロン、ヤフレエル。これらは、レアがパダン・アラム

でヤコブとの間に産んだ子らである。ヤコブの娘ディナも含め、男女の総数は三十

三名である。ガドの息子のツィフヨン、ハギ、シュニ、エツボン、エリ、アロディ

、アルエリ。アシェルの息子のイムナ、イシュワ、イシュビ、ベリア、および妹セ

ラ。ベリアの息子はヘベル、マルキエル。これらは、ラバンが娘レアに与えたジル

パの子らである。ジルパがヤコブとの間に産んだのは十六名である。ヤコブの妻ラ

ケルの息子のヨセフ、ベニヤミン。ヨセフには、エジプトの国で息子が生まれた。

それは、オンの祭司のポティ・フェラの娘アセナトが彼との間に産んだマナセとエ

フライムである。ベニヤミンの息子のベラ、ベケル、アシュベル、ゲラ、ナアマン

、エヒ、ロシュ、ムピム、フピム、アルド。これらは、ヤコブとの間に生まれたラ

ケルの子らで、その総数は十四名である。ダンの息子のフシム。ナフタリの息子の

ヤフツェエル、グニ、イエツェル、シレム。これらは、ラバンが娘ラケルに与えた

ビルハの子らである。ビルハがヤコブとの間に産んだ者の総数は七名である。ヤコ

ブの腰から出た者で、ヤコブと共にエジプトへ行った者は、ヤコブの息子の妻たち

を除けば、総数六十六名である。エジプトで生まれたヨセフの息子は二人である。

従って、エジプトへ行ったヤコブの家族は総数七十名であった。

ヤコブは、ヨセフをゴシェンに連れて来るために、ユダを一足先にヨセフのところ

へ遣わした。そして一行はゴシェンの地に到着した。ヨセフは車(馬車)を用意さ

せると、父イスラエルに会いにゴシェンへやって来た。ヨセフは父を見るやいなや

、父の首に抱きつき、その首にすがったまま、しばらく泣き続けた。イスラエルは

ヨセフに言った。「わたしはもう死んでもよい。お前がまだ生きていて、お前の顔

を見ることができたのだから」ヨセフは、兄弟や父の家族の者たちに言った。「わ

たしはファラオのところへ報告のため参上し、「カナン地方にいたわたしの兄弟と

父の家族の者たちがわたしのところに参りました。この人たちは羊飼いで、家畜の

群れを飼っていたのですが、羊や牛をはじめ、すべての財産を携えてやって来まし

た」と申します。ですから、ファラオがあなたたちをお召しになって、「仕事は何

か」と言われたら、「あなたの僕(しもべ)であるわたしどもは、先祖代々、幼い

時から今日まで家畜の群れを飼う者でございます」と答えてください。そうすれば

、あなたたちはゴシェンの地域に住むことができるでしょう」羊飼いはすべて、エ

ジプト人の厭(いと)うものであったのである。

(参考)

@ヤコブとその子らの名前・・・イスラエル(ヤコブ)とともにエジプトに行った

子らの人名の記録だが、この時点ですでに死亡しているはずの名やエジプトで生ま

れたヨセフの子らの名があるなど、移動した者の名簿として数えるとおかしいが、

これは、イスラエル翁の系図であると同時にイスラエル民族の名簿でもある。

Aゴシェンの地・・・羊飼いという職業はエジプト人の忌み嫌うものの上に、肥沃

なナイルデルタの東部ゴシェンは家畜を飼うに適していた。

 

(十四・ヨセフ、エジブトの土地と民を支配する)

 

ヨセフはファラオのところへ行き、「わたしの父と兄弟たちが、羊や牛をはじめ、

すべての財産を携えて、カナン地方からやって来て、今、ゴシェンの地におります

」と報告した。そのときヨセフは、兄弟の中から五人を選んで、ファラオの前に連

れて行った。ファラオはヨセフの兄弟たちに言った。「お前たちの仕事は何か」兄

弟たちが、「あなたの僕(しもべ)であるわたしどもは、先祖代々、羊飼いでござ

います」と答え、更に続けてファラオに言った。「わたしどもはこの国に寄留させ

ていただきたいと思って、参りました。カナン地方は飢饉がひどく、僕(しもべ)

たちの羊を飼うための牧草がありません。僕(しもべ)たちをゴシェンの地に住ま

わせてください」ファラオはヨセフに向かって言った。「父上と兄弟たちが、お前

のところにやって来たのだ。エジプトの国のことはお前に任せてあるのだから、最

も良い土地に父上と兄弟たちを住まわせるがよい。ゴシェンの地に住まわせるのも

よかろう。もし、一族の中に有能な者がいるなら、わたしの家畜の監督をさせるが

よい」それから、ヨセフは父ヤコブを連れて来て、ファラオの前に立たせた。ヤコ

ブはファラオに祝福の言葉を述べた。ファラオが、「あなたは何歳におなりですか

」とヤコブに語りかけると、ヤコブはファラオに答えた。「わたしの旅路の年月は

百三十年です。わたしの生涯の年月は短く、苦しみ多く、わたしの先祖たちの生涯

や旅路の年月には及びません」ヤコブは、別れの挨拶をして、ファラオの前から退

出した。

ヨセフはファラオが命じたように、父と兄弟たちの住まいを定め、エジプトの国に

所有地を与えた。そこは、ラメセス地方の最も良い土地であった。ヨセフはまた、

父と兄弟たちと父の家族の者すべてを養い、扶養すべき者の数に従って食糧を与え

た。飢饉が極(きわ)めて激しく、世界中に食糧がなくなった。エジプトの国でも

、カナン地方でも、人々は飢饉のために苦しみあえいだ。ヨセフは、エジプトの国

とカナン地方の人々が穀物の代金として支払った銀をすべて集め、それをファラオ

の宮廷に納めた。エジプトの国にもカナン地方にも、銀が尽き果てると、エジプト

人は皆、ヨセフのところにやって来て、「食べる物をください。あなたさまは、わ

たしどもを見殺しになさるおつもりですか。銀はなくなってしまいました」と言っ

た。ヨセフは答えた。「家畜を連れて来なさい。もし銀がなくなったのなら、家畜

と引き換えに与えよう」人々が家畜をヨセフのところに連れて来ると、ヨセフは、

馬や、羊や牛の群れや、ロバと引き換えに食糧を与えた。ヨセフはこうして、その

年、すべての家畜と引き換えに人々に食糧を分け与えた。その年も終わり、次の年

になると、人々はまたヨセフのところに来て、言った。「御主君には、何もかも隠

さずに申し上げます。銀はすっかりなくなり、家畜の群れも御主君のものとなって

、御覧のように残っているのは、わたしどもの体と農地だけです。どうしてあなた

さまの前で、わたしどもと農地が滅(ほろ)んでしまってよいでしょうか。食糧と

引き換えに、わたしどもと土地を買い上げてください。わたしどもは農地とともに

、ファラオの奴隷になります。種(たね)をお与えください。そうすれば、わたし

どもは死なずに生きることができ、農地も荒れ果てないでしょう」ヨセフは、エジ

プト中のすべての農地をファラオのために買い上げた。飢饉が激しくなったので、

エジプト人は皆、自分の畑を売ったからである。

土地はこうして、ファラオのものとなった。また民(たみ)については、エジプト

領の端から端まで、ヨセフが彼らを奴隷にした。ただし、祭司の農地だけは買い上

げなかった。祭司にはファラオからの給与があって、ファラオが与える給与で生活

していたので、農地を売らなかったからである。ヨセフは民に言った。「よいか、

お前たちは今日、農地とともにファラオに買い取られたのだ。さあ、ここに種があ

るから、畑に蒔(ま)きなさい。収穫の時には、五分の一をファラオに納め、五分

の四はお前たちのものとするがよい。それを畑に蒔く種にしたり、お前たちや家族

の者の食糧とし、子供たちの食糧としなさい」彼らは言った。「あなたさまはわた

しどもの命の恩人です。御主君の御好意によって、わたしどもはファラオの奴隷に

させていただきます」 ヨセフはこのように、収穫の五分の一をファラオに納める

ことを、エジプトの農業の定めとした。それは今日まで続いている。ただし、祭司

の農地だけはファラオのものにならなかった。

(参考)

@ラメセス地方の最も良い土地・・・ヤコブ一族は、エジプト人が羊飼いを忌(い)

み、しかも外国人を蔑視するところがあったのと、自分たち一族がエジプト人と

混血が進んでエジプト人の中に埋もれたり、エジプトの宗教に染まっていくことな

く、独立した民族として神(ヤハウェ)への信仰を守っていくためにエジプト人か

ら離れて住んだ。

A土地はこうして、ファラオのものとなった・・・この時代では、畑にまく種(たね)

は民(たみ)にタダで与え、収穫のときには20%を収め80%を自分たちの取り分とせよ

と命じた税率は画期的な政策であった。

 

(十五・父親ヤコブが病気になる)

 

イスラエル(ヤコブ)は、エジプトの国、ゴシェンの地域に住み、そこに土地を得

て、子を産み、大いに数を増した。ヤコブは、エジプトの国で十七年生きた。ヤコ

ブの生涯は百四十七年であった。イスラエルは死ぬ日が近づいたとき、息子ヨセフ

を呼び寄せて言った。「もし、お前がわたしの願いを聞いてくれるなら、お前の手

わたしの腿の間に入れ、わたしのために慈(いつく)しみとまことをもって実行

すると、誓ってほしい。どうか、わたしをこのエジプトには葬(ほうむ)らないで

くれ。わたしが先祖たちと共に眠りについたなら、わたしをエジプトから運び出し

て、先祖たちの墓に葬ってほしい」ヨセフが、「必ず、おっしゃるとおりにいたし

ます」と答えると、「では、誓ってくれ」と言ったので、ヨセフは誓った。イスラ

エルは、寝台の枕もとで感謝を表した。

これらのことの後で、ヨセフに、「お父上が御病気です」との知らせが入ったので

、ヨセフは二人の息子マナセとエフライムを連れて行った。ある人がヤコブに、「

御子息のヨセフさまが、ただいまお見えになりました」と知らせると、イスラエル

は力を奮い起こして、寝台の上に座った。ヤコブはヨセフに言った。「全能の神が

カナン地方のルズでわたしに現れて、わたしを祝福してくださったとき、こう言わ

れた。「あなたの子孫を繁栄させ、数を増やし あなたを諸国民の群れとしよう。

この土地をあなたに続く子孫に、永遠の所有地として与えよう」今、わたしがエジ

プトのお前のところに来る前に、エジプトの国で生まれたお前の二人の息子をわた

しの子供にしたい。エフライムとマナセは、ルベンやシメオンと同じように、わた

しの子となるが、その後に生まれる者はお前のものとしてよい。しかし、彼らの

業(しぎょう)の土地は兄たちの名で呼ばれるであろう。わたしはパダンから帰る

途中、ラケルに死なれてしまった。あれはカナン地方で、エフラトまで行くには、

まだかなりの道のりがある途中でのことだった。わたしはラケルを、エフラト、つ

まり今のベツレヘムへ向かう道のほとりに葬った」 イスラエルは、ヨセフの息子

たちを見ながら、「これは誰か」と尋ねた。ヨセフが父に、「神が、ここで授けて

くださったわたしの息子です」と答えると、父は、「ここへ連れて来なさい。彼ら

を祝福しよう」と言った。イスラエルの目は老齢のためかすんでよく見えなかった

ので、ヨセフが二人の息子を父のもとに近寄らせると、父は彼らに口づけをして抱

き締めた。イスラエルはヨセフに言った。「お前の顔さえ見ることができようとは

思わなかったのに、なんと、神はお前の子供たちをも見させてくださった」ヨセフ

は彼らを父の膝から離し、地にひれ伏して拝した。ヨセフは二人の息子のうち、エ

フライムを自分の右手でイスラエルの左手に向かわせ、マナセを自分の左手でイス

ラエルの右手に向かわせ、二人を近寄らせた。イスラエルは右手を伸ばして、弟で

あるエフライムの頭の上に置き、左手をマナセの頭の上に置いた。つまり、マナセ

が長男であるのに、彼は両手を交差して置いたのである。そして、ヨセフを祝福し

て言った。「わたしの先祖アブラハムとイサクが、そのみ前に歩(あゆ)んだ神よ

。私の生涯を今日まで導かれた牧者なる神よ。私をあらゆる苦しみから、贖(あが

な)われた御使いよ。どうか、この子供たちの上に、祝福をお与えください。どう

か、わたしの名と、わたしの先祖アブラハム、イサクの名が、彼らによって覚えら

れますように。どうか、彼らがこの地上に、数多く増え続けますように」ヨセフは

父が右手をエフライムの頭の上に置いているのを見て、不満に思い、父の手を取

ってエフライムの頭からマナセの頭へ移そうとした。ヨセフは父に言った。「父上

、そうではありません。これが長男ですから、右手をこれの頭の上に置いてくださ

い」ところが、父はそれを拒(こば)んで言った。「いや、分かっている。わたし

の子よ、わたしには分かっている。この子も一つの民となり、大きくなるであろう

。しかし、弟の方が彼よりも大きくなり、その子孫は国々に満ちるものとなる」そ

の日、父は彼らを祝福して言った。「あなたによって イスラエルは人を祝福して

言うであろう。「どうか、神があなたを、エフライムとマナセのように、してくだ

さるように」」彼はこのように、エフライムをマナセの上に立てたのである。イス

ラエルはヨセフに言った。「間もなく、わたしは死ぬ。だが、神がお前たちと共に

いてくださり、きっとお前たちを先祖の国に導き帰らせてくださる。わたしは、お

前に兄弟たちよりも多く、わたしが剣と弓をもってアモリ人の手から取った一つの

分け前(シェケム)を与えることにする」

(参考)

@わたしの腿の間・・・誓いの儀式。

A嗣業・・・神から任されて、次の世代に受け嗣(つ)ぐもの、相続の持ち分。

B父が右手・・・力や権威を象徴する右手の置き場を父が間違えたと思ったヨセフ

は、父の右手をとって長男マナセの頭に移そうとした。しかしイスラエルは、マナ

セも大きな民となるが、弟のほうはさらに大きくなると予言した。

Dエフライムをマナセの上・・・ヤコブの遺言として、シェケムの地をエフライム

の聖地として認証した。

 

(十六・父親ヤコブの遺言)

 

ヤコブは息子たちを呼び寄せて言った。「集まりなさい。わたしは後(のち)の日

にお前たちに起こることを語っておきたい。ヤコブの息子たちよ、集まって耳を傾

けよ。お前たちの父イスラエル(ヤコブ)に耳を傾けよ。

ルベン(長男)よ、お前はわたしの長子、わたしの勢い、命の力の初穂(はつほ)

。気位が高く、力も強い。お前は水のように奔放で、長子の誉(ほま)れを失う。

お前は父の寝台に上った。あのとき、わたしの寝台に上り、それを汚した。

シメオン(二男)とレビ(三男)は似た兄弟。彼らの剣は暴力の道具。わたしの魂

よ、彼らの謀議(ぼうぎ)に加わるな。わたしの心よ、彼らの仲間に連(つら)な

るな。彼らは怒りのままに人を殺し、思うがままに雄牛の足の筋(すじ)を切った

。呪われよ、彼らの怒りは激しく、憤りは甚(はなは)だしいゆえに。わたしは彼ら

をヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす。

ユダ(四男)よ、あなたは兄弟たちにたたえられる。あなたの手は敵の首を押さえ

、父の子たちはあなたを伏し拝(おが)む。ユダは獅子の子。わたしの子よ、あなた

は獲物を取って上って来る。彼は雄獅子のようにうずくまり、雌獅子のように身を

伏せる。誰がこれを起こすことができようか。王笏(おうしゃく)はユダから離れ

ず、統治の杖は足の間から離れない。ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う。 彼

はロバをぶどうの木に、雌ロバの子を良いぶどうの木につなぐ。彼は自分の衣をぶ

どう酒で、着物をぶどうの汁で洗う。彼の目はぶどう酒によって輝き、歯

は乳によって白くなる。

ゼブルン(五男)は海辺に住む。そこは舟の出入りする港となり、その境(さかい)

はシドンに及ぶ。

イサカル(六男)は骨太のロバ、二つの革袋の間に身を伏せる。彼にはその土地が快

く、好ましい休息の場となった。彼はそこで背をかがめて荷を担い、苦役の奴隷に身

を落とす。

ダン(七男)は自分の民を裁(さば)く、イスラエルのほかの部族のように。ダンは、

道端の蛇、小道のほとりに潜(ひそ)む蝮(まむし)。馬のかかとをかむと、乗り手は

あおむけに落ちる。主よ、わたしはあなたの救いを待ち望む。

ガド(八男)は略奪者に襲われる。しかし彼は、彼らのかかとを襲う。

アシェル(九男)には豊かな食物があり、王の食卓に美味を供える。

ナフタリ(十男)は解き放たれた雌鹿、美しい子鹿を産む。

ヨセフ(十一男)は実を結ぶ若木、泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は石垣を越

えて伸びる。弓を射る者たちは彼に敵意を抱き、矢を放ち、追いかけてくる。しか

し、彼の弓はたるむことなく、彼の腕と手は素早く動く。ヤコブの勇者の御手によ

り、それによって、イスラエルの石となり牧者となった。どうか、あなたの父の神

があなたを助け 全能者によってあなたは祝福を受けるように。上は天の祝福、下

は横たわる淵(ふち)の祝福、乳房と母の胎の祝福をもって。あなたの父の祝福は

、永遠の山の祝福にまさり、永久の丘の賜物にまさる。これらの祝福がヨセフの頭

の上にあり、兄弟たちから選ばれた者の頭にあるように。

ベニヤミン(末弟)はかみ裂く狼、朝には獲物に食らいつき、夕には奪ったもの

を分け合う」

これらはすべて、イスラエルの部族で、その数は十二である。これは彼らの父が語

り、祝福した言葉である。父は彼らを、おのおのにふさわしい祝福をもって祝福し

たのである。ヤコブは息子たちに命じた。「間もなくわたしは、先祖の列に加えら

れる。わたしをヘト人エフロンの畑にある洞穴に、先祖たちと共に葬ってほしい。

それはカナン地方のマムレの前のマクペラの畑にある洞穴で、アブラハムがヘト人

エフロンから買い取り、墓地として所有するようになった。そこに、アブラハムと

妻サラが葬られている。そこに、イサクと妻リベカも葬られている。そこに、わた

しもレアを葬った。あの畑とあそこにある洞穴は、ヘトの人たちから買い取ったも

のだ」ヤコブは、息子たちに命じ終えると、寝床の上に足をそろえ、息を引き取り

、先祖の列に加えられた。

(参考)

@後の日にお前たちに起こること・・・12人の息子たちから一つの国民となるまで

に増えるという神(ヤハウェ)の約束を信じるイスラエル(ヤコブ)の、息子たち

と、その子孫への予言的な祝福である。

Aルベン・・・ルベンは長男であったが、父の寝床を汚した(父の側女つまり弟た

ちの母との過ち)ので、長子の権利を同じイスラエルの子ヨセフの子孫に譲らねば

ならなかった。

Bシメオンとレビ・・・「彼らの剣は暴力の道具」とは、かって、妹をけがされた

とき、シメオンとレビが剣を手に町に入り、卑劣な作戦で町一つ滅ぼした彼らの暴

力性のこと。シメオン族は徐々に衰退し、やがて他部族に吸収されていった。レビ

族はイスラエルの中で祭司のつとめを任され、部族としては領土を持たず、祭司

職として各部族の中に分かれ住むことになった。

Cユダ・・ユダ族からはダビデ王やソロモン王が出てきたり、イスラエル王国分裂

後は南王国を指してユダと呼ぶなど、最も有力な部族となる。そして王の中の王、

主の中の主であるキリストも、ユダ族から世に現れる。

Dゼブルン・・・ゼブルン族の領土は地中海に面していないが、フェニキア最大の

港町であるシドンと近く、交易で栄えた。

Eイサカル・・・イサカル族は一時的に奴隷の状態になったが、後に盛り返す。

Fダン・・・北の端の小さい領土であるダン族から、豪傑サムソンが出てくる。

Gガド・・・ガド族の領土がヨルダン側東岸、つまり敵の侵略にさらされやすい土

地に位置しているが、その侵略に対する頼もしい抵抗をする。

Hアシェル・・・アシェル族は地中海岸の豊かな土地を領土とし、王の食事のよう

な豊かな食事を享受した。

Iナフタリ・・・「解き放たれた雌鹿、美しい子鹿」は、よい子孫に恵まれるとい

う意味で。イスラエルがカナン王の支配下となった時、ナフタリ族はゼブルン族と

ともに戦って勝利し、イスラエルを解放する。

Jヨセフ・・・ヨセフは兄弟と和解して部族の出世頭となり、ヨセフ族は北イスラ

エル(代名詞ヨセフ族)を支配した。

Kベニヤミン・・・好戦的な部族となる。ベニヤミン族出身のサウルはイスラエル

王国初代の王となり、数々の勝利をもたらしたが、一方、愚かな罪を悔い改めもせ

ず、他の11部族と戦って部族滅亡の危機に陥る。

 

(十七・ヨセフの死)

 

ヨセフは父の顔に伏して泣き、口づけした。ヨセフは自分の侍医(じい)たちに、

父のなきがらに薬を塗り、防腐処置をするように命じたので、医者はイスラエル(

ヤコブ)にその処置をした。そのために四十日を費(つい)やした。この処置をす

るにはそれだけの日数が必要であった。エジプト人は七十日の間、喪(も)に服し

た。喪が明けると、ヨセフはファラオの宮廷に願い出た。「ぜひともよろしくファ

ラオにお取り次ぎください。実は、父がわたしに誓わせて、「わたしは間もなく死

ぬ。そのときは、カナンの土地に用意してある墓にわたしを葬(ほうむ)ってくれ

」と申しました。ですから、どうか父を葬りに行かせてください。わたしはまた帰

って参ります」ファラオは答えた。「父上が誓わせたとおりに、葬りに行って来る

がよい」ヨセフは父を葬りに上って行った。ヨセフと共に上って行ったのは、ファ

ラオの宮廷の元老である重臣たちすべてとエジプトの国の長老たちすべて、それに

ヨセフの家族全員と彼の兄弟たち、および父の一族であった。ただ幼児と、羊と牛

の群れはゴシェンの地域に残した。また戦車も騎兵も共に上って行ったので、それ

はまことに盛大な行列となった。一行はヨルダン川の東側にあるゴレン・アタド

に着き、そこで非常に荘厳な葬儀を行った。父の追悼の儀式は七日間にわたって行

われた。その土地に住んでいるカナン人たちは、ゴレン・アタドで行われた追悼の

儀式を見て、「あれは、エジプト流の盛大な追悼の儀式だ」と言った。それゆえ、

その場所の名は、アベル・ミツライム(エジプト流の追悼の儀式)と呼ばれるよう

になった。それは、ヨルダン川の東側にある。それから、ヤコブの息子たちは父に

命じられたとおりに行った。すなわち、ヤコブの息子たちは、父のなきがらをカナ

ンの土地に運び、マクペラの畑の洞穴に葬った。それは、アブラハムがマムレの前

にある畑とともにヘト人エフロンから買い取り、墓地として所有するようになった

ものである。

ヨセフは父を葬った後、兄弟たちをはじめ、父を葬るために一緒に上って来たすべ

ての人々と共にエジプトに帰った。ヨセフの兄弟たちは、父が死んでしまったので

、ヨセフがことによると自分たちをまだ恨(うら)み、昔、ヨセフにしたすべての

悪に仕返しをするのではないかと思った。そこで、人を介(かい)してヨセフに言

った。「お父さんは亡くなる前に、こう言っていました。「お前たちはヨセフにこ

う言いなさい。確かに、兄たちはお前に悪いことをしたが、どうか兄たちの咎(と

が)と罪を赦(ゆる)してやってほしい」お願いです。どうか、あなたの父の神に

仕(つか)える僕(しもべ)たちの咎を赦してください」これを聞いて、ヨセフは

涙を流した。やがて、兄たち自身もやって来て、ヨセフの前にひれ伏して、「この

とおり、私どもはあなたの僕(しもべ)です」と言うと、ヨセフは兄たちに言った

。「恐れることはありません。わたしが神に代わることができましょうか。あなた

がたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民(たみ)の

命を救うために、今日のようにしてくださったのです。どうか恐れないでください

。このわたしが、あなたたちとあなたたちの子供を養いましょう」ヨセフはこのよ

うに、兄たちを慰め、優しく語りかけた。ヨセフは父の家族と共にエジプトに住み

、百十歳まで生き、エフライムの三代の子孫を見ることができた。マナセの息子マ

キルの子供たちも生まれると、ヨセフの膝に抱かれた。ヨセフは兄弟たちに言った

。「わたしは間もなく死にます。しかし、神は必ずあなたたちを顧みてくださり、

この国からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた土地に導き上ってくださいます

。」それから、ヨセフはイスラエルの息子たちにこう言って誓わせた。「神は、必

ずあなたたちを顧(かえり)みてくださいます。そのときには、わたしの骨をここ

から携えて上ってください」ヨセフはこうして、百十歳で死んだ。人々はエジプト

で彼のなきがらに薬を塗り、防腐処置をして、ひつぎに納めた

(参考)

@防腐処置をするように命じた・・・エジプト人が高貴な人をミイラにしたのは、

その信仰上「復活するときに体が残っていないと困る」と考えられていたからだが

、エジプト人とは信仰を異にするヨセフが父イスラエルの遺体や自分の防腐処置を

したのは、異教の風習に染まったのでなく、遺体を埋葬するまでもたせるための現

実的な選択であった。

Aわたしの骨をここから・・・ヨセフを父のようにカナンに埋葬するのは難しかっ

た。何しろヨセフはファラオに次ぐ権力者であり、国を救った英雄のため、防腐処

置をしてエジプトで棺におさめられた。しかしヨセフの願いは兄たちによって代々

受け継がれ、長い年月の後にイスラエルの民がエジプトを脱出してカナンへと旅立

とき、指導者モーセはヨセフの遺骨をたずさえていくことになる。

Bひつぎに納めた・・・イスラエル民族の神(ヤハウェ)による天地宇宙の創造か

らイスラエル民族の起源までを記録した「創世記」の一巻は、これで終了する。