殿、仕事です」

 狐面をつけた和装の青年が、淡々とした声音で後ろの黒服達を指した。
 それに「うげ」と思わず呻いてしまったのは、仕方のない事だろう。

「勘弁してよこんさん……ついこの間“五虎退”持ち込んだばっかじゃん。
 観用少年ひとつ直すだけでも、どれだけ手間か分かってるよね?」

 観用少年プランツ・ドール

 まぁ、ざっくり言ってしまえばよくできた愛玩用の生人形だ。
 日に三度の温められたミルク、色艶を保つための砂糖菓子。そして主人の溢れんばかりの愛を糧にする、とびきり美しい少年姿のお人形。値段の方はピンキリあるが、安価なものでも庶民にとっては手が出ない程度にお高い。ましてやそれが銘付き、職人の丹精込めた高級品なら目玉が家出したまま返ってこないレベルのお値段になってくる。金持ちの道楽と呼ばれる所以だ。しかも高いだけでなくこの観用少年達、主人を選ぶのである。気に入らない奴だと買いに行ったところで一瞥すら向けてもらえず、思い余って盗んだ挙句に“枯らした”馬鹿もいるくらい。まぁ選んだ主人でも、途中で飽きて枯らす奴がいたりしますがね!

 そして私のお仕事はといえば、色々な事情で“壊れ”ていたり“枯れかけ”な観用少年を調整・初期化して、再度お店に並べる修理屋さんだ。人間の業の深さを痛感する職業です。
 次はいいご主人に買われるといいですよね……?(遠い目)

 それはともかく。

「薬研に前田、五虎退、歌仙、加州、青江、蜻蛉切、鳴狐、愛染、乱、厚、獅子王。
 ここ数日の持ち込みの数は異常だよ。不法所持の一斉摘発でもあったの?」

 繰り返すが、観用少年は、お高い。
 私のところに持ち込まれたのは比較的お手頃な型式のものが多いのだが、それでも高値な品であることに代わりはない。枯れたり壊れたりしたら買い換えればいい、なんて使い捨てみたいな扱いをできるようなものではないのだ。そんなことしたらよっぽど金があっても破産するぞ。
 メンテ一つにしてみたって、そんな代物だから細心の注意を払って行っているのだ。それが簡易メンテで済まないレベルの壊れっぷりで山ほど持ち込まれまくるとかね。過労死しろってか。

「似たようなものですね。あったのは観用少年の裏オークションですが」
「それであの壊れ方か。納得した」

 思わず顔を顰めた。
 観用少年は生きているし、主人を選ぶことからも分かる通り、意思がある。
 閨事か、戦闘でも仕込んだかな。枯れずに育った個体がいたところを見ると、世話係は相当優秀だったようだ――さて、どういう手段で確保された人材だったのやら。

「私としても、殿ばかりに頼むのは胸が痛むのですが……成長した観用少年を巻き戻せるのは、貴方くらいしかいないんですよ」
「ってことは、今日の持ち込みは成長個体かぁ……」

 観用少年は基本的に、姿形を変える事はない。彼等は永遠の少年だ。
 ただ、扱いや育成環境によっては時折、人間のように“成長”する事がある。
 それはそれで特殊個体として大層愛でられるのだが、彼等は基本的に愛玩物だ。性対象でも、ましてや恋愛対象でもない。育ってしまった個体に、商品としての価値は無い。
 まぁちらほらそういう個体を婿にしたとか子作りしました☆なんて噂を聞きますがね!
 観用少年って謎が深いよね。私も修理業者してるけど、未だによく分かってないところが多いし。

「……他ならぬこんさんの頼みだから、まぁ、仕方ないけど。
 でも、あと一体だけだからね? 今あるだけでも手一杯なんだから」
「! ありがとうございます、助かりました」
「報酬は弾んでね。で、持ち込んだ観用少年は何?」
「勿論です。お願いしたいのは“戦国シリーズ”の“次郎太刀”です。
 覚えていらっしゃいませんか? 記録によると、以前にも持ち込みのあった個体なのですが……」
「次郎太刀……」

 黒服組が担いできた棺を眺めながら、首を捻る。
 脳裏を掠める、華やかな着物。観用少年の中でも目立つ、艶やかな花魁姿の可憐な容貌。

「ああ、盗まれて枯れかけで持ち込まれた子か。……そっか。あの子かぁ……」

 さしてレアなものでもないが、私の工房に来た次郎太刀はあれだけだ。
 いつの間に覚えたのやらアルコールが大好きで、チョコレートボンボンとかチューハイを私の目を盗んでこっそり飲み食いしてくれていた。おかげでメンテに余計時間がかかった苦い思い出。
 どうも私を気に入ってくれたらしく、初期化する時にはものすごくごねられて苦労した。どこに行くにも裾掴んでカルガモの子みたいについてきて、ちょっと困る時もあったけど、それでも全部許せちゃうくらいに罪な可愛さだったのを覚えている。起きると幸せそうな顔で頬にキスしておはようの挨拶してくれるのとかね、超悶えたよ。
 後にも先にも、真剣に購入を検討するくらい入れ込んだのはあの子だけだった。ただ、その当時は修理業者としては駆け出しもいいとこのぺーぺーだったから、そんなお金無いんで泣く泣く諦めたんだけども。
 次郎太刀ってね……レアじゃあないけど、観用少年の中では上位の方のお値段するんだよ……中古でも一般庶民には手の出ないようなお値段です。具体的には高級車二台分くらいかな!
 衣装は元より身体を洗うための石鹸にシャンプー、ミルク、砂糖菓子だって専用のものはバカ高いからね。もし買ったとしても、到底養えるはずもなく。さすが金持ちの道楽だけありますね。

「……に、してもこんさん。なんかやたら大きな棺だね?」

 二メートルくらいありませんかね、これ。
 おい。育ったってどんだけ育ったの次郎太刀。あの可愛い子、育つとこんなでっかくなるん?
 微妙な気分でこんさんを見れば、重々しい頷きが返ってきた。まじか。

「今は香で眠らせてありますが――どうしますか? 暴れる可能性もありますが」
「んー。……一応様子見ていい? 状態によっては、修理も巻き戻しもできない可能性があるから」
「分かりました。では、開けますよ」

 棺が、ゆっくりと開かれる。ふわ、と鼻先を掠める独特の薫香。
 華やかな面差し。花魁のような、艶やかな姿。けれど本来あるべき幼さはそこには無く、しっかりと筋肉のついた、隆々とした体躯がそこにある。少女とも見紛う可憐さは面影もなく、あるのは男らしさを増した容貌。

「……かわいくない……」

 女らしさと男らしさを違和感なく共存させる姿に、しかし漏れたのはそんな微妙な感想だった。いや、綺麗系だし艶っぽい美人だとは思うけどさぁ……あの笑顔の超絶可愛い天使と見紛うようだった次郎さんがコレとか。
 なんだろうこの顔を覆って崩れ落ちたくなる感じ。ガッデム。
 しょっぱい感想を溜息一つで散らし、頬に手をあてて感触を確認する。
 あー、こりゃ化粧でいくらか誤魔化してるな。肌荒れてら。
 胸元にもう片方の手を滑らせ、軽く押す。中身は空洞化してない、と。口元へ鼻先を近付け、嗅ぐ。腐臭無し。人工物で誤魔化した様子もない。これなら、明日にでも枯れるってことは無いだろう。
 でもこれ、戦闘用の調整したっぽいな。うわぁ今から苦労するのが目に見える。

「どうですか? 殿」
「修理はいける。……ただ、ちょっと育ちすぎてるからなぁ。
 巻き戻せるかは修理して、手を入れてみるまでは分からない。下手すると枯れるし」

 ぴくん、と。触れた身体が身じろぐのが分かった。
 相手は裏ルートに流れて戦闘調整かけられた観用少年だ。取扱いには細心の注意がいる。
 すぐさま離れようとして――気が付いたら抱え込まれていた。蕩けるような笑顔が私を見る。
 その懐かしい、砂糖と蜂蜜を盛大に盛り込んだようなでろっでろに甘い笑みに、次郎太刀が私を覚えている事を悟った。あれ、私ちゃんと初期化したよね? ひょっとしてミスってましたか。とっさに取り押さえようとした黒服達を手で制し、昔、毎日のようにした挨拶をする。

「……おはよう、次郎さ――んムッ!?」

 唇に痛み。抱き締めてくる腕に力が入る。
 頭の後ろに片手が添えられ、うっとりと、至近距離になった黄玉の瞳が細まる。
 ぬるりとした肉厚の何かが口の中に侵入して、状況に追い付けない私の舌をあっさりと絡め取った。ぐうっと更に深く押し付けられる唇。全力で肩を押し返すも、ぴくりとすら動く気配を見せない。

「む、ん、んんんぅー!?」

 喰らい付きながら、次郎太刀の黄玉は瞬きもせず私を見ていた。
 おい閨事も仕込まれてるってどういうことだぁああああああああああああ!

可愛いあの子よカムバック


「……。では、よろしくお願いしますね」
「いや何事も無かったかのように帰ろうとしないで!?」




TOP

この後は結局修理する事になったが次郎さんにさんざセクハラされまくったり他にも修理中のプランツ組がちょっかいかけてきたり次郎さんが言葉覚えててド直球に好き好きアピールしてきたり一緒に昔語りしてほんわかしたりというラブコメ的展開になるんじゃないかな(投げやり)