乱が加州の指先の変化に気付いたのは、偶然だった。
元々、あまり会話をするような間柄でもない。この本丸で益体もない会話がされるようになったのは、今の女主人によって呪詛が一掃されて以降の話だ。それ以前、手近な仲間だけを守り、自身を守り、その他を呪い尽くしていた頃には考えられなかった会話。当然、仲が良いはずがない。
「……加州。爪紅の色、変えた?」
「ん、ああ……」
遺恨はある。それでも歩み寄ろうとできるのは、きっと良い事なのだろう。
戸惑い、なんとなく居心地の悪い空気を漂わせながらも、加州は乱の指摘に頷いた。
自身の爪を見詰めながら、もごもごと口を動かす。
「……この間さ。万屋、連れて行ってもらったんだ」
誰に、などとは言わなくても察せられた。
さらさらと指通りの良い、やわらかな黒髪。
掴んだ首は滑らかで、締め上げるほどに血の気を失っていった。
はくり、と震えた唇が、向けられた眼差しが、憐れみと、優しさを込めて緩んで。
(ボクの、あるじさん)
仕方がないな、と。
受け入れられていると知っている。許されていると、知っている。
憎んだ。恨んだ。呪った。殺そうとした。
そのすべてを、あの人が責める事は無いだろう。
責めて欲しかった。糾弾して欲しかった。
罪の在り処は明確にされるべきだ。
明確に、この上も無く残酷なくらい、過剰なまでに責め立てられたかった。
償え、贖えと。他の誰でもない、あの人の口から告げて欲しかった。
裁かれたかった。そんな願望を抱いているのは、何も乱だけではないだろう。
これ以上、を煩わせる事は許されない。だから誰も、口にしないだけだ。
彼女の裁定に口を挟める権利を、彼等は持ち合わせていないのだから。
「……ねだった訳じゃないんだけど。なんとなく、目に入って。この色、主に似合いそうだなって……」
以前、加州の指先を彩っていた、艶のある赤。
それよりも更に深みのある――暗い色合いの、血の朱。朱殷色。
頭の中で、の指先にその色を刷いてみれば、誂えたようにしっくりときた。
「……で、なんでその色を加州が使ってるの? 似合わない」
「うるさいなあ、分かってるよ」
険のある口調で言い返しながらも、その言葉に覇気は無い。
実際問題、加州清光にその深すぎる赤色はあまり似合っていなかった。
彼に似合うのはもっと鮮やかで、華のある赤色だ。そぐわない色をした指先。
けれど、それを見詰める加州の視線は愛しげだった。
(腹立つ)
叶うなら。
叶うのなら、望んでいいのなら。
乱だって同様に、から与えられたい。優しさから、それであの人の色をした爪紅を買い与えられたのだろう加州が、妬ましくてたまらない。それを口に出さない程度の自制心はあったけれど、それでもむかむかするのは仕方無いはずだ。(だって、加州も)同じはずなのだ。を、主を憎んだ。刀を向けた。殺そうとした。なのに、どうして与えられているのだ。あの人が手ずから与えてくれるなら何だって欲しい。ねだれるものならねだりたい。
視線ひとつ、ほんのひとこと。視界に入る、ただそれだけで満足できるほど、乱は無欲ではいられない。
関心が欲しい。情を向けられたい。侮蔑でも失笑でもなんでもいい。
優しいあの人に手酷くされたい。それが自分だけのものであるのなら、それはどれだけ――
「……乱も、さ。塗ってあげよっか? 爪紅」
「いらない」
「あ……うん」
(腹立つ)
断った瞬間のほっとした表情に、苛立ちが募った。
頷けば良かったかな、なんて思考が頭を過ぎる。けれど、いらないのだ。
おこぼれなんて冗談じゃない。誰かに与えられた優しさの、さらにそのおこぼれだなんて。
そんなもの欲しくない。
(……あるじさんのバカ)
許してなんて欲しくなかった。
責めて。罰して。優しくなんてされたくない。
それを受け取る資格がないのは、乱が一番よく知っている。
(…………ばか)
そしてが、望むものをくれない事も――きっと、一番良く知っていた。
傷を下さい、癒えない傷を。
※マニュキア購入時
「…………」
「………………(加州さんマニュキアめっちゃ見とる)」
「…………」
「………………(おい背後取られて微動だにしないとかどういう事だ刀剣男士)」
「…………」
「………………(駄目だこいつ瞬きすらしてない)……加州さん」
「……っ!? な、何! 驚かせないでくれる!?」
「(うわこいつめんどくせぇ) ……少し横、失礼しますね」
「っ、あ、ちょ、それ」
「欲しいんでしょう? このくらい構いませんよ」
「べ、別にそんなんじゃ――」
「いらなかったら捨ててもらっていいですから」
「いらないなんて言ってないし!」
「それは良かった。大事に使って下さいね」
「~っうるさいなぁ、言われなくたってそうしてやるよ!」
「(まるでツンデレのテンプレのようだ)」
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乱ちゃん、被虐への目覚め。
審神者「イメージカラーの件もそうだが極めて遺憾である(しんだめ)」