天下泰平。なべて世は事も無し。
――とまでは言わないけども、うん。平和になりましたね?(本丸内が)
「落ち着かない……」
私の身体も順調に全快、刀剣男士も手入れが完了。
怨念ドロデロ同士討ちパラダイス☆な事件が悪い夢か何かだったかのように――というか、以前より劇的に労働状態が改善されましたやべぇ体調良い事からして違和感あるわ。
どんだけ不調に慣れきってたの私。過労死一直線だった事実に今更ながらに肝が冷えるな。
手が回復するまで延々山脈を築くかと思われた書類仕事も、音声入力機能付きノートパソコンのおかげで溜め込まなくて済んだし。おいパソコンとか備品だろ最初から寄越せよド畜生なんだ太陽光で電力バッチリ充電不要とかそんなハイテクなものいつ開発されたんです?
今まで手書きだったんだぞふざけんなてめぇ。
「では、気分転換に琴の練習でもなさいますか? それとも舞を?」
「あっいいです。それは嫌です」
「不得意だからと逃げていてはいけませんよ?」
「必須技能じゃないよね!? それ推奨技能であっても必須じゃないよね!」
「頑張りましょうね、殿」
「うわぁああああああああ墓穴掘ったぁああああああああ」
それ巫女さんの技能だよな! 審神者も覚えないといけませんか!?
いいじゃない……別にそんな技能習得しなくたって人間は生きていけるじゃない……心ゆくまで怠けたいです……そのお勉強はしたくないです……こんさん私をどう育成したいの? むしろなんで私育成されてるの? わけがわからないよ。
「仕方がありません。主が大層、殿をお気に召されましたので」
「いつぞやの符には大変助けて頂きました断れない!」
あれ無かったらあそこで次郎さん死んでたんじゃないかな!
思い付きで渡した手土産がまさかの重要アイテムに化けて帰ってきていた件について。
礼儀は大事ですね。でもそれと育成されてる事に何の関係が。
「手土産で、主は殿をお気に召したのではありませんよ?
次に会う時は自分も殿と言を交わしてみたいと、そう仰っておいででした」
「次に……って、ひょっとして私、こんさんのご主人と会った事ある?」
「ええ。主が仰るには、その時は同席しただけだそうですが」
「んー……?」
……だめだ。分からん。
まぁ、会えば分かるかな。いつになるかは知らないけど。
というか、こんさんって全本丸にいるよね。その統括を務める主人とか、この業界でも結構階級上の方にいるんじゃないですかね? 政府の対応見てる限りでは練度の高い男士>審神者だけど、こんさんの主人にとっては審神者>超えられない壁>刀剣男士っぽくてそれを隠そうともしてないのに、それが黙認される程度には替えの利かない人材みたいだし。下っ端審神者がそうホイホイ会える人でもなさそうだよね。
色々知ってるだろう人だから、会えたなら色々聞いてみたいとは思ってるんだけど。
「。畑の世話、終わったよ」
「主ー! たぁっくさん収穫できましたよ!」
開け放した障子戸の向こうから、小夜と鯰尾さんがひょっこりと顔を覗かせた。
二人が抱えた籠には、収穫したての夏野菜が山のように積まれている。
「ああ、二人ともお疲れ様です。お茶でも飲んでいきます?」
「! いいんですか?」
「いいですよ。私とこんさんも、ちょっと休憩してたところですから」
「もらう。……次郎はいないの?」
「次郎さんなら手合せですよ。さっき蜻蛉切さんに連れて行かれました」
本丸さんから湯呑みを追加で受け取って、急須からお茶を注ぐ。
そういや蜻蛉切さん、あの一件以来堅物ぶりにいっそう磨きがかかったなぁ。
本来の対応があっちって事なのか、それともあの一件があったからこそなのか……。
比較対象が無いからいまいち分からん。演練場でもあんまり会わないしなぁ、蜻蛉切の分霊。
一般にレアって言われてるらしい太刀の方が、まだ遭遇率高いっていう不思議。
「大福もあるけど、食べます?」
「……食べていいの?」
「ちょっと作りすぎましたからね。たくさん食べていってくれると嬉しいです」
「やった、主のお菓子! 後で骨喰の分も持って行っていいですか?」
「宗三兄さまの分も、いいかな……」
「構いませんけど、さすがに男士全員分は無いのでこっそりと、でお願いしますね」
籠を廊下に置いて来た二人に、おしぼりを渡して釘を刺す。
笑顔で「はぁい!」と良い子のお返事をする鯰尾さん。重々しくこくりと頷いて見せる小夜。
鯰尾さんは事件以来、すっかり明るい性格になった。前も明るいといえば明るかったけど、あれはなんていうか、ちょっとネジ外れた感じのヤバさあったからなぁ……感情表現がストレートだから、こっちとしても対応が楽でいい。未だに距離感測りかねてる男士もいるし。
そういう意味では、折れた刀剣から得た資材で鍛刀した小夜が好意的だったのには救われた。
引き継ぎ的に敵意がある事は予想してたけど、そっちは想定してなかったよ。無条件に好意を信じるって……難しい事ですね……? 疑っててすまんかった。
「……近侍、次郎だったよね? 誰も控えさせていないの……?」
「薬研さんがいますしね。不穏な動きがあれば本丸さんがすぐに気付きますし、そもそも、四六時中誰か控えさせておくの、あんまり好きじゃないんですよ」
刀剣男士いると、おちおちだらけてもいられないんだよね。
大福を頬張りながら、鯰尾さんがこてん、と身体ごと首を傾げる。
「でも主、こんのすけとはいつも一緒ですよね?」
「こんさんは本丸さんと同じで、いるのが当たり前な感じですし」
室内で唐突な桜吹雪が舞った。あらやだ風流。
こんさんが「殿、お言葉は選んでくださいね」と冷静なツッコミを入れた。お茶うめぇ。
鯰尾さんはにこにこと笑ってこんさんを見ている。
小夜が、決然とした面持ちで私の方へ身を乗り出してきた。そっと膝の上に手を乗せて、真剣な顔で一つ頷く。
「僕、頑張るよ」
「はぁ」
なにをだ、というツッコミはとりあえず飲み込んでおいた。
よく分からんが、やる気があるのはいい事なんじゃないですかね。何かと手伝いを買って出てくれる良い子だし、無理しなきゃいいけど。よしよしと頭を撫でれば、きゅうっと唇を引き結んで、ほんのり頬を赤らめながら目を細めてみせた。なんだろう……ご機嫌にピーンって立った猫耳と猫尻尾の幻覚が見える気がしてならない……いやまぁ、うん。可愛いとは思うんですけどもね。短刀男士って可愛いものだっけか。
「主! 主俺も! 俺も撫でて下さい!」
「あ、ハイ」
ずいっと突き出された鯰尾さんの頭を、もう片方の手でよしよしと撫でる。
「……撫でられて楽しいです?」
「すっごく楽しいです!」
「……あなたに撫でられるのは……好き」
おかしいな……至極健全な光景のはずなんだけどな……なのになんでいけないことしてる気分になるのかな……? そっとこんさんにアイコンタクトで問うてみる。こんさんは大福をちっちゃく千切りながらあむあむ食べてた。こっちを見てすらいない。優先順位が大福以下。解せぬ。
どたどたと廊下で音がして、獅子王さんがひょい、と障子戸の向こうから顔を覗かせた。
「審神者ぁー、他所から文が届いてるぞー」
「ありがとうございます」
「お、大福だ。もらっていいか?」
「どうぞ。お茶も飲みます?」
「あーいや、いいわ。自分で淹れる」
鯰尾さんと小夜をちらりと見た後、獅子王さんはどっかりと腰を下ろして大福を頬張った。
受け取った文に目を通す。誰かと思えば、このあいだの演練相手か。
やたらと美辞麗句を延々連ねて、是非ともまた対戦したいという旨が、便箋五枚に渡って暑苦しいくらいの熱意でもって記載されている。便箋一枚で済む内容だよなコレ……。
「主、微妙な顔してますね。なんて書いてきたんですか?」
「単なる演練のお誘いだよ。……しかし、ちょくちょくこの手のお誘い増えてきたな……」
そして何故か皆様そろってこの刀剣を使うんだ! とイチオシ男士をプレゼンしてくる。
いや使わないし、今のところこれ以上刀剣増やす気ありませんし。
そもそも優先すべきなのって能力値より、そいつを御せるか否かだと思うの。
審神者と刀剣男士の関係は、彼等の呼称が表すように主従だ。
そして、人外を使役するにあたって一番重要なのは、ソレを屈服させておけるかどうか、という一点に尽きる。
断じて対等などではないし、下位に下るのは以ての外。刀剣男士は西洋の悪魔と違って人間に好意的だから、良識に則った扱いをしていれば、生きながら地獄を見る展開にはならなくて済むだろうけど。
まぁどんな人間にも相性って存在するし、そこ考えれば、いくら強くても扱いかねるような男士はちょっとなぁ……。どんなに人間に近く見えてもあいつら付喪神ですしおすし。
こないだ書類で指ざっくり切って派手に出血した時、和泉守さんがマジで? みたいな唖然とした顔してたのとか、ついこの間まで握られてました! みたいなノリで前の持ち主について語る五虎退さんとか、ああいうの見るとそういやこいつら人外だよなってすごい実感する。そもそもだ。契約で縛っているとは言っても、その契約内容を審神者は知らされていないのである。猛犬注意、ただしリードの強度不明みたいな。超やべぇ。
知ってるか……プレゼンされるのって大抵レア刀なんだぜ……古かったり強かったりするんだぜ……少なくとも古いってのは妖怪としての格が高いって事なんだぜ……?
地雷原ど真ん中で地雷の性能について語ってる構図にしか見えない私がいる。
適当に鍛刀運もドロップ運も無くて、とか言っとけば誤魔化せるからいいんだけど。
「審神者、変なの引っ掛けるの上手いよなあ」
「引っ掛けた覚えはないんですがね……」
そのうち面倒事も引っ掛けそうな気がしてならない。
……当分精進潔斎しようかな。
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