相模城下町の一角。
大通りに面した場所にある相模不在本丸城督の拝領屋敷は、いつも途切れず賑わしい。
「いやだぁあああああ!!!! おれはここにいるんだぁああああああああああああああ!!!!」
「ええい大声で騒ぐんじゃないみっともない! 箒衆の仕事も重要だが、だからと言って本丸での仕事を三日も放り出すのを許した覚えは無いぞ!!」
「やだやだやだやーだー! 本丸野郎しかいねぇじゃん! どうせ働くんなら女の子がいるこっちの方がいいぃいいいいいいいー!!!!!」
「言うに事欠いて帰らなかった言い訳がそれか!?」
……前述したような賑わしさもあるが、それはさておき。
主人である審神者“雛鴉”は、賜った屋敷を旗下に集った者達――”箒衆”の詰所としての用途で使用している。箒衆は城下町の治安維持活動をしている為、彼女達を頼みにして、人妖問わず城下町の住人等が厄介事や揉め事を持ち込んでくるようになったが故の賑わしさであった。
ぱちん、ぱちん。
拝領屋敷の休憩室に、駒が盤を打つ、小気味良い音が響く。
なお、同じリズムでダンベルをリズミカルに上下させる、鍛錬に熱心なマッスルも複数形いたりする。
別の一角では「ドウシテ……何度計算し直しても1,580円ずれる……ドウシテ……ドウシテ……」「休憩中なんだから気分切り替えなよー」「差し入れのお菓子あるよ。クリームどら焼きとカスタードどら焼きどっちがいい?」と事務方の審神者達が慰め合っており、また別の一角では面布で完全に顔を隠した神職服の集団――政府からの出向組が粛々と遅めの昼食を摂っている。
静寂を好む手合いには概ね不評な休憩室だが、彼等二人にとってはさして気になるものでもない。
淀みなく将棋の駒を進めながら、着流しを纏った初老の男が言った。
「城下に警備局が設けられるまであと二ヶ月か。政府にしては早いものだな」
「そうですねえ。さんは待ちきれないようですが」
着流し姿の男の対面。のんびりとした調子で、もう一人の男が将棋を指しながら言葉を返す。
特徴的なもじゃもじゃ頭に書生風の出で立ち。生活感が極端に薄いせいか、年齢不詳の感がある男だ。酷薄で冷血な印象を受ける着流し姿の男とは真逆に、穏やかで柔和な面差しは、見る者に安心感を抱かせる。
いかにも接点など無さそうな正反対の二人であるが、同時代出身である為にか、存外話は合うらしい。忙しさの合間を縫って、彼等が休憩室で将棋を指しているのは箒衆において、既にお馴染みの光景であった。
「己等の活動など緊急措置に過ぎんというのに、存外に縋ってくる連中が多いからな。総大将殿に言わせてみれば、今すぐにでも丸投げ先を設立して頂きたい、という所だろうよ」
着流し姿の男。連理が、皮肉の籠った声で言う。
現在、箒衆は二種類の業務を担っている。
一つは不在本丸対応。これは審神者“雛鴉” ――仲間内ではもっぱら“”の愛称で通っている――が政府から正式に任じられ、箒衆の審神者達が彼女に雇われる形で担っている仕事だ。
そしてもう一つが、城下町の治安維持活動。こちらは政府から任じられている訳では無い、箒衆がボランティアで行っている仕事である。
城下の治安維持も彼女が政府から命じられた仕事だ、という誤解が広く流布しているようだが、実際のところはまったく違う。
しかし城下町の治安維持活動を取り仕切っているのは箒衆の一人である審神者“一虎”であるし、活動メンバーも箒衆ばかりだ。そもそも審神者は全員、自分の本丸を抱えている。ただでさえ本業の合間に不在本丸対応をしているような状態であるだけに、治安維持活動の時間を捻出するには徹底したスケジュール管理が必須となるのである。誤解を解くためだけにボランティア部門だけを切り離すような人的ゆとり、あるはずもない。
現状を憂い、新たに箒衆として治安維持活動に加わってくれた審神者もいるにはいるが、城下町の規模に対して十数人程度の増加では、焼け石に水以外の何物でも無かった。それだけに政府主導の“警備局”設立は、それこそ一日千秋の思いで待ち望まれているのである。
もじゃもじゃ頭の男。結良が、苦笑を含んだ声で同意した。
「事ある毎にあと何日あと何日、とまじないのように呟いていますからねえ」
「思ってたのと違う、も加えておけ。……一虎めに一切合切押し付けるなぞ到底無理だと、ハナから気付いていても良さそうなものではあったのだがな……」
「他人事なら気付いたかも知れませんがねえ。自分事となるとさん、わりと楽観が勝つというか、極端に雑になるところありますし」
思い出すのは一虎に取り仕切りを押し付ける際の、手抜き極まりない言い訳内容だ。
元々箒衆は昨年夏にあった、演練場での戦いからの付き合いである者達が中核を占めている。が城督という立場を得た事によって小遣い稼ぎ感覚に参入した者も無論存在するし、巡回業務を通して増えた人手もあるが、“個人を慕って、あるいはその理念に共感して集まった私兵集団”というのが箒衆の実情なのだ。
その実情抜きにしても不在本丸対応を通して彼女の手腕の程は周知されているというのに、「私には荷が重いので別の人に任せます」で押し通すのは無理があるというものである。
それでも結局一虎が治安維持活動の取り仕切りを担う運びになったのは、誰が取り仕切りを務めようと、彼女が総責任者である事に変わりが無かったからだ。
「……まあ、そのおかげで助かっているところもあるんですが」
「違いない」
くつくつと喉を鳴らしながら、「移行は上手くいくと思うか?」と話を戻す連理に、結良は眉尻を下げたままぼさぼさ頭を掻き回した。どがががが、と床を削るような勢いの良い足音と共に、険しい形相の審神者が休憩室へ駆け込んで叫ぶ。
「お邪魔します誰か一虎大隊長見なかったッ!?」
「見てない」「知らぬ!!!」「生憎と」「さー?」「オイシイ……オイシイ……」「ちょっと前に外出てくのは見た」「巡回行ったんじゃないの?」「不在本丸の方かも知れないのでは」「あの人まーたボード書かずに出てったのかぁ」めいめいに喋る審神者と刀剣男士達。身体を捻ってそちらを向くと、結良は駆け込んできた審神者に向けて声を張り上げた。
「彼なら確か遊興街北区ですよ! 傷害事件の対応で出たので、戻りは遅くなるかと!」
「! ありがとうございます結良大隊長ぉおおおあああああああまた捕まえ損ねた決裁進まないぃいいいいい!!!!!!」
きぃいいいいいいいい! と高周波の金切り声を上げて審神者が遠ざかる。
方々で「また傷害か」「呼び出し理由トップ」「俺じゃねえ分霊だと思うけど同族が悪ィな仕事増やして」「僕じゃない分霊だと思うけど僕だったら仕事増やした咎で斬ります」「刀の鯉口軽すぎ案件では?」「審神者の教育が悪い審神者の教育が」等々、論議とも呼べない愚痴大会が開催されるのを横目に、結良は視線を連理に戻してへらりと笑った。
「……なにせ、困りごとがあればとりあえず箒衆に、という風潮が出来上がりつつありますから。一朝一夕とはいかないでしょう」
やれ北で抜刀沙汰が起きているだの、やれ南で重傷者が転がっていただの。
持ち込まれる困りごともピンからキリまで、対処できるものから匙を投げるしかないものまで様々だ。
繰り返すが箒衆の治安維持活動はあくまでもボランティアなのである――つまり、警察権は持ち合わせていない。
おかげさまで法的にギリギリセーフのラインを見極める練度が爆速でレベルアップしている箒衆の面々だったが、それにしたって限度はある。法に引っ掛からない範囲内での対処では、取れる手段も多くはないのだ。
「願わくば順風であって欲しいものだな。でなければ、政府からの出向組を受け入れてやった意味が無い」
正直なところ。箒衆における、時の政府への評価は低い。
なにせ構成員の大半が“相模演練場の死闘”経験者で、加えて大演練での経緯と顛末も、当事者として知り尽くしているのだ。演練場の職員達に関しては共に切り捨てられて後始末で奔走した仲間だからと好意的に受け入れていても、それ以外、更に上の連中相手ともなれば、愛想を振りまく気になどなれるはずもなかった。
これから治安維持活動の中核を担っていく相手と知っていて、更には彼等のトップであるが決めた事であろうと、隔たりなく接しろ、という方が土台、無理な話なのだ。仕事が多すぎて教育指導の名目で陰惨な虐めをする余地が無い現状は、ある意味幸運と言えるのかも知れなかった。
偶然にも同じく休憩中の政府出向組を把握している癖に発言に容赦が無い連理に、結良は「まあまあ」と困り顔でフォローを入れる。
「今回はちゃんと引継ぎを寄越したんです。多少苦労はあるかも知れませんが、無意味に終わりはしないでしょう。それに、烈水さんからも優秀だと聞いていますよ? 彼等ならきっと、大演練の二の轍は踏まないはずです」
「どうだかな。なにせ警備局長になるのが、相模演練場の主任殿だぞ? 無能ではなくとも、せいぜい凡人がいいところの器だろう、アレは。率いるのが獅子の群れだろうと、将が猫では狩れる獲物は鼠止まりだ」
「ううん、もうちょっと評価してあげていいと思うんですがねえ……」
「事実だろう。総大将殿が貸し出す事を約した刀共とて、十全に扱い熟せるかどうか」
時の政府とて箒衆同様、圧倒的人手不足に喘いでいるのは変わりない。
遡行軍側ではないと確約できて、なおかつ刀剣男士や妖怪連中に臆さない胆力のある人材など早々見つかりはしないのだ。手っ取り早いのは複数本丸に統括する頭を据え、警備局として運用する、という手段だろう。ただ、この手段にはいくつか問題点がある。
一人あたり、およそ五百程度。
警察官がカバーできるとされる人数の平均値だ。
一国につきおよそ十万、本丸は存在するとされている。内何割かは不在本丸、刀すらいない空き本丸もあるにはあるが、それでも単純計算で千八百人の人手が必要となる。本丸に換算して、最低二百。ただでさえ対遡行軍情勢が悪いというのに、それだけの本丸を内部の城下町の治安維持如きに割けるはずもない。兼任、という案もあるにはあるが、なにせ従えているのは刀の付喪神だ。
己の審神者には甘かろうと、それを飛び越えて更に上、自分達の“主”を取り纏める“大殿”ともなれば評価は自然と辛くなる。偉人の持ち物であった彼等の要求基準は、基本的に高いのだ。審神者達だって、上下関係など叩き込まれてもいない一般人出身が大半を占めている。政府に対して熱烈な忠誠心や滅私奉公の心意気など期待するだけ無駄であるし、あくまで兼業である以上、生活の為にやらなければならない、という動機付けも使えない。
その穴を埋めるのが、雛鴉預かりとなっている不在本丸の刀剣男士達である。
箒衆によって働く気になった不在本丸群の刀達は現在、正式に就任する主を待っている状態だ。雛鴉預かりのままで審神者を仮就任させて様子を見るか、それとも政府に返上して新たな審神者を宛がうか。その辺りの交渉が折り合わず暇を持て余している彼等を、リハビリも兼ねて箒衆で使いたいと申請しているのを見て、人手不足に困っていた政府側が「それなら警備局でも使わせてくれ」と言い出したのだ。
要所要所は人間が担う事になろうと、業務を引き継ぐ上でも心情的にも、“政府からの出向組”より“自分達のボスの刀”相手の方が遥かにマシだと思ったのだろう。箒衆はすんなり了承したが、なにせ元・不在本丸の刀剣男士だ。
上は楽観しているようだが、果たしてどこまで従ってくれるかは大いに疑問が残る。連理の見立ては的を得ていると言えた。
「大丈夫だと思いますがねえ。彼の場合、何かあれば絶対さんへ泣きつきにくるじゃないですか。手遅れにはなりませんよ」
「で、総大将殿が名誉に拘泥せぬ質であるのを幸いと、事件解決の誉のみを浚っていく訳だな。嘆かわしい事だ」
「いやいやいや。彼がそんな不実な人間でないのは、連理さんもご存知でしょうに」
「本人にその気が無かろうと、上から命令されて歯向かえるほどの気骨はあるまいよ」
「そっちですか。……政府もそこまで不実ではない、と言いたいところですがねえ……」
なんとも複雑な表情で背中を丸め、それでもどうにか結良が反論を試みる。しかし連理は至極どうでも良さそうに、「お主の手番だ」と盤面から視線を外さないまま、顎を撫でて促した。
二人の沈黙を縫うようにして、ダンベル運動をするマッスル達の「フンッ! フンッ! フンッ!」という無駄にリズミカルでテンポのいい声(複数形)が響く。「唸れ! 拙僧の上腕二頭筋ッッッ!」何処かの本丸の山伏が、ひときわ熱の籠った叫びを上げた。がりがりと無言で頭を掻き回すと、結良は対面から盤上へと視線を戻す。
ぱちん、ぱちん。ぱちん。
途切れていた駒の音が再開される。「そういえば」と今度は結良が口を開いた。
「商人方が協力を渋っていたでしょう。あれの内幕が知れたんですがね」
「ほう。最大手に忖度しての嫌がらせかと思っていたのだがな。その口ぶりでは違ったか」
城下町の最大手。言わずがなも、巨大軍需産業”万屋”の事である。
大通りに各部門毎で軒を連ねている様はまさしくショッピングモールといった感があるが、実態としては衣食住関連の品物に玉鋼や砥石、お守りといった資材等の必要物資を一手に担う、政府お抱えの半民半公の兵站部隊だ。
“最大手”であっても”唯一の”ではないのは、遊興街に集中して立ち並ぶ妖達の店や、ささやかながらも地道に数を増しつつある、審神者達の個人店の存在があるからであった。何にせよ城下町は“万屋”無しには成り立たず、この町で何かしら事を成そうとするのであれば、”万屋”抜きでは語れまい。
――しかし、雛鴉は城下町の巡回を正式に始めたばかりの当初。この万屋を抜きにした。
彼女が率いる“箒衆”が、常々問題視していた城下町巡回に力を入れ始めた頃。それは即ち、当時はボランティアとして行われていた不在本丸対応から、政府の命で外された頃でもあったからである。
繰り返すが“万屋”は半公半民の軍需産業だ。政府の動向は当然把握しているし、その顔色も伺っている。政府が雑に扱った審神者の言など、耳を傾ける価値も無いと思ったらしい。
門前払いと政府に習ったおざなりな対応が幾度も続けば、箒衆内部でのヘイトも溜まる。正式に城督へ任じられようと、人間の態度というのはそう簡単に変わるものでもない。政府上層部とも直接意見を交わす経営上位陣や、直接的に巡回の恩恵を受けている現場でもない中間層は猶更だ。総体が巨大であるほどに、中間層は分厚い。
箒衆の集まりとて義務ではないのだから、あからさまに見下してくる”万屋”幹部に対し、内部で積もっていく不満を無視する訳にもいかなかったのだ。
「それだけでも厄介なんですがねえ」と、言うほど困っているようには思えない調子のまま、結良が続ける。
「審神者の出身年代ですが、最多を占めるのが2205年現在を”生きている“世代でしてね。僕らのようなそれ以前の年代出身者はどうも、考えていたより少ないようで」
「……ああ、そういえば何やらあったな。過去年代からの審神者徴発は特例処理だとかなんとか」
「クダギツネから聞いた限り、黎明期の中盤頃から最初期までが“特例処理”組はいっとう多いらしいですね。今より刀剣システムも不安定だったようですから、背に腹は代えられずの処置だったんでしょう」
「戦線を保つための違法措置を、追認せざるを得なかった訳か。……過去から連れてこられた己等にとっては、はた迷惑な話だな」
事が過去の改変である以上、彼等”現在”を生きてはいない者にとっても決して無関係な戦ではない。
それでも”2205年”という“現在”以前から審神者適正者を連れてくる、という行為は、政府側が過去を改変しかねない、という危険性を大いに孕んでいる。それにどう言い繕おうと、“現在”で足りぬ人手を埋める為に誘拐や、暗示まで用いての詐欺紛いな手段を使ったのは事実なのだ。
耳の痛い内容に、自身は直接関与していないにしても、政府出向組はどうにも座りが悪いようだった。
ふ、と連理が何気ない口調で、「総大将殿は、己等より後の生まれだったか」と呟く。
「らしいですねえ。さんも僕らと同じで、2205年にはとうに鬼籍だそうですが」
「遡行軍に勝利できたとしても、死人に頼り切りでは我が国の行く末も知れるな。戦友らも墓の下でさぞや嘆こう」
「過去出身の僕らはたぶん、戦後復興には関わらせてもらえないでしょうからねえ。それについては、若者が頑張ってくれる事を祈るとして」
何処か諦念と自嘲の滲んだ結良の言葉に被さるように、廊下から「堪忍してぇー!」という悲痛な絶叫が木霊した。
「許してー! 持って帰るつもりで忘れてたんやー! わざとじゃないんやぁああー! 許してぇえええー!!」
「そうでしょうとも。ですが残念ながら、許すのは僕ではありませんので」
「いーやぁあああああ! どう考えても許す許さない決めるの唯織書記長やないかぁあああああー!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ無理! 絶対殺される!! おねがい平野ちゃんまんばちゃん見逃してぇええええー!!!」
「俺はあんたのまんばちゃんじゃない。ので、却下だ」
「申し訳ありません。僕の主が妙齢の女性でなければ、一考したのですが」
「そうだな。置き忘れた春本が、巫女凌辱輪姦物でなければ良かったんだが」
「性癖暴露するのやめぇええええええーっ!?」
ずーるずーるずーるずーる。
山姥切国広に引きずられていく男審神者に、休憩室の面々から侮蔑と失笑と同情と憐憫が混然一体となって捧げられる。
憐れみを込めて黙祷を捧げ、結良は「……なんの話でしたっけね?」と首を捻った。あほらし過ぎて怒る気にもなれない、とでかでか書かれた渋面で廊下の方を眺めていた連理が、呆れたふうに目を眇める。
「商人連中の内幕の話だ」
「ああ、そうでしたそうでした。ええとですねえ。2205年代という“現在”は、どうも長らく平和が続いていたらしいんですよ。連絡網が発達しているから、何か騒動があればたちまちに警官が駆け付ける。法で守られる事が当然になっているから、この程度の揉め事なら、と騒動を見過ごすし、どの程度からが対処すべき段階なのかも判断が付かない。インターネット、でしたっけね。あれが生活に定着しているから、顔の見えない風聞風説も随分幅を利かせているようで。多少実害を被ろうと、悪評をばら撒かれるよりはマシ、という事みたいです」
「“自分達の仕事ではない”、と? 汚れ仕事は他人の仕事か。商人らしい面の皮の分厚さだな」
「そこまで自覚的ならやりようもあるんですがね、あれは感覚で判断しているのがほとんどですよ。商業連合が個人商店の寄せ集めで、揉め事対処のノウハウも、問題意識をこちらと共有できる頭も欠いているのが悪く働きましたねえ」
「ふん? うってつけの人材ならばいただろう。政府に掛け合って、己等も城下に店を構えられるようにした審神者が」
「いるにはいるんですが、相模の審神者じゃないんですよ」
「影響は及ぼうとも手は届かず、か。侭ならんな」
人間側では“万屋”一強であった城下町で、早々に自分達も商売をする権利を取り付けてみせた審神者。
そんな山城のネームドが一筋縄でいくはずもないのは、万屋の縄張りに真正面から切り込んでおきながらも仲良くやっている現状から容易に察する事ができる。味方であればまず間違いなく頼もしい相手だろうが、敵に回していた可能性も思えば、一概に「違う国なのが残念だ」とも言い辛い。
「いたとしても、話が噛み合うかはまた別問題でしょうけどねえ」と結良は曖昧に笑う。
「話の持って行き方次第では、協力者をもっと増やせたんでしょうが……ま、警備局ができるまであと少しですからねえ。肩の荷が下りると期待しましょう」
「それしかないか。使い物になればいいがな」
苦虫を噛み潰したような顔で、連理が鼻を鳴らす。
ピンポンパンポン、と軽快なメロディが備え付けのスピーカーから流れた。
『通信担当ナのイチイチ本丸所属、包丁藤四郎が午後一時をお知らせするぞ!
今のとこ全員にのお知らせ三件でー、まず事務局から定期連絡。“来月末からの秘宝の里期間中の出陣予定、提出期限は今月いっぱいです。忘れずお願いします”。締め切り守れないやつは人妻にモテないぞー。で、二件目のお知らせは――……』
今月参陣したばかりの刀剣男士が担当とあって、普段放送を流し聞きしがちな審神者達も、ほとんどが集中して耳を傾けているようだった。休憩室の時計を振り仰ぎ、結良は「もうこんな時間でしたか」と目を見張る。
「これはいけない。もう出ないといけないですね」
「ふむ、己も研修の手番が回ってくる頃か。お主は要注意本丸の定期監査だったか? ご苦労な事だ」
「そうでもないですよ、どれだけ変わろうと、刀剣男士は大本が同じですから。要点さえ心得ていれば、人間相手より話が通じる位です……ああ、ナガヨシさん。すまないけれど、盤を片付けておいてもらってもいいかな」
指名を受けるとは思っていなかったらしい。
ナガヨシと呼ばれた青年は数瞬の沈黙の後、「構いませんよ」と頷いて立ち上がった。
ともすれば嫌々とも取れる態度に、しかしほっとしたように表情を緩め、結良は「ありがとう。助かるよ」とてらいなく礼を述べる。
「結良。先に行くぞ」
「はいはい、すぐ追い付きますよ」
片手を立てて身振りだけで謝罪を伝え、ナガヨシへは視線をくれるそぶりすら見せなかった連理の後を追いかけていく。軽く目礼して二人を見送ったナガヨシは、顔を覆った面布の下、冴え冴えと鋭い碧眼を細めてぽつりと零した。
「……まったく。何処まで本心だか」
虎口で踊れ
「ううん……なかなか頑なですねえ、彼ら」
「ふん。煩わしい鼠共の歓心なぞ、不要物以外の何物でもあるまい」
「君のそういう態度もいけないんだと思いますよ。……ま、その憚らない態度が皆のガス抜きになってもいるんですが」
「知らんな。己は連中の無自覚な傲慢さが気に食わんだけだ」
「歩み寄りの重要性は知っているでしょうに。劣勢下での内輪揉めなんて、百害あって一利なしですよ」
「知っているさ。だがお主とて、無能を頭に据えておく愚かしさはよくよく理解していよう?」
「――あれ、連理さんに結良さん。こんなところで熱く見つめ合って何してるんです? っていうか仕事は?」
「さん……その誤解を招きかねない表現、勘弁してもらえませんか……?」
「あっダメでしたか、ごめんなさい。場が和むかなーって思ったんですけど」
「何、臥薪嘗胆の重要性を語らっていたまでの事。では総大将殿。残念だが研修指導の手番故、これにて失礼」
「ああはい、行ってらっしゃい。……結良さん達、誰かに復讐するご予定が……?」
「いやいやいやいやありませんって。――ううん。正しくはそうですねえ……大きな事をするのなら、屈辱に耐えようともコツコツ頑張る事は大切だって話……ですかね」
「ああーそういう」
「早く大きな事ができるよう、僕らも尽力しますからね。さん」
「? 今だってだいぶ大きな仕事してると思うんですけど……。でも、ありがとうございます。これからも頼りにさせてもらいますね、結良さん」
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