本丸の池で、浦島虎徹うらしまこてつはのんびり釣り糸を垂れていた。
 冬景色の本丸は寒く、内番着ではどうにも心許無い。しかしそこは刀剣男士。寒さを感じてはいても、その寒さが行動に支障を来たすほど肉体に影響を及ぼす事はない。浦島の膝でのんびりしている、亀の亀吉もまた同様だ。本来であれば冬眠して然るべき寒さの中にあっても、さして堪えた様子も無い。
 のんびりのびのび、お休み満喫モードで釣り糸を垂れる浦島の横で、五虎退ごこたいが日頃連れている仔虎達の一匹をわっしわっしともふり倒しながら、後藤ごとうが唇を尖らせて心底残念そうにぼやく。

「いいよなぁ、動物。俺もお供の動物いれば良かったんだけどなー」
「こればっかはどうしようもないよなぁ。後藤もなんか飼ったらいいんじゃないかな?」
「簡単に言うけどさあ、どっからつれてくるんだよ? 動物」
「……そこらへんで拾ってくる、とか?」

 後藤は浦島の顔を見た。浦島も後藤の顔を見た。
 お互い、とても真面目な顔だった。そこに冗談の色は無い。

「そこらへん」
「そこらへん」

 神妙な顔で頷き合う二人の前で、ぱしゃんと水が跳ねた。
 慣れた手付きで浦島が竿を振って、かかった獲物を釣り上げる。ぺちゃり、とさしたる抵抗もなく雪の上に放り出されたのは、黒いもやもやを幼子が魚の形にしたような、そんな奇妙な“ナニカ”であった。
 魚の形をしたソレはくったりとして身動きせず、早くも己の運命を早くも受け入れているかのようである。そんな謎の魚っぽい生き物? を釣り針から外し、浦島は亀吉の鼻先へと近付ける。躊躇う様子も見せず、亀吉が魚のようなものにかぶりついた。そのままもっきゅもっきゅと半ば吸い込むようにしてナニカを咀嚼する亀吉に、うげ、と後藤が顔を顰める。

「亀吉、そんなもん食って腹大丈夫なのかよ」
「んー、亀吉わりと雑食だから」
「雑食すげーな」

 浦島が竿を振る。ぽちゃん、と小さな波紋を残して釣り針が沈んだ。
 くん、と水面下から糸を引かれて釣竿がしなる。
 ぴん、と耳を立てて、後藤の膝で撫でられるがままにモフられていた仔虎が身を起した。てっててーと軽い足取りで駆け去っていく後ろ姿を見送る後藤の横で、浦島は釣り上げられたモノを「ほい亀吉ー」と、完全に流れ作業のノリで亀吉へと供給している。ちなみに今度釣り上げたのも、魚のように見える気がする何かだった。
 亀吉へと視線を戻し、後藤は感心と呆れが半々といった調子で浦島に問う。

「入れ食いだなー。いつもこんな感じなのか?」
「俺も最近釣り始めたばっかだし、あんまよくわかんないかな。でも毎回こんな感じー」
「ふーん。……五虎退は知ってるか?」

 短刀も脇差も、気配には敏感だ。相手が余程巧妙に隠れでもしない限り、気付けないという事はまず無い。だというのに何故か、五虎退は言葉を掛けられて大げさなくらいに肩を跳ねさせた。
 じっと見てくる二対の視線から逃れようとするかのように、抱え込んだ仔虎の一匹へと半ば顔を埋めながら、五虎退はかぼそい声で、申し訳なさそうに答える。

「っ……あ、その……僕も、よく知らなくって……」
「あー、だよな。釣りしなきゃ分かんないよな」
「またこいつかあ。はい亀吉―」

 あぐー。

 魚の形をしたそれを亀吉に与え、慣れた手付きで浦島は釣り糸を垂れる。
 それを横で眺めながら、手持ち無沙汰なのか近くに降り積もった雪で雪球を作り始める後藤。
 十数歩離れた場所からそんな二人を困惑気味に眺めていた五虎退だったが、いい加減問わずにはいられなかったのだろう。遠慮がちに、けれど意を決した様子で二人に向かって口を開いた。

「……あ、の。後藤兄さんと浦島さんは、何、してるんですか……?」
「うーん…………。釣り?」
「いや釣りでいいだろ。なんで疑問形なんだよ」
「だってまともな釣果がないからさー」
「えっ浦島まともな釣果得ようと思ってたのか? 池掃除じゃなくて?」
「えっそんなつもりなかったんだけど。っていうか本丸の池って生簀じゃないの?」

 浦島は首を傾げた。後藤も首を傾げた。
 刀派が別々の割に無駄にシンクロ率が高いのは顕現以降、同期の誼でよくつるんでいるからかも知れない。ちなみに物吉貞宗ものよしさだむねもよく二人とつるんでいる。やたら息ぴったりな二人にそろって視線を向けられ、五虎退は「え、え、え?」と目を白黒させながら、無意識に一歩後ずさった。ちょっと怖かったらしい。

「ご、ごめんなさいっ。あの、ぼくもきいたことないです……!」
「そっか。五虎退も知らないんなら、大将に聞いてみた方が良さそうだな」
「どっちにしろ池掃除はした方がいいかんじだけどなぁ。
 でも水場だから仕方ないとこはあるにせよ、なんでこんなになってるんだろ」
「最近大将が留守がちだからってだけでもないのか?
 一度池の水全部抜いちまった方がいいかも知れないな、これ」
「えー、そこまでする必要あるかなー。
 適当にどっかから強そうなの連れてきてさ、放り込んだらどうにかなるんじゃないかと思うんだけど」
「その強そうなやつはどっから連れてくるんだよ……。なぁ、五虎退はどうするのがいいと思う?」
「え、あ、う……え、ええっと。僕も、池のお水抜いちゃった方がいいんじゃないかなって……。あの、浦島さんの案もいいと思うんですけど、それだと綺麗にお掃除できないから……」

 はにかみ照れ顔の五虎退に、二人は素早く目線を交わした。

(同派が過激な件について)
(いや後藤も同じような発言したじゃん。粟田口あわたぐち発想が物騒すぎない? やば……ひく……)
(ばか浦島、俺と五虎退一緒にすんなよ。見たか今の獲物を狩る獣の眼光……絶対池のやつら徹底殲滅するつもりだぞ……害の無い小物以下すら逃がさないやつだぞ……殺意に満ち溢れすぎか……)

 五虎退の手前あくまで目線だけでのやりとりだったが、大体ニュアンスとしてはそんな感じである。
 なお、目と目で通じ合う彼等の静かな戦慄など素知らぬ顔で、亀吉は呑気に欠伸をしていた。無駄に言葉など無い方が案外平和なのかも知れない。
 どうでしょう、と不安げに二人を伺い見てくる五虎退をちらりと見て、浦島と後藤は決然とした面持ちで頷き合った。

「すっごくいい案だと思うな、うん!」
「そうだなだよな! 掃除はすごい大事だもんな!」
「えーっとそれはそれとしてさ、飼うなら何がいいと思う? オレはねー、亀がいいと思うんだ!」
「亀なら亀吉いるだろ。俺はやっぱ鯨だな、でかいらしいし。五虎退はどうだ?」
「ふぁっ。あ、あの、ごめんなさい……僕、お魚には詳しくなくて……」

 怒涛の勢いであからさまに話題を変更にかかった二人に気圧されながらも、五虎退がしょんぼりした様子で俯く。悲しげを通り越しての悲壮な顔は、知らない事を罪だとでも思っているかのようだった。そんな五虎退の様子にひとつ頷き、後藤は快活な笑みを浮かべると、「よっし!」と手を叩いて勢いよく立ち上がった。

「じゃあ大将の部屋行こうぜ。図鑑あった気がする!」

 後藤の言葉に、五虎退が大きな目を零れ落ちんばかりに見開く。
 垂れていた釣り針と糸を回収しながら、浦島が「あっそれいいね! 行こ行こ!」と楽しげに賛同した。
 一足飛びにやってきた後藤が、戸惑ったように立ち尽くす五虎退の手を当然のように引く。亀吉を頭の上へ移動させ、釣り竿を肩に担いでやってきた浦島が後藤と五虎退の隣へと並んだ。

「あ、」
「大将今いたはずだし、池で何飼うかの話もしようぜー」
「主さんは飼いたいのとかあるかなー。ほらほら、五虎退さんも駆け足駆け足!」
「え、あ、でも、あるじさまお忙しいし、ご迷惑になっちゃうんじゃ……」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
「やっぱ飼うならあれだな、でかくてかっこいいのがいいよなー」

 仔虎達が楽しそうに鳴き交わしながら、三人の後を追っていく。
 ――ちゃぽん。魚のいない池の中。大きな影がゆっくりと、身をくねらせて水底へ沈んだ。

春になるまで


「そっか、魚は淡水と海水とで住めたり住めなかったりするのかぁ」
「うわ、くじらしゃちさめも飼えないじゃん! なぁ大将、池に塩入れたら飼えるようにならないか?」
「ならないならない。っていうかそれ、どれも飼うなら専用の設備と知識必須なやつばっかですからね? 諦めて適当に食用淡水魚でも養殖して下さい。観賞用でもいいですけど」
「……僕、おおきくて、いっぱい食べるところがあるお魚がいいです」
「だよね。ねーねー、鯰尾なまずおさんは何がいいと思う? 池で飼うの」
「あ? ……………………鯰」
「鯰かー。ねー主さん、鯰って食べれる? 美味しい?」
「食べれますよ。まぁ私も食べた事ないから、美味しいかどうかまでは分からないですけど」
「大将大将、せめて鯨だけでも飼えねえ? 俺ちゃんと勉強して世話するから」
「何故そうも鯨に拘るのか。……そういや似たような会話、あつしさんともしたなぁ……」
「…………厚のやつ、鯨飼いたがってたんですか?」
「どうなんでしょうね、気にはしてましたけど。でも、どっちにしろ飼えませんからね? 本丸の池より大きくなるのは確実なんですから」
「あー、それじゃ駄目だよなあ」
「か、飼えないくらい大きくなったら、食べちゃう、とかなら、どうでしょう……」
「その発想は無かった」




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なんかいる。