※本編後、「もしアーロンが(ほぼ)原作沿いに人生を歩んだら」のIFです
※ちょいちょい差異はあるけど大筋原作通りと思って頂ければ幸い
※ハッピー(原作的な意味で)
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どれほど意識を失っていただろうか。
覚醒し、アーロンが真っ先に考えたのはその事だった。
満身創痍。だが、動けなくはない。行動不能の重傷、とは呼べない。魚人は生来頑丈だ、意識の回復も当然早い。
そう――今まさに崩れゆくアーロンパークから、脱出する事に支障は無かった。
(ツメがあめェ)
少なくともアーロンの知る“強者”は、敵の息の根は確実に止めたものである。
それともあのゴム人間は、あれでアーロンが死んだとでも思ったのだろうか。勝った、と手を緩めたのか。
十年最弱の海で怠惰を貪ったとはいえ、アーロンは元々“グランドライン”を航海してきた海賊だ。名も売れていない、最弱の海の新参海賊風情では理解できないのも仕方がないが、それは認識が甘すぎるというものである。
仰向けに倒れた彼の視界に飛び込んでくるのは、降り注ぐ瓦礫。そして、燦々と輝く太陽。
この光景に、怒りを抱いて然るべきなのだろう。
アーロンパークは、彼にとって。否。彼等にとって、手に入れられなかったものの象徴だった。
手に入れられなかったものであり、手に入れ損なったもの。
輝かしい幸福と、栄光と。愚直なまでに信じた未来の、代わりにもならない代用品。
形だけ似せた、似ても似つかない紛い物。
(……ああ、そうだ。代わりにもならねェ)
ぼんやりと。なんとなく起き上がる気になれず、中天の太陽に視界を灼かれながらひとりごちる。
代わりにもならない。ならないのだ。アーロンパークなどと名前を付けて、中身をまるきりあの“シャボンティパーク”と同じものにできたとしても。この海を魚人のものにして、首尾よく世界を手中に収めても。どうしたって、求め続けたものには遠い。届きすらしない。そんなもので、アーロンの空虚は満たされない。この虚しさは埋まらない。
本当に欲しかったものはもう手に入らないのだと、アーロンはよく知っていた。
ただずっと。それを認めたくなくて、目を逸らし続けていただけで。
「――……」
がらがらと、ごうごうと。
アーロンパークが崩れていく。偽物の夢が崩れていく。
逃げなければ、まず間違いなく死ぬだろう。頭の冷静な部分がそれを指摘する。
流石にこれだけの瓦礫に押し潰されて生きていられるほど、アーロンも化け物染みてはいない。
なのに、逃げる気になれない。目の前に迫る“死”から、逃れようと思えない。
何故なのか。その答えは考えるよりも先に、すとん、と胸に落ちてきた。
あのゴム人間と殴り合った事で気付かされた、という点だけはどうにも業腹ではあったが。
あのひとが好きだった。頭領が好きだった。
“怪物”と呼ばれたあの人間を、アーロンは心から好いていた。
乗船したての頃は、何度となく突っかかっては叩きのめされたものだった。下等種族の分際で、などと悪態をついた日には一週間はまともに歩けないほどボコボコにされたものである。手加減した状態ですらアーロンの反抗なんて軽くあしらってしまうような、逆立ちしたって覆しようのない、圧倒的な力量差。
それでもあのひとについて行った。いつか見返してやるのだと、固く心に誓っていた。
敵わない事への悔しさが、敬意に変わったのはいつだったか。復讐に狂い、血に酔う様に畏怖と共感を覚えたのは。名を呼ばれ、認識される事にさえ喜びを見い出すようになってしまったのは。
アーロンパークなんてどうでもいい。見たかったのは、気に入らないけれど長年憧れ続けたあの場所を、あのひとが手中に収める姿だった。兄と慕うタイガーと、頭領と。
二人が揃っていれば、世界中の海を手に入れる事だってできると信じた。
あのひと達が掲げる旗の下でなら、下等で下劣な人間だろうと素直に“仲間”と呼ぶ事ができた。
人間も、そう捨てたものではないのだと思っていられた。
あの日、あの時。あの場所にいなければ――今も、そう思っていられただろうか。
悲しかった。苦しかった。その喪失を耐えがたく思っている癖に、憎しみに目を曇らせる事も、激情に我を忘れる事もできなかった。だって、彼が言い出したのだ。魚人島に立ち寄る事を、進言したのはアーロンなのだ。あんな事を言わなければ、今もアーロンは。皆は、“旭海賊団”でいられたはずなのだ。なのに誰も彼を責めない。誰も。誰も!
ここまでアーロンに付き合ってくれた、昔馴染みの仲間達を想う。
思うところは色々あっただろう。他の道はいくらでもあったはずなのに、それでも、何も言わずに付き合ってくれた。
馬鹿な真似をしていると。そう思わなかったと言えば嘘になる。アーロンのしてきた事は、“旭”のルールに反する事ばかりだ。旭に入りたての頃にやらかして、頭領に八割殺しの目に合わされたような事よりよっぽど酷い。
頭領がいたら。兄と慕うタイガーがいても、許されはしなかっただろう。アーロンがしてきたのは、そういう事だ。
あのひとが好きだった。頭領が好きだった。
“怪物”と呼ばれたあの人間が、いつか戻って来るのだと信じていたかった。
あのひとの死体は、今も見つかっていない。
あのひとを探しに旅立ったタイガーは、消息も知れない。
だけど。それだけを心の支えに、頭領が帰る日を夢見続けるには。
旭の海賊旗が再び掲げられる日を待っているには、アーロンは多分、現実を見過ぎたのだ。
頭領にぶち殺されるかも知れねェな、と。ふと過ぎった考えに失笑を漏らして。
「……会いてェ、なァ……」
灼かれた視界が白く染まる。塗り潰される。
そうして迫り来る死を受け入れながら――アーロンは、穏やかな気持ちで目を閉じた。
最後に、詰まらない話をしよう。
航海士の少女。ナミがまだ、今より幼かった頃の話だ。
その頃の彼女は、長い髪をしていた。その日の彼は、少しばかり酔いが深かった。
長い髪をした小柄な少女は、色こそ違えど、失ったものを連想させるには十分だった。
酔った男は、少女を誰かと誤認した。誤認してどうしたかって? さて。それは彼と彼女だけしか知らない。
ただ一つだけ言えるのは、次の日から少女の髪は短くなって、その後伸ばされる事も無かったという事。そうして彼もまた、その夜について一切口にする事はなかった。
彼はいなくなったので、今はもう、彼女しか知らない昔の話である。
詰まらない話だ。誰にも、もうどうしようもない。取るに足らない些細な出来事。
そうして運命は規定通りに巡り、規定通りの結末へと至ったのです。
長き圧制に苦しんだ人々は解放され、少女は自由を取り戻しましたとさ。めでたしめでたし!
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なお、世界線次第では行方知れずのタイガーを仲間と一緒に探し回ってるアーロンさんです。へいわ。