※本編読了推奨IF
※三章後「もし、がインペルダウンに幽閉されていたら」
※大分ふんわりダイジェストイメージ形式でお届けフワッティです読解力が来い
※細かい事を気にしてはいけない。いけない(戒め)
■ ■ ■
微睡む。
深く、深く。遥か奥底で。
( ―――― )
( ―――― )
( ―――― )
波も風も存在しない群青の底で、伸び縮みしながら影が躍る。
とろりと霞み、纏まらぬ思考のままに眺めるそれは見慣れた/見慣れぬ形をしていた。
複数の影。否、単一だろうか。壁に。床に。天井に。あちこちをぐにゃぐにゃと伸び縮みしながら這い回り、投影されて混じり合い溶け合い最早どの部分が誰の物であったのかすら判別のつかないそれは、何故か酷く、久しいように思える。
――、
音がする。近いのか、遠いのか。
どろどろに溶け、砕け。形を成さぬ意識にそれを判別するだけの理性などあるはずも無い。
「どうでもいいでしょ、そこの連中なんて」
「そう。私は敗北した。敗者に語る資格は無い。善悪の理非など元々どうでもいいけれど――力無き者に語る資格は無く、ここに収監された時点で私の役目は終わっている」
「もういらないの。必要ないの。……いきていなくて、いいの」
「皆、それぞれの道を進んでいる。今更庇護の必要は無いもの。幼い子等とて同じ事」
「――でも。世界は、そんなに優しかったっけ?」
「わたしの手は届かない。■■の出番はもうおしまい」
「いいでしょう。今の“”は死人と同じ。復讐を叫ぶ彼等と同じモノなのだから、今更起き上がる道理も無い。死人は死人らしく、土になるまで眠っているのがお似合いだ」
「■■■■はイレギュラー。“原作”にいない幻想の分際で、舞台に上がれるはずがないでしょ?」
影が蠢く。
ずっと昔から、共に在り続けてきたそれが笑っている。
ぬらぬらと、血色が滴る口をぱっくりと開けて。愉快そうに。
――ざぁん。
波の音。あるいは無数に砕けた、ふるい骨の擦れる音。
じぃんと鼓膜の奥で響いたそれに、おさない記憶がぱちんと弾ける。
飢えと、乾きと。何処へとも知れなくなった郷愁と入り混じった、寂寥と。ざぁん。骨が哭く。骸が呼ぶ。
ぱちり、と。ひとつ。しずかに、遠ざかる独房の床へ瞬きを落とす。そうして、弾けた記憶を感情を痛みを衝動を、奥深くに沈めて目を閉じる。悪魔がひそりと囁いた。
まだ早い。
■ ■ ■
マリンフォード“海軍本部”。
ポートガス・D・エース処刑まで、六時間。
「結局、ジンベエは白ひげに義理立てしたか」
「シャハハハッ、アニキらしい選択じゃねェか。予想はしてたろ? “海賊女帝”さんよォ」
「ふん。結局、代理で副船長のそなたが駆り出されておるではないか。
馬鹿同様、頭の固さも一度死なねば変わらぬと見える。だからあ奴は戦事以外で使えぬのじゃ」
「まァそう言うなって。アニキの堅物っぷりで助けられる事もあったろ」
「足しにもならぬわ」
あっけらかんとしたアーロンとは対照的に、ハンコックは苦虫を噛み潰したような顔をする。
十年。長命種である巨人ならともかく、人間や魚人――たかだか百余年程度の寿命しか持たない彼等にとっては、それなりに長い年月だった。
王下七武海へ参入させられて十年。
旭海賊団が、分裂の憂き目を見てから十年。
仕方の無い事だった。選択の余地など無い。頭領であった“リトル・モンスター”は大監獄に収容され、守るべき者等は数多いた。元々が奴隷出身者を主体とした海賊団である。戦える者達も増えつつあったとは言えど、全員を守り切るだけの力を、当時、残された者達は持ち得なかった。
そこに付け込まれた。思い出すだけで、今も屈辱に腹の底が煮える心地である。
“リトル・モンスター”。世界を震撼させ、天竜人の怨敵とまで評された大海賊が、未だ処刑されない理由は一つ。
人質だ。
“リトル・モンスター”の信奉者達への枷として、彼女は生かされている。
見捨てられるはずが無かった。諦められるはずが無かった。例えそれが、政府の思惑通りだったとしても。
誰しもが目を背け、路傍の石ころのように扱った。奴隷として家畜以下の、物のような扱いを受けてきた。頭領に救い上げられなければ、そのまま捨て置かれていただろう。
命も、自由も、尊厳も。与えてくれたのは頭領だ。他の誰でも無い。
だからこそ、ハンコックはジンベエに対して苛立ちを押さえられないのだ。白ひげとの戦争を控えたこの局面で、世界政府に楯突く、など。本人としては筋を通しているのだろうが、 “旭海賊団”として見ればそれは裏切り行為に他ならなかった。それが、元々の“計画”に無い行為であるとなれば尚更に。
「……事が終わり次第、わらわが縊り殺してやろうかの」
「おーおーマジな目ェしてんなァ。船員同士の殺し合いは禁止だろ」
「馬鹿め、許されるに決まっておろう。わらわの美しさゆえにな!!」
ふふん、と鼻を鳴らして過剰なまでにそっくり返ったその姿は、ともすれば滑稽であるはずなのに計算され尽くした芸術品の如く美しい。自他共に認める美貌。更には魅了をこそ異能の中核とする“メロメロの実”の能力者ともなれば、自惚れすらもその美を際立たせる装飾品となる。
種族差による感性の違いなど、容易く踏み越えてみせる暴力的な美の極致。
数瞬うっかり見惚れてしまった事実にげんなりしながら、アーロンは溜息交じりに指摘する。
「……いや、他ならともかくあの頭領だぞ。許す訳ねェだろ」
「むぅ」
その指摘にハンコックは唇を尖らせるが、反論はしなかった。
旭海賊団において、船員同士の暴力沙汰は禁止されている。まして殺し合いなど、言うまでもなくご法度だ。
しかしそこは多種多様な者達の集う旭海賊団。口論がヒートアップした挙句、殴り合いの乱闘騒ぎになる事も多くあった。そうして行き過ぎた私闘は大抵、頭領か副長の仲裁(物理)で終わる。
それが、旭海賊団では馴染みの光景だった。
懐かしい記憶に、ふ、と二人の表情がやわらかく緩む。
「そういや、会って来たんだろ。頭領はどうしてた」
「相も変わらず微睡んでおいでじゃ。先頃ひと暴れしたらしく、拘束は増えておったがな」
「暴れたァ? 何だ、誰かちょっかいかけたのかよ」
「らしいの。獄に繋がれ、海楼石の錠をかけられている程度で、あの方が無力だと思い込むとは愚かなものじゃ」
「シャハハハハッ! 違いねェ!!」
軽口を叩き合いながら、ハンコックとアーロンは水平線に目を細める。
彼等が見据え、思いを馳せるのは、刻一刻と迫る白ひげとの戦いなどでは無く。
「後は結果を待つばかり、ってなァ。待ち遠しいもんだ」
必ず好機は巡ると信じた。信じて耐えた。そうして、ついに報われる。
白ひげと政府の総力戦。待ち続けた彼等にとって、これ以上と無い好機だった。
相手は“世界最強の男”、四皇の一角を統べる大海賊。海軍は、持ち得る全ての戦力を投入して当たるだろう。
それこそが、彼等が付け入る隙となる。
「……そうじゃな。待ち遠しいの」
夜明けの予感に目を潤ませて、ハンコックは少女の貌で微笑んだ。
朝が来る。何もかもを染め変える、彼女達の愛する朝が。
■ ■ ■
それはさながら、坂を転がり落ちる石ように。
大監獄インペルダウンを現在進行形で混沌の只中に付き落とす、囚人達の暴動は現状拡大の一途を辿っており、沈静化の兆しも無い。最下層から地上へ、囚人達を解放しながら進む“麦わらのルフィ”を筆頭とした面々もそうだが、それに乗じるように騒ぎを起こしている“道化のバギー”を筆頭とする“LEVEL2”の囚人達。更には何が狙いか強引に押し入ってきた王下七武海“黒ひげ”一味とまでくれば、厄日の一言では済ませられない大惨事である。頭が痛い、というのが嘘偽り無いマゼランの本心であった。
次々と入る部下達からの現状報告、伝達を移動の合間に聞きながらマゼランは苦々しい気持ちで毒づく。
「何一つ好転せんか……!
ネズミ一匹の侵入を許しただけで……とんだ騒ぎになったもんだ!!」
(……いや、違う)
眉間に深い皺を刻んだまま、マゼランは内心だけで己の言葉を訂正する。
ネズミ一匹の侵入では無い。モニター室からの通信はいつの間にか途絶えており、伝電虫による通信もまた、何処からとも知れぬ妨害電波によって断絶された状態にある。混迷の中、それに乗じるように――紛れるようにして、事を運んでいる者達がいるのは確実だった。
たった数日、たった十何時間で出来る仕込みでは無い。明らかに計画的な犯行。派手に暴れる囚人や侵入者達を隠れ蓑に、周到に事を運ぶ手口。目的は考えるまでも無く、このインペルダウンに収監された“誰か”の脱獄だろう。
ここは鉄壁を誇る大監獄“インペルダウン”。多種多様の囚人を収容しており、過去には脱獄を手引きしようとしての侵入者も複数存在する。獄に繋がれ、連絡も取れぬ状況に置かれながら、多くの人間を動かすだけのカリスマを持つ罪人がいなかった訳ではないのだ。ただ、その企み全てが尽く阻止されてきただけで。
「マゼラン署長! LEVEL3への階段前に黒ひげが現れたという情報が……!」
「そのまま監視を続けろ、まだ手は出すな。シリュウはどうだ」
「はっ! 問題無くLEVEL1に到着した、と情報が入っております!」
「ハンニャバルと獄卒獣達も向かわせろ。一網打尽にする」
作戦としては単純だ。上下に出入り口を絞っての挟撃。
敵は方向性こそ同じであっても、指揮系統の存在しない血気盛んな荒くれ者共の集まりだ。頭の回るのが何人か混じっていたところで、勢い付いた集団のコントロールをする事は困難である。そして、得してそうやって勢い付いた烏合の衆は、頭を無残に叩き潰されれば簡単に心が折れるものだ。
囚人達の反乱を何度も鎮圧してきた経験から、マゼランはその事をよく知っていた。
(……だが、この不安は何だ)
ひたひたと、足元に忍び寄るような。心臓を、凍えた指先で撫で擦られるような。
何か。決定的な“何か”を。大切な事を見落としているかのような違和感が、頭の片隅で警鐘を鳴らす。
作戦に間違いはない。そのはずだ。看守長シリュウは性格には大いに難のある男だが、その能力は疑いようもない。取りこぼしの無いよう、ハンニャバルと獄卒獣たちもシリュウのサポートに回した。その方がマゼランの能力の関係上、動きやすいというのもある。見逃している事など、何も――
「マゼラン署長?」
「――……いや、何でも無い」
我知らず、足を止めていたらしい。過ぎった考えを頭を振って散らし、思考を切り替える。
インペルダウン看守長、シリュウには加虐の悪癖がある。囚人相手に試し切りをして悲鳴を楽しむ事数え切れず、果ては死人すら出す有様。そのシリュウが囚人に返り討ちにされたのは、未だ記憶に新しい。
“リトル・モンスター”。
拘束されたまま、シリュウを半殺しにしてみせた――通り名通りの“ばけもの”。
だが、アレであるはずはない。アレは強いが、脱獄する気は欠片も無い。事実、件の事件の際にはマゼランが駆け付けたのを見て取ると、後は任せるとばかりにシリュウを放り捨ててさっさと自分の牢へと引っ込んだ位だ。侵入者達も、黒ひげの目的こそ不明だが、LEVEL2の一団が目的とするのはまず脱獄で間違いあるまい。麦わらのルフィ達一党についてはエースがどうの、と叫んでいたらしい事から、先頃マリンフォードへ護送された“ポートガス・D・エース”の救出が目的だったのだろうと伺える。問題なのは騒動に乗じているのが何者かだが、麦わら一党の中に“オカマ王イワンコフ”や“イナズマ”といった面々がいる事を考えれば、ネズミは革命軍の人間である可能性が高い。だから、アレは牢にいる。そのはずだ。
(……まさか、な)
現状、確認に人手を割けるだけの余裕は無く。
だからマゼランはその可能性を、馬鹿げた妄想だとして切り捨てる。
十年。眠り続けた怪物しか知らぬ男が、その性質を正しく理解しているはずもなかった。
そうして悪魔は笑い、亡者達が歓呼する。
怪物が。彼等の“王”が目を覚ますまで、あと少し。
TOP
シリュウさんはやりすぎでとっ捕まる前に半殺しにされたのでまだ看守長ですぴーすぴーす。
このあとむちゃくちゃ大暴れした(増える死人)(拡大する被害)(原作崩壊のお知らせ)