※本編読了推奨IF
※「もし、旭海賊団が原作軸まで存続していたら」
※原作的にはシャボンティ諸島編辺り
※書きたいとこだけ書き散らしですので各自妄想補完推奨(自習課題)



 ■  ■  ■



♪ シャボン玉 とんだ
      屋根まで とんだ

  屋根までとんで  ――こわれて きえた……


 なつかしい歌が聞こえる。
 幼かった■■ ■■の声で。あるいは、最早顔さえ思い出せなくなった同級生達の声で。
 時刻は、昼を少しばかり過ぎた頃合いだろうか。巨大なマングローブの枝葉を縫って、陽光がヴェールのように降り注ぐ。ふわり、ふわりと地面から生じたシャボン玉が光の反射で虹色の光沢を帯びながら無数に舞い上がる光景は、このシャボンティ諸島でしかお目にかかれないだろう。
 行き場の無い虚しさと、切なさと。
 けれど、同じだけの懐古から来る安らぎをもたらすその光景を、は存外、嫌いではない。

 敵を見付ければ、儚く消し飛ぶ程度の感傷でしかないけれど。

 目の前には、膝をついてこちらを睨む少年がいる。
 その顔を覚えている。今となってはほとんど記憶に残っていない“原作”、その“主人公”の顔だった。こんな気配をしていたのか、とはほんの少しばかりの驚きを伴って、眼前の顔を眺めやる。
 生命力に満ち溢れた、騒々しいまでに賑やかな“気配”。
 正直に言おう。はその気配を察知した時、彼をモンキー・D・ガープであると誤認した。
 にとって、見聞色の覇気は身体の延長であり感覚の延長だ。ともすれば錯覚や見間違いを起こしやすい視覚などより、余程正確で精度の高い索敵器官である。事実、人違いをしたのはこれが初めての経験だった。

「……」

 硝子玉の視線が、膝をついて彼女を睨む“麦わら帽子の少年”を、血反吐を吐いて転がる“三刀流の男”を、立ち尽くす彼等“麦わら一味”を撫でていく。
 一撃だった。早々に死に体となった三刀流が予想外に割って入りはしたものの、それを含めても挨拶代り程度でしかない初撃だった。相手がモンキー・D・ガープであれば、当然のようにいなされるレベルのもの。それを想定していたからこそ、用意していた追撃を繰り出し損ねたのは彼等にとっては僥倖だったかも知れないが。
 ぱちり。はひとつ、瞬いた。これが、“主人公”。この程度のモノが。

「なんで、ここにいやがる……!
 これァいったい何のつもりだ!? “リトル・モンスター”!!!」

 怒鳴るような問いかけに、つい、とは顔を上げる。
 声の主は特徴的なリーゼントに、胴体に比して太い両腕をした男だった。麦わらの一味、なのだろう。
 残念ながら、原作はとうに記憶の彼方であったし最近では手配書を見る事自体ほとんどない為、名前すら覚えてはいなかったが。

「……」

 ただ、なんとなくその気配もだが、ビキニパンツとアロハシャツだけな露出度の高い格好に見覚えがあるような気がして、はかくりと首を傾けた。
 瞬きすらないの凝視に、ただでさえ険しかったリーゼント男の顔が更に険しくなる。
 その顔をとっくり数十秒眺めやり――はようやく得心した。

「カティ・フラム。げんき、ね?」

 覚えがあるのも道理だ。水の都“ウォーター・セブン”でかつて、行き違った男なのだから。
 旭海賊団の船大工達を纏めるロートが、熱烈に敬愛を叫んで勧誘を主張していた船大工、トムの直弟子の一人。ほんの数日の差で、旭海賊団が。が、取りこぼしたもののひとつ。

「……こりゃ驚きだ。あのレディと知り合いだったのか、フランキー」
「ああ、昔ちいっとばかしな……!」

 カティ・フラムの表情に懐かしさは無く、その目には警戒と恐怖の色が滲んでいる。
 そんなものだ。は当然の事としてそれを受け止めた。彼は彼女の船員ではない。そうはならなかった。今の彼が“麦わらの一味”として在る事を踏まえれば、それこそがカティ・フラムの“運命”だったのかも知れない。

「…………。」

 運命。原作。脳裏を過ぎった思考に、硝子玉の双眸に昏い影が過ぎる。
 神はいる。神は在る。ならば。この錯誤すらも神の意図したものであるのか。
 本来あるべき道を辿らせんとする力が、の行動すら身勝手に操るのだとすれば。
 みぢ、と指先が哭く。身の内で叫ぶ声がする。の身体を、頭の天辺から爪先まで余すところなく構成する悪魔が/泥土がさざめく。神は殺せずとも、“主人公”程度なら。
 ふ、と息をついた。息をついて、ついでとばかり、無意識に握り込んでいた拳を振り下ろす。上から下へ、断頭台さながらの直線運動。ずん、と周囲を揺るがす重低音と共に麦わら帽子が地へとめり込んだ。
 上がった悲鳴、ルフィ! と叫ぶ声。戦闘挙動。その全てを睥睨する視線だけで押し潰し、は先程よりもはるかに深い溜息と共に、忌憚ない感想を述べる。

「……脆い」

 陶器人形めいたの面差しが、失望を乗せて陰る。
 脆かった。弱かった。たかだか視線程度。たかだか、この程度の牽制。
 それで沈黙する“麦わら一味”も、こうも容易く挙動を読まれ、動く間も無く叩きのめされる“麦わら帽子の主人公”も。どちらも、の漠然とした想像を上回って余りあるほど脆弱に過ぎた。

 これが、主人公。
 この程度のモノが、主人公。

 もし、これが敵だったら。
 明確に、これ以上なく疑いようもなくの“敵”として在るのなら、取るに足りぬ虫けらだろうと惨たらしく殺せた。仲間ごと押し潰して磨り潰し、諸島の土にしてしまえた。“麦わらの一味”も、“麦わら”も。いずれは敵になるとしても、今は仮定に過ぎない。運命は未だ定まらず、彼等が“旭海賊団”にとって、どんな立ち位置となるかも予想がつかない。
 ゆるく、瞼を伏せる。覇気の威圧を霧散させる。途端に崩れ落ち、咳き込む面々を一瞥すらする事無く、はカティ・フラムに向かって頷いてみせた。

「用、済んだ。帰る」
「自由かァ!!!!!!!!」

 全力すぎるツッコミに、はこてん、と首を傾ける。
 何が言いたいのか理解できない。元々用と言えるほどのものでさえ無かった訳だが、遭遇自体が偶然の産物である。カティ・フラムとにしても、かつて縁があったのは事実だが旧交を温めあうほどの仲でもない。何故キレ芸よろしくツッコミを受けねばならないのか。
 無表情ながらに分かりやすい疑問符を浮かべてみせると対照的に、カティ・フラムは地団太踏みそうな勢いで全身わななかせながら絶叫する。

「ほんっっっとに何しに来てんだてめェは!!!!
 つーかなんで一人でほっつき歩いていやがる!!!!! 船員ほごしゃ何処だよアアン!!?!?」

 は今更ながらに、付き添いの船員を置いてきてしまった事を思い出した。
 だが何にせよ、このシャボンティ諸島はの、旭海賊団の縄張りのひとつである。縄張りの端にある所為なのか土地柄か、どうにも悪質な蛆が湧きやすくはあるが、今日の付き添い二人は船の中でも古参に数えられる実力者だ。それを踏まえれば、多少タチの悪い屑に絡まれたとしても、自分達だけで切り抜けられるだろう。

「……あれ? そういや白ひげのとこの火拳って、麦わら兄じゃなかったっけ」

 ふと。そんな思考が浮かんで弾け、は空を見上げた。
 そもそも、がこの諸島まで出張って来たのは白ひげと海軍の戦いが間近に迫っているからである。
 船員、特に魚人島出身者の面々の多くは、白ひげに恩義を感じている。“旭海賊団”としては「手出し無用」と白ひげにバッサリ断られているのだが、それでも何かサポートができれば、と一部の面々は考えているらしかった。
 としてはどちらでも良い事であるが、何がどう転ぶにしろ、旭海賊団の縄張りであるシャボンティ諸島はエース処刑予定地兼決戦の場となるだろうマリンフォードからほど近い。何かしらの影響を被るのは疑いようも無く、自分の物を守るのはにとって至極当然の事であった。

「“火拳のエース”処刑。教えれば彼は関わるだろうね。主人公とはそういうものだ。何より物語として考えるなれば山場としては順当。心から慕う兄の処刑。間に合っても間に合わずとも、悲劇は人の心に響くものだから」
「海軍、元帥も出る。……出し抜く、ある?」
「無理でしょう? 指先ひとつで殺せるような、この程度の儚さでは」
「っていうか原作どうだっけ。いや覚えてないから意味がないんだけどさー」
「けれど。……身内の死に際に立ち会えないのは、可哀想」

 改めて、地を這ったままの麦わら帽子の少年を見る。
 流石に身体が動かないらしい。が、それでも意識は保っている辺りはガープを連想させる頑強さである。そのタフさだけは、まぁ合格点と言えなくもないだろう。襟首を掴んで、ぐったりとした麦わらをカティ・フラムに向かって放り投げた。少し勢いをつけすぎたのか、後ろにいた長鼻が押し潰されて悲鳴を上げる。
 それに構う事無く、は常と変らぬ平坦な。何を考えているか分からない淡々とした声音で、人間味の欠片も伺えぬ凍えた表情で、囁くような静けさで告げる。

「十日後。マリンフォードで、ポートガス・D・エースが処刑される」
「は、」
――え」

 海は荒れるだろう。確実に。
 それは、の知った事では無いけれど。

「“麦わらの一味”。……好い働きを、期待してる」

 運命に愛された、彼等の血は赤いのだろうか。
 神に愛された麦わら帽子の彼は、何処まで失わずにいられるのか。
 怒りと、驚きと、疑念と、動揺と。様々な感情のない交ぜになった目で睨んでくる麦わらの少年へと、最後に一瞥だけくれて。そうして踵を返す頃には、はその疑問を彼等の存在ごと、忘却の淵へと放り込んだ。

 ――つまるところ。にとって、“主人公”の価値などその程度のものでしかなく。
 そうして彼等の流すだろう血も苦悩も、最早、その程度のものでしかなかった。



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その頃の保護者「頭領何処行きやがりやがったぁあああああ!?!」「ああもーケンカ! 吹っ掛けてくる!! ルーキーが!!! うっざいでちぃいいいいー!!!!!!」