※本編後のアラバスタ組が原作軸まで至ったら、のIFです
※ほぼ原作通りですが(思考回路的な意味で)原作よりちょっと厄介な事になってる感
※最終的にはたぶんきっと原作通りにハッピーエンドですがんばれ麦わら一味



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 幼い日、出会った“怪物”はこう言った。

「この国の民は、あなたを生かすか」

 忘れられるはずもない。ビビを攫おうとした盗賊達を呼吸するような気軽さで皆殺しにしてのけた存在が、当然のように彼女まで殺そうとしたあの時の絶望。この国の王女と知りながら――知ったからこそ殺そうとした、あの、ヒトの形をした化け物を前にした時の恐怖。

 かつて“砂砂団”だった者達は、きっと誰もが忘れていない。

「この国の民は、王族あなたを生かすか」

 “革命軍”となった今。
 国に反旗を翻した、今となっては思うのだ。
 あの当時、ただ恐ろしいばかりだった怪物が、いったい何者だったのかを知ったからこそ思うのだ。あの言葉に込められた重みを、知ってしまったからこそ思うのだ。偶然に。ほんとうに奇跡に等しい幸運で、彼女を救えてしまったからこそ――こう思って、しまうのだ。

 あの時、喪っていられれば。

 この砂漠の国、アラバスタから雨を奪った悪王の娘。
 それでも彼等革命軍の中核メンバー、かつての砂砂団からすれば、彼女は幼い日々を共にした仲間で、かけがえのない友人だった。身分なんて関係ない、と断言できるほど。彼女を守ろうと“怪物”に立ち向かえるほど、彼も、彼等も、ビビが好きだった。この国を、誇りに思っていた。

 何処で間違ってしまったのだろう。
 何処で、歯車が狂ってしまったのだろう。

 彼等には分からない。幼いあの頃、この国はとても素敵な国だった。
 王は民の行く末をよく考え、王女と彼等が仲良くする事も、笑って許してくれていて。未来はいつだって輝いていて、何の根拠もなく、明日を信じて、平穏を信じて、誰しもが笑っていられたのだ。
 今でも彼女の事は好きだ。嫌いなはずがない。王の事だって、いまだに諦め切れていない。またあの頃の、良い王様に戻ってくれるのだと。そんな希望を、一縷の望みを捨てる事ができないでいる。

 庇うのか、と。かつて、“怪物”にそう問われた。
 当たり前だ、と。今や革命軍のリーダーである彼は、かつて、確かにそう答えた。
 友達を守るのは当たり前だから、と。恐怖しながらも、怪物に向かってそう吼えた。

 あの時は、それが正しいのだと信じていた。
 けれど、今となっては思うのだ。あの時、“怪物”を止めなければ。
 そうすればビビのことを、ただ純粋な――美しいだけの、思い出にしてしまえたのに。

「……ビビは何処に行ったんだろうな」

 王女の失踪を知った時、幼馴染の一人がそう呟いた。
 その声音に、どことなく安堵が滲んでいたのには誰しもが気付いていた。気付いて、けれど誰も、何も言わなかった。彼女の事は好きだ。嫌いなはずがない。今でも、友人だと思っている。できれば、敵対なんてしたくはない――それが、叶うはずもないと誰しもが知っていたけれど。
 分かっている。彼女は王の一人娘で、唯一の後継者だ。どんな形であれ、いつかは対峙しなければいけないだろう。皮肉なものだ。かつて、王の娘を命がけで守ろうとした彼等が、今では革命軍の中核メンバーとして、王に反旗を翻している。“怪物”が。“奴隷の英雄”があの時しようとした事を、今では、彼等がしようとしている。
 血を見ずしては止まらない。雨を取り戻すまで終われない。雨を奪った暴君を打倒し、王を廃するまで、彼等は走り続けるしかないのだ。

「もう、庇わないの」

 古い記憶の向こうから、静かな声音で“英雄”が問う。
 彼女の疑問は正しかった。あの当時は腹立たしいばかりだったけれど、今なら言える。彼女の行いは、“正義”だった。間違っていたのは、自分達の方だった。

「ああ。もう、庇わない」

 あの日の続きをしよう。あの日、“英雄”を止めたツケを精算しよう。
 それが、この国に住まう民として。かつて、砂砂団のリーダーだった者として――革命軍のリーダーである、コーザが果たさなくてはならない義務なのだから。


 ■  ■  ■


 幼い日、出会った“怪物”はこう言った。

「この国の民は、あなたを生かすか」

 忘れられるはずもない。自分を攫い、友人達を笑いながら痛めつけていた盗賊達を、呼吸するような気軽さで皆殺しにしてのけた化け物。自分がこの国の王女だと知った時の――自分を殺そうとした時の、あの、呼吸すらできなくなるプレッシャー。心臓を握り潰されるような殺意。

 忘れられるはずもない。あの時、自分を助けてくれた友人達を。
 震えながら、それでもあの“怪物”に立ち向かっていった、彼等の姿を。

 アラバスタ王女ネフェルタリ・ビビは、民によって生かされた。

 世界政府より略奪の特権を与えられた海賊、“王下七武海”の一人、クロコダイルによって父王が陥れられ、国が破滅に向かって転がり落ちていく状況の中。
 クロコダイル暗躍の証拠を掴むため、国の平和を取り戻すため、ビビは護衛隊長であるイガラムと共に、クロコダイルの犯罪組織――“バロック・ワークス”に身を投じた。何もせずに黙ってみているだけなんて、到底できるはずもなかったから。

 アラバスタ王女ネフェルタリ・ビビは、民によって生かされた。
 ならばどうして民のため、行動せずにいられるだろう?

 不思議なものだ。そう思う。国を出て、バロック・ワークスに潜入して。何も知らずとも正体の露見した自分を庇い、送り出してくれた相方に見送られて、共に戦ってくれる事になった海賊達――麦わらの一味と共に、アラバスタへと戻る旅の途中。色々な景色を見た。色々な人に出会った。バロック・ワークスの追っ手や、幹部達とも対峙した。
 そうして、クロコダイルにも。

「あんたなんて、怖くない」

 “レインベース”で相まみえた時は、怒りに流された。
 流され。そうして、無謀な戦いを挑んだ。……傷一つ、負わせられはしなかったけれど。
 認めよう。自分は弱い。泣きたくなるくらいに。何もかもを諦めそうになるくらいに。大切なものを、なにひとつとして自分の力だけでは守り通せない。明確に“敵”が誰かを理解しながら、その足下にも及ばない。容易く踏み潰されてしまうくらいに――どうしようもなく、弱い。

 それでも、諦めなんてしない。

 諦めの悪さは、助けてくれた麦わらの一味から学んだ。
 立ち向かう勇気は、今では革命軍となった仲間達から学んだ。

 アラバスタ首都、アルバーナ宮殿で。
 守備兵達をあっさりと昏倒させ。父王を磔にして。自分こそがこの国の“王”であるという顔で、秘書を引き連れ現れた“王下七武海”クロコダイルを挑戦的に睨み据え、ビビは胸を張って啖呵を切る。

 そう。クロコダイルなんて怖くない。
 七武海だろうが何だろうが、ビビはちっとも怖くない。
 だって、それより怖いものを知っている。ほんとうに、恐ろしいことを知っている。幼い日に出会ったあの、誰より何より強大で――そしてかなしい“怪物”が、どうして生まれたのかを知っている。
 クロコダイルによって、国が崩壊したその後に。力ある者の身勝手が生み出した地獄にこそ、あの“怪物”は生まれ落ちる。

「この国の民は、王族あなたを生かすか」

 幼い日、出会った“怪物”はそう言った。
 そうして彼女は生かされた。アラバスタの民が望むから。それだけの理由、それだけの献身が彼女を生かした。平和な国に、きっと“怪物”の居場所はない。地獄だけが、あの“怪物”の居場所なのだ。

「私は、この国を守ってみせる!」

 アラバスタ王女ネフェルタリ・ビビは知っているのだ。
 この国が、あの“怪物”の生まれた地獄になる以上におそろしい事なんて、この世にありはしないのだと。



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