、そして綺礼。
 片や現在進行形の暇人ども、片や絶賛(裏の)仕事中な神父と状況は違えど、奇しくも互いに互いを互いの都合ガン無視で面倒に巻き込もうと目論んでいた者達同士。
 彼等の合流は、双方が巻き込む事を思い立ってから数日としないうちに為された。
 なお、待ち合わせた喫茶店にてと綺礼しょっぱなの会話は久しぶりでも元気だったかでもなく、


     *      *
  *     +  聖杯壊そうぜ!
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *


「協力しよう」

 という、ある意味大変スピーディーかつ問題しかないやりとりだった。なんという本題ダイジェスト。
 無論その後、が注文した特大バケツプリンをみんなで仲良くつつきながら互いの抱えた面倒事や都合についてのすり合わせがあったのは言うまでもない。あと、胃の容量疑う特大スイーツを仲良く食べる女二人+目の死んだガチムチのコラボが人々の耳目を集めたのも言うまでもない。三人は誰も気にしなかったが。

 それはともあれ。

 が綺礼に語ったのは、転生だの修正ペンだの原作がどうのだのといったキ●ガイ部分をすっきり省いた結果「うちで預かってる宇宙人(人類ED化ウイルス持ち)が冬木から出られず、某所にいる別宇宙人に押し付けられないのがたぶん聖杯のせいだから元凶壊して出る事にした」となった、よく考えなくても暴論に分類される理由だった。まぁおおむねその通りである。

 そして綺礼がに語ったのは、師が典型魔術師すぎてツマンネうちの父上マジ聖人ところで娘から最近電話があったんだが順調に父上と妻に似てきているようで喜ばしいあと師が優雅貴族で見てて人間的にツマンネといった愚痴とファザコンと親馬鹿を織り交ぜつつも要約すると「召喚したサーヴァント・アサシンがちょっとイレギュラーだった、しかしそれ以上にアサシンに殺られそうなので聖杯戦争とかさっさと終わらせたい。ぶっちゃけ終わり方とかどうでもいい」という、真面目な参加者からは石でなく鉛玉とかガントがとんできそうな理由だった。遠坂との密約? 約束は破るためにする。それが魔術師クオリティですよね!

 かくして利害の一致をみせた三人は、合コンで二次会にもつれ込む若人的なノリのままで儀式の要たる大聖杯を擁する円蔵山、その龍洞へと向かった。なお、危険度パない美貌のアサシンは他参加者の情報収集の名目で不在である。綺礼に、いつ暴発するかも分からない危険物を傍に置いておく趣味は無かった。
 大聖杯、と呼称されるそれを目にしたと綺礼は、それぞれ念話と肉声で嫌そうな声を上げた。
 二人と違い魔術に通じていないは、友人達に結論を問う。

「如何、破壊に支障は無い?」
『いや無理これ無理マジ無理ナイワー。壊したら冬木どころかここら一帯汚染されるわなにあれきもい』
「こんなものが聖杯戦争の要とは、な。主に対する冒涜にも程があるぞ」

 その返答に、もまた面倒そうに眉根を寄せた。ただ壊すだけでは解決しないようである。

「やはり参加者を達磨にすべきでない?」
「……その参加者に、私も含まれるのだが」

 悪友の気質も実力もよく知っている綺礼は、微妙に顔色を青くした。
 がしげしげと龍洞に敷かれた術式を観察しながら、とっても棒読みな口調でおどけて呟く。

『綺礼ちゃん危機一髪』
「少しは止めようとしてみせろ」

 そんな友人達のリアクションに、は聖母の如き微笑を浮かべた。

「安心なさい。友として格別の慈悲で以って、無痛の内に生を終わらせて差し上げますゆえ」

 にこやかに両腕の柔軟体操をしながら間合いを詰めてくるに、綺礼はを盾にしてじりじりと距離を取る。
 なお、肉の盾にされているはずなの”視線”は大聖杯を構成する術式に釘づけである。時々念話で『きもいわー』とか『ないわー』とかそんな呟きをダダ漏れさせながら、されるがままにされる様子はなかなかにシュールだった。自分より一回りは細くてちまい盾で人体の急所をガードしながら、綺礼が声だけは厳かに宣言する。

「残念だが私の命は娘にやると決めている。と、いう訳でお断りだ」
『マジでか初耳』

 盾にされていたが、驚愕というよりは意外そうな表情で術式から顔を上げた。
 己を見返す盾兼友人を地面に下ろして、綺礼は「無論だ」と力強く肯定し、未来に思いを馳せて瞼を伏せる。

「私という悪徳を己が手で滅す時、あれはどのような顔をするのだろうな……」

 恍惚に蕩けて潤んだ瞳で悪辣に微笑む友人に、はこてんと首を傾げて素朴な疑問を口にした。

『時々思うんだけどさ、綺礼ちゃんてサドなの? それともマゾなの?』
「綺礼が愉しいのなれば良いのではない?」
「人を変態扱いするな」

 大きな手がの頭をわし掴み、クレーンゲームの要領で持ち上げる。
 分かりやすくゆっくりと握力が込められる手をタップして足をばたつかせながら、が絶叫した。

『あだだだだだだだやめろてっめそのうすら笑いとか超楽しんでんじゃねーかよいやぁああああああ割れる割れる頭蓋骨みしみしってゆってるらめぇえええ中身出ちゃうゥウウウウウウ!』

 結構切実な悲鳴だった。でも暴れながら中指おったててるので多分まだ余裕である。
 じゃれあう友人達を余所に、にじり寄るのを止めて他のプランを練っていたは可能そうな案を提示する。

「誰の迷惑にもならぬ場所へこれを移動させる、と云うのは如何?」
「迷惑にならない場所、か。……具体案はあるのか?」
「件の宇宙人に依頼して、何処ぞの星にでも放逐できぬものかと」

 実際に可能かどうかは本(宇宙)人に確認しなければならないが、彼女らの種族の技術力を鑑みれば絵空事ではないだろう。しかしその案は、綺礼の手から華麗に脱出を果たしたによって却下された。

『儀式始まってるからそれ動かさん方がいいぞー。壊すならここでなんとかしないとやばい』

 ちなみに余談であるが、王女様は現在触手系エロゲを半泣きになりながらプレイしている最中である。

「そういうものなのか」
が云うなればそうなのでしょうよ」

 魔術を修めてはいるものの専門的な話についていける程でない綺礼が確認とも疑問とも取れる口調で呟き、魔術に関しては既にに丸投げしているは肩を竦めて話を纏めた。自然、三人の視線が大聖杯へと集まる。
 地脈より流れ込むエネルギーに反応してか、それとも聖杯戦争の始まりが近いが故なのか。
 かすかに脈打つ大聖杯は、その形状や赤黒い色調もあってだろう、臨月間近の子宮を連想させる。
 聖杯という単語が持つ神聖さ、清らかさよりは臓腑に限りなく近い独特の生々しさ、グロテスクさを纏うそれを眺めながら、三人は内容の割に雰囲気が大層軽い会話を再開した。

「……壊すとしても、あの魔力が厄介だな」
『呪詛100パーな魔力がこんなにあるとかね。ぶっちゃけ御三家って世界滅亡でも目標にしてんの?』
「仮にそうだったとしたなら、私は師を見直そうと思う」
『デスヨネー』

 予想できた返答に、は棒読み口調で頷いた。
 綺礼が詰まらないを連呼する相手だ、さぞかし良心的(※魔術師基準)な人間なのだろう。
 そんな人格者(※魔術師基準)だと思っていた師匠が世界滅亡を目標にしているとか、思考回路をみっちり二十四時間密着で切開してみたくなるレベルである。

「確かに禍々しくはあるけれども。それ程に厄介なの?」

 面倒ですオーラを放つ友人達に、さほど魔術に堪能な訳でないが疑問符を浮かべて問いかける。

『あ、禍々しいのはわかるんだ』
「ええ。御前と共に挑んだ初めての死地の如き心持ちが致します」
『Oh……』

 のそこはかとなく嫌そうな感想に、の目が懐かしみたくも無い思い出に死んだ。
 転生以前から付き合いのある彼女達にとって、“初めての死地”は今生でなくその前の出来事である。
 何処にでもいるような一般人だった当時の二人にとって、それは生還できたのが奇跡に等しい戦いだった。
 そろって澱んだ二人の雰囲気に、今生での彼女達しか知らない綺礼が興味津々で問いかける。

「どのような一件だったのだ?」
『目ぇ輝かせんな職業神父。……あー、なんていえばいいんだろ』

 げんなりした表情で、それでも答えを返そうとが頭を捻る。
 転生後の現在ですら積極的に語りたいとは思えない記憶だったが、絶対に言いたくないという程ではない。
 ただ、件の思い出もナチュラルに存在しておいでの今生であまり詳細に口にしたら、リトライとかさせられそうな予感がひしひしするだけである。人はこれをフラグと呼ぶ。
 (フラグの立たなそうな)適切な表現に悩むのアイコンタクトに、は思案気に口元に手を当てて(フラグの立たなそうな)言葉を選ぶ。

「さて。一言で表現すると……夢の世界大冒険、でしょうか」
『あながち間違いじゃないけど! あながち間違いじゃないけどさぁああああ!』

 愛と希望が満ち溢れてそうな表現に、は思わず頭を抱えた。
 夢は夢でもその実態は、狂人さんいらっしゃいなR18グロ指定ドリームワールドでのSAN値&生死判定チェック祭りである。具体的にはクトゥルフ案件。なお、彼女らの死亡原因も同様だったりする。

「思えばあれ以来、様々な出来事に遭遇するようになったのでしたね」

 転生とかナニソレ仏教思想? な一般人時代。大小あれど両手両足でも数えきれぬ程の修羅場をくぐり抜ける羽目になったのは、よく考えなくても夢の世界大冒険以降である。
 たぶんあれが特大のフラグだった。主に人生の分岐点的な意味で。

『ソーナ=ニルは今思うと楽園だったが二度と行きたくないです先生』
「楽園如何はともあれ、同感です」
「ほほう」
『あーもうこの話は止め止め! それよりこの呪いの塊だよ問題は! いっそ爆破してすっきりさせたいぞコレ!?』

 そこらへん微に入り際に穿ち詳しく、と言いたげな顔の綺礼を意図的に視界から外し、が脱線しきった会話を修正する。咆哮じみた音色を奏でつつの念話での絶叫に、綺礼が閃いたとばかりに手を打った。

「それだ」
「どれです」
『綺礼ちゃん名案キター?』

 ボケをかます、わくわく顔で身を乗り出す
 とりあえず綺礼は、の頭に腕を乗せて体重をかける事にした。突如行われた暴挙にが苦悶の調べを大音量で奏でる。半泣きだった。

「だから、壊して駄目なら呪いごと消滅させればいい」
「真実爆破する、と云う事? 入手は可能だけれども、戦争の方が先に始まってしまうのではない?」
『うぎゃー綺礼ちゃん重い重い筋肉ダルマ重い! 綺礼ちゃんのマッスル! ……ってなるほど。サーヴァントか』

 綺礼の言いたい事を察し、ぎゃあぎゃあと抗議していたもぽん、と手を打った。
 サーヴァントについては過去の英雄、という程度の認識しかないが、不可解であると言いたげに眉根を寄せる。

「……英霊と云うのは、そのような事も可能なの?」

 個人でそんな大量破壊技が可能とか、Fateの英霊に詳しくない者としては至極当然の疑問だった。

「サーヴァントにもよるがな。アサシンでは無理だが、魔術を得意とするキャスター辺りなら可能性も高いだろう」
『おお、さすが監督役頼りになるー』

 ぱちぱちぱちー、とが気の抜けた拍手をする。
 より原作知識があると言っても転生した身である。かつての生で得た知識には元々の認識の誤りや、昔すぎて覚えていない曖昧な点も多い。一応は冬木に来た時点で相互に記憶の穴を補い合った戦争ウィキにも目を通していたりするだが、それでも実際の参加者から話を聞く事は、現実と観測者視点の情報の相違点が無いか確認するためにも必要不可欠だった。
 いくら物語と似ているとはいってもここは現実だ、並行世界の可能性など数限りなく存在する。ここがあるかも知れないIFで、違う参加者がいたとしたら、のみではなく、聖杯戦争の前提条件からして違う可能性も含まれている。

「サーヴァントは奪い、命令を強制する事が可能な存在と云う事?」

 事前に打ち合わせた訳でなくとも幾多と修羅場を渡り歩いただけあり、は的確に計画に必要な部分について確認していく。お前もちったあ説明しろ魔術師、という目でをブッ刺しながら、綺礼はに頷いてみせた。

「ああ。サーヴァントとの契約は、この令呪を通して為される。
 然るべき処置を施せば剥ぎ取る事も可能だし、使い捨てるのであれば手を切り落として奪えば事足りる」
『おおおおー令呪すげー構成すっげぇえー』

 分かり易く嫌そうな視線を綺麗にシカトし、は玩具を与えられたお子様の純真な眼差しで、分かり易く広げて示された手の甲の令呪を触り倒す。大聖杯よりはとっつきやすいらしく、その目はきらきらと輝きながらも真剣そのものだった。

「サーヴァントは令呪の持ち主に諾として従うものなの?」
『んー。令呪が参加賞兼命令権っぽい……切り落としても、手を所有すればいけるってことか。魔力供給のパスは個別に繋げば問題無いだろうし。しっかし強奪しても機能はするって要素、柔軟性があるっつーか火に油な要素っつーか。あんま厳密にすると成り立たない? いや違うな、多分儀式の性質上……ああっ』

いい加減遠慮なく弄り倒されるのが嫌になったらしい。
自分の手を奪い返し、綺礼は未練がましいに張り付かれないように上へと上げた。

「もういいだろう」
『綺礼ちゃんもうちょいもうちょい! なんかいい譜面浮かびそうだったの!』
「……」

 両手を伸ばしてぴょこぴょこ跳ねる、その頭をぐいぐい押して遠ざける綺礼。
 低レベルな攻防を繰り広げる二人に、が程良く纏まった結論を述べた。

「では、高火力の技若しくは宝具持ちのサーヴァントを奪い、令呪で大聖杯の破壊を強制すると致しましょう」
『それが妥当かねぇ。……つーかさ、こんだけアレなら監督役の権限で停戦とかできないん?』

 頭を押されながらも同意したに問われ、綺礼は頭を押しながらしれっとした顔でのたまった。

「泥沼確定の論争を、わざわざ起こす道理もあるまい」
「仕事なさいな、監督役」


 ■  ■  ■



 ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち、


 蟲が鳴いている。

 騒音じみて喚き立てる奇形の群れ、穴と云う穴を蹂躙し、体液と云う体液を啜り取り、肉と云う肉を食み噛み千切り、骨と云う骨すら齧り削り存在全てを余すところなく貪りながら、魔術より産まれい出た醜悪な生物達が全身に集り這いずり回る。
 ひどく昏い地下室の隅では、布切れ一つ与えられぬままの童女が虚ろな眼差しで茫洋と視線を彷徨わせている。女と違い、出されては入れられを繰り返される子どもは延々と唇だけ動かして何かを呟き続けていた。その姿に女は苛立ちを込めて舌を打つ。なんて糞の役にも立たない餓鬼。折角潤沢な魔力、素晴らしい魔力回路を持っているはずなのだから、蟲をその身に集めて餌役を買って出るくらいはしてみたらどうなのだろうか。自分達よりも遥かに長くここにいるはずだというのに、不甲斐ないにも程がある。

「ほーんとぉ、役に立たないわよねぇ?パパぁ」

 甘ったるく蕩けた瞳で、女は持てる総てを使用して保全する男の顔を撫でた。
 無論、意識無く倒れ伏す男の身体にも彼女ら同様蟲が群がっていたが、女の護りのお陰だろう、手酷い蹂躙はなんとか免れている。己が胎からずるりと滑り落ちて出でた蟲がびちびちと跳ねた。それを適当に純正間桐産の蟲の坩堝へ沈めながら、女はうっそりと微笑んだ。意識がある時には必要最低限にしか触れ合いを許さない厳格な父だが、このような状況下ならば触れる事とて優しく許してくれるのである。今は駄目でも、意識が戻れば自分を、自分だけを見詰めて、あの男を見る時のように優しい目で、優しい手付きで、優しい口ぶりでとびきりの褒め言葉をくれるに違いないのだ。
 至福の一時を夢想する。それだけで、この低俗な試練も耐えるに値するというものである。

「うふ」

 間桐の襲撃は、父の決定であった。
 彼女が聖杯に選定され、令呪を与えられている以上御三家の一角を襲う事は無意味な行為では無いのかと疑問を抱いたものだが、父の采配が間違っていた事は一度だってない。きっと、彼女の魔術師としての成長ぶりをその目で確認したかったが故の決定だったのだろう。そうでなければ、父がこの程度の責苦で気を失うなどあり得ない。
 日頃から父に纏わりついて目触りだった男は、この蟲蔵で不様に沈んだ。大した才能も無い割に父に取り入るのだけは巧い男であったが、その辺りは父もよく理解していたのだろう。曲がりも何も一族に属する魔術師であったので、聖杯戦争の協力にかこつけて消すしかなかった父の心労は察するに余りあった。

「みててねぇ、ちゃあんと言われたとおりにするからぁ」

 襲えと言われた。
 間桐 臓硯を殺せと言われた。
 間桐となった遠坂桜を奪えと言われた。

 人も、名誉も、魔術の秘儀も何もかも。間桐の価値あるものすべて手に入れろ、と言われた。

 燃費の糞悪い馬鹿サーヴァントを重用したのは失敗だった、と今にして思う。
 その方が父も喜ぶというあの男の口車に乗ってやったのに、肝心なところで不意をつかれた。父がわざわざ選んでくれたサーヴァントだというのに、期待に添う働きのできない駄犬には侮蔑しか感じられない。父の期待にも満足に応えられないあんな愚図を側近にしてやっていた騎士王は、さぞ心が広く、慈悲深い王だったのだろう。父が彼女を絶賛していたのだから間違いない。
 蔵にびっしりと這う蟲共を手慰みに弄びながら、「うふ、」と笑う。

「覗き見とかぁ、品位疑うわよぉ?」
「カッ、口先だけは威勢のいい小娘じゃ」

 蔵の入り口、人工の光を背に蟲の怪老が佇んでいた。
 片隅で蹲っていた子どもがびくりと肩を揺らす。ひどく上機嫌な様子で顎を撫でながら、臓硯が嘯く。

「喰い潰す予定で放り込んだのじゃがなぁ……惜しい才じゃの。余所の魔術師が、こうも馴染むのも珍しい」

その言葉に、女は喉を鳴らして唇を歪めた。

「あたし、天才だものぉ。当たり前よぉ?」

 父の子である自分が劣等であるなどあり得ない。有り得てはならない。
 役に立たないサーヴァントや、愚鈍なお荷物のせいでこんな下劣な場所に放り込まれてしまったが、ここの責苦は手ぬるいものだ。自分の実力があれば、この蟲共を自分専用に産み直して戦力を回復するのは容易い事だった。
 見た目だけは可愛らしいお人形のような女は、蟲に蹂躙されながら何処までも高慢に、傲慢に臓硯を見下して嘲笑する。

「心配しなくたってぇ、あんたもちゃあーんと潰してあげるわぁ?む・し・け・ら・さ・ん!」
「ク、」

 挑発以外の何物でもない発言。



「カッカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!」



 おとがいを反らせ、臓硯は堪え切れぬと言わんばかりに哄笑した。
 そしてぴたり、と動きを止め。

「頭の出来は、随分と目出たいようじゃ」

 主人の意を受け、漫然と群がっていた蟲が蠢動する。

「なっ」

 意図に気付いた女が目を見張るが、既に遅い。
 最愛の父が瞬きする間に腕の中からかすめ取られ、蟲の海にどぷりと呑まれる。
 それまでの動きが嘘のような素早さで、群れを為して己が主へ父を献上しようとする蟲共を止めようと動くも、襲いかかって来た羽蟲の妨害で間に合わない。ガントを放つも、足に絡みつくように這い上がって来た蟲共によって引き摺り倒された。
 はっきりとした意思で以って彼女を床に縫い止める蟲共に抗いながら、それでも顔だけを起こして吼える。

「む・し・け・らぁああああああああああああぁぁあああぁあああぁぁぁあ!!!」
「ふん」

 狂相の咆哮と鼻で笑って、臓硯が女の正面に立つ。
 憎悪の視線を風に柳と受け流しながら、杖先を顔面すれすれに叩き下ろした。

「小娘、聖杯を間桐に捧げよ」

「はぁあああ!? 聖杯はパパのよ、あたしがぁ! パパにあげてぇ!パパにぃいい! 褒めてもらうのぉっ!
 なんでぇ、あんたみたいなむ・し・け・らにぃ! あげなきゃいけないのよぉ!!」
「父親を返して欲しいのじゃろう?」

 ぎりぎりと歯軋りして睨みつける女の動きが、ぴたりと止まった。
 彼女にとって父親は最優先事項だ。その望みを叶える事は勿論、存在自体に何もかもを上回る絶対の価値を置いている。父が、この程度の蟲ケラに殺されるなどという不敬極まりなくあり得ない考えは彼女の中に存在などしていなかったが、それでも隣に侍っていられない事や、意識の戻る時までに何も結果を出せていなければ、叱責を受ける可能性はあった。
 蟲風情、途中で消すのは容易い事。結果を出すのに手順を選ぶ必要はあるまい。

「いいわぁ。聖杯とパパ、引き換えよぉ?」

 書面を交わす訳でも無い。何の強制力も無い口先だけの契約なんてどうとでもなる。
 だから女は、一杯食わされた苦々しさを感じながらも条件を呑んだ。

「良いぞ。聖杯さえ手に入るなら、貴様らの非礼くらいは黙認してやろうよ」

 奈落の目を三日月に歪ませて、臓硯は矢張り、上機嫌に笑った。

「聖杯が手に入るまで、これはワシが預かる。
 貴様は戦争が本格化するまでの今しばし、そこで蟲と戯れておれ」

 トン、と再度軽く杖先が床を叩く。
 再度蟲に全身集られながら、女は己の手駒となる蟲を増やすべく“作業”に意識を切り替える。
 命令を完遂し、父親に褒めてもらえる自分を夢想しながら。




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