書き込みの投稿と、投稿者ことが席を立つのと、横で見ていたがその腰にしがみついて止めようとするのはほぼ同時に行われた。衝撃でコタツから天板が滑り落ち、机の上のノートパソコンと蜜柑が甚大な損害を被る。も結構痛かったらしく、腰をホールドした体勢のままでぷるぷると悶えながら痛みをやり過ごしていた。大きな黒い瞳には、じんわりと涙が滲んでいる。ちゃっかり二人分のマグカップを両手に避難させたは、心配とか気遣いとかそんな心温まる要素が毛ほども存在していない視線で腐れ縁かつ親友である女を見下ろす。
「……何をしているの、」
「♪♪♪♪! ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ーッ!?」
返答は音楽調だった。
アジタートかつプレスティッシモ。32分音符大活躍である。
とりあえず必死さだけしか伝わらない。音楽調にまくしたてるの額を容赦なくマグカップで小突きながら、顎で落ちたノーパソを示してみせる。
「文字にするか念話に切り替えなさいな。御前の言葉は解し難い」
の動きがぴたり、と止まった。そういやそうだ!と言わんばかりの表情で手を打つジェスチャーをしてみせて、いそいそとコタツを元の状態に復元。日本人離れした容姿とは裏腹な流暢さで、手間取ることなく日本語を入力してみせた。
△
(´・ω・) <暴力ダメ、絶対
(∪ ∪
)ノ
いらんAAも入力していた。
他方、ストップをかけられたは解せぬとばかりに片眉を跳ね上げる。
「何故。少しばかり物語での参加者数人、達磨にしてくるだけの事だと云うに」
暴力ってレベルじゃなかった。
. .: : : : : : : : :: :::: :: :: : ::::
. . : : : :: : : :: : ::: ::::: :
. . .... ..: : :: :: ::: ::::::::
Λ_Λ . . . .: : : ::::::::
/:彡ミ゛ヽ;)ー、 . . .:::::
/ :::/:: ヽ、ヽ、 ::i . .:: :::::::
/ :::/;;: ヽ ヽ ::l . :. :. ::
 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄ ̄ ̄ ̄
なお、まったくの余談だがこのAA作成に要した時間およそ十五秒。熟練の入力手腕であった。
いっそ戦慄する無駄テクだったが、にしてみれば日常茶飯事である。どうでもいい。
「上る役者がいなければ、裏方も動きようが無いでしょう」
AAから言いたい事は読みとっても、何故同意を得られないのかが分からないしむしろ当然の行動じゃね? と言わんばかりな返答に、は思わずといった様子で額を抑えて天井を仰いだ。
グラーヴェな音調で短く叫ぶ。
やっぱり意味不明ではあるが、言語表現できたとしたらたぶんとっても下品な罵声(推定)。
ひとしきり何かに向かって罵声(推定)を浴びせた後、疲れた様子でのたのたと反論を書き込む。
いや、メインシナリオ五次ですしおすし
辻褄合えば本来の四次参加者のメンバー入れ替えした所でさして問題ないと思われー
+ .. . .. . +..
.. :.. __ ..
.|: |
.|: |
.(二二X二二O
|: | ..:+
∧∧ |: | < 南無ー
/⌒ヽ),_|; |,_,,
_,_,,~(,, );;;;:;:;;;;:::ヽ,、
"" """""""",, ""/;
"" ,,, """ ""/:;;
とってもやる気の感じられない説得だったが、それでもの頭は冷静になったらしい。
改めて元の位置に腰を下ろし、両手にキープしていたマグカップを卓上へ置く。
「御前が言うなればそうなのでしょうけれども。……四次は随分と融通が利くのね?」
はほぼ無知識だっけな、型月(;´Д`)
四次は五次の後に作られた話だから、そもそもが辻褄合わせ
だから話での参加者全員死んだところで、参加メンバー変わるくらいしか変化ないんじゃね?
転生組の魔術師、時期が時期だからぽつぽつ冬木にいるみたいだし
つーか、なんで戦争終わらせてくるなんて書き込んだよ
あれのせいでスレ荒らされてんぞ
____
/ -- 丶、
/ ノ ●) ヽ┏┓
.| (●, ,⊃ ノ ┏┛
.ゝ、 `´ .へ ・
「物語としての戦争は終わらせるもの、間違いではないでしょう。
それに、王子が地球にいるなれば雁との情報交換を密にした方が遥かに有意。
御前に板を立ててはもらったけれど、さして有益な情報や意見が出る訳でなし。元より所在地や身元を絞り込める程の情報は提供していないのだから、後は誤情報を撒いておけば煙幕程度には使えるでしょうよ」
蜜柑の皮を剥きながら告げられ、は心底面倒ですという顔で机に突っ伏した。
手だけが別の生き物の如く動いて、持ち主の主張を文字化する。
それすんのって私デスヨネー…
∧||∧
( ⌒ ヽ
∪ ノ
∪∪
姫様の件以外で今が旬な聖杯戦争にまで首突っ込むとか
無報酬サービス残業じゃねーか('A`)マンドクセ
やる気/Zeroなのコメントに、は剥きかけの蜜柑を置いた。
突っ伏したまま溶けだしそうな友人の肩に手を添え、耳元にそっと囁きかける。
「一族からの出奔、密入国の補助、偽造国籍の取得。転生前より生死を共にした友人であるからこそ、私は見返りが無くとも手を貸してきたのだけれども」
サーセンっした
追い出さんといて様
/ \
/ / ヽ_
//⌒ヽ ノ|)
// ̄\| _///フ
/ ヽ/ |廴/
| |) |/
レ ||||ノ ノ
ヽN/ノ L/
だっるだるな様子から一転、AA同様に美しい土下座を披露した友人兼居候へと、家主は慈悲深く頷いてみせた。
「無論の事。ですが、義務ほど詰まらぬものは無いのも道理。
働き次第で、望む音楽会への旅費から入場券まで一切を手配すると致しましょう」
/''⌒\
,,..' -‐==''"フ + . .*
゜(n‘∀‘)η .+ キタワァ!!
何でも言ってくれていいのよちゃん!
今なら靴の裏だって舐める
「御前に舐めさせても「ーっ!」
半泣きの叫びと共に、壊れそうな強さで隣室のドアが開け放たれる。
勢いよく飛び出してきた女を見て、は指名された友人から素早い動作で距離を置いた。
入れ替わるようにの前に陣取った女ことただいま噂の宇宙人、“異種喰い”のマクバク族次期女王ことサキ王女は、本性そのままの翅をばたつかせながらの胸ぐらを掴んで激しくシェイクする。
「このゲームなんなの!? 序盤からなんで触手プレイとか出てくるの!?
地球の男はあれがマジョリティなの!?」
断末魔みたいな音符が漏れているが、そもそもシェイクされていては返答できるはずもない。
蜜柑をもくもくと消費しながら、は触手プレイという単語に首を傾げる。
の主張により、地球人の恋愛観研究の名目で厳選のギャルゲーやら乙女ゲーやらを渡してはあったが、そんな手合いまで含まれているとか初耳だった。王女様によって振りまわされながら、抗議活動の的にされているゲームのパッケージに視線を向ける。
どこからどう見ても十八才未満様お断りなエロゲ(触手凌辱物)だった。
「……何を薦めているの、御前は」
侮蔑百パーな呟きに、ようやく激しいシェイク刑から解放されたが仕草だけは可愛らしく唇を尖らせる。
〃∩ ∧_∧
⊂⌒( ・ω・)
`ヽ_っ⌒/⌒c
⌒ ⌒
どんな男にカチ合うかわかんねーじゃん
一般人ならともかく、魔術師とかソッチ系列でそういう性癖って可能性はある訳でだな
「地球の男って! 地球の男って……っ!」
「わざわざ触手を選ぶのは余程の変態だけではない?」
崩れ落ちる王女、下劣なものを見る目の。
友人の魂まで凍えそうな視線にも、しかしは恥じる事なく胸をはってみせた。
触手なめんな
ファンタジー系エロゲっつージャンルにおいては、もはや様式美の凌辱要員!その需要、BL畑でだって留まるところを知らぬ勢い!
触手責めされたいとかしてみたいとか、人間の本能に擦り込まれたエロ欲求だと思うんだよね!
ヾヽヽ ヾヽヽ
(,, ・∀・) (,, ・∀・)どやっ
ミ_ノ ミ_ノ
「御前のその歪んだ認識、一体何処から仕入れてくるの」
n /⌒ヽ
(ヨ(^ω^ )
Y つ
インターネットって素晴らしいよね!
とりあえず、はネット環境制限の検討を決めた。具体的にはファミリーセーフティ的な。
しかしとうの王女様は何やら感銘を受けたらしい。強い意思の光を瞳に灯して、ぐっと握りこぶしを作る。
「……分かった。あたし、もう一回がんばってみる!」
「触手は少数派だと念頭に置いて頂戴な、サキ」
「心配しなくていいわ、どんな性癖であろうとハードルは全て取り除くのが我が種の流儀よ!」
宣言して元いた部屋へと去っていく後ろ姿は、流石に一種族を率いる次期女王だけあって堂々たるものだった。
確実に誤解を残した宇宙人の姫様が扉の向こうへ消えるのを見届け、二人はこたつに入り直す。
で、どうするよ聖杯戦争
止めるにしても説得材料ないと無理ゲーだぞ
;y=ー( ゚д゚)・∵. ターン
\/| y |)
「御前の云っていた、聖杯の汚染は如何? 大義名分としては充分だと思うのだけれども」
証明できる資料がないと無理
怪しい程度じゃ外野が騒いでもそれで終わりだわ
雁夜ぽんが間桐を継いでりゃ違ったろうけど、あいつ関係者内じゃ落後者扱いだし、そもそも冬木に戻って来れるか自体が分からん
基本中立な教会出の綺礼は、黒だってはっきりすりゃ動けるだろうが
♪ ∧,_∧ ♪
( ´・ω・) )) 資料がなー
(( ( つ ヽ、 ♪
〉 とノ )))
(__ノ^(_)
∧_,∧ ♪
(( (・ω・` ) しりょうがなー…
♪ / ⊂ ) )) ♪
((( ヽつ 〈
(_)^ヽ__)
「……主催である御三家にならあるのではないの?」
の素朴な疑問に、は忌々しいと言わんばかりに顔をしかめた。
もしも御三家がしっかり不具合を把握しており、その上で魔術など関わりもない一般人に配慮して対処してくれるのならば冬木の転生組はもうちょっと気楽に人生を過ごせている。第五次聖杯戦争ならともかく、現在始まろうとしている第四次聖杯戦争は、絶望時空の通称がまかり通る程度には結末も、一般人への被害も甚大かつ悲惨なのである。
元凶のアインツベルンは優勝出来りゃ聖杯の性質なんぞ問わん
間桐は薄々異常に気付いてるが、確証に至ってないはず
遠坂wwはwwww気付いてすらwwwwいねーwwwwwwwwwwwwww
狙うとしたらアインツベルンか間桐だな
__O)二)))(▼ω▼ ) よっこらせ
0二━━ )____)┐ノヽ
A ||ミ|\ くく
すっかり冷えた緑茶を啜りながら、はコメントに上がった家名にはて、と首を傾げた。
聞き覚えのあるそれに数秒ほど記憶を探り、思い出して納得する。
「アインツベルン…“あの”衛宮の婿入り先と云う。けれどあの家、ドイツでは無かった?」
うん。私ら冬木出らんねーからそれでボツ
間桐なら冬木にあるけど、あそこの当主ロシア出身だからな
資料あってもロシア語だろうし、探すだけで確実にタイムロスでかい
||
∧||∧
( ⌒ ヽ 当主生かしたまま締め上げるのも難しいぞ
∪爺 ノ あの爺無理に延命してっからな
∩∪∩ いつもの調子で壊すと確実に死ぬ
(・∀・| |
| 私ら | だからって手加減するとこっちが死にかねん
⊂⊂____ノ 素直に使える証言吐くかも曖昧
彡
次々と列挙される戦争を終わらせる上での障害に、の表情がみるみる渋いものになっていく。
列挙する側のの表情もかなり渋い。書き込みながら面倒さを再認識したらしかった。
「なれば。御前、この儀式を魔術師として如何見る」
心底嫌そうな眼差しでを睨み、はココアの入ったマグを乱暴に置いてコメントする。
/\
. ∵ ./ ./|
_, ,_゚ ∴\/ /
(ノ゚Д゚)ノ |/
/ /
魔術師じゃねーしイテイガンだし
世界への敬意のなってねー連中といっしょくたにすんなと何度言えば
こんだけ大規模な儀式なら、どっかに穴とかありそうなもんだがな
そもそもアレ今まで正常作動してないし
でも原因が術か要か手順になのかまではさっぱりワカンネ
どっちにしろ系統違いすぎて私一人程度じゃなんともならんわ
_
|
,、‐''''´ ̄ ̄``''''-、,
/ \/ ::\
/ \/\/\/ ::::::ヽ
|ヽ/\・∀・ /\/ :::::::| アキラメロン
|./\/\/\/\ ::::::::|
ヽ \/\/\ ::::::::/
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`''-、、,,::::::::::,,、、‐''´
「音楽が足りぬから嫌だと出奔した時点で、巫女とは呼べぬでしょうに。
……儀式の穴が分からなくとも、要を破壊して成り立たなくすれば良いのではないの?」
の指摘に、は困ったように眉根を寄せた。
_,,..,,,,_ _,,..,,,,_ <手順無視すっとしっぺ返し痛いけどな
_,,..,,,_/ ・ω・ヽ/・ω・ ヽ,..,,,,_
./ ・ω_,,..,,,,_ l _,,..,,,,_/ω・ ヽ<まぁ一番確実だろ
| / ・ヽ /・ ヽ l
`'ー--l ll l---‐´
`'ー---‐´`'ー---‐´ <どうせなら直で確認しながら検討しようぜ
「次第によってはサキの手も借りると致しましょう。
魔術見学の名目なれば、あの子も興味を示すでしょうから」
∧_∧ ∧_∧
(; ・∀・) (,, ´∀`)
( (つ(つ∝∝∝と )
ノ r ヽ 人 ヽ
(_,ハ_,) (_ヽ_,)
なら綺礼巻き込もうぜwww
あいついるとマジ便利ですしおすしwwww
具体的な実施日時を詰める二人に、緊張も、ましてや不安も存在しない。
成功を確信しているのではなく、危険を軽く見ている訳でもなく。
失敗が呼び込むだろう死も悲劇も、彼女達にとっては気にかけるに値しない“日常”であったので。
■ ■ ■
他の参加者に先んじて召喚をとり行う事になった言峰 綺礼は、召喚の為の呪を口に乗せながらも別の事を考えていた。それは聖杯戦争という面倒事をいかにスピーディに終了させるかであったり、そのためにどうやって手段に拘る師を丸め込むもしくは誤魔化すかであったり、友人達連名での遊びと言う名の厄介事参加のお誘いについてであったりした。
「Anfang」
魔術回路が蠕動し、順調に魔力が全身を巡る。
付随する痛苦は、しかし彼にとって思考を遮るものとはなり得ない。敬愛する父と、魔術師らしい価値観の歪さくらいにしか面白みのない師が見守る中で綺礼はなおも考える。
聖杯戦争まではまだ少し間がある事だし、どうやって友人達との遊興時間を削り出すべきかと。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」
なにせ誘い主がイベント遭遇率90パーセントの高確率を誇る、歩く非日常コンビだ。
参加すればほぼ間違いなく何かあり、時には彼の胸を踊らせるような事件も発生する。問題は、仕事に支障が出る可能性が高いことだろうか。聖杯戦争が今すぐ終わったりしないだろうか、と手つかずの宿題前にした学生みたいな事を考えながら、綺礼は最後のフレーズを口ずさむ。
「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
風が召喚の紋を中心として吹き上げ、断続的な雷光が室内を染め上げる。
溢れ出る圧倒的な風圧と輝きの奥から、陽炎めいた漆黒の影がゆるりとその存在を明確なものとしていく。
華奢な体躯を包む、漆黒のローブ。そこから覗く美しいかんばせには、存在すべき仮面は無い。
指定したのはアサシンであったはずだが、と思わず後ろで見守っていた璃正は聖遺物に目をやる。今までも使用されてきた“山の翁”の媒介となる髑髏の仮面は、間違い無くそこにあった。
時臣は動けないでいる。万全の準備を整え挑んだはずの召喚で、予想していなかったイレギュラーが出てしまったので。
ひたり、とアサシンが静かな眼差しで綺礼を見据える。
「お前は、」
「問いましょう」
誰だ? そう続けようとした綺礼の言葉は、他ならぬサーヴァントによって遮られた。
形の良い唇が、快い声音で誰何する。
「貴方が、私のマスターですか?」
回答を間違えれば死ぬ。
全身が総毛立った。一方的に生死を握られる不快感に、冷たい汗が背中を伝う。
他人の心を切開する事を得手とする綺礼の観察眼は、女の凪いだ瞳の奥底で揺れる殺意をしっかりと読みとっていた。幾多の戦場を渡り歩いた者特有の直感、それを無言の中に肯定する己のサーヴァント。下手な発言をすれば死ぬ。それも、父を巻き添えにして。必死に思考を巡らせつつもアサシンの表情を注意深く伺いながら、綺礼は乾き切った喉から声を押し出す。
「聖杯戦争の監督役たる、協会所属の言峰 綺礼と言う。
一般人を守り、魔術を衆目の目に触れさせる事のないよう、協力してくれるか? サーヴァントよ」
「……」
彼の言葉に、サーヴァントは僅かに眼差しを眇めてみせた。
感情の機微を読みとらせない瞳が、後方で成り行きを見守る璃正と時臣の上を滑り、再度綺礼を見据える。
「――いいでしょう。
契約は成りました。サーヴァント、アサシン。これより私の運命は貴方と共に」
そうして柔らかく微笑んでみせたアサシンに、綺礼は頷き返しながらも決意していた。
とも巻き込もう、と。
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