「……と、いう塩梅でして」
「ほう」
中華料理屋“泰山”にて。
長年来の旧友と並んでカウンター席に腰掛けたまま、はそう締めくくって肩を竦めてみせた。
ネットを通じて転生者達を悩ますその問題を話題にしたのは、良案が出れば儲けもの、出なくても話のタネ程度にはなるといったとても軽い動機ゆえであった。あと近況報告も兼ねていたりする。
入ったメシ屋で偶然顔を会わせた旧友。Fateファンの間では外道神父、シンプソン、キレイキレイなどといったあだ名で親しまれる(?)綺礼は、宇宙人がどうのという夢物語かSFにでもありそうな話題にデフォルトの真顔を崩す事なく、ついでにさして考えた様子も見せずに即答した。
「暗示でもかければいいだろう」
「既に試した」
「ほう。どうなった」
カウンター席中央に堂々と陣取る二人は、遠慮がちに突き刺さる視線を意にも介さず寛いでいる。聞いておきながらさして興味もなさそうな綺礼に、ものんべんだらりとした様子で首を振ってみせた。
「どうもこうも、その手の異常は直ぐご同胞に察知されて治癒される。
真に暗示を使うなれば、頭数を揃えて全員纏めて掛けねばお話にもならないよ」
「お前ならば、伝手くらいあるのではないのか?」
「私は門外漢だよ、正確に何人必要となるか目途すら立たない。使える伝手を全て使って足りるかどうか。
それ以前の問題として、顔を合わせた途端に洒落にもならぬ喧嘩へ発展する輩が多くてね」
並んで座る二人の前に、注文していた同じ料理が並べて置かれる。
違いがあるとすれば、の席には杏仁豆腐と白米(中椀)がプラスされているくらいだろう。
極めてありきたりな選択である。そろってメインが“ラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげくオレ外道マーボー今後トモヨロシクみたいな料理”と第5次戦争辺りで主役張る少年が評した、通称:外道麻婆でさえなければ、だが。
先程から視線をブッ刺していた以外の客達からすら「え、アレ食うの?」という視線を集中砲火されながらも、二人はそれぞれの流儀で目前の食事に感謝を捧げた。
「そういえば御前、何故ここにいるの」
レンゲを口に運びながら、は今更のように首を傾げて友人に尋ねた。
通常なら常人に比べてハイライト控えめな眼差しを常人並みにライトアップした友人は、赤黒く舌を破壊しそうな刺激臭を発する冒涜的物体を一心不乱に堪能しながら、視線を上げずに回答する。
「仕事に決まっているだろう。近々あるイベントくらい、把握しているのではないのか?」
数秒思考し、は思い当って首肯した。
近々この冬木の街で起きる教会絡みのイベント。それも、普通の神父でなく、綺礼のようないわゆる“裏の”仕事に従事する神父の手を要するものといえば、魔術師達が万能の願望器たる聖杯を求めて相争う、第四次聖杯戦争に他ならないだろう。転生する前の世では、その有様は物語として多くの人々に親しまれたものである。
もっとも、はその物語をタイトルと、さわり程度しか知らないのだが。
「……ああ、あれの件。主導は違うと聞いているけれど、教会が監督を任じられて?」
「そうだ。父上が遠坂と縁があってな、普通の神父業と兼務だ。まぁ長めの休暇と思って適当にやっている」
父親の頼みでなければ引き受けなかった、という本音がそこはかとなくにじみ出ている発言である。
それには、呆れたふうに目を細めて綺礼を見やった。
「結局仕事しているではないの、それは休暇と呼べないよ。生物災害殲滅などよりは余程安楽であるだろうけれど」
「そうか? 非日常もいいが、やはり平穏の中にある人間関係の摩擦も心躍るものがあるぞ。
最近は掲示板や個人サイトを炎上させるのに嵌っていてな。いやはや、集団心理とは愉快なものだな」
「御前が愉しいのなれば良いけれどもね」
にまぁ、と唇を歪めてナチュラルに悪趣味な発言を、まぁそこだけピックアップすれば普遍的な一文で結論して、「それにしても、」と前置きして声を潜める。
「あれについては流言飛語が飛び交っているけれど、真実使えるの?」
「さて。遠坂の当主などは低能共の誹謗中傷の類と気にもとめていなかったが」
「冬木が焦土と化す、地盤沈下で日本沈没、世界総ての生物の破滅、児童の失踪事件が多発する、忌まわしき怪物が顕現する。あれを契機に災いが振りまかれる、という点は共通しているのが気にかかるのだけれど」
「……わざわざ調べたのかね」
軽く目をみはって、綺礼は皿から顔を上げた。既に通称外道で別名殺人の名を冠する辛味の究極でも目指していそうな麻婆は、半分ほど消費されている。はそれよりはペースが遅いものの、至って平然とした様子で食事を続けているのは確かだった。
背後から二人に向けられる視線は、既に化け物とかそんなんを見る系のものへシフトしつつある。
「まさか。最近冬木に多発する妄言吐きに少しばかり話を聞いただけの事」
「そんな事に労力を割く事自体が驚きだが……好奇心か?」
目で意外だと語る友人に、はこれ見よがしなため息をついてみせた。
「兄夫婦の住む街で事件が起きるようでは困るのでね。
自然災害なればともあれ、人為的なものなれば少しばかり調べて見ようという気にもなる」
「そういえば、お前も人の子だったな」
「そういえばも何も御前ね、私は人間以外であった試しは一度とてないのだけれど」
半眼で見やれば、綺礼は露骨に視線をそらしてみせた。
友人の麻婆豆腐をレンゲで横から強襲する、という地味な報復行動を繰り出せば、それを遮るように軽快なメロディーが携帯電話への着信を知らせた。ち、と舌打ちしてディスプレイを見る。
手は止めない。長い付き合いの、トラブル誘因体質な友人からのようだ。
レンゲでの攻防を交える事約三十秒。
軽快なメロディーに反して執拗な着信に、軽く眉をひそめてはしぶしぶ電話に出た。
『ぃいいいいいいいいいいいい! 良かった出てくれて! 出なかったら俺、ほんっとどうしようかとっ!』
瞬間鼓膜を大音量で襲撃された。涙声である。
そうとう切羽詰まっているらしい声音からだだ漏れるトラブルの気配で、の眉間に皺が寄った。
妨害の無くなった隙に麻婆豆腐を完食した綺礼はと言えば、彼にとっての至高の食である外道麻婆の追加注文をすべきか否か真剣な表情で検討している。
「どうしたの、雁。用件は仕事と私用のどちら?」
『私用私用! 頼む、助けてくれ! つーかこっち来てくれマジで!!』
「来いと言われてもね。そもそも、用件は一体何なの」
『んな悠長な!? こっちは一刻を争うっていうか、ああもう警察に突き出した方がいいのかこれ!? いやアレは戸籍とか無いし重しでも付けて沈めれば死ぬかなアレ!?』
今度は狂乱し始めた。忙しい男である。
「簡潔に要点を纏めてご覧。話が分からないのに助けろと言われても、対処しようがないのだけれども」
『簡潔にって言われても、こっちも色々あってだな、何話しゃいいのか……!』
「雁」
は諌めるように、男の名を呼んだ。
静かな、慈愛すら感じられる声音で優しく告げる。
「早く言わねば切る」
『勘弁して!?』
悲鳴じみた叫びが上がった。でも気にしない。じゅーうきゅーうとカウントを取りはじめた彼女の声に、男は必死に頭を回転させたのだろう。やっぱり叫ぶように答えた。
『宇宙人が人殺したんだけどどうすりゃいいっ!?』
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