いったい何故、真新しいキッチンでせっせと料理に明け暮れているのか。
頭に浮かんだ疑問に、間桐慎二は既に熟練の域に達したフライパン捌きを止めることなく、己の胸に問うてみた。
考えるまでもなく回答はある。自分達の魔術の師が、間桐邸は魔術的には良くてもなんか感覚的にキモいし過ごしにくいとか言い出し、叔父が爺とかその犠牲者の怨念詰まってそうだし教育的に良くないよなーと同意し、父がじゃあ引っ越すか決めたせいだ。おい住んで何年してると思ってるんだよという突っ込みは問答無用に黙殺され、かくして住み慣れた我が家から住み慣れない日本家屋へと居を移した訳だがそこではなくてこう、もっと根本的な部分でなんか問わずにいられなかったのだ。
何故当然のように自分が料理を作る流れになっていたのか。
全員料理はできるはずなのに。なんかおかしくないか。
「……あのさ士郎、つまみ食いするならそこの皿も運んでよ」
「ち。気付いてたか」
つまみ食いをする手は止めず、幼少時からの悪友である士郎が、面倒そうに舌打ちした。
「当たり前。そもそも、忍んですらいなかった癖によく言うよ」
「一応音は立てないようにしてたろー?」
「じゃあ気配も消しなよ。さんに何習ってるのさ、お前」
「……何だろうな? 武術っつーか殺人技っつーか、怪物の効率的なブチ殺し方的な何か?」
「いやそこで真剣に聞かれても」
真顔で首を捻る悪友に半眼で返し、出来あがったばかりの一品を皿によそう。
「そういえばさっきインターホン鳴ってたけど、誰か来たの?」
「インターホン? いや、誰も来てないぜ?」
「は? 何言ってるのさ、玄関で応対してたの士郎だろ?」
「誰かと間違えてねぇ? 俺、さっき酔い潰れたお前の親父を奥の間に運びにいってたんだぜ?」
「いや、あれは確実に士郎の声だったんだけど……」
はてな、と顔を見合わせて、現在では大人どもの宴会場と化した部屋の襖を開ける。
室内の視線が、彼等二人に集中した。顔を真っ赤にして、ご機嫌な魔術の師であるが、音程の高い和音を撒き散らしながらへらへらと手を振り。
『慎二ー士郎ーみてみてー! ほらほら、きーれーいーなーしーろーうー!!!』
なんか。
なんか悪友のそっくりさん(爽やか)の手を上げさせて爆笑していた。
「「……………………」」
慎二は横の士郎と顔を見合わせた。
横の士郎は力強く頷くと、抱えていた皿をテーブルに置いた。酔っ払いが群がる。何故かその中に担任とか見知らぬ青いのとか混じってたのは置いておく。悪友が綺麗な? 士郎にすたすたと近づいていき。
「ふんっ」
「ぐぼぁっ!?」
綺麗な士郎がきりもみしながら吹っ飛んでいった。
「先輩!」
「衛宮くん!」
「シロウ!」
一部、顔だけは見知った(だがどう考えても別人)な面々が、外まで吹っ飛んだ綺麗な方を慌てて追う。
それを眺めながら、やはり何度見ても知らない顔が増えた室内に首を傾げ。
「で。これ、どういう状況なのさ? さん」
ほんのりと酔いで頬を染めながらも、しっかりした口調で先程の掌打について技術指導している友人の叔母に問うてみた。問われては、おっとりと頬に手をあてて首を傾げ。
「慎二くん、士郎」
「? はい」
「おう」
「あちら、爽やかな方の士郎は衛宮さんと仰るのですって。
介抱しておいでなのはセイバーさん、格好良い方の遠坂さん、しとやかな方の桜ちゃん。
それとこちらの部屋にいらっしゃるのは、そちらの青い方がランサーさん、眼鏡の方がライダーさん、担任ではない担任さん、そしてアチャーさんと仰るそうよ?」
「いや待ちたまえ」
「分かった、アチャーさんな」
「へぇ、アチャーさんなのか」
「待ちたまえと言っておろうが聞かんか未熟者!」
「やっべーしとやかな桜マジしとやか。同じ顔でこうも違うとか、雁夜さん教育間違ったんじゃね?」
「うちのぉ、さくらちゃんはぁああ……さいきょーにかわいいおねだりじょーずだからいいんですぅうううううううう~」
テーブルにべっちゃりとへたれながら、ほぼ呻くと変わらない声で雁夜が妄言を吐く。
慎二に言わせてみれば、貢がせ上手、の間違いであると思うのだが。
正直この叔父は、そのうちまるまる全財産巻き上げられるんじゃないかと心配になるレベルで義妹にダダ甘である。叔父の貯金も心配だが、義妹もそのうち修羅場起こして後ろから刺されるんじゃないのかと慎二は考えていた。何故あの年齢で下僕が何人もいるのか。
「それでさん、この人達って誰? さん達の知り合い?」
「いえ存じ上げませんよ? 気が付いたらいらっしゃいました」
「え、それヤバくない?」
『だぁーいじょぶじょぶー。接続間違えただけだからすぐ帰るって言ってたから~』
「だから人の話を、……何?」
骨の入ってないへにゃへにゃとした動きで断言した先生の言葉に、鋭く食い付いたのは“アチャー”と呼ばれた褐色の青年だった。何処となく面差しが士郎に似ている気がするものの、あくまでもそれは気がするだけである。慎二の悪友はあんな神経質かつ生き辛そうな顔はしていない。
似ているというなら、まだ先程きりもみしていた綺麗な? 士郎? の方が似ているだろう。
まぁ何にせよ、他人のそら似レベルなのだが。
「君、それは一体誰がぁあああああっ!?」
アチャーさんが綺麗な放物線を描き、すかさずそこに追撃が入った。「うわすげぇコンボ技」と士郎が呟く。
残念ながら慎二の目には追い切れないが、とりあえずアチャーさんとやらは瀕死の蛙みたいな動きをして地面に叩き付けられた。アレ生きてんの?
言峰神父はといえば、その有様を指さして爆笑している。
子どものように無邪気な笑顔だった。笑う対象はだいぶアレだが。
「もう。女性の肩を、斯様に強く掴んで迫るものではありませんよ?」
め、と困り顔で注意しているが、その発言と先程までのコンボ技の差がひどい。
どうして先に口頭注意をしてやらないのか、この酔っぱらいは。
何故かいまいち似てないそっくりさん達が愕然とした顔で見ているが、アチャーさんは普段どんな位置づけされてるのだろうか、と慎二と士郎は顔を見合わせて首を傾げ、そのまま「まあどうでもいいか」と思考を投げた。
「そういえば士郎、お前なんであの衛宮とかいうの殴ったの」
「あー。ドッペルゲンガー知ってるだろ? 見たら死ぬっていうやつ」
「ああアレね。それが?」
「どっちか死ぬなら先に殺ったもん勝ちかな、って思って」
「生きてるけどいいのかい、アレ」
「意外と固かったんだよ。それに”衛宮”なら別人だろ? だからいいかなーって」
「一応謝っときなよ? あそこの女連中すごい顔で睨んでるから」
「それもそうか。悪いな衛宮! 不幸な手違いだ!」
「謝ってないよねソレ」
つまみとジュースで寛ぎモードな二人の横では、叔父と神父が「さけがうめぇな」とかゲラゲラ笑いながら駄弁っている。見知った大人達は誰も危機感を抱いていないからだろう。見知らぬ彼等とは対照的に、二人はすっかり落ち着き払っていた。大騒ぎしている見知らぬそっくりさん達の中、次は誰がコンボを喰らうか士郎と賭けながら、慎二はとりあえず彼等に向かって合掌した。
「ところで先生、すぐ戻るって誰が言ったの」
『聖杯くんだってさー』
ハローハロー見知らぬ貴方
並行世界の自分? 他人でしょ。
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天然鬼畜の■■ 士郎くん(格闘家)
万能超人ナチュラルSの間桐 慎二くん(魔術師)
立派に乖離った五次組さん!