第?話 「道の途中で」
 -The riddle of the dreamlike story-


 牧歌的に延々と続く草原を、一台のモトラド(注:二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
 後輪脇と上には、旅の荷物が満載されている。
 運転手は短い黒髪を持ち、茶色のコートを着た十代半ばほどの人間だ。
 右の腿にはハンド・パースエイダー(注:パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)のホルスターを下げていて、中には大経口のリヴォルバーが収まっている。

「行けども行けども国が見えないね、キノ」
「そうだね……前の国で聞いた話だと、そろそろ見えてもいいはずなんだけど」
「滅んだかな? あの話してくれた人、最後に行ったの三十年以上前って話だったし」

モトラドのエルメスが、不吉な事を楽しそうに口にする。

「かも知れない。引き返そうかな」

キノと呼ばれた旅人は、あながち冗談でもない口調で返す。

「あ、引き返すんだ?」
「そうだね。とりあえず――

 キノは、緑の地平線の向こうに見える影を指差して言った。

「あの人に聞いてから決めよう」

 キノと反対側からやってきた旅人は、キノよりいくつか年上のモトラド乗りだった。
 ハンド・パースエイダーを両腿に吊り、こげ茶色の服を着た黒髪の女性だ。
 女性はキノに気付くと片手でゴーグルを上げて、モトラドのスピードを緩めると笑顔で手を振って見せた。

「こんにちは! いい陽気だね」
「ええ、今日は」

 キノと女性の旅人はモトラドから降りて、お互いに歩み寄る。

「ボクはキノ、こちらは相棒のエルメスです」
「わたしは! こっちは相棒のニケだよ」
「どうもー」
「お初にお目にかかる、エルメス君」

 キノとは笑顔で挨拶を交わし、エルメスとニケも互いに平和的な挨拶を交わした。

さん、この先にある国についてお聞きしたいんですが」
「わたしが来た方にある国? どーぞ、何でも聞いて♪」
「ありがとうございます。ここからその国まで、どのくらいかかりますか?」
「んー、あと半日くらいかな。まだ日も高いし、今日中には到着できるはずだよ」
「ただし夜になるだろうがね」

 ニケが淡々との言葉に蛇足した。
 やけに上機嫌なは、友好的な笑顔でキノの肩を叩く。

「ともあれ、あそこはいい国だよキノ! 見所満載でとっても魅力的だった!!」
「初対面のレディを呼び捨てるのはどうかと思うのだがね、
「わたしは初対面の相手の前で小姑な説教を止めて欲しいな、ニケ」
「…………」
「…………」
「……いえあの、ボクは気にしませんので」
「そうそう。キノは礼儀とか気にしないよ!」

 キノが無言でエルメスを殴った。
 とニケが、無言で無表情のままに互いから視線をそらす。

「えーっとごめんね。わたしが来た方にある国の話だったね!」

 無表情から友好的な笑顔に一瞬で切り替わったに、キノは表情一つ変えずに頷く。

「はい。ボクの聞いた話だと、地底魚の蒸し焼きが美味しいとか、北には古代巨大生物の骨があるとか」
「それもいいけど、個人的には南地区にある神殿がオススメ。あれは親を質に入れてでも見る価値があるよ」
「へー。そんなにすごいんだ?」

 感心した様子のエルメスに、は深々と頷いてみせる。
 見てきたものを思い返すその目は、興奮と感動で輝いていた。

「それはもう。神殿に使われてる建築技術とか、採光とかがとっても絶妙で綺麗!
 聖歌隊のコーラスもあるから、時間があったら聴いておくといいかな」
「そうですか。どうもありがとうございます」
「お気になさらずー」

 丁寧なお辞儀をするキノに、は軽い口調で答える。
 そして、きらきらした目でずいいっと顔を近づけた。

「ところでキノ、エルメス。わたしのなぞなぞ答えていってくれないかな?」
「なぞなぞ、ですか?」
「面白そう! なになに?」

 不思議そうにキノが首を傾げ、エルメスが楽しそうに聞く。

「またあれかね」

 ニケが無感情な声でぼやく。

「恥な習慣は無くした方がいいと思うのだがね、
「少しは口を慎むとかオブラートに包んだ物言いをする事を覚えて欲しいな、ニケ」
「ははははは」
「あはははは」

 無表情に笑い声を上げながら見詰め合って、ニケとはきっかり十秒で互いに視線をそらした。キノとエルメスは無言でそんな一人と一台を眺めていた。
 同時に音高く舌打ちすると、は何事も無かったかのように友好的な表情になる。

「とある女の子の話なんだけどね」
「変わり身早いなぁ」

 エルメスが誰にも聞こえない声で、しかし楽しそうにひとりごちた。

「その女の子が住んでたのは、戦争のない平和な国。
 ほとんどの子供は教育を受けられて、科学がとっても発達してるようなところだったんだ。
 彼女は日々普通に、平穏に暮らしていたんだけど、不思議な事にある日気付いたら――

 そこで一旦言葉を切って、はキノとエルメスをじっと見詰める。
 真剣な表情でもったいぶると、重大な秘密を打ち明けるように、その一言を口に出す。

「知らない場所にいたんだよ!」
「わぁお」
「……それって、誘拐か何かですか?」

 キノの言葉に、はちっちっち、と指を振ってみせた。

「これが驚きな事に、純然たる不思議現象なんだ。
 キノとエルメスはパラレルワールドって知ってるかな?」
「初めて聞きます」
「知ってる知ってる、あれでしょ? 似てるけど全然違う世界ってやつ」
「博識だねエルメス! ニケは知らなかったんだよねーおんなじモトラドなのにさ」
「ファンタジーと電波な知識に興味は無くてね」
「…………」
「…………」

 飄々としたニケに、とエルメスの無言の視線がきっかり五秒突き刺さる。
 は無言だったが、謝罪と同情に満ちた表情でエルメスにそっと手を置いた。
 そして何事も無かったかのように話を続けた。

「その女の子はパラレルワールドに来ていたんだ。前触れもなく、ね。
 女の子は、偶然出会った喋るモトラドに、自分が違う世界に来た事を悟った。だから旅に出る事にした。来たのなら帰る方法もあるはずだって、元の世界に帰る方法を探しにね」
「それで、彼女はどうなったんですか?」
「そこがこのなぞなぞのメインなんだ」

 はにやり、と悪戯っ子のような表情で笑ってウインクしてみせる。

「キノ達も知っての通り、旅はとっても危険だ。追いはぎとか色々ね。
 いくらモトラドがいるとはいえ、女の子は旅も戦いもずぶの素人。武器だって無い。
 さて、そんな彼女はその後どうなったでしょうか?」
「うーん、これは難しい」

 エルメスが深刻そうな口調で言った。
 キノは少しだけ考えて、

「そうですね。ボクは――……」


 ■   □   ■   □


 牧歌的に延々と続く草原を、一台のモトラド(注:二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
 こげ茶色の服を着た黒髪の運転手は、両腿にハンド・パースエイダー(注:パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)のホルスターを吊っている。
 鼻歌交じりにモトラドのニケを走行させるは、上機嫌につぶやいた。

「主人公に遭遇なんて、わたしってばちょうラッキー」
「先程のレディが主人公なのかね」

 モトラドのニケが、心底どうでも良さそうな口調で問う。

「そうさ、なにせ『キノの旅』だからね! 今日の事は一生の思い出けってーい。
 同時期に滞在できなかったのは惜しいけど、ボロ出しそうだしなぁ。すれ違えただけでもよしとしよう」
「特に言うべき事は無いが、妄想は現実に支障を来たさない程度で留めてくれたまえ」
「どうせならシズとか陸とかにも会いたいなー。つーかあいつって万年緑のセーターなのかなちょう気になる。
 お師匠様にもぜひともお目にかかりたいんだけどうっかりヤられそうなんだよなーどうしよ?」
「……」

 ニケが呆れた溜息をついた。
 それを意図的に聞き流しながら、はゴーグル越しの地平線に微笑む。

「ともあれ、先ずは元の世界に戻る方法を見つけないとね!」

 モトラドに乗った異世界の少女は、今日も旅を続けている。



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ニケとはトリップしてきて以来の付き合いです。
速攻カミングアウト→嘲笑ルート。ちなみに今でも信じてもらえてません。シビア。
キノの答え? それはみんなの心の中に。こころの、なかに!(きらきら)