少女は走っていました。
足を大きく前後させ、ただひたすらに全力で駆け抜けていました。
翻るスカート、揺れる真っ赤なスカーフリボンは男の浪漫かもしれませんね。いわゆるセーラー服の少女です。ただし“美”という形容詞はつきません残念ながら。ドリーム小説だろう夢見させろって? HAHAHA、人はいつだって理不尽な現実に立ち向かわなければいけない生き物なんですよ。甘えた事ヌカしてると挫折しますよ。
世界はとっても×××なんですよ!
ともあれ少女は走っています。
黒髪に、黒っぽいこげ茶色の目というまぁごく普通の一般的かつ標準的な日本人の容姿です。
どこぞの誰かさんのように容姿端麗だの大食いだの成績優秀だの拳銃マニアだの喋るケータイストラップ持ちだの変身機能持ちだのそんな裏事情の持ち主ではありません。そういうキャラは既にいますからね。
綺麗系なお姉さん先生だったりもしませんし爆発物の取り扱いもできませんし実は最強とかそういう素敵設定も持ち合わせてはいません。そういうキャラは将来出てきますからね。原作で言えば第二話ですからね。
振りかぶられたモジャ毛の腕を滑り込むようにして避けます。ギリギリです。ちょっと髪の毛掠りました。
「ああっ!右を向いても左を向いても――」
途中にあった“廊下は走るな”という標語には見向きもしません。
少女にそんな余裕はありません。だってただ逃げているだけではなかったのです。
追いすがる毛むくじゃらの小型イ●ティ集団と、驚異的脚力でイイ勝負繰り広げる少女は満面の笑顔でした。
時々ばきぃとかぼきゃあとかそんな音と一緒に走破した場所の床とか壁とか窓ガラスとかドアとかがまんべんなく壊れていましたが少女にとってはささいな問題のようでした。むしろその光景に向けて、カメラのシャッターを切りまくっています。まともにレンズを覗き込みもしていないので、きっとブレまくっているんじゃないでしょうかね。
そしてイエ●ィモドキはどう考えても意図して手薄な場所を作っていました。攻撃とかの緩さにも余裕ちっくな少女は気付いています。パニックしてない脳は冷静です。追い込んでいく連携をばっちり読んでいます。でもあえて乗ります。
「前を見ても後ろを見ても――」
シャッター音が響くたびにフラッシュが光り、少女が走っているが為に、まるで彗星の尾のようでさえありました。おおっとここでくるりらくるりらと軽やかなるその場回転! どうやら速度を殺す狙いのようです。
学園内で“彗星パパラッチ”とか“音速のハイエナ”といったどう考えても悪意しか感じない二つ名で知られる少女は、至極楽しそうな踊る口調で詠いあげます。そして実際に踊っています。
「更には斜め四方も余すところなくシャッターチャーンッス! 素敵な展開だね、ニケ!!」
「囲まれたという事実に危機感を持つべきでは無いのかね、」
ばっ! と華麗に停止してカメラを持つ片手を胸に、もう片手を天高く掲げてポージングしました。フィニッシュが完璧に決まっています。カメラが冷静を通り越して無感情な他人事口調で指摘しました。
喋るケータイストラップは持っていなくても喋るカメラは持っていたようです。これは意外な展開ですね。驚きですね。
少女の名は。
そして、喋るカメラの名はニケ。
現在はこの学園の生徒。
しかしその実態は、四大魔王宇宙を退治すべく故郷の惑星を旅立ち、宇宙の奥へ奥へと旅を続けていた――キノとシズと二人を乗せたエルメスを追っかけてきた、異世界トリッパーの野次馬兼旅人と、それに付き合わされる“エルメス・バックアップ計画”により誕生した人工知能だったのです。壮大なストーカーもあったもんだ。
「そんな訳で私は今現在、いろんな記録を改ざん・偽造しまくってこの学園に在籍している訳でありますよ。まる。」
「そしてこれが君の最終回という訳だな」
「ちっちっち。この程度の死亡フラグ……この様にかかればかるーくヘシ折れるものでしかないッ!」
じりじりと距離を詰める●エティ達。
場所が階段の踊り場なのであんまり広さがありません。逃げ場もありません。絶望的ですね。
それでも余裕で指を左右に振って見せて、はハイエナの二つ名にふさわしい笑みを浮かべました。
きぇーっ!
一匹が鋭く鳴くと同時に、周囲の怪物達が一斉に一人と一個に襲い掛かります。
どう考えても回避不能な数です。いわゆる質量作戦です。長い旅を続けてきたはここでエンディングを迎えてしまうのでしょうか。そしてニケもスクラップになってしまうのでしょうか。
いいえ、そんな事はありませんでした。はカメラをぽぉんっと天井へ放り投げました。
しゅるん、びっ。セーラー服の袖から、スカートの下から、靴の中から、襟の後ろから、そして果ては胸元から。
あらゆる箇所から取り出された無数の黒い棒状の何かを、はダーツの要領で何本も構えて同時に放つという行動を0.1秒の間に10回ほど行いました。それで十分でした。
ざぁあぁぁっ。
怪物イエ●ィ軍団は、一匹漏らさず灰となって崩れ去りました。
からからからからからっと軽快な音色を立てて、丁度怪物の数だけのボールペンが床に落ちます。どうやら先程投げたのはこのボールペンだったようです。“学園備品”ってシールが全部にきちんと張ってあります。何かよくわからない液体にまみれています。
くるんっとスカートを優雅に翻して落ちてきたカメラをキャッチすると、はカメラを持った手を腰に、あいている片手はきつねさんを作って顔の前に持ってきて異世界トリッパーだけに代々脳内インプットを繰り返されてきた伝統的な“勝利~それはパーフェクトドリーム~”のポーズを決めました。背後で流れるのはノリのいいアップテンポのメロディーでした。
ラジカセの類は何処にもありません。そしてBGMがアニソンなのはトリッパー的な常識です。
約三十秒間流れ続ける某ソングを軽快なステップと定められた様式で、ニケをマイク代わりに熱唱しきったは歌が終わると同時に片手を天高く突き上げて人差し指を伸ばしました。
「ペンは剣よりつよーっし!」
「ちゃんと弁償し給えよ」
感情を削ぎ落としきったキングオブ事務的な口調でニケが正論を唱えました。
「さぁって謎のキノとサモエド仮面を探さなくっちゃ~♪」
に反省の様子はありません。誤魔化すように妙に巧い口笛を吹いています。
でもやっぱりアニソンです。なんたるハーモニィ。ドラムの音とかどう再現しているんでしょう。
「学園の備品を勝手に使用してその態度かね」
「悪いのは襲ってきたほうですぅー。私被害者なのに弁償とかぁー、マジありえないしぃー」
「頭の悪い喋り方をしないで貰いたいものだ。品性が疑われるものだね」
それ以前に備品を仕込んでおくのはいかがなものなんでしょうか。
「大丈夫。人前ではやってないから」
「そいう問題でも無いと思うのだが。そもそも、何故報道部に在籍して彼女達を追いまわしているのかね。
木乃とは同じクラスなのだから、クラスメイトとして堂々と誰に恥じる事も無いストーカー以外の交友関係を築けばよいものを」
はやれやれ、素人はこれだから……と言わんばかりのジェスチャーをしました。
話しながらも、しゅたたたたたたと忍顔負けの隠密性と機動性でどごぉおおんとかばごぉおおんとか、確実に騒ぎの起こっている方向へ走る足は止めません。ノンストップです。俺は風になる。
「学園物に報道部員は欠かせないでしょー。
真実に迫る私! 焦ってばれないように奔走する主人公達! ああ素敵」
うっとりと恍惚に瞳を潤ませます。ストーカー続ける理由にはなってませんね。
「いいな。どうにか学園キノ原作に登場させてもらえないものか。どうかな地の文」
楽屋裏なネタは止めてもらえませんかね?
「いいでしょ。原作もやってるから」
ああ、地の文フルボッコ事件。あとがき辺りには復活かましてたけどやってましたね。今現在進行形ですね。
っていうかね、私にそんなことできるような原作者へのツテなんざありませんよ?
そもそもあんた夢キャラですよ。名前だって変換できる千差万別女ですよ。口調直せば男でも十分通じる勢いですよ。
「この話に糖度無いのは誰のせいだと」
はいはい私のせいですよ、どうせみんな私が悪いんだろチクショー。
「無為な論議は脇に置いた方が良いのでは無いかね」
「無為!? この交渉次第では時雨沢顧問様と雨沢副顧問様を作者がうまく誑し込んで、私とあんたが原作という大舞台に立てるかも知れないのよ!! こんな辺境の出番が短編にしか存在しない駄目サイトで満足してていいのニケ!」
「このサイトはどうでもいいとしても、原作者を勝手に報道部の顧問と副顧問に据えるのは問題行動だと思うのだが」
しくしくしく。
「いいの。顧問兼、神だから」
「言い訳にすらなっていないのはどうかと思うがね?」
「あの御二方に対しての礼を失してはいないからオールウェイズ無問題」
「それはそうと。キノの活躍をスクープするのではなかったのかね」
「しまった! なんか静かになってるし、まさかもう終わってる!?
こら地の文! 描写サボると数少ない読者様方が現状把握できないでしょーが! 書け!!」
うう、罵倒されたあげく慰め無しで強制労働……
「Don’t Mind」
なんて通り一遍で薄っぺらい台詞。
もう少し感情込めてもらえませんかニケさん。
「文句があるならを真人間にしてからにしてもらおう」
「あー! キノ、と新キャラな犬山・ワンワン・陸太郎の変身後バージョン発見!!」
……仕事に戻ります。
は無事、屋上で魔物と対峙するキノと白髪オールバックを発見しました。でも校舎が反対側です。会話しながらだったのでどうやら道を間違えたようです。ざまぁ。残念な話ですね。ええ本当に。
我らがパパラッチは、ちっと至極面白くなさそうにに舌打ちします。まるでヤのつく自由業の方ばりの冷酷な顔でした。
「こっちのモードでくらい、犬耳と尻尾付けて読者に媚びれば良いものを」
そこか。
「ん?そこ以外残念がる部分ってあるっけ」
心底不思議そうに言わんで下さい。
「自重しろと云う話だよ、夢主人公」
「だが断る」
即答でした。
そんな会話をしながらも、はずるりとスカートのポケットから望遠用のレンズや部品を取り出して現在ニケに取り付けてある部品を外して取り付けなおしてピントを合せレンズの具合がいまひとつ丁度良くなかったので何度か別の発売元から出ている別タイプのものと取り換えてみてちょっと試し撮りしてみて微調整を行って納得のいく具合にまで仕上げて謎のガンファイターライダーと、だんだんクラスメイトの女子生徒の姿になっていく魔物に焦点を合わせました。これらの作業をジャスト一秒きっかりで終了させます。キノやサモエド仮面なんかに比べればまだまだ遅いですね。
二人の唇を読み、会話を見ながら窓に両足をかけて片手で窓枠を掴んだ下手すると地面にまっさかさまで危険すぎる体勢のまま、最高のシャッターチャンスを窺います。
レンズの向こうで、魔物の少女がビックカノンの銃口を前に足を止めました。
その顔には、先程までの憎しみはなく。呆れの混じった苦笑いが浮かんでいました。
た――んっ!
キノが発砲します。
弾を放ったままのキノ、そしてそれを諾として受け入れる少女。
その光景に向け、は真剣な眼差しでシャッターを落としました。
パシャッ!
瞬いたフラッシュに、レンズを向けられる者達は気付きもしなかったでしょう。
一人スクープを追い続けているは、柔らかい笑みを口元にたたえて廊下に降り立ちます。悪名しか知れ渡っていないですが、それでも報道にかけるプライドは持ち合せているのです。
今回の騒動の終結に、はふわりとスカートを翻して踵を返しました。
戻ってくる学生達や教員達と合流しなければならないのです。きっと後片付けは大変でしょう。
それでも、は清々しい気分でした。素晴らしい写真が撮れたのですから。
学園新聞の一面に相応しいと、報道部の仲間達のみならず顧問の方々も太鼓判を押してくれるはず。それは、その一員としてはこの上ない名誉でした。
「所で、気付いていなかったようなので言わせて貰うがね」
「何?」
「昨日から、私は電池切れだ」
沈黙。
一拍置いて悲痛な絶叫と、カメラを床に叩きつける音が響きましたとさ。
明日も明後日もその先も、学園編が終わらない限りとニケの報道は続く。
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報道系は学園モノに欠かせないよね!