その日、 は雑誌を買いに行った。
 目的のブツはただ一つ。本日発売のジャンプである。
 自動ドアのガラス扉をくぐり抜け、軽く、そして迷いの無い足取りで目的の書棚へ直行。
 平積みにされたそれは、探すまでも無く発見された。

「んっふふ~これがあるから生きてけるのよね~!」

 オッサンじみた発言をしつつ、は含み笑いでジャンプを掴む。
 周囲が微妙にヒいてるのにもお構い無しに、行きより軽やかな足取りでレジへとUターンして。

 丁度左横にあったガラス窓が、威勢良く盛大に突き破られた。
 そこから数メートルは離れているの足元にまでガラスの欠片が飛んできて床に墜落。
 一斉に店内のそこかしこで悲鳴が上がる。慌てて右を向いて壁際までダッシュで走るその後方で、

「はっひふっへほぉーぅ!」
「……は?」

 誰もが知ってる特徴ありまくりな高笑いに、思わず漏れる間の抜けた声。
 その声を聴いた瞬間、先程まで悲鳴を上げて逃げ惑っていたりパニック寸前だったその場の人間全員の視線が、突き破られた窓ガラスの向こうに集中した。
 窓を突き破ったある意味お馴染みの巨大マジックハンドが本を棚ごと引っ掴む。
 カプセル状のUFOが、壁の向こうから姿を現れる。それから身を乗り出しているのは、白衣を纏ったサラサラロングヘアーの美形の青年だった。
 ニヤリ、と男の口元が楽しげかつ凶悪に歪んで。

「この本屋の本は、全てオレ様がいただくのだー!」

「「「「「誰だお前ーっ!?」」」」」

 凶悪そうだが美形なお兄さんの姿を目にし、
 奇しくもその場の全員が、満場一致で力一杯突っ込んだ。

ヒーローなんていやしねぇ。


 黒絹の如き長く艶やかな黒髪。
 シャープで、やけに凶悪な印象のある吊り上った黒瞳。
 その顔立ちはやや彫りが深く、何処かのモデルと言われればあっさり納得してしまいそうな程に格好良かった。
 男は突っ込みを問いと受け止めたのか、ニヤリと笑って高らかに言う。

「オレ様はバイキンマンだ!!」
「顔違うでしょっ!?」

思わず条件反射的にツッコミを入れた自分に、はっと気付いて口を抑えるも時既に遅し。
ジャンプを抱えたままダッシュでが逃走するよりも、バイキンマン(自称)の操る巨大マジックハンドがわしづかむ方が早かった。拍子に、持っていたジャンプがばさり、と床に落ちる。

「オレ様に文句付けるとはいい度胸だな。初対面の相手に『顔が違う』とはどういう了見だ貴様!」

 怒りをあらわにしてぐいぃっと身を乗り出して顔を近づけるバイキンマン。
 何気に言ってる事が常識的+正論だが、心情的には「本来もっと単純な造りしてんだろテメェ」と突っ込みたい。

 だが、今のバイキンマンが美形であるのもまた確か。

 綺麗なお兄さんに至近距離で見つめられて(※睨まれて)美形のどアップに慣れていないが突っ込みを入れられるはずも無く。
 むしろ見惚れてどぎまぎしつつ、その美しさに女として敗北感を覚える勢いだ。

「あ、あたしは……」

 自分でも何を言いたいか把握できないままに、口を開いたその時。

「止めるんだっバイキンマン!」

 高らかに響く第二の声。
 それと同時に赤い影が巨大マジックハンドの腕を破壊し、拘束が緩んだ。
 急速な落下の感覚に、悲鳴を上げる余裕もない。反射的にぎゅっと目をつぶって身を固くする。

 が。

「大丈夫かい?」

 予想した衝撃は来ず、代わりにかけられたのは優しい気遣いの言葉だった。
 細いのに力強い腕の感触に、恐る恐る目を開けて。

「……あ、あんぱんまん……っすか……?」
「うん、そうだけど」

 にこりと微笑した金褐色の髪の優しげな美青年に、一気に顔に血が上った。
 バイキンマンと違い彼の格好はアニメや絵本と同じスタイルだがそれでも、バイキンマンとは種類の違った美形なのは確かで。ぽーっとなってるに小首を傾げて、ああと頷き。

「お腹がすいてるんだね?それじゃあ僕の顔をおた「いりません!」」

 ヤバすぎる言葉に脊椎反射で拒否をした。
 取れるのかあの顔。

「なんだ、面白くないな」
「は、」

 思わず間抜けな顔になったを立たせ、アンパンマン(自称)はふわりと浮き上がる。

「それじゃ、早く逃げてね? 邪魔だから♪」

 Σ  ゜Д ゜ ) ?! 

 あっれ正義の味方じゃないのねぇ!? と内心暴風吹きすさぶ状況で立ち尽くすなどそっちのけで、空中でバイキンマンと対峙するアンパンマン。
 どうやらバイキンマン、アンパンマンが上がってくるのを待っていたらしい。律儀か。

「今日こそやっつけてやるのだ、アンパンマン!」
「うんうん、この後パンの配達あるからさっさと済ませてね」

 びしぃッ! と自分を指さす決意に満ちたバイキンマンを、にこにこと受け流すアンパンマン。
 一見しただけで力の差が歴然としたやりとりである。

「覚悟!!」

 見るからに熱い叫びを上げて、巨大マジックハンド(複数に増えた)にハンマーを持たせて攻撃をしかける。通常なら確実に潰れて終わりなその攻撃を、しかしアンパンマンはひらひらと余裕の表情で避けて。

「えーい」
「うぎゃああああっっ!?」

 無造作な蹴りをUFO本体へ叩き込まれ、悲鳴を上げてUFOごと天井付近の壁を突き破って消えるバイキンマン。
 派手な音を立てて、天井付近の壁と天井が崩れて大穴が開いた。店内で悲鳴が上がる。
 それに頓着する事無く、バイキンマンを追ってアンパンマンの姿が外へと消えた。

「いっくよーアーン……」

「ちょ、ちょっとまてぇぇええええっッ!!」

「(無視)パーンチ!」

 破砕音に似た轟音。
 それに紛れて「バイバイキーン!」と聞こえた気がした。
 そして残されたのは完全に荒らされて、破壊され尽くした本屋のみ。

 このまま潰れるかな、この店。

 大穴から覗く青空が、なんだかやけに眩しかった。



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正義の味方さアンパンマン。みんなだいすきアンパンマン。みんなのヒーローアンパンマン。
それはそうとこの話はギャグです。ギャグです(だいじなこと)