彼女にはある日課があった。
朝食の後、昼食の前。約三時間に渡る“日課”を、彼女は日々欠かした事は無い。
今日もその日課をこなすべく、健康に宜しい愛用品たる低反発枕を宙に舞わせて絶叫する。
「くたばれルビィィイイイイイイイイイ!!!!!!!」
憎しみの篭った必殺の一撃は、愛用品たる低反発枕六十八号を華麗かつ確実に貫き通した。
でも大丈夫、最近では一週間に一、二回のペースで枕はお陀仏になっているから既に六十九号はスタンバイ済みだ。
ちなみに本人、これが日課であるという自覚は無い。毎日しているけれども。
据わった目のまま、は荒々しく枕から腕を引き抜く。どういうスピードと力でもって貫いたのやら、枕には見事な穴が開通しているが、当人は気にする様子も見せない。静かに枕をベッドに乗せて、ついでに殺意と体重も乗せて肘で丹念に丹念に丹念に丹念に、ヤバいくらいに執念深く丹念に抉る。
「うふ、ふ、ふふふっうふふふふふふふふふふふふふっこの私の怒り思い知りなさい馬の骨……ッ!」
ブツブツと流れ出す呪詛。
何故だろうか、爽やかな日差しすらもが怨念に彩られてそこだけホラー。
優しいパステルカラーのパジャマも暖かい色合いをふんだんに使った部屋も、今は恐怖を助長させる小道具以外の何物でも無い。……そんなホラー要素は無い小道具のはずなのだが。
家族も慣れたもので、もはや恒例と化した彼女の日課に口を挟む者はいなかった。
というか、怖いので基本この時間帯は近寄らない。この時間帯だけは虫の一匹も近寄らない部屋だが、負の感情に引き寄せられるらしく、大量にゴーストポケモンは寄って来るのが更に拍車をかけている。
ひとしきり枕を通して見知らぬ男に呪いを送ると、はふぅ、と息をついて、ベッドで人形宜しくぽけっとしているジュペッタの肩をがっしと掴んで息を吸い込んだ。
「あ・あ・あ・あっ! もうッ! ほんっと腹が立つったら……! ねぇジュペッタ!?」
「ジュペ……」(どうでもいい……)
「そうよね貴方もそう思うわよね!? 男なんて滅べばいいわよね!」
ダレたジュペッタの反応に、しかし我が意を得たりとばかりにはジュペッタを抱き締める。
ジュペッタの目がやや遠いものになる。ゴーストポケモンでなかったら確実に窒息しているくらいの力は込められているので。恨みの念に引き寄せられて集まったカゲボウズ達の同情の眼差しが、そこはかとなくジュペッタに向けられる。
「ジュペー……」(同情するくらいなら助けてー……)
「んもぅ、ジュペッタったら理由が聞きたいって?そうね何度話しても話足りないわ!」
グッ! と雄々しくこぶしを握り締める。
その腕の中で込められた力に、うっかり中身が出そうなジュペッタ。
しかしやっぱりお構いなしに、は昔語りに突入する。
「そうよあれは忘れもしない三年七ヶ月一週間と二日前の事だった! 私の可愛い可愛い可愛い小さなお友達のサファイアが、ルビーもとい見知らぬ小汚いクソガキを連れて尋ねてきたのはッ!!」
思い出したら更にムカついてきたらしい。
爛々と目が邪悪に底光りし、ドロドロした怨念オーラが室内を支配する。
「最初は嬉しかったわええ嬉しかったですとも! だって可愛いサファイアの新しいお友達!!
しかも小さなサファイアは家から出る事のできない私を気遣って、いい、私を気遣って、よ!? あのクソ坊主を連れてきてくれたんだって分かってたもの嬉しくないはずが無いのよ!!! ジュペッタ貴方も分かるわよねこの気持ち?!」
「ジュペ」(いや知らん)
「ありがとうジュペッタ……理解してくれるのね!」
ひしっ! とジュペッタを抱き潰しつつほお擦りする。
幼い頃から心臓に持病をかかえているは、それ故に激しい運動を禁じられ、家で静養する日々を送っていた。
生まれつき病弱なのだ。腕力強いし枕を素手で貫通するくらいの戦闘能力は保持していたりするが。
ぶっちゃけ殺しても死なないんじゃないかなという説もあるくらいだが。
ともかくそんなにとってサファイアは、年の離れた友人であり、同時に妹同然の存在だった。
サファイアもを友人のように、姉のように慕っている。
「ちょっとさみしかったのも確かだった、あのガキとサファイアの仲の良さに脳天カチ割ってやりたくもなった!
ついでにサファイアに手ぇ出すんじゃないか口には出せないような下賎な事を無理強いするんじゃないかと心配で心配でたまらなかったけど脅しかけた結果としてあの馬鹿ガキと疎遠にでもなったらサファイアが悲しむんじゃないかとあえて耐えもしたっ!!」
当時の二人の年齢を考えるとそれは杞憂以外の何物でも無い、むしろそんな事を考えるお前の方がヤバいだろと突っ込みたくなる発言だ。しかしは大マジだったりするので非常にタチが悪かったりする。何考えてるんだお前。
「今思い出してもあの時引き離しておかなかったのが悔やまれる……!
アレのせいでおしとやかで可愛らしかったサファイアが……いや今でも可愛いんだけどサファイアが立派な野生にいいいいいいいいいいいッ!! くぁああああああおのれルビィイイイイイイイ!!!!!」
「ジュペーッ!?!」(ぎゃーッ!?!)
怒りのままにジュペッタを雑巾絞りする。
ジュペッタが悲鳴を上げたが、無論の事怒り心頭なが気にするはずも無い。
サファイアとルビーが一緒にいたのはたった数日の間。
けれどその間に起きたある一件は、の可愛いサファイアの性格に大きな変化をもたらした。
何があって、どういう経緯でサファイアが変わってしまったのかをは知っている。
だからルビーに大きく非がある訳でも無いのは、自身承知していた。
なにより彼女自身が望んだ変化であり、サファイアが身を守るだけの強さを身につける事にも異議は無い。
の、だが。
「せ・め・てっ! 一撃は食らわせてやらないと収まりがつかないのよね!
ふふふふふ待っていなさいルビー! 再会したあかつきには最大級の一発をお見舞いしてやるわーッ!」
雑巾絞りにしたジュペッタを無造作に放り出して、は今日も今日とて決意を新たにする。
再会したルビーがの決意通り、格闘ポケモン顔負けの一撃必殺な攻撃を加えられて見事に病院送りにされるのは、これより三年後の事。
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反転するとジュペッタの言葉の訳がありますよー。