主の周囲がざわついていた。また戦争いくさが起こりそうに見える。
 以前と同じように暴れ廻れば良いのかと思いきや、その相手は主の兄であった。
 今剣は刀である。人の理屈は理解できぬ。
 主が己を振るわぬのであれば、ただその意思に添うのみである。

 持仏堂には主の妻と、四つになる娘がいる。幼いながらに命運を悟っているのだろう。泣きじゃくる稚い我が子をあやす主の妻は、口の中で何か祈りながら、その身を抱いてあやしている。娘は容易には泣き止まない。主の妻が我が子に頬を寄せて、はらはらと落涙する。
 外ではわずかな主の手勢が、押し寄せる敵を薙ぎ払っている。岩融の豪快な笑い声が響いている。我等の戦いはこれきりであるのだと、良く理解しているようだった。

 主は仏の前に坐して読経している。

 今剣もまた、主を真似て読経している。

 人ならぬ身が唱える経であったとしても、仏が聴かぬ道理はあるまい。
 外では喧騒が響いている。主の籠った持仏堂も燃えている。駆け込んだ主の家臣が、他の者等の討死を告げる。炎に囲まれながら、主が己の柄を握った。鞘を払う。はだけられた腹へ、己の切っ先が宛がわれる。

 今日こんにちまでの日々が、走馬灯のように巡る。

「……だいじょうぶですよ、あるじさま。
 じごくのおにがあいてでも、ぼくはまけたりしませんから……」

 今剣は守り刀である。鞍馬のお山で修行を積んだ、立派な小天狗で、付喪神である。
 主の命を守る事はできずとも、誇りを守る事はできる。最期まで添う事も叶う。此の世ならざる地獄でなれば、主と言葉を交わすすべもあろう。
 己の切っ先が、主の腹へと喰い込む。

 初めて顕現された夜、そんな夢を見た。



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