出陣から戻って見れば、審神者は本丸に不在であった。
代わりに部屋には何枚もの鏡が懸かっている。大きな鏡の数を勘定したら八つあった。
小さいものを含めればもっとある。
鶴丸はその一つの前へ来て腰を卸した。
鏡には己の顔が映っている。顔の後ろには鍛冶場が見える。
三日月宗近が、何処か見知った顔の男に連れられて通る。見知った顔の男は三日月に何処となく似通っている。三日月のみに限らず、三条の刀達の誰にも似ているように思えた。
少なくとも審神者でない事だけは確かだ。何処で見た顔だっただろうか。もっとよく男の顔を見ようと思ううちに、男と三日月は通り過ぎてしまった。
男が出た。先程とは別の男だ。狭苦しい穴倉で、男の肌は気の毒な程色艶が悪い。
ひやりと湿った土と、饐えた臭いが伝わるかのようだった。
昏い穴倉で、男は微動だにしない。
審神者は未だに戻らない。
瞬きの間に、穴倉はひろびろとした座敷へと変わった。
座敷では、男が舞っている。傍に控えるのは薬研藤四郎とへし切長谷部だ。鼓を打つ小姓の傍には不動行光が控えている。ひらりと、端で桃色の袈裟が翻った。
ちょっと様子を見ようとしたが、袈裟の持ち主は決して鏡の中に出てこない。
男は敦盛を舞っていた。鏡の角を覗き込むようにして見る。
座敷は神殿になった。
開け放たれた障子の先で、無数の紫陽花が露を含んで綻んでいる。
白いばかりの紫陽花の上に影が差す。怖れるように密やかに、恋い慕うように脇目も振らず、男は神殿へと忍んでくる。
影が鏡を覆った。次いで現れたのは片目の伊達男である。
その横には大倶利伽羅が立っている。ついと上げられた双眸が、鏡越しにこちらを射抜く。
驚いて立ちあがった。
鏡には、目を丸くした己の顔だけが映っている。
鶴丸はしばらく立ったまま、間抜けな顔を晒した己を眺めていた。
本丸の喧騒は遠い。審神者は未だに戻らない。
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