こんな夢を見た。
轟々と火が燃えている。燃えているのは寺だ。
射掛けられた盛大な篝火が、天を衝いて仄暗い空を炙っている。
手勢は少なく、信長様は弓を持って応戦していた。弓は尽く使い尽くされて弦を絶たれ、次いで槍を持って敵に応じていた。主も共に応戦したが、槍に突かれて果てた。
己は刀、短刀の身であったので、主を助ける事も、その首を手柄として狩り落とされる事にも抗う事はできない。主の首を落とした男の後ろ姿に呪いの言葉を吐き続ける。
男は最後まで、主の腰にあった己に気付く事は無かった。その手に握られた無銘の槍は、世の習いだ。許せよ。そうとだけ言って去っていった。
手傷を負った信長様は、ただ一人、薬研を伴って殿中へと消えた。
薬研は「すまねぇ不動、必ず後で迎えに来る」と言って信長様と共にいった。
己は「俺の事はいいから、信長様を御守りしろよ」と答えて残った。
轟々と燃える巨大な篝火は、主の身を焼いていた。主と共に、己の身も燃えていた。
助かりたいとは思わなかった。己はこの火急の時においてさえ、主の助けにも、信長様の助けにもなる事が叶わなかった。ただ、脇に馬鹿のように控えて振るわれるのを待っていただけである。信長様に特別気に入られていた、己の主が燃えていくのを眺めている。
時々炎が崩れる音がする。主は信長様より己を拝領した。最も信長様に愛された己を。
なので、主と呼んではいてもその実、同胞であるかのような心持ちであった。
共に信長様を愛し、誇り、支えていくものであると思っていた。
主は首を喪い、今こうして燃えている。
信長様は助かるだろうか。幾度と無く窮地を切り抜けてきた信長様である。
己は主の誇りを守る事が叶わなかった。よしんばあの方が喪われるとしても、介錯は薬研が見事、務め上げるだろう。己とは違う。夜は段々と明けていく。火がぱちぱちと鳴る。
鉄をも焼く、勇ましい炎である。己は喪われるだろう。
遠くの空は既に明るい。寺は燃え落ちるだろう。
信長様は逃げ出せただろうか。己は未だ、思考を明瞭なものとしている。叶うならば一刻も早く、終わりが来ることを願う。主の誇りを守れなかったこの身に叶うのは、最早黄泉路の供を成す事のみである。
「……一度生を得て…滅せぬ者のあるべきか――」
火の手は刻々と弱まっていく。寺が崩れる。そうして、己は取り残される。
裏切り者はいまだ人間達の記憶に残っている。主を殺したのは明智光秀である。この記憶が刻み付けられている間、明智光秀は自分の敵である。
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