部屋の真ん中には火鉢が据えられ、その上には金網が乗り、鰯が並んで炙られている。
火鉢の前で漫然と並んで座った新入り刀は、黙然としてお猪口を傾けている。肴は鰯だ。
薄暗い室内で蝋燭の灯りに照らされた小狐丸は、酒の加減でうすらと頬を染め上げている。その様を眺めながら、この新入りの口上を思い返していた。やたらと小、である事を強調していたように思う。同様にお猪口を傾けながら、
「小狐。お前は何故その銘を刻まれたのだ」と聞いた。小狐丸は鰯を突きながら、
「ふふふ。何故、大きいのに小狐と? ……遠慮ですよ」と澄ましていた。
ぐい、と一息にお猪口を煽る。ふう、と長い息を拭き出せば、「酌をいたしましょう」と目元を柔らかくして、小狐丸がなみなみと酒を注ぐ。そして小狐丸が、
「ぬしさまは、この小狐の銘が気になると仰る」と聞いた。それに鷹揚に頷いて、
「酒の肴には程好かろう」といった。小狐丸は一息にお猪口を煽ると、ふぅと息を拭いて、
「では一席、語らせて頂きましょう」といった。
雪見障子越しに差し込む月の光が、部屋のそこかしこを漂う。
「我が身が打たれたのは、時の帝たる一条の院の御意向によるもの。
尊き御方より、名指しでの御尊命。名誉な事でございます。
しかし我が父の周りには、この小狐を打つに足る相槌を打てる者がおりませんでした」
小狐丸は笑っていた。お猪口を干せば、「さ、どうぞぬしさま」と更に酒が注がれる。程好く焼けた鰯の塩気が酒気に溶けて、馥郁たる香りが舌から鼻へと抜けていく。
上機嫌に語る小狐丸を見る。
「伝ふる家の宗近よ。心安く思ひて下向し給へ。
よし誰なりとも頼むべし。
勅の御剣を、打つべき壇を飾りつつ、
その時われを待ち給はば、
通力の身を変じ、通力の身を変じて、
必ずその時節に参り会ひて御力を、つけ申すべし待ち給へ」
と朗々と唄い、小首を傾げて見せた。
「縋る思いで詣でた稲荷明神の膝元にて、出会いましたる不思議な童子。
かの者の言葉通りに支度を整え、鍛冶壇にて祈りを捧げておりますと現れましたるは稲荷の御使いでございました」と懐かしむように語りながら、小狐丸がお猪口を満たす。
気付けば肴は尽きていた。夜の帳がしんしんと忍び入る室内で、したり顔の狐が笑う。
陰りを帯びた障子がぐるりと廻る。雪月の光は白々と冷たい。玲瓏な小狐丸の声が、
「かくて御剣を打ち奉り、表に小鍛冶宗近と。
神体時の弟子なれば、小狐と裏にあざやかに」
と唄っている。道化ながら、遥か昔の感慨にふけるかのように。
響く声が唄っている。ぐるぐると、深い淵で唄っている。
――これぞ天下第一の、二つの銘の御剣にて。
四海を治め給へば、五穀成就も此時なれや――
それは御使いよりの伝聞か。お前自身の記憶か。如何に。
譫言めいた泡沫の問いかけに返ったのは、にんまりとした狐の笑みだけであった。
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