こんな夢を見た。

 己を顕現した審神者を負ぶっている。確かに己の審神者である。ただ不思議な事には何時顕現されたのか、皆目見当がつかない。岩融が俺は何時から主の下にいるのだったかと聞くと、ずっと前からさという答えが返った。声は主の声に相違ないが、どうにも誰かに似ている気がしてならない。審神者の顔を見ようと顔を捻ってみても、伏せられた面はどうにも伺えそうにもない。岩融は審神者を降ろすか否か思案した。

「後で見せてやろう」と背中で審神者がいった。
「どうして分かった」と顔を後ろへ振り向けながら聞いたら、
「長い付き合いだからな」と答えた。

 そんなものかと首を捻る。長い付き合いとはいうが、岩融は何時からこの主の下にいるのかまったくもって覚えがない。顔の見えぬ主が、背中で「ふふん」と笑った。

「何を笑っているのだ?」と問えば、
「今に分かる」といった。

 審神者に促されるまま、岩融は山へと分け入っていった。
 山道は険しく、枝を掻き分けながら進まねばならない程に鬱蒼と茂っている。
 道なき道を歩んでいるはずであるというのに、背の審神者は「あちらに行くのが好いな」「そちらの路はいかん。あちらへ行け」と好き勝手に命令する。
 進めば進むほど、山道は暗く影が落ちる。岩融は夜目が利かない。手が塞がっているのも頂けない。このような場所で小回りの利く敵短刀にでも遭遇してしまえば一貫の終わりである。
 このまま進んでいて良いものか、岩融は少し躊躇した。
「気にするな」と審神者がいった。岩融は仕方なしに闇の中を手探りで進んだ。

「そら、もう少しだ。――ああ、丁度こんな日だったな」

 審神者が背中で、独り言のように言っている。

「何がだ?」

 岩融は、眉根を寄せて聞いた。

「何がって、お前もよく知っているだろう」

 馬鹿な事をと言いたげに、審神者が答える。岩融は口を噤んだ。知っているような気がしていた。けれども、判然はっきりとは分からない。ただ審神者の言う通り、こんな日であったような気はしている。もう少し行けば分かるように思える。
 分かっては大変だから、分からないままにしておきたいような心持ちがして、岩融は足を重くした。背の審神者は何も言わなかった。岩融は堪らなくなった。

「ここだ、ここだ。丁度この館の前だ」

 背の審神者が声を上げた。岩融は覚えず留まった。何時しか朽ち果てた館の前に立っていた。
 火を掛けたのだろう、黒く炭化した柱は崩れ、既に残るのは往時の面影のみである。

「なぁ岩融、この館の前だったな」
「ああ、そうだな」
「文治五年の事だったか」
「俺は薙刀ゆえ、そんな細かな事までは覚えておらん」

 憮然と返せば、そうか、と背の男が笑う。笑い声には嫌な咳が混じっている。血の塊が、喉奥につっかえているようであった。だらりと垂れた四肢から血が滴る。その手足には無数の傷がある。手足のみならず、その身体にも無数に矢を受けているのだと岩融は知っていた。
 ずしりと重い男が、己を振るった唯一の主が、懐かしむようにいう。


「我らが死んだのは、ここであったなぁ」


 己はとうにこの主と果てたのだという自覚が、忽然として頭の中に起こった。
 俺はずうっと主と共に在ったのだなと始めて気が付いた途端に、背中の男は哀しい程に軽くなった。



TOP