こんな夢を見た。
己は黄金色の茶室で、主と向かい合って坐っている。
輝く茶室は薄暗く、ぼんやりと頼りなく揺れる行燈に照らされる主もまた、ゆらゆらと陽炎のように揺れていた。疲れ、一夜にして十年もの年月を重ねたように重苦しく倦んだ目をしている。身に沁みついた線香の残り香が、部屋の中を我が物顔に回遊していた。
部屋は全てが輝かしい。壁も柱も天井も、障子すらもが全て金張にされている。
座布団に坐る己の下へと目を落とせば、畳面は猩々皮、縁は萌黄地金襴小紋と目の潰れるような華やかさである。
障子に貼られた赤の紋紗が、時折思い出したように差し込む日差しを赤く染める。
お前は刀である。
僧服の主がいった。刀なれば、戦が終わる日も知れようか、と主がいった。
江雪は躊躇いながら言葉を返した。刀なれども、戦が終わる日は知れません。私は貴方の刀です。貴方が望むのであれば、避けられぬ戦を終わらせるため、お力添え致しましょう。
深々と、重たい溜息を主が零す。
身の置きどころのない心持がして、江雪は自然と頭を垂れた。
刀は、使われぬほうが良いのだ。分かるか江雪。
刀を抜く前、使う前に、振るわぬように我らは和睦に務めるのだ。分かるか江雪。
江雪は首肯した。己は刀である。しかし、主が己を振るわぬよう努めてきた事を誰よりもよく知っていた。戦は、嫌いです。江雪は首肯した。
「どうしても……避けられない戦い、なのでしょう?」
避けられぬ。間を置いてそう応えた主の声は悲哀に満ち満ちていた。
鋭い刃で胸をぐさりと刺し貫くような心持がして、江雪は奥歯を強く噛み締める。
なぁ、江雪。
主がいう。私は、戦を避けようと奔走してきた。戦など無い方が良い。命を奪い合う人間の有様の、なんと罪深い事か。修羅畜生に違わぬ愚かしさよ。世は悲しみに満ちている。
かの地は地獄図絵となろう。せめて、祈るが手向けとなろう。
刀の身には、分からぬか……。
主がいう。含まれた憂いが、江雪の心の臓を凍らせるようであった。
線香の匂いが纏わる。ひたひたと冷たく内から刺す臓腑に、袈裟をいやというほど握り締めた。いいえ、いいえ。理解しています。戦がどれほどまでに愚かしいことか。争いは何物をも生みません。私は、己の力を振るう事を好みません。
決然と面を上げて答える。唇が震える。
眼前にて座禅を組む面影が、ぱかり、とぬらぬらと赤い口を開いて嘲笑った。
そうか、理解るか。
ならば江雪左文字よ。私の佩刀よ。
「貴方は何故、鞘から抜かれて在るのか」
全身から汗が噴き出す。抜身の己が手の中に握り込まれている。
視線が畳を這う。鞘は見当たらない。揺らめく赤い光を受けて、刀身は血濡れに染まっている。線香の匂いがする。しぃんと耳を犯す静寂が脳でぐるぐると巡っている。言葉がつっかえて、喉に張り付く。擦れた呼気が漏れ堕ちた。涙がほろほろと出る。
答えねば、とその思考ばかりが頭を埋め尽くす。返す言葉は見つからない。ただ、何処もかしこも一面に塞がって、出口など見当たらぬ有様だった。
何れ、お前の答えを聞こう。
懐かしいひとの言葉が江雪の口を塞ぐ。南無釈迦牟尼仏。
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