空から男が降ってきた。

 比喩ではない。実際落ちてきたのだ。ひゅーんと。
 どぼぉおおおおおんと落下距離に比例した大きさと高さの水柱が着水地点で上がり、生まれた波が船をたっぷんたっぷんと揺らす。この程度の波で沈むような船ではないので、あなたはその点は心配していなかった。
 しかし、空から水以外の物が降ってくるとはいったい何事だろうか。見上げてみるも、そこには円形にきらきらと光る雲があるだけだった。
 空飛ぶ船でもあるのかと期待していたのだが、特にそれらしいものは見当たらない。
 あなたはしょんぼりと肩を落とした。あるなら乗ってみたかったのだが。

 となると、どこかのレア魚にでも小突かれて飛んできたのだろう。
 ガゼルの角でやられたか、ひょっとしたらウォリアーの頭突きでも喰らったのかも知れない。

 錬金術の魔女はといえば、整った顔を思い切り顰めて不愉快そうだ。
 全身を覆うゆったりとしたローブの下、白と灰色の上品な色合いをした毛並みは一部が濡れてしまっている。普段は鍵尾型の素敵な尻尾も濡れてしまったようだ。
 ぼわりと怒りに尾を膨らませ、ぶるぶると震えて水気を飛ばそうと躍起になっている。

「ああもう、最悪だわ! こっちまで水が飛んできた!」

 きぃい! と毛を逆立てて憤慨する魔女に肩を竦めて、あなたは男が沈んでいった場所めがけて釣り竿を振るう。獲物はすぐに引っ掛かった。
 ぐん、としなる釣り竿を握り締め、足を踏ん張り力をためて――フィーッシュ!

 ざっぱああああああぁああん、と水飛沫と共に巨体が触手をくねらせる。
 黄色系統のポップでキュートな色合い、あなたの身の丈を余裕で超えていくサイズ感。
 頭部(?)でうねうねしているごんぶと触手は、先程沈んでいった男をしっかりがっつりキャッチしている。

 浮かんでこないと思ったら、捕食されかけていたようだ。
 イソギンチャクに捕まるとは、まったくもって不運な男である。

「ちょっと、ここで釣りをするのは止めて欲しいんだけど?」

 あなたは魔女に向かって片手で謝罪した。
 港で釣りをしてはいけないのは重々承知しているが、今回は人命救助という事で見逃してほしい。迷惑をかけた詫びはきちんとするつもりだ。ドクターブラック一尾でどうだろう。

「……しょうがないわね。それなら私、団子フナの方がいいニャー」

 OK、お任せあれ。
 にぱぁと笑った魔女に向かって、あなたはこっくり頷き返すと釣り竿の先へと向き直る。

 釣りは生存競争、魚と漂流人のタイマン勝負。
 海のモズクになってしまうのはごめんだが、今回ばかりは大砲や銛砲塔の補助を使う訳にもいくまい。釣り竿だけでの戦いなど、一体いつ以来の事か。ふっとあなたはニヒルに笑って、イソギンチャクのつぶらな瞳を睨み付けた。

 ――いざ、勝負!


 ■  ■  ■


「うえぇ……錆びるかと思った……」

 イソギンチャクから救出された男が真っ先に発したのは、そんな感想だった。
 男は御手杵、というらしい。
 人間ではなく、大事そうに抱えている槍のツクモガミとやらだそうだ。
 見た目はまるきり同族なのだが。漂流人になってから、釜山ぷさんちを除けば初めて会う同族だと思っていただけに、あなたは少しがっかりした。

 それはともかくとして、御手杵というツクモガミは漂流人では無いらしい。
 なんでも、ジカンソコー中にうっかりジクウノユガミ? とやらに迷い込んでしまい、気が付いたら空からまっさかさまに落ちていたそうだ。
 だから当然自分の船は持ち合わせていないし、釣りなんてした事も無ければ見た事もない。
 釣り竿だって持ち合わせていない。
 海を見た事すら初めてだとの事で、あなたはとても驚いた。
 世界のほとんどが海に沈んで久しいというのに、御手杵はいったいどこで産まれ育ったというのだろう?
 あれこれと質問してみるも、御手杵の話はサニワだのなんだのと今ひとつ要領を得ず、疑問が深まるばかりだった。
 かろうじて分かった事といえば、御手杵を家まで送り届けようにも、普通に航海して辿り着ける場所ではなさそうだという事くらいか。
 自分ではどうにもしてやれないが、こういう不可思議な出来事は錬金術の魔女の領分だろう。
 我関せず、という顔で毛並みのお手入れをする魔女に話を振ってみれば、魔女は大きなスカイブルーの瞳を細めて、御手杵を上から下まで一瞥するとフン、と鼻を鳴らした。

「摂理に反する事をしている弊害だわ。そういう連中で、こうやって世界の隙間からうっかり落ちてくるヤツはさして珍しくもないわよ」

 御手杵は、魔女の冷ややかな視線に居心地悪そうな顔だった。
 普段にこやかな錬金術の魔女が、こうも冷淡な物言いをするのは珍しい。話がよく分からないのだが、ひょっとして御手杵は悪いやつなのだろうか。今からでも海にリリースした方が良かったりするのだろうか?

「やめて!? 俺悪いやつじゃないから! 悪いやつをやっつける側だから!!」
「私に言わせれば、世界の摂理に反する連中はどいつもこいつも大差ないわ」

 どうにも物言いに棘があるが、何か因縁でもあるのだろうか。
 問えば、「そんなのじゃないわ。ただ、自身もその摂理の一部で、普通の生き物より更に近い存在である癖に流れに逆らうような真似に加担してる――要するに、こういう手合いが嫌いなだけよ」と魔女は思い切り顔を顰めた。うん、難しくてよく分からないが、つまり個人的に嫌いなタイプという事でよろしいか。

「…………。……まぁ、そうね。それでいいわ」
「あー。それじゃあ、しょうがないかあ」

 魔女が呆れたような顔で溜息をつき、御手杵が気の抜けた顔で苦笑いを浮かべた。
 それで結局、自分は御手杵をどうすればいいのだろう。助けておいて見捨てるような非道をするつもりは無い。
 拾った以上、最後まで面倒を見るくらいの甲斐性は持ち合わせているつもりである。
 帰れないなら、漂流人として一人でもやっていけるように仕込むのもやぶさかではないが、帰る場所があるならそこに帰してやりたい。

「アナタ、ほんと物好きよね」

 あなたは思わず笑ってしまった。
 海の掟は相互扶助、だ。人を助けるのに理由は要るまい。
 錬金術の魔女だって、御手杵を助ける事を強くは止めなかったのだからどっこいだろう。

「そうなのか? ありがとなぁ」
「っ別に、アンタに礼を言われる事じゃあ無いわ」

 御手杵の言葉に、魔女はぷい、と顔を背ける。
 尻尾がぴーんと立っているので、まぁ悪い気はしていないようだ。
 微笑ましさに表情を緩ませるあなたと御手杵に、魔女は気まずいのかこちらを見もせずに早口で告げる。

「帰る方法だったわね! それなら簡単よ、ソイツ、元の世界との縁がすっごく強いもの! 放っておいても半日か一日かすれば、自然と元の場所に帰る事ができるわ! だから何もしなくて問題無し! はいこの話はここまで!! ほらほら行った行った! 私だって暇じゃあないんだニャー!!」
「あ、なんだ。自然と帰れるのかあ」

 追い立ててくる魔女、ほっとした様子で胸を撫で下ろす御手杵。
「ありがとなぁ」と深々魔女に頭を下げる御手杵に倣って改めて礼を述べると、魔女に急かされるままに碇を上げて船を出す。団子フナ、楽しみにしていて欲しい。

「コーントッパーズでもいいニャー!!!!」

 はははお安い御用だ。
 ――さて。魔女から半日、あるいは一日で自然と帰れるとお墨付きをもらった御手杵よ。

「ああ」

 正直、自然に帰るとかいまいちよく分からないのだが、魔女が言うなら間違いはないのだろう。そこで問題になってくるのは、帰るまでの時間である。船に乗せておくのは別にいい。
 だが、どうせなので御手杵には、ぜひとも釣りを覚えてもらおうと思う。

「えっ」

 何を不思議そうな顔をしているのか。
 釣りは生活において必須の技能である。いったいどういう生まれ育ちであるのかは知らないが、釣りのやり方も知らないようでは今後困る事もあるだろう。どうせ船の上では、釣り以外する事なんて無いのだ。暇潰しにも丁度いいし、何より覚えて損は無い。それとも、何か他にやりたい事でもあったりするのだろうか。

「いや、俺は刺す以外能がないからなあ。俺にできるもんなのかと」

 なんだ、そんな事かとあなたは思わず笑ってしまった。
 誰だって最初は初心者から始めるものだ。あなたとて、初めて釣り竿を持った時には振り方すら覚束無かったものである。どんな初心者でも、どんな下手くそであっても、場数を踏めばそれなりにはなる。
 御手杵は体格もいいし腕力もありそうだ。覚えればきっとすぐに上達するだろう。

「そうかぁ?」

 何故そんな疑念と不安の入り混じった目を向けるのか。
 言っておくが、これでもあなたはわりと腕利きの漂流人なのである。
 魔法は才能が物を言うので教えられないが、釣りに関しては相当に場数を潜ってきたと自負している。
 その自分が言うのだから間違いない。
 御手杵ならきっと、そこらのボス魚だって簡単に釣れるようになるはずだ。

「それならいいんだけどなぁ。
 ……なあ、だんごふな? とかこーんとぱぁず? って、俺でも釣れるか?」

 団子フナやコーントッパーズはレア魚だ、限られた海域のみで稀に釣れる魚である。
 当然、そこらで泳いでいる魚に比べれば難易度は高い。釣りのコツさえ覚えてしまえばさして難しい相手ではないし、時間があるならのんびり釣り糸を垂れていればそのうちかかるものなのだが、御手杵の場合は時間的に厳しいだろう。なにせ、レア魚はそれだけ釣れにくいものだから。要するに、運だ。

「運かあ……俺、そっちはあんま自信ないなぁ」

 魔女に礼がしたいなら、他の魚でも問題無い。
 釣りやすくて魔女が喜ぶ魚と言ったら、やはり御手杵を捕まえていたようなイソギンチャクだろう。

「えっ」

 研究で使うとの事で、錬金術の魔女はよくイソギンチャクを釣ってきて欲しいと依頼してくる。あれはレア魚よりはるかに釣りやすい。そこらで釣り糸を垂れていればほいほいかかるから、経験値稼ぎにも丁度いい獲物ではなかろうか。

「えーっとさ……それ、他の魚じゃダメか?」

 へにゃり、と眉をハの字にする御手杵。イソギンチャク釣りはお気に召さないようだ。
 捕食されかけただけに、苦手意識を抱いてしまったのかも知れない。気の毒な。
 では金魚はどうだろう。一人暮らしの慰みに、と魔女は金魚の捕獲も依頼してくる。これもわりと頻繁に入ってくる依頼なので、お礼がしたいのなら、こちらでも良いのではなかろうか。

「金魚って、海で釣れるもんなのか?」

 釣れるものだが、それがどうかしたのだろうか。

「えー……そうだっけか……? 主が言ってたのと、なんか違うような……?」

 納得いかなそうな顔をしているが、釣れるものは釣れるのだ。別に気にしなくてもいいと思う。それで結局御手杵は、金魚とイソギンチャクのどちらを狙うのか。

「金魚で」

 即答だった。イソギンチャクが残した心の傷は、あなたが思うより深そうだ。
 釣り竿はどうしようか。あなたが貸してもいいが、どうせなら手に馴染むものであるのに越した事はない。
 御手杵の抱えている槍なんかは使い慣れていそうだし、ちょっと釣り竿に改造してみるというのはどうだろう。

「嫌だぞ!? これ俺の本体だからな!?!
 釣り竿にするとかずぇっっったい! に! 嫌だからな!?!?!?」

 そんな全力で後ずさってまで嫌がることも無いと思うのだが。
 釣り竿兼槍。攻撃力も高くて、なかなかロマンがあるのではなかろうか。

「いーやーだー!! 槍は! 釣り竿に!! ならない!!!!」

 大きな身体で必死に槍を抱え込みながら主張する御手杵に、あなたは困り顔で頬を掻いた。
 そこまで必死で主張しなくても、別に強要したりしない。
 あからさまにほっとした顔になる御手杵に、あなたは解せない気持ちでそういうものかと首を捻る。
 槍は、どうやら御手杵にとって特別なようだ。なら槍の釣り竿は渡さない方がいいだろう。
 となると、やはり御手杵にはアレが良いのではないだろうか?
 あなたが道具箱からいそいそ出した釣り竿に、御手杵の顔が分かりやすく引き攣った。

「や、待ってくれ。それ、まさか釣り竿とか言わない、よな……?」

 そうだが、それがどうかしたのだろうか。
 武器繋がりで、この偽剣の釣り竿が一番使いやすいんじゃないかと思ったのだが――ああ、これも御手杵的にはアウトだったか。それは申し訳ない事をしてしまった。
 orz状態で「こんなのねぇよ……あんまりだろぉ……!!」と床ドンする御手杵に、あなたは気まずい気持ちで頭を下げた。だって泣くとか思わなかったし。良かれと思ったのだが、何がいけなかったんだろう。
 ところでお嘆きのところ悪いのだが、船の縁でそんな体勢でいるのは正直あまりお勧めできない。

「へっ――ぇええええうぇええええええ!?!」

 時々魚に襲われるから。
 ――と、言いたかったのだが遅かったか……。


 なお、出現したイソギンチャクは御手杵によって瞬く間に仕留められた。
 御手杵は、やはり槍を釣り竿にすべきだと思う。


 ■  ■  ■


 マグロ、ヒトデ、えび、サザエ、サザエ、イガイ、サバ、アサリ、イワシ、ヒトデ、イワシ、ヒラメ、サバ、エイ、マグロ、サバ、アサリ、えび、カラシン、サバ、イワシ、アサリ、サザエ、サザエ、えび、えび、ヒゲナマズ、ハワイアン、ヒトデ、マグロ、カラシン、ウニ、ヒトデ、えび、アサリ、サザエ、イガイ、イガイ、サバ、アサリ、イワシ、ヒトデ、イワシ、ヒラメ、サバ、エイ、マグロ、サバ、アサリ、えび、カラシン、サバ、イワシ、アサリ、ヒトデ、サザエ、ヒトデ、えび、ヒゲナマズ、ハワイアン、ヒトデ、マグロ、カラシン、ウニ、ヒトデ、えび、サザエ、ロブスター、ロブスター、イガイ、サバ、アサリ、イワシ、ヒトデ、イワシ、ヒラメ、サバ、マグロ、サバ、アサリ、アンコウ――

「……金魚、釣れないなー……」

 微妙な顔で釣り糸を垂れる御手杵に、あなたも同様に釣り糸を垂れながら首を捻った。
 金魚も、ついでにイソギンチャクも釣れない。不思議な事もあるものである。
 普段ならこれだけ釣れば、一匹二匹は当然のように紛れ込んでいるものなのだが。
 ほんのり影を背負いながら、御手杵が重々しい溜息をつく。

「薄々、こうなる気はしてたんだよなぁ……ま、これも運命、か……」

 その発言はいけない、なんだかとてもフラグ臭がする。
 しかし、自信なさげにしていた割にはなかなかの釣果である。さすがは自分の初弟子だ、とあなたはご満悦だった。釣れた魚にしても、ノーマルとはいえ見事な粒ぞろいだ。これは美味しいやつだぜ!

「魚の目利きはできないけど、あんたの目から見ても旨そうなのか。
 ……持って帰って、主に食べさせてやりたいなあ」

 あなたとしては好きなだけ持たせてやりたいが、どうすれば持って帰れるのだろう。問題はそこである。それにしても御手杵はよく主というヒトの名前を出すが、よほど仲の良い間柄なのだろうか。

「ん? そりゃ、俺を顕現した審神者だしなあ。
 主だから、仲がいいっていうのは違うんだろうけど――そうだな。すごく、大事な人だ」

 なるほど惚気か羨ましい。末永くお幸せにな!

「お、おお? ありがとう、でいいのか?」

 ご祝儀にタイでも贈りたいところだが、手持ちにないのが極めて遺憾である。
 金魚も縁起物だと聞くが何故か一向に釣れないし、イソギンチャクも言わずがなも。どうせ釣れないのならいっそ、レアを狙ってみるのもいいのではないだろうか?
 ちょうどコーントッパーズが釣れるポイントはこの近くにある。御手杵の釣りはあなたが見込んだ通り、この短時間であっという間に驚くような上達具合だった。仕込んだあなたをして、感嘆せしめるほどのセンスである。ブラボー。レア魚に挑むには十分な腕前と言えよう。

「そ、そっかあ? なら、挑戦してみっかなあ」

 へへへ、と頬を染めてはにかむ御手杵は、なんとも不思議な愛嬌に溢れている。
 全力で頭をわしわし撫でまわしたくなる系男子の姿に、あなたは両手の疼きを頬肉を噛む事で耐えた。
 初弟子とはいえ、この短期間でかくも可愛い奴めと思わせるとは御手杵、侮りがたし……!
 戦慄に身体を震わすあなたを余所に、御手杵はあなたの貸した花の釣り竿をにこにこしながら素振りして、レア魚に挑む練習に余念がない。

「なぁ、こーんとっぱぁずってどんな魚なんだ?」

 問われ、あなたはさり気ない仕草で顎下の汗を拭いながら言葉を返す。
 コーントッパーズは、青緑色をしたタコである。
 その魚体は海水よりもはるかに冷たく、まるで氷のような温度をしている。一気に食べると頭がきーんとなってしまうが、暑い時には無性に食べたくなってしまう美味しいタコだ。
 息の根が止まると同時に溶けていってしまうのが、難点と言えば難点だろう。
 トドメを刺さずにおけば運搬中に溶ける心配は無いのだが、トドメを刺さずに運搬できるほどか弱い魚でもないので、その辺りの按配は難しいところだ。

「……なあ。それ、本当にタコか?」

 タコだ。
 ちなみにミント味。甘くて美味しい。

「ミント味……甘い……? タコが……?」

 コーントッパーズはレアだ。
 驚くような味だったり見目だったりするのは、レア魚やボス魚ではさして珍しい話でもない。せっかくだ、コーントッパーズを釣り上げたら御手杵も一口食べてみるといい。
 ちょっと味見する程度、とやかく言うほど錬金術の魔女は狭量ではないし。

「おお?」

 御手杵は何故か疑問形で返事をした。
 甘い物が苦手なら無理にとは言わないが。

「いや、好きだ。好きなんだけど、なー……?」

 しきりに首を捻りながら、御手杵はむむむと眉間に皺を寄せている。
 その顔を眺めながら同じように首を捻っている間に、コーントッパーズの釣れる海域へと到着したのであなたはよいしょと碇を下ろす。さあ行け御手杵、いまこそ修行の成果を示す時だ!

「……考えてても仕方ないな。おう! 三名槍が一つ、御手杵! 行くぞォッ!」

 そいやあっ! と掛け声と共に、勢いよく御手杵が釣り竿を振るう。
 良い振りだ。いい具合に釣りゲージも深い。これは難易度の高い魚が釣れるぜ! あなたはぐ、と手に汗握った。レア魚が確定でかかるスキルがあったらうっかり使ってしまうところである。
 ざざーん、ざざーんと寄せては返す波の音に耳を澄ませること数秒。

 ぐん、と御手杵の釣り竿がたわんだ。
 あなたはきらりと目を輝かせる。通常よりもたわみ方が深い。これは。
 来るぞ、レアだ! あなたの言葉に、真剣な顔で御手杵が頷いた。足をしっかりと踏ん張り、呼吸を整えて釣竿をしっかりと握り締める。海面下、ぎちぎちと糸を引きながら獲物が波を産みながらも逃れようと必死にもがく。甘い。温い。レベルが足りない。事実、御手杵の釣り竿捌きに乱れはない。

「針の穴を――

 ぐぅん、と一際釣り糸が深く深くへと引き込まれる。釣り竿がたわみながら軋みを上げる。
 腰を低くした御手杵の両腕が、込められた力を示すように盛り上がった。
 その身体は、まるで船から根ざしているかのように微動だにもせず。

 あなたは口元を綻ばせた。
 なかなかの大物、なかなかのレア魚のようだ。
 しかしその程度では、御手杵の釣りテクには敵うまい――

 かっ! と御手杵が目を見開いた。


――通すが、ごとくぅええええええええええええええーっ?!?!?」


 波間を引き裂いて。

 海を裂き、釣り糸に引き摺られて巨体が空を舞う。

 水飛沫を浴びてきらきらとした輝きを帯びるのは、薄茶色をした円錐状の構造物。
 その上にででんと鎮座して触手をだらしなく揺らめかせるのは、青緑色をした大きなタコだ。
 頭にチャームポイントのように突き刺さったスプーンっぽい銀色のナニカが、陽光にきらーんと輝いた。
 光のない黒瞳はあてどなく何処か虚空を彷徨い、半開きの口元からは甘い匂いの体液がべっちゃべっちゃと垂れている。

 あなたは知る由もない。
 だが御手杵の主なら、コーントッパーズをこう呼ぶだろう。



 “コーンアイス(ミント味)”、と。



 ぇえええええと驚愕の絶叫を響かせていた御手杵の声が、ふ、と途切れた。
 見事釣り上げられたコーントッパーズの姿も消えて、あなたはガッツポーズをしたまま、思わず固まる。
 ぱしゃぱしゃと、名残のように水滴が雨のように落ちた。
 隣にいたはずの姿も、何処にも見えない。おかしい。もしや落ちでもしたかと、慌てて船の縁から海を覗き込んでみるも、それらしい姿も波紋も、何処にも見えなかった。
 御手杵? 呼んでみるが返事はない。そういえば、半日は既に過ぎている。
 そうか、いるべき場所へ帰ったのか……。
 そう思い当たり、あなたはしみじみとした気分になった。
 まさか、前触れもなく消えるようにして帰るとは思ってもみなかった。別れの挨拶をする間も無かったのだから、そのスムーズな帰還のありように驚けばいいのか笑えばいいのか、という心持ちである。

 御手杵に渡した釣り竿もまた、彼と一緒に消えてしまったようだった。
 まあ、いいだろうとあなたは微笑む。あなたはコレクター気質で、初めて見る釣り竿はとりあえず買い漁る性分の持ち主であったが、出し惜しみをする性質ではない。
 記念すべき初弟子の手元にあるのだと思えば、むしろ今後ともよく使ってやってくれ、と温かな気持ちである。

 いやはや、善い事をすると気分が良いものだ。

 コーントッパーズは釣り上げたばかりなので仕留めるのは手間だろうが、なに、御手杵ならきっとなんとかするだろう。
 初弟子への確かな信頼を胸に、あなたは釣り糸を垂れながら、ほっこりした気分で空を見上げるのだった。



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ネタ的には夢でも良かったんですが二人称書いてみたかったんですよね! 満足♡ (*´∀`*). +.