マッ売りの



− Crime of match sales −



それは年の瀬を間近に控えた、ひどく寒いイヴの夜の事でした。
“ひどく寒い”と一言で表現しましたが、ぶっちゃけその程度の言葉で表せるようなヌルい寒さではありません。
なんせ雪が災害並みに降り積もりなおかつ風が冷凍庫をスキップで上回る勢いですので。
常温放置でババナトンカチが完成だ。
今ならきっと豆腐で人が殴り殺せる事でしょう。事実としてこのお話の主人公であるマッチ売りの美少女が軒先を借りているこのお宅で、現在進行形で豆腐殺人が起きてたりしますがその辺りは本筋とかすりもしない程度の瑣末なお話なので割愛します。豆腐だから食っちまえば証拠隠滅もお手軽ですしね、迷宮入りするかもしれません。
そしてしつこいようですが本作品とは無関係な脇道話です。どうでも いいこと!

「ちっくしょ、ノンキにはしゃいでんのが腹立つなー」

ひらひら、とではなく轟々と雪の降りしきる中、闇夜に紛れる漆黒を身にまとう少女は堂々と毒づきました。
実際にははしゃいでるんじゃなくて乱闘なんですがね。
凍った豆腐で撲殺死体製作の真っ最中だったりするんですけどね。
聖夜の血みどろメモリアル。不吉にも程がありますねそうですね。
ともあれ、そんな内情など軒先借りてるだけの彼女が知るはずもありませんでした。
少しでも寒さをしのごうと、相棒のアブソルを無心にモフすりしています。
されるがままのアブソルが、とてつもなくやる気の無い様子で呟きました。

『…………しかし、売れんな』

「だな。ハートが真面目に吹雪いておりますぜ」

相棒とどっこいなくらいに少女の返した言葉は大層エアーでしたが、内実はかなり深刻でした。
この一人と一匹、ぶっちゃけた話宿無しになる寸前だったりするのです。
ついでに、この町の浮浪児や孤児の類をまとめ上げていたりするボスだったりもするのです。

と、相棒であるアブソルの白夜。

彼女達を知らない者は、この町ではモグリだと言われるくらいの有名コンビ。
事実、周囲を通りすがる人々は一人と一匹を見かけると足を止めたり指をさしたりしています。歩く名物ですね。
見世物とも言います。
このコンビを敵に回して存在しているのは、せいぜい警察組織くらいなものでしょう。なにせ実力と人望だけでゴロツキやら身よりの無い連中をまとめ上げやがりましたからねこいつら。
一部の権力者にはファンがいたりしますからね、もう手のつけようがありません。
スペックが明らかにチートですが自然発生物ですのであしからず。
そんなコンビがなんで寒空の下、マッチ売りなんてしょぼい事をしているのか。
マッチ売ってるくらいなら権力がっつり握ったファン宅に押し掛けて豪華なディナーなり年越し費用なりたかれば良さそうなもんなんですが、その辺りには切実な事情がありました。
べっ、別に話の展開上仕方なくとかそんな理由じゃないんだからね!勘違いしないでよね!!

『あちらも本気で手を回した、か』

「みたいだねぇ。アジトかかった勝負だから、しょっぱなからマジで売りにかかってんだけど」

『反応は予想の範囲内だが……一箱も、となると想定外としか言えんな』

シリアスな白夜でしたが、とてつもなく幸せそうにモフるがくっついたままなのであんまキマってませんでした。
そう、既にお気づきの方もおいででしょう。
このコンビがマッチ売りなんてお仕事に従事しているのは、日銭稼ぎとかそんなしょっぱい理由ではありません。
アジトのある一帯の土地を巡る、地主さんとことの遺産相続とか利権争いとかが絡んだ昼ドラ的どろでろバトルロワイヤルそもそもの原因だったりするのです。
前の地主さんはのファンでしたので、土地を無断利用しまくっている点を快く黙認してくれていたのですが、この町でも指折りの地主で名士だった彼がお亡くなりになったとたんに、欲にまみれた家族連中がボウフラのごとく湧いてでた訳ですよなんたるゴールデンパターンな展開でしょう。
「ぶっちゃけ、ないわー」とか町中で堂々囁かれる勢いです。ヤラレ役以外の何物でもありませんね。
地主さんは遺言で“アジトのある辺り一帯をぽーんとくれてやるわーい!”的な事を言い残してたんですが、頭の中身が具合よくやられた家族連中が納得するはずもありません。
かくして裁判沙汰とか雇われ刺客が送られてきたりとかおもーく風評被害でやり返してみたりとか道歩くたびにさんざ身体張ったコントみたいな目にあわせてやったりとかそんなバトルが繰り広げられるようになったっちゅー訳です。
単なる童話パロでなんでこんな説明ないと理解しづらい設定がついてんでしょうね、お付き合いありがとうございます。

「セコい手だけは上手いなー、あいつら」

『感心してどうする』

「なにいってんのさ白夜!
 欲の皮つっぱっただけの連中にそんな手腕があった事に感心しないでいつしろと!?」

『むしろあった事に腹が立つ。たかが格下如きが

「わーい白夜ってばご機嫌ななめー☆」

絶対零度な声音で上から目線の相棒の発言を、けれどは楽しそうに茶化しました。
なにせこのマッチ売り勝負を言いだした本人ですしね。寒風吹きすさぶ中で「マッチいかがっすかー」とかやるの提案したのこいつですしね。アジト賭けてなのにアホな事を考えよってとかさんざバッシング受けそうではありますが、計算高い愉快犯の提案が単なるネタな訳がありません。
そもそも挑発して勝負受けるようにまで仕向けましたしこのマッチ売り。
ちろり、とは色の失せて乾いた唇を舐めて目を細めます。

「格下の連中だからこそ、ハメんのが簡単なんだって♪
 ケンカ売り叩いてくれたツケも、まとめて取り立てできるし超お手軽」

『あまりナメてかかると、足元をすくわれるぞ?』

「いやぁん報復なんてちゃんちょぉこわぁーいっ

明らかに面白がっている様子でが身をくねらせました。ぶりっこな声色がナチュラルに似合いません。
どう控え目に見てもとっても馬鹿にしてる感満載です。心温まる光景ですね。
そんな具合にほんわかダークネスな会話を繰り広げる一人と一匹に、背後から声がかかりました。

「そこの嬢ちゃん、マッチ一本もらえるかい」

「ダース単位で買う気概見せなよ、ハヤテさん」

セコい発言に速攻で切り返し、は白夜を離して立ち上がりました。
そしてニィ、と笑って黒いエプロンのポケットからこれまた黒い装丁のマッチを一箱取り出します。

「いいのかなーあたしから買っちゃって?あいつらから圧力かかってるっしょ」

「まぁな。所有家屋なら家賃の釣り上げ、借金ある連中には返済期限をタテにして。
 それ以外相手にゃどうやったか知らねぇが、流通押さえて法外な値上げするってーなネタで脅してきてやがるぜ?」

「へぇ、程良く頭に血ぃ上ってんじゃん。後先考えてないな☆

こりゃ追い込んで破滅させんのが楽しみだなーなどとあっけらかーんとのたまう少女に、ハヤテはほどほどにしとけよ、と一万歩譲っても控え目すぎる釘をさしました。どう考えてもストッパー務める気ありませんね。
一応このオッサン警察組織所属な息子がいるはずなんですけどね。まぁどっちかってーとと同族っぽいですしね。
いわゆるフリーダム属性です、イイ年なんだからちったあ落ち着け一児の父。

「売れ行きはどうだい?」

「上等に最悪。これが初売れ」

放って寄越されたマッチの箱をキャッチして、ハヤテは片眉を跳ね上げました。
代金の銅貨を放って返し、煙草に火を灯します。

「じゃあ計画通り、オトリに食い付いたってえワケか」

「そりゃもうがっつりとねー。どうやらルールの穴には気付かなかったみたいだし?」

そう言ってはHAHAHAHAとメリケンな哄笑を上げました。
ルールの穴というのは、このマッチ売り勝負を持ちかけた際に決定された人数規定の部分だったりします。
それすなわち、この勝負への参加資格が“この土地に直接的な関係を持っている”事である、という点。
相手方は直接的関係=土地の所有権を持っている、と解釈したようですが、ぶっちゃけ土地に住んでさえいれば直接的関係を持っているとも解釈できますからねこのルール。そしてアジトの辺りの土地に住んでるのはの部下とかそんな連中ばっかですからね、明らかに勝負の前から勝敗決まったようなもんですね 計 算 通 り というやつですどう考えても。こんなとこばっか抜け目がありませんねこの女。

「いくらヤツらでも、そろそろ気付いたんじゃねぇか?」

「かもね!」

煙草をふかしながらのハヤテの言葉をあっさりさっくり肯定し、は再度白夜のもふもふを楽しみます。
とてつもなく幸せそうです。白夜がため息をつきました。
でもまふもふは止めないし止めません。人前だからとて自重するような乙女キャラでもありませんし。

「でも、今更強硬手段に訴え出たって手遅れさ。それに何より――――」



ドォオオ・・・・ン



狙ったようなタイミングで、爆音が轟き閃光が町の北を一瞬まばゆく染め上げました。
それに続いて遠雷のように、どう考えても乱闘騒ぎでしかない騒音が離れたマッチ売り達の場所まで届いてきます。
ちょっぴり冷や汗をたらすハヤテとは対照的に、ゆったりマフりながらは、なんでもない事のように言葉の続きを口にしました。

「この勝負のために動員した連中は、腕利き厳選したしね♪」

「………そぉかい」

警察勤務な我が子を思って、ハヤテはやや遠い目をしました。せっかくのイヴなのに息子が仕事詰めになるのはもはや確定事項でしょう。絶賛桃色片思いなお相手もいるというのになんて哀れな。
白煙を息と一緒に吐き出して、ハヤテはマッチの箱をへ放って返しました。

「大晦日までは騒ぎ持ち越さないでやってくれよ、嬢ちゃん」

「それはあっちのねばり次第かな☆」

持ち越しの可能性は否定しないようです。ハヤト災難!

やれやれを肩をすくめると、ハヤテは「じゃあな」と言って雑踏の中へ紛れてゆきました。
その背へ「毎度ー。ハンサムさんにもよろしくぅ♪」と笑い交じりに手を振って、は投げ返されたマッチ箱を開け、マッチの代わりに入っていたメモ用紙を取り出します。
ざっと目を走らせれば、その顔がチェシャ猫ばりの笑みに変わりました。
ハヤテがいる間は沈黙を保って空気してた白夜は、そんなの雰囲気の変化を敏感に読み取ったようです。

『首尾は上々のようだな』

「おうよw」

ご機嫌にメモ用紙へキスを贈ると、は白夜から身体を離して立ち上がりました。
マッチを一本取り出して、小さな灯でその用紙を灰へ還します。

「さて!情報も十分集まったし、デートの締めと参りますか」

『寒空の下で朝から走り回ったんだ。その程度の収穫は無いとな』

どうやら、相手さんを追いこんで破滅させられる程度の情報はばっちりしっかり収集できた模様です。タチ悪いですよね。
白夜は、いつしか雪の降り止んだ空を見上げました。
厚い雲の隙間を縫うように流れ落ち、長い光の尾を描いて消えてゆく星を見つけて呟きます。

『流れ星か』

「マジで!願い事願い事!!」

はしゃいで萌え萌え萌え!といい具合に腐れた単語を唱えるでしたが、ふと真顔になって呟きました。

「そういや昔、“星が一つ流れ落ちるとき、魂が一つ、神の御許へ逝く”――――って話聞いた事あるなー」

『なら、人魂に願いをかけた訳か。シュールな話だな』

「うっわー、それじゃあたしの萌えを求めるパッションはどうあがいても伝わらなさそうなんですがどうすれば?

知らん

端的に切り捨てました。
達が先程まで軒先を借りていたお宅からも、いつしか激しいデスバトルの音が止んでいました。
もれなく豆腐で息絶えた人が壁向こう辺りにいたりとかもするんですが、しつこいように本編にはたぶんきっと関係の無いサイドストーリーでしょう。おそらくきっと。
よそ様の事情など知る由もなく、と白夜は顔を見合わせて頷き合いました。

「ま、今は願い事より目先の獲物を優先しよう」

『そうだな。クリスマス前に一仕事といくか』

のんびりと、それでも確固たる足取りで路地裏に一人と一匹は消えてゆきました。
その夜に流星群が見られたかどうか。それは空を覆う雪雲の存在ゆえ、知り得た人は誰もいません。
ただ一つ言えるのは、彼女達がクリスマスを寒空の下ではなく、暖かなアジトで仲間達と迎えたという事だけです。





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脇役祭りわっしょい!(笑)オヤジ世代はいい仕事してると思う。